その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

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第二十二話:夢見るカラス

 

 

「うにゅ、キレイだなぁ」

 

 地上へと繋がる大空洞、その向こう側から星の光が零れ落ちてくる。舞い散る雪のような光が海底のごとき暗い闇に溶けていく世界の狭間が存在した。

 どこまでも続いている岩壁の窪みに出来たスキマ、そこに土蜘蛛の巣から頂戴した糸と藁を集めて巣を作る。そして暖かい寝床から遠い星空に想いを馳せる天体観測。それがお空こと、霊烏路空の密かな楽しみだった。

 

 

「よいしょ、よいしょ。うー、この姿は嫌いじゃないけど羽の手入れが面倒だよ!」

 

 

 今のお空は人の形を手にする前のカラスの姿で羽を休めていた。ふかふかの巣に大きなリボンを付けた黒い羽毛が座している姿はとても可愛らしい。子供っぽい仕草が更にそれを引き出していた。

 しばらく羽繕いを頑張っていたお空だったが「もういいや」と切りの良いところで中断してしまう。翼の手入れは何時でもできる、しかし目の前に広がる空は今しか見られないのだ。

 

 

「ご主人に怒られるかもしれないけど、いつか地上に行ってみたいなぁ。………灼熱地獄の炎なんかとは違う、あのポカポカした『太陽』にもっと近くで触れてみたいよ」

 

 

 地上から降り注ぐ光が好きだった。特に太陽の光は一番好き、こんな穴の底にまで届くほどに力強くて暖かくて優しい輝きがそこにある。『地獄鴉』という種族に生まれ、地上に行ったことがない故に強く憧れた。親友のお燐には笑われてしまったが「いつかアレを手に入れたい」というのが自分の夢である。

 カクン、とお空の頭が眠そうに傾いた。そして欠伸を一つ漏らす。

 

 

「ふぁぁっ、そろそろ眠ろうかなぁ………………うにゅ?」

 

 

 うつらうつらと、船を漕ぎ始めたカラス少女の耳に甲高い音が聴こえてきた。まるで金属同士を打ち合わせたかのような衝突音、お空は不思議そうな表情で土蜘蛛の巣を見上げる。

 

 

「ヤマメ達、こんな真夜中に何してるんだろ。宴会かな?」

 

 

 冷静に考えれば宴会から金属の打撃音が聞こえるわけもないのだが、眠気に襲われている地獄鴉の少女は気がつけなかった。

 間もなく続けて短い悲鳴が降り注ぐ。眠りこけた頭でそのまま上を眺めていると『何か』が降ってくるのが見えた。「うにゅ?」と、この時のお空は首を捻るしかなかった。

 

 次々と地面に落下してくる影、少しだけ呻き声を上げて彼らは気を失っていく。そこでようやくお空は事態を少しだけ悟った、落ちてきたのは土蜘蛛たちだったのだ。ボロボロになった姿を目にして、さすがに異常を感じ取ったお空が立ち上がる。

 

 

「み、みんなどうして…………何か来る!?」

 

 

 鼓膜を揺らしたのは風のざわめきと一歩歯下駄の音。

 呆然としているお空の前へと、瞬間的に三羽の妖怪が降り立った。鋭利な風を纏った姿はまるで風神、真っ黒なカラスの翼を持った妖怪たちが土蜘蛛たちを見下ろしている。最初は自分と同じ『地獄鴉』かと思った。しかし即座に妖怪としての直感がその淡い期待を否定したのでそのまま岩影に身を隠す。

 

 

「あの数にしては意外と楽だったわね。私はともかく、文とはたては殆ど無傷で突破できたんじゃないの?」

 

 

 装束に付いた汚れを落としながら、白い翼を持った妖怪がそんなことを口にする。不思議と良く通る声だった、透明な白さを含んだ響きがお空を惹き付ける。

 

 

「どう思う、文?」

「『死を遠ざける程度の能力』が相性バツグンでしたからねぇ。ただでさえ妖怪に利きづらい『病気を操る程度の能力』が私たちには一切通じなかったわけですし」

「でも土蜘蛛たちにも大した怪我は負わせてないから、お互いに良かったんじゃないかしら。あんたがやった何人かは重傷だろうけど」

「いやいや、ですからアレは私の仕業じゃないです。あー、それより一匹取り逃がしましたよね、桶みたいなのを抱えた土蜘蛛を」

「逃げる娘まで攻撃するのは天狗の誇りに反するわ」

「天狗の誇りは刑香の認識とは違うんですけどね」

 

