その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

24 / 84
第十九話:トリプルスポイラー

 

 

 寒々とした冬空が広がる幻想郷。

 空気は澄み渡り、弱々しくも暖かい光が地表に降り注ぐ午の刻。流れ行く雲は低く、夕暮れに一雨くるかもしれない微妙な空模様の下にて、白い鴉天狗は川縁に腰かけていた。その手には釣竿が握られている。

 

 

「ふあぁぁ……………。昨日は慧音のところの居候と飲み明かしたから、瞼が重いわ」

 

 

 欠伸を一つ、その身動きで釣竿の糸が揺れて小さな波が水面に広がった。すると狙っていた大物は身を翻して川底へと姿を隠してしまう。「あ、ちょっと!?」と焦る刑香だったが、もう遅い。

 

 

「あー、やっちゃった。しかも餌だけ持って行かれるなんて…………天狗にあるまじき不覚よね」

 

 

 残念そうに糸を手繰り寄せる刑香。

 その姿は真っ白な天狗装束に、ちょこんと頭に乗せられた真っ赤な頭巾という、いつも通りの堅苦しい格好だった。だが、私服をコレしか持っていないのだから仕方ない。

 

 それと魚には逃げられたが、別に生活が懸かっているわけではないので問題はなかったりする。本気で採りたいなら葉団扇を使って、川の水ごと魚を巻き上げればいいのだ。その方が時間も労力も掛からない。

 

 なら何故、刑香は魚釣りなどという非効率的なことをしているのか。その答えは単純明快で、単なる暇潰しだったりする。釣りは最近始めた趣味なのだ。

 

 冷たい水の中を鴨の親子が仲良さそうに泳いでいるのを横目に、釣竿を手入れする。数種類の竹を組み合わせた木製のソレは人里の道具屋で購入したものだ。中々に軽い上に、しなりが良いので気に入っている。

 

 

「よし、もう一度いきましょうか。…………何よ、あんた達もやってみる?」

 

 

 カァカァ、と鴉たちが刑香の周りに集まっていた。

 カチカチと嘴を鳴らして、まるで雛鳥のように刑香へと寄り添うカラス達。余談だが、幻想郷のカラス達は鴉天狗の使いをし、やがて才覚に恵まれた者は天狗の妖力に充てられて妖怪化する。つまりここにいるのは、刑香の妖力に惹き寄せられた者たちである。

 

 

「ほら、これをあげるから向こうに行ってなさい。あんまり大勢がいると魚が逃げるのよ」

 

 

 さっき釣れた魚を放り投げてやると、そちらへ飛んでいく鴉たち。何とも現金な奴らである。そして白い羽が雪の上に舞い落ちるのを、刑香は何となく眺めていた。それは自分の羽ではないのだから。

 

 刑香に仕えているのは真っ白な羽を持つ鴉たち、彼らもまた群れから追放された者達だった。主に似たのか、彼らは身体が弱い。そのため親友たちとは比べるべくもなく、貧弱な配下だと刑香は自笑している。もっとも別に困ることはないので、それなりに大事にしているのだが。

 

 

 

「寒いけど静かね。数十年ぶりだったけど、釣りも案外楽しいかもしれないわ。…………くしゅんっ」

 

 

 真っ白な息を吐いて、薄氷ができる温度を肌で感じながら震える。川のせせらぎは時の流れゆくままに、冷たく澄んだ水が対流していく。そして見上げれば雪雲の広がる空が碧眼に映り込む。

 

 

 そこは静かで冷たい、落ち着いた空間だった。

 

 

 

 

 

「釣れているか、白桃橋?」

 

 

 不意に聞こえてきた声が、冷え冷えとした静寂を打ち破る。ぴくん、と垂らされた糸が静かな水面に再び波紋を起こす。

 

 ――――カァカァ!?

