その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

39 / 84
戦闘描写があります。
苦手な方はご注意ください。


第三十二話:紅血に問えば

 

 

 家々の軒先に吊るされた光が揺れる。

 風に流されて火の粉が舞い踊り、黒煙にまみれた旧都の中央通り。闇夜を照らすはずの赤提灯は炎に飲まれて墜ちていく。大火だというのに火消しの一人も駆けつけず、一帯はオレンジ色の熱に溢れていた。

 

 住民の避難は完了し、壊れた家屋は全て鬼が建て直すという前提の下。持てる限りの妖気を振り絞り、邪魔な瓦礫を踏み潰し、炎の壁さえ飛び越えて、戦闘を繰り広げるのは五つの影。

 

 一人は星熊勇儀。云わずと知れた鬼の四天王であり、さとりと並び旧都を取り締まる元締めの大妖怪。いつもなら服にシワ一つ拵えずに喧嘩を制する彼女だが、今やフランドールの炎に焼かれた一張羅の着物はボロボロだった。

 ここに来て上半身には、胸に巻かれたサラシだけ。激しい動きと共にその豊かな胸部が揺れ、力強くも美しい肢体を惜しげもなく晒していた。だが格好など些細なことだと、勇儀は満面の笑みで拳を振るう。

 

 

「だぁぁぁぁ!!」

「――――ッ!!」

「覇ァッッ!!」

「てりゃぁぁぁ!!」

 

 

 そして鬼と対峙するのは四人。

 白黒の鴉天狗と紅美鈴、そしてフランドール。彼女たちは指し示したような連携で着実に鬼へとダメージを与えていく。弱体化しているとはいえ一撃必殺、そんな大妖の攻撃をかわしては果敢に挑みかかる。錫杖と妖刀、従手と炎剣が『鬼退治』を成し遂げんと唸りをあげる。

 

 しかし流石は『伊吹の百鬼夜行』にて首領格の一人として君臨した星熊勇儀。並の妖怪なら一度の交差で落命するような猛攻を力任せに乗り越える。天狗の刃は爪で受け止め、錫杖と従手は四肢を振るって凪ぎ払う。空を走る炎剣の熱さえも驚異的な腕力でもって消し飛ばす。その戦いぶりは文字通り鬼神のごとくであった。

 

 

「オオオオオォォ、ラァァァァァア!!!」

 

 

 心の底から愉快そうな雄叫び。

 道端にあった露店を鞠のように蹴り飛ばす。家々から大黒柱を引っこ抜き、使い捨ての金棒として振り回す。手下たちの声援を背景に、勇儀は旧都の真ん中で暴れまわっていた。

 

 刑香から受けた『能力』の縛りが消えかけていることもあって、もはや自身を止めるものは何もない。おまけに旧都はどれだけ破壊しようとも、鬼が総出で取り掛かれば半月もしないうちに復興可能。加減は無用である。

 

 さとりが来れば喧嘩は終わるだろう。橋姫の縄張りから旧都にまで戦場を移した理由は、彼女に喧嘩の仲裁を任せるためであったのだ。だからこそ、それまでは全力で楽しまなければならない。どこまでも傍迷惑で、誰よりも自分勝手で、何よりも華がある、そんな妖怪こそが自分たち。こんな戦いはいつ以来だろう、懐かしい友の顔が頭をよぎる。

 

 

「こいつを楽しまなくちゃ、鬼なんて名乗れやしない。そうだろうっ、萃香ァァ!!」

 

 

 世界のどこかにいる友へ向けて、勇儀は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。「羨ましいだろう」「早く帰って来い」と様々な想いを込めて、鬼の大将は懐かしき友の名を呼んだ。彼女は一体どこにいるのだろう、この戦いの熱気は届いているだろうか。できるなら彼女に伝わっていてくれ、そう願う勇儀は大地を蹴る両脚に更なる力を宿す。

 

 

「――――きゅっとして」

「そいつはもう見切ったさ、嬢ちゃん!!」

「きゃっ!?」

 

 

 真紅の炎を突っ切り、その先にいた吸血鬼の頭を鷲掴みにする。天上に浮かぶ月のように輝く金髪、それをナイトキャップの上から押さえ込んだ。握り潰さない程度の力で身体ごと持ち上げると、辛そうな表情をした幼子の顔があった。初めて会った時の荒々しい魔力は鳴りを潜め、何かに耐えるような様子であった。もう限界なのだろうか。