 

「う、このカラス達まずいよ………」

 

 

 どうやら彼女たちは土蜘蛛の巣を突破してここに来た侵入者らしい。そして彼女たちの妖力は木っ端妖怪の放つモノではない、単なる地獄鴉である自分とは格が違うモノを感じる。おまけに身体中から微かに感じるお日様の匂いから、彼女たちは地上の妖怪に間違いない。主人が嫌う地上からの来訪者、これはお空にとっても無関係な事態ではない。

 

 

「さて、地霊殿はどっちですかね。さっさと書状を届けて帰りたいものです、鬼に出会う前に」

「文とはたてと私、三人なら鬼の一匹や二匹くらいどうにかなるんじゃないの?」

「私たちは戦いに来たわけじゃないですよ、それに大物が出てきたら三人掛かりでも返り討ちにされる危険があります。ならば戦闘は避けるのが吉でしょう、それ以外の雑魚は蹴散らしても構いませんけどね」

 

 

 心臓の鼓動が高鳴っていくのをお空は感じていた。特に三羽のうちで一番危険なのは真ん中にいる黒髪のカラスに間違いない。研ぎ澄まされた妖気は鋭く、魂が惹き付けられる程に強力だ。

 

 地底広しといえども、あのアヤとかいう妖怪と戦って『確実に』勝つことができそうなのはお空の知る限りで二人しかいない。一人目は鬼の大将たる星熊勇儀、そして二人目もまた―――。

 

 

「こ、こうしちゃいられない! ご主人に知らせないとっ…………」

 

 

 思考を中断してお空は急いで黒い翼を広げる。そして旧都の方へと歩き始めた彼女たちに遅れを取らないように、お空は巣から飛び出した。

 

 例え報告に行ったとしても、お空の頭では今の状況を上手く説明できないかもしれない。能天気でお調子者で複雑な思考のできない鳥頭、それが霊烏路空という少女なのだ。

 

 

「急がないと…………えーと、そうだ超特急!」

 

 

 そんなことはお空にはわからないし、元より余計なことを考える思考力はない。そう、馬鹿であるからこそお空は真っ直ぐで純粋なのだ。

 

 

「待っててね、さとり様!」

 

 

 だから少女は飛び立つ、全ては大好きなご主人のために。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 何だか知らないが気力だけは充実している。

 刑香は自身の内から感じるソレの正体に首をかしげていた。それというのも霊夢に見送られてから何だか調子がいいのだ。人の子の見送りくらいで気力が上下するなど、天狗としてはあるまじき話だろう。しかしそれも悪くないと思う自分に苦笑する。本当に白桃橋刑香は変わって、いや変えられてしまったらしい。

 

 

「せっかくだし、霊夢に何かお土産を買って帰ってあげようかな。地底にそういう物を売っている店があるのかは知らないけど」

「あやや、すっかり巫女にデレデレですねぇ。でも人間に入れ込むのは程々にしておかないと『別れ』がツラいですよ」

「………わかってるわよ、文のバカ」

 

 

 妖怪と人間には埋めようのない寿命の差が存在する。ここまで心を許してしまった霊夢、彼女との別れはいつか必ず訪れる。その時の悲しみは絆が深いほど大きくなるのだ。だからこそ「ほどほどにしておけ」と文は刑香を諌める、その様子は心配する姉と心配される妹に違いなかった。霊夢や魔理沙の前では年上ぶっている刑香も文には頭が上がらない。

 

 

「まあ、その話は帰ってからしましょうか。それよりも今は任務です。見てください、地底とは凄いところですよ。まさか地中の空がここまで広いとは思いませんでした」

「…………確かにね、おかげで土蜘蛛とも有利に戦えたわけだし」

 

 

 刑香たちの頭上に広がるのは夜のドーム、いざとなったら飛んで逃げることもできそうな高さと広さがある程だった。ここまでの空間ならば天気の変化すら地底にはあるのかもしれない。刑香の真っ白な手が星一つない地底の空へと伸びる。