 

 その声の主に驚き、白い鴉たちが慌てて飛び去っていく。後ろから投げ掛けられた声に、しかし刑香は振り向かない。声の主が誰なのか分かっているのだから問題ない、そのまま返事をする。

 

 

「その質問に答えるのなら『釣れていた』が正しいかもね。だって、あんたのせいで魚が一匹残らず逃げちゃったのよ?」

 

 

 魚は敏感な生物だ。彼らは水面近くにいる生物の姿や動き、それ以外にも様々な異常を感じ取っては川底や岩影に身を潜めてしまう。ましてや、大妖怪の気配を感じれば尚更だ。もう魚は一匹も見えなくなっていた。

 

 

「久しぶりね、藍」

 

 

 自身の隣に腰を下ろした八雲藍に、刑香は軽い挨拶を投げかけた。それに九尾の大妖怪は「ああ、久しいな」と、少し疲労の色を滲ませる声色で答える。

 

 

「すまんな、冬に入ってからはお前に霊夢の世話を押し付けている。私も顔を出したいのだが、結界の維持と紫様からの宿題で手一杯なんだ」

「別にいいわよ、霊夢の面倒を見るのは嫌いじゃないし。それに、これは私が勝手に世話を焼いているだけたから謝罪はいらないわ」

「そうか、なら礼をさせてくれ。ありがとう」

「お礼も要らないんだけど…………どういたしまして」

 

 

 藍は礼儀正しく一礼する。一方の刑香は紫からの『宿題』というのが引っ掛かりを覚えたが、わざと触れないことにした。聡明な藍のことだから、必要があるなら話してくるだろうと思ったからだ。

 

 

「でも、あまり甘やかすのも駄目だと思ったから回数は制限してるわよ?」

「何だ、そんなことをしていたのか。…………心配は要らん、むしろお前以外にあそこまで霊夢は甘えない。あの娘は賢いから頼りきりにしても良い存在というのが直感的に分かるのだろう」

 

 

 霊夢は『博麗の巫女』だ。

 博麗の巫女にとって人里の人々は護るべき存在であり、妖怪とは退治すべき対象である。そして親代わりだった八雲紫は人間ではなく妖怪側の守護者。八雲藍とて似たようなものだ。やがて二人と霊夢は少なからず袂を別つことになる、それを聡い彼女は直感的に理解しているのだろう。だからこそ、紫と藍には一定ラインより甘えられないし弱味を見せ難いのだろう。

 

 

「その点においてお前は違った。妖怪側から追放され、人間にも溶け込めない半端者。護るべき存在ではなく、討伐する対象とも言い切れない。だから霊夢にとって純粋に甘えることのできる対象なのだろう」

「…………そう、私みたいな境遇でも役に立つことはあるのね。甘やかしてもいいなら、もう少し頻繁に訪れてみるわ。なら今日の夕方にでも、手土産にウグイを持って行こうかな………………で、本題は何なの?」

 

 

 どこか嬉しそうな表情から一転、刑香は鋭い眼差しを藍へと向ける。霊夢の話をするためだけに、多忙な式神がわざわざ自分を訪れたと刑香は考えていない。良くも悪くも、合理化された思考を持つのが藍なのだ。そんな些細なことに時間を割くとは思えない。

 刑香の碧眼に金色の瞳が映り込む。その鋭い視線に藍は観念したように口を開けた。

 

 

「そうだな。こういったことは、はっきり伝えるべきなのだろう。………………『地底』に向かってくれないか、白桃橋」

「いや、物凄く嫌なんだけど」

「すまん、これは決定事項だ。既に天魔殿やレミリアにも話は通してある」

 

 

 とんでもないことを宣った式神狐。

『地底』とは、妖怪の山から繋がる地下世界のことである。そこには地上では受け入れられない妖怪や、それに類する存在が封じられている。『覚妖怪』『土蜘蛛』『橋姫』『鵺』、そして『鬼』。いずれも危険とされる妖怪たち、特に鬼は格が違う。そして天狗や河童ほど『鬼』に詳しい妖怪はいない。彼ら彼女らほど『鬼』を恐れる妖怪はいない。ゆえに、天狗である刑香が藍から「地底に行ってくれ」と申し入れられて色好い返事ができるはずもなかった。

 

 

「拒否権はないの?」

「………ないな」

 

 

 それなりに藍とは仲良くなったはずなのだが、やはり主人の命令遂行は絶対らしい。主から与えられた命令に一切の疑いを持たずに、ただ誠実確実にやり遂げるのが藍という式神だ。だからだろう、刑香を地底へ送り込むことへの詫びの気持ちはあっても、迷いは感じられない。

