その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

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こちらのお話は『東方project~人生楽じゃなし~』を連載中である、ほり吉様から戴いた原案に自分が改訂を加えたものです。
とある事情により、幻想郷の『外』の世界へと飛ばされた東方キャラクターたちが奮闘する物語である『東方project~人生楽じゃなし~』。そこにもし、白い鴉天狗がいたらどうなっていたのか、というお話です。


注意事項を三点ほど。
①本編ストーリーとは関わりがありません。
②登場人物の性格(刑香含め)において『その鴉天狗は白かった』とは微妙な違いがあるかもしれません。
③舞台は幻想郷ではなく、現代です。そのような内容及び雰囲気が苦手な方はご注意ください。

寛大な心で目を通していただけると幸いです。


番外編その2~さざ波の向こうへ~

 

 それは太陽の光がアスファルトを焼くような、じりじりと暑い夏の日だった。

 

 長い長い舗装された道を一台の黒い原動付バイクが走っていく。乗っているのは白い髪の少女だったが、ヘルメットとゴーグルを被っているので顔は見えない。真っ白な髪が風に吹かれてパタパタと靡いていた。

 

 道の両側には木々が立ち並び、決して道端は広くないが車の通りはなかなかに多い。そして次々と少女を通り過ぎていく自動車たち、それは白髪の少女が律儀にも速度制限を守っているせいでもあった。周りの車はそんな少女を嘲笑うかのように原付を追い越していくが、当の本人は気にした様子もない。

 

 その少女はストライブのシャツの上から黒のトップスを着ていた。細身のラインにぴったりあった服はよく似合っていたが、この炎天下での長袖はとても暑そうでもあった。

 下はジーンズにブーツ。上の服装と合わせて評価しても、とてもすっきりした印象がある。しかし、やはり長い丈のそれは少女の雰囲気には似合っていてもこんな猛暑日に適した格好ではないだろう。

 

 それは少女もわかっていたが仕方ない。もしもの事故の時には長袖を着ておくのが、原動付バイクの鉄則だと親友から教えられたからだ。それにサンダルなどのつっかけも運転するときには好ましくない、という話なのでわざわざしっかりとしたブーツを履いている。

 

 バイクは陽炎の立ち上る道を遅いのか速いのか、ともかくそれなりの速度で走っていく。途中の交差点には「二段階右折」のマークがあったので、それもちゃんと守るためにウィンカーを点灯させて交差点に沿って方向を転換させる。なかなかのハンドル裁きだった。

 

 

「………ちょうどいい、かな?」

 

 

 どうやら少女は道の途中に何かを見つけたらしい。

 彼女はもう一度ウインカーを出して、その駐車場へとハンドルを切った。そこは何の変哲もないコンビニだった。看板には「AM/PN」と書かれていて、車もそれなりに止まっている。

 

 原付を邪魔にならないように端っこに停め、少女はヘルメットとゴーグルを取り去った。ぱさぁ、と白い髪が広がってきらきらと太陽の光を反射して輝いた。周囲を見やるのは真っ青な夏空を映し込んだ碧眼。

 それはこの国に暮らす人々の外見の範疇から大きく外れている姿だった。その異貌に少なくない人々が思わず立ち止まっては、真っ白な少女を目を奪われる。『あの地』の出身者は外見だけで人を惹き付ける力を持っているようだ。そして浮き世離れした姿の少女は原付に手をついて、ゆっくりと口を開けた。

 

 

「あ、っついわね………。アスファルトだか知らないけど照り返しが地面の比じゃないわ。いくら車輪が走りやすいからって、殆どの大地を岩で覆ったら井戸も枯れるだろうに。『外』に住む人の子は何を考えてるのよ…………もしかして阿呆なの?」

 

 

 それまでの雰囲気をぶち壊す言葉を放った白い少女、白桃橋刑香は汗でべとついた服の下に少しでも風を入れようと首元をぱたぱたと動かす。ただでさえ炎天下なのに、速度制限を守っていると三十キロしか出せないので風を受けられない。そのためシャツの下は汗でベタベタだった、身体に密着してくるので非常に気持ち悪い。

 外の世界は理不尽だ、ルールをしっかりと守っているというのにこのようなこともある。恨み言の一つでも言ってやりたいが、生憎なところ聞き役がいない。「なら仕方ない」と刑香はため息をついてからコンビニの中へと入っていった。

