スーパーロボット大戦 code-UR   作:そよ風ミキサー

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前書き

ストックがありますので、早めの投稿となります。

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第3話

 ヴン……と機械が起動する音が静かに響く。

 〝彼”にとってはもう慣れ親しんだ音で、既に何回も、何百回も聞いてきた。

 

 そして同時に、自身のチェックも行われている。

 

 各コンピューターに異常なし。

 

 ボディ外内部の各部位、および動力周りに異常なし。

 

 DG細胞の活性度……安定。

 

 その他、極めて良好。

 

 いつもと変わり映えのない状態が視界の片隅にモニターとして映り、それに目を通すのも〝彼”の日常習慣の一部として身についていた。

 人間で言う所のこまめな体調管理と同じだ。結果はいつもと同じ〝良好”の2文字が〝彼”のモニターに爛々と映り出す。健康なのは良い事だ、本当に。

 

 これでどこぞの金属細胞に変化があったら肝、もとい動力炉が凍り付くのは確実だ。

 まるで陰性の病気がいつ陽性に変化するか冷や冷やしている患者のような心持に最初は落ち着かなかったが、何度も繰り返していれば多少は肝も据わってくる。

 

 

 一通りのチェックが終わった〝彼”の――――ヴァルシオンの頭部に備え付けられたカメラアイに映るのは、暗がりの広がる格納施設のみ。〝彼”が最初に目覚めた時と同じような華やかさのない、どこか寂しげな場所だった。

 

 しかし、前の格納庫とは違う点がある。

 

 彼が今いる場所は、テスラ・ライヒ研究所の遥か地の底だ。

 

 〝地下第99番格納庫”

 決して記される事のない番外の格納庫、それが〝彼”の今の住居である。

 

 ビアン・ゾルダークは、〝彼”との約束通り世間から〝彼”の存在を隠し通す事に成功したのだ。

 

 

 

 

 あの後、研究所で正式に話が決まってからは驚くほどに動きが迅速だった。

 まず最初に〝彼”を再びテスラ研内の格納庫へとおっかなびっくり連れていき、専用の格納施設を再び設ける前に一時的に既存の格納施設を間借りするわけだが、そこでビアン側が〝彼”にお願いをしたのだ。

 

 それは、〝彼”のボディを一時的に分解し、各パーツを資材に紛れ込ませる事だった。

 今のままではあまりにも目立ちすぎるため、設備が出来るまでの一時しのぎの策だ。

 

 どんな機械にだって、メンテナンスをする為にある程度まで分解が出来る様に作られている。〝彼”のヴァルシオンのボディにだってそれは該当するだろう旨をビアンが〝彼”に話したのだ。

 その話を持ち掛けられた〝彼”が確認してみると、確かにメンテナンス用としてボディをある程度まで分解できる様になっている事が分かったのだが、研究の為に分解される事を恐れた〝彼”は当初それについてとても難色を示していた。しかし、そういうやむを得ない理由と、決して悪用しないとビアン側が真摯な態度を見せてくれたので、渋々承諾する事となった。向こうが自分の為にあれこれと頑張ってもらってくれているのに、それに対してケチを付けるのは少し不誠実だと思ったのだ。

 その際、分解したパーツは可能な限り解析に回す事になっているのだが、それについては専用の格納施設を用意してくれるための費用と思って〝彼”も許可している。念のため「変に取り扱ったら何が起こるのかわかりませんので気を付けてください」と釘を刺せば、DG細胞での再生の件もあったので研究所の職員達も戦々恐々と取り扱い始めたので、無理な事をしないのは一応約束された。

 

 五体満足の状態からざっくりと複数のパーツに分けられた時は、痛みこそなかったが決して気持ちのいい物ではなかった。意識があるまま麻酔を受けた状態で手術を受けるような感じと言ったら良いのだろうか。蟻に集られた獲物の気分はこんな物だったのだろうかと、作業班達が自分に取り付いて外したパーツの回収作業をしている姿を見た〝彼”の感想だ。

 

 それからしばらくの間、分解された状態で資材と仲良く混ざって格納施設を過ごしていたら、念願の専用格納庫の完成が告げられた。

 テスラ研から地下数百m以上の深さに設けられたその施設は強固な外壁に守られ、地上からのあらゆるエネルギーの探知を遮断し、テスラ研内でも物理、システム両方の膨大なダミーを掻い潜らなければその存在を知る事が出来ないという念の入りようだ。