 

 どうやら吸血鬼異変の時と同じく、これは避けられないモノらしい。ならば刑香は諦めて受け入れるしかない。しかし「戦ってくれ」と言われていない以上、あの時と違って血生臭いことにはならないだろう。刑香はわざと楽観的に考えて、覚悟を固めることにした。

 

 

「…………いいわ、引き受けた。もし地底で鳥鍋にされたら化けて出てやるから、あんたも覚悟しておきなさいよ」

「くく、その時は亡霊のままで私の式神にしてやろう。橙の妹分が欲しかったところだからな」

「この私が橙の妹弟子にねぇ…………でも、それはそれで面白そうかもね」

 

 

 刑香と藍は冗談混じりに言葉を交わす。この一年でそれなりの信頼関係が二人の間にはできていた。だから今、お互いに相手を信頼することができたのだ。藍は刑香の帰還を、刑香は藍の采配を、それぞれ信じている。

 

 

「ところで、橙へのお土産に魚はどうかしら。今ならお安くしとくけど?」

「ありがとう、いただくよ。…………しかし鴉たちにやらなくていいのか?」

「主人を見捨てて逃げた連中にお恵みは要らないわ」

「ああ、確かにな」

 

 

 ちらりと上空を見上げると、慌てて戻ってくるカラス達の姿があった。どうやら自分の配下たちは食い意地が張っているらしい。刑香は藍と共に苦笑した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 同時刻、雪化粧に染まる妖怪の山。

 その何処かに存在する天狗の隠れ里にて、とある天狗少女がうめき声を上げていた。

 

 

「駄目だぁ、ネタが浮かばないっ…………!」

 

 

 見事な茶髪をツインテールに結った鴉天狗、姫海棠はたては自宅にある執筆用の机の前で、悲鳴とも聞こえる声を漏らしていた。その背後ではガサガサとタンスを漁るような音がしているが、はたては気がつかない。

 

 

「いくら不定期だからって、もう三週間近くも新号を発行していないのはヤバいわ。ヤバすぎるわよ」

 

 

 はたてが悩んでいたのは、自作新聞『花果子念報』の執筆状況だった。彼女の周りにはクシャクシャにされた紙束が転がり、大きくバツ印の付けられた写真が放り出されている。

 

 

「吸血鬼異変が終結してからは大きな事件もないし、念写の対象がはっきり定まらないのが一番の原因よね。…………あー、もう。文と刑香は調子いいみたいだから、私だけ立ち止まってられないのになぁ」

 

 

 ぽてり、と机へと伏せって脱力する。こうしていると紙面から匂ってくる印刷墨の匂いは、とても落ち着くものがあった。そのままの姿勢で前方を向くと、机の隅に飾られた古ぼけた白黒写真が目に入った。『三羽鴉、参上』と題名が付けられたソレは、まだ幻想郷が開かれていた頃に親友たちと撮影したものだ。つまりは百年近くも前の年代物である。

 

 今よりも更に引きこもりがちであった自分を半ば無理やり、外の世界へ連れ出した時に親友たちが撮影した記念品。はたてを挟んで文と刑香が両側でポーズを取っていた。

 

 

「はぁ、あの時はカメラ一つに随分と興奮したものよね。…………刑香まで浮かれてたっけ、ピースなんてしちゃって可愛いもんね」

 

 

 ちょん、と写真に映っている刑香を指でつつく。

 久しぶりに外の世界へ触れた、あの時の感覚は今でも覚えている。考えてみれば新聞というものに興味を持ったのは、あの瞬間であったような気がする。

 ちなみに私物の写真はこれだけである。残りは全て記事に使うためのモノ、こんな自分を寂しい奴だと思ったことは一度や二度ではない。しかし元々、他者との付き合いは面倒なのだ。文と刑香がいることだし、これ以上の友人を別に欲しいとは思わない。

 

 

「博麗神社に飛んで行けば刑香も霊夢もいる、ネタもあるかもしれないのに…………はぁ、掟なんて面倒なだけじゃない」

 

 