 駐車場での周りから向けられる好奇の視線には気づいていたが所詮は人間からの視線、いちいち気にするのも何だか馬鹿馬鹿しかった。物珍しく見られることは幻想郷でもよくあることだったから。

 

 

 

 

 

 

 冷房の効いた店内の涼しさに思わず目を細める。汗で濡れた服と身体の隙間に入り込んでくる冷風が心地よい。そのまま思考を停止させていると「いらっしゃいませ?」と声が聞こえてきた。入り口で立ち止まっていた刑香に店員が話しかけたのだ。なので少し恥ずかしげに顔を背けてから、店内の物色を始める。

 

 

「といっても、買う物は一つしかないんだけどね。魔理沙のおかげで手持ちのお金も少ないし。…………さて、どれにしよう?」

 

 

 飲み物のコーナーに並べられたペットボトルたちの前で刑香は顔をしかめた。さっさと決めるはずだったが、飲み物の種類が多すぎてどれを選ぼうか迷ってしまったのだ。現代製の色とりどりで洒落た銘柄のボトルたちが天狗少女を悩ませる。

 ちらりと映った視界の片隅にアルコール類もあったが、苦労して手にいれた免許を停止されたくないので選択肢にない。そもそも幻想郷にいた頃ならともかく、今の身体で酒を飲んでまともにアレを運転できるとは思えなかった。

 

 じっくりと思案してから、その中の一本を選び出す。青いパッケージをつけたそれは「アーク・エリア―ス」という、どこか神聖さを感じさせる名前のスポーツ飲料だった。

 

 そして刑香は手早く飲み物を持ってレジで会計を済ませると、すぐに店の外に出て行ってしまう。くぅと鳴るお腹が何かーーーレジ横にある香ばしい匂いの唐揚げや肉まんーーーに「反応」しては困る。この間の出来事のせいで財布にはお金が入っていない、つまり今の自分は金欠なのだから。

 

 兎にも角にも飲み物を手に入れた刑香はペットボトルの蓋を開けて口をつける。そのまま喉を鳴らして液体を流し込むと、身体の奥にまで心地よい清涼感が広がっていくかのようだった。すうっと火照りと暑さが引いていくのを感じる。

 

 

「……っ、よしっと」

 

 

 半分ほどを飲み終えてから原付の椅子を開け、そこにペットボトルを放り込んだ。むわっとした熱気が中から立ち込め、「直ぐに温くなりそうね………」と嫌な予感が頭をよぎる。ちなみに原付にある椅子の下は空洞になっていて刑香のバックなどはそこに収まっていた。

 そして、大切なカメラも入っている。

 

 

「そういえば、本来はここにヘルメットを入れるんだっけ?」

 

 

 そう、この空洞は別に荷物入れではなく「メットイン」というれっきとした名前があるらしい。まあ、そんなことを気にしている者は少ない。正直言えばほとんどの人にとってどうでもいいからだ。しかし、新聞記者をしていた刑香にとってはちょっと気になることだった。

 

 

 

 

 

 長い長い舗装された道を一台の黒い原動付バイクが走っていく。そこには白い髪の天狗少女が乗っていて、道の両側の並木道は相変わらずどこまでも続いている。それは先程までと変わらない景色だったが、陽の光を木々が遮って作りだす影のおかげで少しだけ涼しさを感じられる。

 

 もう一つ、変わったことがあった。

 それに気がついた刑香がアクセルを強めに回す、わずかに磯の香りがしてきたからだ。それは幻想郷では決して見ることができない巨大な『水たまり』の近くに来ていることを示していた。

 

 幻想郷にはなかった独特な匂いが刑香に、その存在自身が「自分は近くにあるぞ」と教えてくれているようだった。

 だんだんと聞こえてくるザザー、ザザーという小波の音が「ほら、もう少しだ」と励ましてくれる。

 こんな遠出をしてまで辿り着きたかった場所がすぐそこにある、そんな事実が胸を高鳴らせる。力強くエンジンを鳴らして走り抜ける並木道、そこに生える木々も少しずつ数を減らしていく。「まだだろうか」と刑香が不安に思った瞬間、並木の隙間から青い『何か』が見えてきた。

 

 

 少し先に木々の途切れている場所を見つけると、わずかに速度を上げる。エンジンがうなりをあげて、肌にあたる風が強くなった。しかし、横を車が追い抜いていくのでたいしたスピードではないらしい。それでも待ちきれない思いでバイクを急がせる。

 

 