 

 しかもご丁重に無線のネット回線は繋がるので、外の情報は随時手に入れる事が可能という、文字通り引き籠りの為に作られた様な施設だ。電波を逆探知される可能性が懸念されたがそこは天下のテスラ・ライヒ研究所、抜かりは無く、発信の出所を分からなくするように仕込んである。

 

 それだけの設備を作るのに、どれだけの費用が掛かるのか想像だに出来なかった〝彼”は、そこまでしてくれたテスラ・ライヒ研究所の人々に頭が上がらない思いだった。しかし代わりに彼らは〝彼”のパーツを出来る限りくまなく調べる事が出来たので、テスラ研側からすれば設備投資以上の収穫が得られたと満足げだった。

 

 ちなみに、〝彼”ことUR-1の存在は、あの時特殊格納庫が吹き飛んだ際に跡形もなく消し飛んでしまったと言う事で誤魔化したらしい。

 謎のロボットUR-1は、機能が停止していたと思われる動力炉が突然息を吹き返し暴走、封印処理を施した格納庫ごとその存在は消滅した。というのがビアン達の筋書きだ。〝彼”がクロスマッシャーを発射した余波で格納庫を吹き飛ばした事実を利用させてもらったようだ。

 

 人工衛星等で見られた恐れもあったが、テスラ研上空の人工衛星はテスラ研所有の物なので、証拠の隠滅は問題ないというとんでもない答えが返って来た。

 流石は世界からの信頼が厚いテスラ研、多少の無茶は押し通せるくらいの権力を持っているようだ。

 

 結果、UR-1は表向きには完全にその存在を抹消されたというわけだ。

 

 

 

 

 そして月日は流れ、時は新西暦184年夏。

 〝彼”が地に潜み、既に5年が過ぎていた。

 

 いつもの日課として、〝彼”はヴァルシオンの機体内に搭載された機能をいかんなく発揮させて世界各国のネットワークへと密かにアクセスを開始した。

 その気になれば軍事施設や政府関連施設へのハッキングも出来るらしいのだが、迂闊な事をして逆探知と言う可能性もゼロではない為、世話になっているテスラ研の人々へ迷惑をかけたくなかったためそう言った危ない橋は渡らないようにしている。手を出す範囲は精々が世界各国のニュースサイト程度にとどめている。あとはちょっとしたアングラサイトも目を通している。朝一番に新聞を見るような、そんなお手軽感覚だ。

 

 視界に無数のウィンドウが映る。〝彼”はそれらを同時に操作してぼんやりと目を通している。それぞれ全く違う言語で記されているが、それも難なく読めている。

 5年の月日は〝彼”にヴァルシオンの細かな機能の操作を可能とさせ、同時に常人では不可能な機械の如き複数処理を行う事に成功していた。5年も地下にいたため暇を持て余し、手慰みにやっていた事が思わぬ結果をもたらしたのだ。脳と言う人間の器官が物理的に存在しない〝彼”の今の頭脳はヴァルシオンの人工知能およびその内部に詰まったコンピューターだ。

 えらく高性能な物を積んでいたのだろうか、そこいらのスーパーコンピューターを上回る性能で、難しい演算も電卓作業の様にこなす事が出来てしまった。とはいえ、それほど高度な演算を行う機会もないため、こういったネットの閲覧で通信処理速度を速めるくらいしか発揮しないあたり、酷い宝の持ち腐れであった。

 

 それらをざっと見てみると、地球の政治、経済、他にもちょっとしたサブカルチャー等の表面的な所は〝彼”のいた世界と大差ないように見えた。それとやはりというか、世界も時代も違うので、テレビ番組を見ても全く知らない番組しかなかった。

 大きく違う所もある。地球圏の宇宙の状況がニュースに出ている事が最たるものだろう。スペースコロニーが存在するので、それに関わる情報が流れている事に宇宙を知らない人間だった〝彼”は当初驚きとともに感動していた。

 

 だが、そんな世界の裏――否、宇宙で密かに動き始めている者達がいる事を〝彼”は知っていた。

 

 〝彼”はテスラ研の人達から提供された情報を見て頭が痛くなった。

 

(宇宙も大分きな臭くなってきているな)

 