 博麗の巫女との過度の接触を禁ずる、そんな細かな掟まで用意された天狗社会は息苦しい。『今どきの念写記者』の二つ名を持つ、はたてにとって妖怪の山は暮らしにくいのだ。引きこもりでありながら自由を愛する天狗。一見矛盾するような精神を持つのが姫海棠はたてという妖怪なのだ。

 

 

「うーん、やっぱり『文々。新聞』と『四季桃月報』に知名度で負けてるわよねぇ。…………私たちで人里の新しい講読者を開拓してる途中なのに、私の『花果子念報』だけ出遅れてるし」

 

 

 掟はさておき今は新聞の悩みが先だ。部数の推移を描いたメモを、はたては渋い顔で眺めている。人間との対立が緩和されつつある今、自分たち三人は人里への天狗新聞の普及を行っているのだ。発行部数の一番は刑香、それを猛烈に追い上げているのが文、そしてはたての順番だ。

 

 『念写をする程度の能力』、はたての作る記事には、新鮮味に欠けるという弱点を持つ念写が多用されている。

 念写に拘ることに意味はない、強いていうなら単なるプライドだ。そして念写では足りない部分を大量の資料から得た知識と、確かな筆力でカバーする。それが、はたてのやり方だった。

 

 しかし相手は手強い。人妖を問わずに集めた、賑やかなゴシップネタが一面を飾る『文々。新聞』。四季折々の幻想郷を一望できる記事を美しい写真で彩った『四季桃月報』。どちらも一筋縄ではいかない競争相手だ。

 

 

「ネタが欲しい、何か幻想郷中を驚愕させるようなのが。大事件とか幻の秘境とか、そういうのがいいわ。…………あれ、お煎餅がない?」

 

 

 空っぽになっていた煎餅入れに首を捻ったが、「まあ、いいか」と今後について考えを巡らせることにした。

 二人が意図的に避けている分野は確かにあるのだ。しかし、それは人喰いなどの殺生ネタだ。多用してしまっては殺伐とした新聞になってしまう、それで部数を稼げたとしても何か違う感じがするのだ。

 文と刑香は自分にとって最高の友だ。そして親友だから新聞作りにおいては好敵手でいたいのだ。だからこそ、正々堂々と勝負して追い抜かないと意味がない。

 

 

「うーん、でも秘境なんて幻想郷には残ってなさそうだし。むしろ人間にとっては天狗の集落が秘境よね、新聞に載せ…………たりしたら、読んだ人間が神隠しに合うか」

 

 

 どうやらネタ切れのようだった。

 そのまま机に伏せて唸っていると、翼の羽ばたく音が鼓膜を揺らす。そして数秒遅れてドアを開く音が聴こえてきた。冷たい北風が部屋に吹き込み、一枚の黒い羽が舞い上がる。自分の家をわざわざ訪ねてくる天狗を、はたては二人しか知らない。その内の一人は追放処分にされているのだから、可能性のあるのは一人だ。

 

 

「無用心ですねぇ、鍵が開いてるじゃないですか。最近は天狗の里で『物盗り』が出没してるんですから気をつけないと…………あややや、コレは散らかし過ぎでしょう」

 

 

 一本歯下駄を脱ぎ捨てて、室内に遠慮なく入って来たのはやはり射命丸文だった。任務中だったのだろうか、真っ白な天狗装束を身につけ、首にマフラーを巻いている姿は凛々しい。

 

 

「いや一応、鍵は閉めたはずなんだけど…………ちょっ、何よコレ!?」

「何か探してたんですか?」

「いや、何もしてないわよ」

 

 

 はたては部屋を見回して驚愕する。

 いつの間にか、タンスの中身が全て床へぶち撒けられていたのだ。服や書物、下着の類いに至るまで収納場所が片っ端から荒らされている。まさか新聞創作に夢中になっている間に賊が侵入したとでもいうのだろうか。

 

 

「…………もしかして、これが噂の『見えないイタズラ妖怪』ってやつ?」

「でしょうねぇ、まさか友人の家に現れるとは思いませんでした。近頃は人里よりも天狗の集落で被害が拡大していたみたいでしたけど。…………何か盗られてますか?」

「お煎餅くらいかな、ネタとしては寂しいわね」

 