「っ…………百年ぶりか、ずいぶんと懐かしいわ。潮の香りなんて本当に久しぶり、あの娘も連れてきてあげたら良かったかな」

 

 

 一瞬だけ強い光が刑香の瞳を眩ませる。

 そして次の瞬間には彼女の眼前に青い、蒼い海原が広がっていた。限りなく見渡せる、この世界でもっとも大きな『水たまり』がそこに合った。天狗少女は感動とも驚きとも取れる様子で、ゴーグルの下でぱちくりと眼をしばたかせる。感動がないといえば嘘になるだろう。この景色を見たのは久しぶりだった、本当に百年ぶりなのだ。

 

 非常識なまでに広大なソレ、地平線に横たわる大海が鴉天狗の心を弾ませる。陽の光を映した青い海面が、キラキラと輝いていている光景は綺麗だった。そして白い海鳥が自分の頭上を優雅に飛んでいく姿を羨ましそうに少女は見送った。

 

 

「もし飛べたなら海を見下ろせるのに、なんて考えるのは贅沢な悩みかな。…………あんたたち、せいぜい私の分まで頑張って空を舞いなさいよ」

 

 

 鳥たちの飛んでいく先に道はまだまだ続いている。刑香の目線の先には大きな『島』があった。

 島と言っても海に浮かぶのではなく砂浜でつながったそれは、舗装されたコンクリートの道が両岸を繋いでくれている。長い長い時間をかけて砂が運ばれては沈殿し、やがて陸続きとなったもの。難しい言葉で言えば陸繋島というらしいが、そんな過程はどうでも良いことだ。何百年単位で起こる出来事でも、千年を生きる天狗にとっては些末なことに違いないのだから。

 

 

 

 そのまま島への長い長い道を行く。自宅を出発してからかなりの距離を来ているが、そこは散々に見慣れている公道とは少しばかり違っていた。

 ここは海の上にある道なのだ。そしてそれは海の道、バイクの走る道の両側は小さな砂浜と大きな海原が広がっている。新聞に載せたいと思えるくらいに、美しい風景だった。

 

 なので今すぐにカメラを構えたかったが、それはできない。バイクを止められるところがないのだ。一応、道の端に寄せて停まれないことはない。しかし、それでは後ろからの車の邪魔になってしまう。不必要なことで人間とトラブルを起こすのは御免だ。とても面倒くさいのだ、後ろから追い越して来たワゴン車を避けながら真摯に思う。

 

 

 

「本当に賑やかな道ね、やっぱりこの景色があるから人の子も集まるのかな。………まあ、それはいいけど砂浜で遊んでいる人間の格好は理解できないわ。あんなに肌を露出させて、どうして平気なのよ」

 

 

 たまに砂浜で遊んでいる人々もいたが、彼女たちの身につけている水着というモノはどうも気恥ずかしい。最低限の布地だけで身体を堂々と晒して、どうして平気でいられるのか理解に苦しむ。自分がそんな格好になっている姿を想像するだけで顔が赤くなりそうだ。ぷいっ、と刑香は海辺で遊んでいる人間たちから目を反らした。

 

 

 やがて道は島へと上陸し、そこには「ようこそ」と書かれた看板が案山子のごとくに突っ立っている。

 海鳥と蝉の声が混じりあって、暑い日射しの中で気持ちよく耳に響いてきた。そして目的地に着いたことの安堵感が生まれたのか、お腹がまた小さく鳴り始める。どうやら今度は我慢が効かなさそうだ。

 

 そこは小さな港町のようでいて、暑い夏には格好の避暑地になっているのか人通りは多い。良い海産物が取れるのだろう、通りには磯の香りのする店が建ち並び、天狗の腹の虫を追い詰める。そんな中で多くの屋台が「ほたて網焼き!」という幟(のぼり)を立てているのに気がついた。

 

 

「はたて焼き? …………違った、ほたて焼きか。なんだか見た目がどろどろしているやつよね。あんなものを人の子はよく喜んで食べられるわね……」

 

 

 刑香は呆れたように呟いた。テレビで見たアレは何だかぬちゃぬちゃして、どう見てもゲテモノとしか見えなかった。おまけに友人の名前に似ているので意識的に敬遠している。刑香は元々、あまり貝が好きではない。

 

 しかしそろそろ限界だとお腹が訴えてくる上に、ちゃんとした食事所に行くお金もない。「まあ、物は試しか」と少女は原付を停めて、幟のある屋台に向かって歩き出した。ヘルメットとゴーグルを外しながら、友人に心の中で謝るのを忘れない。