 

 

「地下のはずなのに空気が澄んでいるなんて、何だか夢を見てる気分かも………こんなに空が遠いのに」

「随分と深くまで来ましたからねぇ。さすがは旧地獄、人間も妖怪も容易くは脱出できない構造になっているみたいですね、おお怖い怖い」

「それなら逃げ道の確認もしておかないとダメか、ここには『鬼』がいるって噂だし…………吸血鬼を倒せるアンタでも鬼は倒せないんでしょ?」

「いやいや、刑香は私を過大評価し過ぎです。フランドールには二人がかりで挑みましたし、まして鬼なんて並の天狗がどうこうできる相手じゃない。指先一つで地べたに墜とされてしまいます」

「あんたは『並の天狗』じゃないでしょう、精鋭中の精鋭が何言ってんのよ。だいだい私ですら鬼と戦って生き延びることができたんだから、あんたなら万が一の勝利もありえ…………んむっ?」

 

 

 会話の途中で押し黙る刑香。それは不意に文が人差し指で刑香の唇を塞いでしまったからだ。視線で抗議する刑香へと、小さな溜め息をついた文は優しく告げる。

 

 

「いいですか、天狗は原則的に『確実に勝てる勝負』か『本気を出さずに済む勝負』のみを行います。我々はそうでなければなりません。敗北してしまったり、手の内を全て晒してしまえば『後』がなくなってしまいます。そこらへんを履き違えてはダメですよ、刑香」

「む…………わかったわよ」

 

 

 少し不満そうにしながらも白い鴉天狗は了承する。その答えを聞いて「よし」と文は刑香の唇から指を除けた。それというのも刑香は『負けるかもしれない勝負』にも果敢に挑む傾向がある、とりわけ伊吹萃香との戦いがソレだ。

 天狗にそんな戦いがあってはならない、長い寿命を遂げるには弱者のみを打ちのめし強者を受け流す生き方が必要になる。しかし「そんなモノ知ったことか」と刑香やはたては切り捨てるだろう。天狗としては自由過ぎるところが二人にはある。まあ、だからこそ二人は射命丸文の親友に足り得るのだが。

 

 

「思考が逸れましたね。はたて、いつまでメモを取っているんですか、さっさと出発しますよ!」

「あっ、ちょっと待って! 何で地底なのに最低限の温度が保たれているのか、についての考察が纏まりそうなのよ。もう少しだけ!」

「ダメです、こうしている間にも地底妖怪が現れる可能性がありますから。…………まったく二人とも世話が焼けますね」

 

 

 びっしりと書かれたメモ帳。

 勉強熱心なのは良いことだが、今は時間が惜しい。文としては、できれば日の出までに地底を脱出したいくらいなのだ。レミリアたちの異変とは違って、文ですら勝てない相手がいるのだから手短に済ませたい。それなのに鬼と戦おうと提案したり時間を無駄遣いしたりと、昔から放っておけない親友たちは相変わらずである。何というか緊張感が足りない。

 

 

「だいたい、このチームのリーダーは刑香でしょう。私とはたては天狗衆から助っ人として派遣されたに過ぎないんですよ?」

「何をバカ鴉みたいなこと言ってるのよ。私たち三人が集まったらリーダーはあんたって決まってるじゃない。そうよね、はたて?」

「まあ、文って普段はバカ鴉だけどこういう時には頼りになるし。なんて言うか、結局のところ私たちはいつも通りって感じ?」

「に、二回もバカ鴉って言われたんですけど…………わかりましたよっ、私が引き受ければいいのでしょう!」

 

 

 しかし二人から頼られるのは悪くない、表面上は渋々ながらも文は役目を引き受けた。もちろん付き合いの長い二人には見透かされているわけだ。ニヤニヤとしながらはたてはメモ帳を広げる。そうこうしている間に考えが纏まったらしい。

 

 

「多分だけど地霊殿は向こうにあると思う。ここに来るまでに集めた資料によると地霊殿は『灼熱地獄』を管理するために建てられたらしいから。つまり…………」

「つまり、地底を暖めている熱源に近づいていれば到着するという訳ですか。流石ははたて、もしかして役に立つかもしれないと連れて来て良かったです」

「無理やり巻き込んだの間違いでしょうが、ぶっとばすわよ?」

「あやや、冗談ですよ」

 