 

 

「っ、その子から手を離しなさい!!!」

 

 

 幼い吸血鬼を救おうと、突っ込んできたのは刑香。急降下による加速を上乗せした白い流星、それは一切の躊躇なく勇儀の背中へと突き刺さる。空を駆け下ることで生み出された捨て身の一撃、ギシリと背骨から悲鳴が伝わってきた勇儀は思わず身体を傾けた。刑香の攻撃だけは鬼の防御を貫いてくる。

 

 

「ーーーーまだ、まだァァァァ!!!」

 

 

 ぐらりと倒れそうになった身体を気合いで支えなおし、勇儀は背後に向けて回転した。片手で捕まえているフランドールを利用して遠心力をひねり出す。まだ白い少女は回避のための距離を取れていない。更に勢いを付けた素足の踏み込みを上乗せして、勇儀は渾身の力でフランドールを刑香へと投げつけた。

 

 

「が、はぁっ!?」

 

 

 射出された弓矢のように吹き飛ばされる二人。遅れて大砲が着弾したような音が聞こえてきた。民家を二、三軒ぶち破った先から爆発したような煙が上がったが、彼女たちへと目をくれてやる暇はない。

 

 

「こ、のっ、よくもフラン様を!!」

「無茶ばかりして、本当にあの子はっ!!」

 

 

 左右から勇儀を挟撃せんと迫り来る紅と黒。

 黒の鴉天狗と紅の武闘家は身震いする程の殺気と妖力を立ち上らせて、風刃と気拳を冴え渡らせていた。大切なものを持つ生き物は強い、そこに人間と妖怪の区別はない。それを理解しているからこそ勇儀は両腕を広げて二人を迎え撃つ。敵討ちでも構わない、もう少しだけ楽しませてくれと笑うのだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 くすんだ視界が暗闇に迷う。

 ぼんやりと天井を見上げる刑香、その胸の上ではフランドールが気を失い倒れていた。はらりはらりと前髪が垂れてきたのを鬱陶しく思いながらも、どうやら自分は店に突っ込んだらしいことを白い少女は理解する。

 

 フランドールを落とさないように、ゆっくりと床に手を付くと、そこには花札やサイコロが散乱していた。妖怪の山では禁止されたが、ここでは博打が未だに流行っているらしい。せっかく見つけた店、しかしコレを霊夢へのお土産にするのは無理がありそうだ。博麗の巫女が博打打ちなんて笑えないし、将来的には賭け事の苦手な自分が霊夢にむしられる可能性がある。それは恐ろしいことだ。

 

 

「痛っ、ぅぅ…………とんっでもない腕力ね。私の『能力』で何割かを抑えているはずなのに、こんな距離を飛ばされるなんて本物の化け物じゃない。あんたは大丈夫なの、フランドール?」

 

 

 刑香を下敷きにする体勢で倒れている幼い吸血鬼。

 勇儀に二人まとめて吹き飛ばされた際に、とりあえず庇ったので大した怪我はしていないはずだ。なのに様子がおかしい。身体にぴたりと引っ付いた吸血鬼の少女から小刻みな震えが伝わってくるので刑香は怪訝に思った。まるで何かに怯えるように、フランドールは青白い顔を上げる。

 

 

「あんまり、大丈夫じゃないかも」

「フランドール…………?」

 

 

 怪しい光を宿した双眸がそこにあった。

 夜空から零れ落ちる月影のような、レミリアにも劣らない魔性の瞳。キラリと口から覗く牙も気のせいか飢えて見えた。身の危険を感じ取った刑香は目線だけは反らさずに、そっと武器である錫杖を手繰り寄せる。

 

 

「そういえば、あんたには聞きたかったことがあるのよ。例え私の能力が妨げになっていたとしても、あんたなら強引に破れたはず。どうして、あんたは一人で勇儀様を倒さなかったのかしら?」

「…………違うよ、倒せなかっただけ。あれが今の私にとっての、ベストだったの」

 

 

 熱に浮かされたように荒い呼吸が聞こえる。

 真っ黒な魔力がコウモリのように羽ばたき、薄暗い室内を満たしていく。やはり前回の異変で感じたものと同じだと刑香は確信する。駄々をこねた子供のように何もかもを破壊してしまう『狂気』の欠片が漏れ出していた。