 

 

 

 

 

「お、おいひ………………美味しいわね、うん」

 

 

 木陰になった石段に座って刑香はソレを口に運んでいた。彼女の手には紙の皿と割り箸がある。

 屋台で買ったらしい紙皿の上にはこんがり焼けて、しょうゆが垂らされた『ほたて』が四つ並んでいた。最初は五つセットだったのだが、一つは既に口の中だ。

 予想を越えた香ばしい味に驚かされ、「美味しい」を「おいひぃ」などと言ってしまった。すかさず今の間抜けな発言を誰かに聞かれていないか周りを確認する。どうやら誰もいないようだったので、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 噛めば噛むほど肉汁ならぬ貝汁が口に広がっていくのを刑香は十分に味わってから咀嚼していく。

 一気に飲み込むと味わう時間と満腹感が減るというのはお金のない生活から学んだ知恵だった。特に今月は新型のカメラを魔理沙に買わされたので厳しい、おまけにルームシェアをしている親友が何やら使い込んで金欠になったらしく彼女から借りることもできない。

 

 

「まあ、いつも通り何とかするしかないか。まずは咲夜や美鈴あたりに相談してみようかな」

 

 

 人間の金銭に翻弄されるなど、仮にも鴉天狗である自分にとっては情けない話だ。しかし、なるようになるしかないのも事実なのだ。それを理解しているからこそ、こういった状況でも焦らない。「生きている限りはどうにでもなる」、それが『死』を遠ざける能力を持つ刑香の信条なのだ。なので、まずは頼れる紅魔館の二人にでも話を持ちかけてみようと思う。

 

 

 

 そして短い昼食を食べ終わった後は、予想通りに常温なっていた「アーク・エリア―ス」を一口だけ飲み、ほたての載っていた皿や割り箸をビニール袋に纏めてしまう。そこで刑香はようやく一息ついた。顔を上げてみると繁った葉の隙間から、太陽が自分を目映く照らしてくれていた。その漏れでる陽光を浴びて気持ち良さそうに空色の碧眼を細める。

 

 

「まずは何を撮ろうかな。やっぱり海が一番か」

 

 

 一人つぶやく。せっかく自分は街から離れたこの島に写真を撮りに来ているのだ。おまけに良いカメラを買ったのだから、良い場所で思う存分にとりたいと考えるのはブン屋として仕方のないことだろう。

 だがしかし、刑香は悩んでいた。とりあえず海を撮ることは決めたものの、どう撮るべきかを腕を組み頭をひねって考えていた。今日の記念すべき一枚目は、できることならピンとくるものがよかったからだ。ひんやりと苔むした石段に腰かけて、悩むこと数分後。

 

 

「…………そうだっ」

 

 

 何かを思いついたのか刑香は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 海原を見渡す道の端に一台の黒い原動付バイクを停車させる。そこから見ると島『から』伸びる道が、刑香のもと来た土地につながってた。それはまるで白い橋のようだった。

 

 両側を海に囲まれた、砂とアスファルトの道。青い海の向こうの青い空が広がる、長い長い橋。滄海の向こうの蒼穹、羽を休めることなく飛んでいく海鳥達。そこはとても贅沢で美しい場所だった。

 刑香は自然というモノが好きだ。紅葉や湖は自分から意識的に離れていくことはなく、冷たい視線を向けてくることもない。だから刑香の取る写真には『誰か』が写ることは少ない。いや、かつて少なかったのだ。

 

 車が来ない隙を見計らって、道の真ん中に躍り出る。端からは慌てているようにも見えたが、手には黒光りする新しいカメラがしっかりと握られていた。刑香はちろりと唇を舐めて、道の真ん中でカメラを構える。

 

 

「うん、いい写真が取れた。今度は誰かを誘って来られたら…………いいかもね」

 

 

 白桃橋刑香の覗き込んだファインダーには、どこまでも広がる海とその上を走る真っ白な道があった。どこか不思議で、幻想郷では決して撮れないワンショット。その一枚に満足そうに頷きながら「次は誰と一緒に来ようかな」と刑香は楽しそうに呟いた。

 次に来た時には、そのカメラは『誰か』の姿を写しているのだろう。その表情はきっと笑っているに違いない。

 

 




本編は番外編後に更新予定です。
吸血鬼異変と同じく『序章』からスタートする長編となります。

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