 

 自分に降りかかった災難すらも、即座に記事のネタへと繋げようとするのはブン屋の性なのだろう。しかし物足りない。単なる物盗りの話なら、それこそ天狗の秘宝が盗まれたとか、天魔の羽が引っこ抜かれたくらいの衝撃がないと記事にはできない。ただし、その場合の犯人は翌日には神隠しに会うだろうから記事にするのは難しいだろう。特に後者は。

 

 

「まあ、このことは警務部隊に報告するとして…………こほん、新聞のネタになりそうな話があるんですけど聞きます?」

「えっ、ネタがあるの!?」

 

 

 突然もたらされた吉報に、はたてとしては藁にもすがる気持ちで飛び付いた。だからだろう、そこで文がニヤリと笑ったのを見逃してしまう。それが文字通りに地獄へと誘う片道切符であることに、はたては気づけなかった。

 

 

「そういえば、文。あんたなんで天狗装束なんか着てるのよ、今日は非番だと思ってたんだけど?」

「いえいえ、天魔様から野暮用を押し付けられましてね。こいつが本当に面倒な任務でして道連れ、もとい同行者が欲しかったんですよ…………さてと」

 

 

 軽く肩を叩かれた。何だか嫌な予感がしたのを感じ取ったが、もう遅い。

 

 

「天魔様からの命令です、『射命丸及び、その補助者は八雲の使者と共に地底へ向かえ。そして天狗からの書状を届けよ』」

「…………え?」

「実はコレ、極秘任務なんですよ。いやー、はたてが協力してくれるみたいで良かったです」

「いやいや、どういうことよ?」

「あややや、鈍いですねぇ。『極秘任務』なんです」

「ちょっと、文ぁぁ!?」

 

 

 嵌められたと言わんばかりに目を見開くはたて。

 極秘と銘打たれた任務内容を聞かされては、もう無関係ではいられない。つまりは協力を強制されたということだ。しかも行き先は『地底』、まともな天狗の感性からすれば足を踏み入れたいわけもない。

 

 

「嫌に決まってんでしょうが!」

「まあまあ、何かあれば私が護りますから大丈夫ですって。それに特別手当もたんまり出してくれます。ついでに吸血鬼異変で好き勝手した罰も帳消しになります、なかなか美味しい話でしょう?」

「うー、わかったわよ。納得はしてないけど、やってやろうじゃない…………ところで外は寒かったでしょ。お茶くらい出すから休んで行きなさいよ」

「おお、それならお邪魔しますね」

 

 

 まあ、いざとなればこのブン屋を盾にしてやろう。はたてはそう思った。そして急須を取りに台所へ向かう。その間に文は散らかった部屋の整理を始めていた。はたての考えていることくらい、文にはお見通しだ。そして文の考えていることは、はたてに見透かされている。深く語らずともお互いに通じ合う、そこには長い付き合いの親友らしいやり取りがあった。

 

 

「ふんふん、はたては勉強熱心なものですね。こんなに資料が山盛りに…………う、ん?」

 

 

 何かの気配を感じて、文が振り向いた。しかし部屋にいるのは自分一人、他には誰もいない。なので「気のせいか」と判断して整理を再開した。こっそりとライバル紙の情報を集めながら、文は資料を戻していった。相変わらず油断も隙もない天狗であった。

 

 

 

 

 そんな文へ微笑みかけてから、ゆっくり静かに『彼女』は天狗の家から退散する。

 

 

「久しぶりにお姉ちゃんに会いに行こうかな?」

 

 

 定期的に人里の民家へと侵入し、近頃は天狗の集落にまで足を運ぶようになったイタズラ娘。その犯人が『地底の妖怪』であることに気づいた者はいない。

 翡翠色が混じったセミロングの銀髪に、落ち着いた緑の瞳。フリルをあしらった洋服とスカート、その胸のあたりに浮かんでいるのは『第三の目』。この少女こそが地霊殿の主が心配してやまない最愛の妹であり、地底に存在するもう一人の覚妖怪。

 

 

 

 そう、古明地こいしは地上にいた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。