 

 吸血鬼異変の後、レミリアは「フランを外に出すのは十年先になる」と言っていた。あの言葉が正しかったのだとすれば、まだフランドールは『能力』を制御しきれていないことになる。警戒心を高めていく刑香の前で、フランドールは自笑気味に呟いた。

 

 

「きっと昔の私みたいに暴れたら、一人であの鬼のお姉様を倒せたかも。でもね、でも、それをすると私は私でなくなるの。魔力を使い過ぎたら、また自分を見失っちゃう」

「魔力を消費したことで『狂気』を抑えることが出来なくなった、ってところかしら。…………くすぐったいから止めて欲しいんだけど」

「えへへ、美味しいそうな匂いがするよ」

 

 

 うっとりとした表情で、フランは頬擦りをしていた。ここまでの戦闘で血に染まった刑香の髪、その匂いにつられて吸血鬼の本能が目覚めたのだろうか。人間ではなく妖怪の血でも飢えた吸血鬼にはある程度の魅力を持って映るらしい。さてどうしたものか、と刑香はフランに襲われながら策を考えていた。

 

 

「…………ねえ、私に血を吸われるかもしれないんだよ。何で白い鳥さんは怖がらないの?」

「今のあんたなら怖がる理由はないわ。翼をへし折りたいわけでもなく、ただ血を吸うかどうかだけ。そんなの大したことないわよ」

「あはは、変なの。でも怖がらないでくれて、嬉しいよ」

 

 

 チロリと出された可愛い舌が髪にこびり付いた血を舐めとっていく。それをくすぐったいと思ったが、刑香はフランを引き離すことはしなかった。魔力を消耗したフランの本能が血を求めているのなら、好きにやらせてしまえばいい。そうすれば正気を取り戻してくれるはずなのだ。

 

 だからこそ首筋へと当てられたフランの柔らかな唇にも、黙って瞳を閉じることにした。戸惑いがあるのだろう、幼い吸血鬼は迷子のように牙を揺らしている。その頭を自分の首筋へと刑香は押さえつけた。死なない程度なら構わない。

 

 

「こうしててあげるから、さっさと済ませなさい。その様子だと誰かから直接血を吸うのは慣れてないんでしょ?」

「…………ありがとう、ケイカ」

「どういたしまして、フラン」

 

 

 くすりと微笑んだフランは、その小さな牙を白い肌に沈み込ませる。迷うことなく血管を捉え、血を吸い上げる音がトクントクンと刑香の鼓膜を揺らし始めた。正直なところ、刑香とて吸血に恐怖を感じないわけではない。だが狂気に耐えるフランの表情は、今まで刑香が治療してきた人間の子供と変わらなかった。不安と希望が混ざった純真な眼差し、そんなものを見せられては断れない。

 

 

「…………こんな子を私は『怪物』扱いしていたわけか。紛いなりにも千年を生きる天狗らしくない、情けない話よね」

「ん、んむ~?」

「何でもないわ。あんたのことを誤解していたから反省していただけよ、フラン」

 

 

 正面から首に噛みつかれているので、お互いの表情は見えない。不安そうな声をあげたフランを落ち着かせようとナイトキャップの上から優しく頭を撫でる。吸血を通して妖力と体力が奪われていくのを感じた。

 

 

「思ったより吸われていく量は多くない、これならフランが回復すれば私も戦闘に復帰することができそうね。それまで文と美鈴が無事ならいいけど」

 

 

 果たして自分たちは勝てるのだろうか。

 この期に及んで決定打はなく、文の剣術も美鈴の武術も彼女を倒せる域までは届かない。唯一の希望は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』なのだが、それを刑香の能力が邪魔してしまっている。一方で『死を遠ざける程度の能力』が無ければ、勇儀は本来の力を取り戻してしまう。

 

 

「これは賭けをするしかないのかも。散々アイツらにカモにされた思い出しかないし、霊夢はともかく魔理沙あたりには将来確実に負けそうな私が博打とか…………度胸試しくらいはしておこうかな?」

 

 

 なるべく小さな動きで、落ちていた花札の一枚を拾おうと手を伸ばす。ここらで一つ、自分の勝負運を占ってみるのも悪くないと思ったからだ。基準としては高得点かどうか、つまり『鶴』や『月』であれば良い結果としよう。さて、どんなものかと埃まみれの絵柄を確認しようとした。