 ぼやく〝彼”は、ビアンからの情報で宇宙人らしき存在を知らされているのだ。

 今から5年前、地球圏が送り出した外宇宙探査航行船ヒリュウが未確認の飛行物体に襲われた。

 その時、命からがら逃げてきたヒリュウが撮影した飛行物体の映像がテスラ研に送られて来た。

 その様な極秘情報がテスラ研にも回ってくるのは、技術的な側面から判断材料が必要だったが故、と言うのもあるのだろうし、テスラ研もヒリュウの建造に関わって来たからと言う理由もあったのだろう。

 

 その映像はビアン経由で〝彼”も見る事となった。

 〝彼”は、映像に移る物体の正体についておおよその見当がついてしまった。

 

 宇宙空間を縦横無尽に飛び回るカブトムシのようなフォルムを持つ青白い機動兵器、その名は〝メギロート”だ。

 

 〝彼”はその兵器を所有する者達の正体を知っている。

 

 地球から遠く離れた外宇宙の彼方に母星を持つ異星文明〝バルマー帝国”。メギロートはその無人偵察機なのだ。

 

 バルマーの存在を知識として知っている〝彼”は、連中の持つ戦力を危惧した。

 

 メギロート達を制御しているコロニー並の巨体を持つ超巨大戦艦が、太陽系近くまで来ている可能性があるのだ。

 そしてそこには、DG細胞に勝るとも劣らない力を持つクリスタルで出来た恐ろしい機動兵器が、更には最悪、その艦隊と地球圏の全てを裏で操ろうとした厄介な仮面の男までいるかもしれない。

 

 考えるだけで〝彼”は憂鬱な気持ちになって来た。下手をすれば、銀河規模の戦争が始まるかもしれないのだ。まごまごしていたら地球なんてひとたまりもない。

 〝彼”が記憶している内容では、バルマー帝国の一部艦隊――――ラオデキヤ艦隊が出てきただけで、母星に関しては殆ど分からずじまいだった。

 もしかしたら、自分がプレイしていた作品の続編で明らかになっていたのかもしれないが、その時既に〝彼”はその作品に対する熱意が薄まっていたために続編の情報については全く疎かった。丁度その頃から社会人になって忙しくなりだしたというのも原因だったかもしれない。

 

 そんな危険な宇宙の状況を、世界の人達は知らない。恐らくメギロートの正体を一番分かっているのは〝彼”しかいないだろう。だが、それをほかの人々に話してはいない。バルマーの存在がどこまで合っているのか分からないというのもあったし、迂闊に情報を開示した時こちらへ嫌疑の目が向けられる事を避けたかったという意味もあった。地球の安全よりも、己の安全に天秤が傾いたのだ。

  

 そもそも、外宇宙に潜む存在の情報は一般公開されていない。無用な混乱を招く事をこの星の政府――地球連邦政府が恐れての措置だったという。

 ならば〝彼”ことUR-1は何故世間に公開されたのかとなるのだが、それは第一発見者が現地の観光客で、その時撮影していた動画がネットにすぐさま投稿配信されてしまって収拾がつかなくなった為、やむを得ず公開したらしい。でなければこちらも同様に秘密裏に隠していたそうだ。

 

 こんな事なら、人間だった頃にネットで続編のネタバレ情報でも見とけば良かったかなと、過ぎた過去に都合の良い後悔をしてしまう。

 所詮たらればの話だ。 

 

 だが、宇宙人を知る一部の人々はその事実に怯えているだけではなかった。

 地球でも極秘で、バルマー帝国と思しき彼らに対抗するべく今までに類を見ない新たな機動兵器が生み出されたのだから。

 

 人類初の人型機動兵器、〝ゲシュペンスト”

 月に本社を構える工業用製品生産会社〝マオ・インダストリー”が開発したパーソナルトルーパー(通称PT)と呼称される有人兵器だ。

 新西暦181年に地球連邦軍のトライアルで複数の企業の中から見事採用されたのである。

 もともと月面作業用の2足歩行機械を作っていた事もあってか、マオ・インダストリー、通称マオ社は人型の構造をしたロボットの開発にそのノウハウが活かせたのだろう。

 

 この事を知った〝彼”は確信した。恐らく、今後この世界ではガンダムやマジンガー等の原作を持つロボットアニメに類する兵器はきっと出てこないのだろうと。

 どれだけネットワークを調べてもそれらしい組織や企業、そして研究所は出てこなかったのだ。

 そこから推測されるのは、此処はスーパーロボット大戦に出てきたオリジナルロボットしか出てこない世界なのかも知れないという事だ。

 それならば、メギロートやゲシュペンストなどのロボットしか見覚えが無いのも頷けるというものだ。この5年間色々と調べてみたが、ロボットアニメの大御所どころかアニメに出てきたロボットアニメの機体の影すら見つからないのでそう納得せざるを得ない。