 

 そして熱だけではない。太陽の光が届かないにも関わらず、この地底が仄かに明るいのは恐らく元地獄があった影響だろう。如何に地獄の鬼族であろうとも手元が見えなければ罪人を痛め付けることなどできまい。何らかの妖術か魔法、それとも地脈の影響なのか。ともかく地底全体に地上の太陽ではない、何かの光が降り注いでいる感覚があった。

 ブン屋の少女たちにとっても興味深い現象ではあるが、これ以上考えるのは時間の無駄だろう。

 

 

「出発しますが、ここから先は目立たないように歩いて行きますよ。土蜘蛛たちとの戦闘は仕方なかったにしても、これ以上は地底を刺激しないように進みます」

「異議なし」

「あ、私も異議なしってことで」

「よろしい。…………しかしまあ、はたての意見がなくとも私たちの進む方向は変わらなかったでしょうね。あっちに大きな街の明かりがあるわけですし」

「あー、ホントだ。ごめんね、文、刑香」

 

 

 文がひょいっと指差した先。

 灼熱地獄のあるだろう方向では提灯の明かりがチラチラと揺れている。黄色い街の光と赤い提灯の明かりが鮮やかに街の輪郭を浮かび上がらせているのだ。そこは鬼の作った楽園、きっと陽気な酒場街なのだろう。ここまで酒の匂いが漂って来ているくらいなのだから。

 

 

「ふふふ、お酒だけではなく良いネタの匂いもするから楽しみです」

「手短に終わらせてトンズラするんじゃなかったの?」

「お忘れですか、刑香。幻想郷最速たる射命丸にかかれば、任務の片手間に盗撮の一つや二つは容易いという事実を!」

「私はパスしとく、どうにも地底は私の新聞に載せられそうなネタが少なそうだし。ねえ、はたてはどうする?」

「スルーしないでください」

 

 

 肩透かしを喰らった黒いブン屋が項垂れる。

 それを更に受け流して、白いブン屋はもう一人の親友へと話しかけた。こういう時の文とは取り合うだけ面倒なだけなのだ。しかし、肝心のはたてから反応がない。この距離で聞こえていないわけでもないだろうと、怪訝に感じた刑香は親友の顔を覗き込む。

 

 

「はたて…………っ!?」

 

 

 その瞬間、ぞわりと刑香の胸に『黒い感情』が霧のように沸き立った。それは遥か昔に捨て去ったはずの情動、天狗として『欠陥品』であった自分と比べて『完璧な』天狗である二人に抱いていた邪な思い。これではまるで―――。

 

 

「―――くっ、何なのよコレは!? 」

「どうして、私の『花果子念報』の部数は伸びないのよ。誰よりも努力してるし記事だってアンタ達より上手にできてるのに」

 

 

 苦しげに声を絞り出した刑香に対して、はたての口から漏れ出していたのは独り言。しかも脈絡不明、どこから飛び出したのか分からない内容だった。その刺々しい声色は自分に向けられているわけでもないのに刑香の心をささくれさせる。すると息が楽になってきたのを感じ、冷静さを取り戻した刑香が口を開く。

 

 

「ちょっと、こんな時に何の話よ。別に売れ行きなんてどうでもいいでしょ、あんなに読み応えのある記事を書けるくせして…………」

「それでも読んでくれる天狗や人がいないと意味なんてないでしょ、バカじゃないの…………?」

 

 

 それを境にして少しずつ空気が淀んでいく。今まで清涼だった鴉天狗たちの風に『毒素』が注入されたかのごとく、刑香とはたての眼差しが暗い色に染められていく。妙な雰囲気を感じた文が止めようとするが、はたてが再び辛辣な言葉を投げつける。

 

 

「そもそも『四季桃月報』だって、誰一人として人物が映っていないような寂しい新聞のはずなのに。刑香の感性は確かに凄いと思うけど」

「…………私が妖怪や人間を撮らない理由は知ってるでしょ。あんたは便利な念写が使えるから他者と会う必要なんて無いんだろうけど、組織にも属しながら悠々自適の記者生活なんて羨ましいことね」