 

 

 身体の異変に気付いたのは、その瞬間だった。

 

 

 どんよりとした生暖かい感覚が首筋から広がり、体内にこびりついていく。元々は低い体温が無理やり押し上げられ、その熱が刑香の思考を焦がし始める。

 

 

「…………んむ、む」

「っ、何よコレ、は…………!?」

 

 

 とても気持ち悪い感覚が全身を蝕む。

 ギシリと歯を噛み締めて耐えるが、そんな刑香を嘲笑うように熱が身体の奥に張り付いて燻り続ける。この妙な『毒』の原因は考えるまでもない。咄嗟にフランの肩を掴んで引き離そうとする。

 

 その際に指の間からこぼれ落ち、花札がカツンと乾いた音を立てた。それは『霜月の素札』であった。色鮮やかな草花や鳥獣が描かれる花札にあって異質な黒と赤だけの絵柄。何ということもない一点札であるが、特定のルールでのみ名称が追加される一枚。

 

 

 その名は『鬼札』、一説によると『噛みつく』という意味があるジョーカーである。吸血鬼の苦手な雨を象徴する柳と、天狗の天敵たる鬼の絵柄を併せ持つカード。今の刑香にとっては皮肉そのものであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 人にて人ならず、鳥にて鳥ならず。深山幽谷を翼にて飛び、歯下駄にて走るもの。不浄を嫌い、聖域を守護する者、それが天狗である。

 そして穢れなき少女の血は、吸血鬼にとって甘露とされる。白い鴉天狗の首筋に唇を当てるフランにとっても、それは変わらない。

 

 

「くっ…………何で、こんな…………!?」

「…………んむ?」

 

 

 血液を舌の上で転がしてから飲み下す。

 その中でフランは気づいた、この少女には何か『別のモノ』が微かに混じっている。グラスのワインに一滴だけブランデーを落としたような香りの違い。しかし決定的な差をもたらすモノ、新雪のような清らかさを持つ力が宿っている。それを踏み穢したいと思わせるだけの魅力もあった。

 

 

「く、うぅぁ……やっ……やあっ!? …………ふ、フラン、一旦離れなさい!!」

 

 

 脚をじたばたさせて暴れる刑香。

 それを押さえつけてフランは吸血を続ける。首に噛みついた牙から感じるのは、白い少女に火照りが広がっていること。普段は冷めている彼女の理性を自分からの熱が溶かしているのだろう。

 フランの両肩を掴んで引き剥がそうとする刑香だが、腕は震えるばかりで力が入っていない。「もうちょっとで抵抗も無くなりそう」と考えて吸血に集中していたフランは、刑香が錫杖を振り上げていることに気づけなかった。

 

 

「――――い、いい加減にしろぉぉ!」

「ふぎゅっ!?」

 

 

 杖が思いきり降り下ろされ、踏まれた小猫のような声をあげてしまう。その拍子に首から牙が離れ、刑香はそのままフランを引き剥がす。今までのやり取りで装束が乱れて露になった肌を赤い糸に似た血液が流れていく。フランにも見せないように装束を正していく刑香、そこには吸血鬼を惹き付ける初々しい匂いが漂っていた。

 あっという間に肌を隠し、帯を巻き直した刑香を物欲しそうに見つめる。もう少し吸っていても良かったと思うのだ。

 

 

「…………残りは文かはたてに貰いなさい。私からはこれが限界よ。まさか吸血鬼にこんな能力があるなんて思わなかった、大したものね」

「えへへ、ありがと。私とお姉様は吸血した相手を従わせるチカラがあるの。だって何度も獲物を捕まえるより、自分から来てくれた方が楽でしょ?」

「まあ、天狗も恩恵をもたらす代わりに人間から生け贄を受け取ってたらしいし。どこも似たようなことをしてるのかしらね。うぅ、まだ身体が火照ってる…………」

 

 

 

 フランたちは遠い西方からやって来た魔物である。この幻想郷で彼女たちを詳しく知るのは紅魔館の住人以外には存在しない。刑香とて吸血鬼の特性を知らなかったから、あんなに容易く身を許したのだろう。

 しかも体力の低下した今の刑香は、フランの催眠に押し切られそうになっていた。下手をすればそのまま『眷属』にされていたかもしれない、例えフランにその気が無くとも。そんなことを知る由もない刑香は震える脚を叱咤して立ち上がる。

 

 

「はあ、せっかく色々と考えていたのに、さっきのやつで全部吹き飛んだわ。そろそろ文と美鈴がヤバいだろうし、もう私かフランのどちらかに賭けて勇儀様を叩くしかないか…………」

「私の能力か刑香の能力で勝負を決めるってこと?」

「そういうことになるわ。フランの『破壊』と私の『避死』は同時には効かないなら、一方に集中するしかない」

 

 

 それは簡潔な答えだった。

 双方が成り立たないなら、片方を諦めるしかない。フランの『一撃』に全てを賭けるのか、刑香による『持久戦』を続けるのか。単純であると同時に、どちらに転ぶとしても分の悪い賭けには違いない。

 

 だが、フランとしてはどちらでも構わない。

 血を吸って回復した今なら、自分が中心になる作戦でもサポート役に徹する作戦でも対応できる。それに「ケイカ」と白い少女を呼ぶことに成功したフランに、もはや怖いものなどない。あと二人のことも「アヤ」「ハタテ」と呼ばせてもらうのが当面の最大目標である。楽しげに肩を揺らすフラン、その様子を眺めていた刑香は決断する。

 

 

「やっぱり満身創痍の私よりフランの方が可能性は高そうね。あんたが『能力』を発動するのに掛かる時間はどれくらい?」

「私にコインを託すんだね。私の能力は対象の『目』を把握して、それから『目』を握り潰すことによって発動するの。前者に三秒、完全に壊さない手加減をするなら後者に五秒くらい必要だよ」

「合計で八秒くらいか、厳しいわね」

「うん、あの鬼さん相手には難しいね。鬼のお姉様はもう私の能力にかかる手間を見切ってる、さっきの攻防でもそれは明らかだったわ」

 

 

 こうしている間にも、街道からは剣撃と打撃のぶつかる音が響いている。文と美鈴は時間を稼いでくれ、そのおかげでフランの回復に成功し策も作り出せた。今度は自分たちが助ける番である。

 

 頭上からは燃えるような太陽の気配、まさに地上では夜の帳が取り払われたのだろう。これ以上の長期戦はフランに無駄な体力を消耗させてしまう。それを本能的に悟った刑香は白く華奢な腕を振り上げる、その手にあるのは八ツ手の葉団扇。渦巻く旋風に装束をなびかせて、夏空の碧眼を持つ白い少女は宣言する。

 

 

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、あんたが能力を使う 隙は私が必ず作ってみせる。だからもう一度だけ手を貸して、フラン」

「うん、うんっ。何度でも力になってあげる!」

 

 

 広げられた鴉天狗の翼。

 薄暗い闇の広がる室内においても、汚れなき純白はフランの瞳の奥にその姿を焼きつける。かつてフランがへし折ってしまった彼女の誇り、あれから数え切れない後悔と憧れを抱いてきた想いの先。それが今、目の前にある。

 

 我慢ができなくなったので、手を伸ばして翼に触れてみる。「ひゃっ!?」と刑香が可愛らしい悲鳴をあげたが、振り払われなかったので触り続ける。ふわふわで毛布よりも柔らかな白い羽、顔を埋めて眠ってしまいたい心地よさがあった。これで枕やベッドを作ったらどんなにいいだろう。しつこく堪能しているとデコピンをされた。

 

 

「あ、痛っ!?」

「ふざけてないで行くわよ。…………というより、それ以上触られたら腰が抜けるわ」

「うー、残念」

 

 

 ここまで幾多の艱難辛苦を乗り越えて、ようやく辿り着いた鬼の都。その先にあったものが敗北ではつまらない、どうせなら勝利を掴むとしよう。

 満身創痍であろう刑香がどういった方法を使って勇儀を足止めするのか。果たして本当にフランが能力を発動させる時間を稼ぐことができるのか。そんなことはフランには分からない。それでも、

 

 

「勝つよ、ケイカ」

「当たり前でしょ、フラン」

 

 

 ぎゅっと手を握ってくれる白い少女を信じていた、それだけで負ける気はしないから不思議である。だからフランドール・スカーレットは心の底から笑う、月光ではなく春の日射しのような笑顔で幼い吸血鬼は微笑んだ。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。