「私のことが羨ましいって冗談でしょ。刑香は組織からも抜け出せたから自由に空を飛べるくせに。くだらない掟に縛られている私とは違って、幻想郷のどこへだって行けるくせにっ…………妬ましいわ」

「いつ私がそんなことを望んだのよ、あんたは今でも組織のみんなと一緒にいる。いつも文と一緒にいるじゃないの、それがどれだけ私にとって…………妬ましいことか理解できる?」

 

「ちょ、何をしてるんですか二人とも!!?」

 

 

 カチリ、と気がつけば二人は妖刀に手を掛けていた。

 突然に起こった仲間割れ、驚いた文が刑香とはたての間へ身体を滑り込ませる。喧嘩ごときにいくらなんでも刃物を持ち出すのは不味い、それに今は任務中だ。こんなところで時間と体力を消耗するなんて馬鹿げている。

 

 

「あ、あなた達はいったい何を考えっ…………て?」

「そ、そのまま立ち塞がってて、文!」

「っ…………なにコレやっばいっ!」

 

 

 刑香とはたては、まるで何かに耐えるように自らの腕を押さえつけていた。妖刀を鞘から抜き放とうとする行動を自分で妨害しているのだ、それは奇妙に過ぎる光景だった。夏空の碧眼と夕焼けの紅眼に虚ろな光が混ざり込んでいることを見抜いた文は舌打ちする。

 

 

「くっ、どこからか『能力』持ちに攻撃されているということですかっ。…………ええいっ、あなた達は本当に世話が焼けます!」

「「あんたは偶然狙われなかっただけでしょ!!」」

「あややや、意外と余裕があるではないですか」

 

 

 せめてもの救いは二人の絆であろう。文を挟んでいるとはいえ、刑香とはたてはお互いを傷つけまいと踏み留まっている。これがもし単に任務で寄せ集められただけの集団であったなら、今ごろは同士討ちに陥っている可能性が高い。これはそういう能力だ。

 

 

「仕方ありません、そのままでいいので耳を貸してください。また刑香に負担を掛けますが、やられるよりはいいでしょう」

 

 

 全くもって、厄介かつ迷惑な能力を持つ妖怪が近くにいるらしい。即座に対応策を弾き出しながらも、射命丸文は内心で毒づいた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「妬ましい、妬ましい、妬ましい。綺麗な羽も姿形も、沢山の知識も、あんた達が地上で暮らしている事実さえも、私の持ってない全てが妬ましい」

 

 

 何者かが言葉を吐いた。ギチギチと爪を噛み軋ませながら声の主は口元を三日月のように歪める。そこにいたのは病的なまでに白い肌と金色のショートボブ、ペルシャ調の優美な衣服に身を包んだ美しい少女だった。まるで寒さに震えるかのように少女は自らの身体を強く抱き締める。

 

 

「何もかもメチャクチャにしてあげる、絆も親愛も友情も塵一つ残してやるものか。………なんてね、ふふ」

 

 

 静かな翡翠色の瞳に宿る『嫉妬』の火炎がチロチロと燃え盛る。この少女は地と地の境界である『橋』を護る女神であり、人を呪う妖怪でもある希有な存在。

 

 そんな少女が放つのは、どこまでも連なり積み上げられた妬みの感情。他者の精神にまで到達するソレは最早『呪詛』に近い何かである。自分の能力を浴びて、仲間割れを起こしている鴉天狗の少女たちを見つめる顔には喜びが満ち溢れていた。

 信じていた者を裏切らせ、何もかもを失わせる。そういう光景を作り出すたびに地底と地上の抜け道を護る妖怪少女は暗く暗く、しかし地底の誰よりも可愛らしい笑顔で魅せるのだ。

 

 

 

「ああ、ツラくて悲しくて、とっても熱い。そんな素敵な激情はいかがかしら?」

 

 

 

 唄うがごとく軽やかに呪いの言葉を呟き捨てる。

 姿形は散る間際の花のように儚げなれど、その鋭利な刺には毒がある。この少女にとって視界に入るモノ全てが妬ましい、すなわち呪詛の対象であることは仕方のない事実である。

 

 

 『橋姫』、水橋パルスィはそういう妖怪なのだから。

 

 

 

 


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