 

 ゲシュペンストがようやく開発された現状で、果たしてバルマーに勝てるのだろうか。彼らの戦力は未知数だ。少なくとも、現状の地球より強大である事は間違いないだろう。

 本格的に向こうが動き出す日が気になるが、情報がほとんど入ってこない現状では如何ともし難いため、向こうが動くのを待つしかないというのが現状だ。 

 

 

 そんな〝彼”に、通信がかかってきた。直接の音声通信だ。

 連絡先は〝彼”の遥か頭上の大地に構えているテスラ研だ。基本的に、其処としか通話はしないようにしているのですぐに分かる。

 通信回線をオンにすると、壮年の男性の声が聞こえた。 

 

「やあ、起きてるかね?」

 

 年季の入った、しかし爽やかさが残る声の主は親しげに〝彼”に話しかけてきた。

 

「おはようございます。……もしかして、もう準備に入っているのですか?」

 

 〝彼”が現在の時間を確認する。朝の9時を少々過ぎていた。

 

「ああ、そうだよ。スタッフの皆はようやく組み上がったアレをまともに動かす事が出来ると俄然やる気でね。全く、気の早い奴らばかりさ」

 

 声の主はやれやれと言わんばかりの言い草だったが、彼自身も喜びを隠せない様で、明るい声色だった。

 声の主も気分が高揚しているのだろう。これから予定しているイベントは、声の主が手掛けているプロジェクトであり、世界で初の試みでもあったのだから。

 

「嬉しそうですね。やはり御自分も参加しているプロジェクトとなると、気合の入り様が違いますか?」

 

「そりゃあそうさ。何たって、人類史上初のスーパーロボットが産声を上げるんだ。年甲斐もなく張り切りたくなる。これで君に一歩近づく事が出来るんだからね」

 

 声の主――――ジョナサン・カザハラは通信機越しで朗らかに答えた。

 

 ジョナサン・カザハラ。今〝彼”が世話になっているテスラ研の現所長である。

 

 ジョナサンとは、5年前のビアンとの邂逅から間もなくテスラ研の上役の人間達との顔合わせを行った時からの付き合いだ。ジョナサンはその頃はまだ所長の座についておらず、上役に数えられる位の高い職員の一人だった。

 

 ジョナサンに限った事ではないのだが、当初は格納施設をDG細胞で取り込んで破壊した事もあって、〝彼”はテスラ研の人々にかなり警戒されていた。パーツに分解された時も、暴れるそぶりがあれば何時でも破壊出来るようにと重火器装備の警備員の監視が付けられていた事もあった。実際それでどうにかなるとは思えないのだが、それで彼らがこちらに対する感情を抑えてくれるのならばと〝彼”はそれを受け入れた。もちろん、いい気分では無かったが仕方あるまいと納得している。

 とはいえ、無抵抗に好き勝手させるつもりもない。もしテスラ研側が悪意を持って接してくるのなら、〝彼”はDG細胞を使う(とはいっても、実際にコントロール出来るのかはその時分からなかったのではったりに過ぎなかったのだが)事も止む無しとテスラ研側に釘を刺してある。

 そうして表面的には友好的に、水面下では互いに警戒しながらの付き合いを続けて2~3年が経った頃に、ようやく彼らの態度が本格的に軟化して〝彼”は一仕事が終わったと大きなため息を密かについていた。

 こうして〝彼”はテスラ研内で一定の信頼を得て、地下格納庫内で静かに時を過ごせる様になったというわけである。

 

「確かに50m級の完全な人型ロボットの制作は、この地球で最初の試みになりますね」

 

「君のおかげだよ。君の体を解析した時に分かった技術のおかげで、アレは――〝零式”はより完成度の高い仕上がりになったんだ」

 

「感謝していただけるのは嬉しいですが……それは動かしてからにした方が良いですよ? 試作型っていうのは何が起こるか分かりませんから」

 

「まあ、そこはテスラ研の優秀なスタッフ達の腕を信じるしかないだろう。記念すべき第一歩でこけるのは格好がつかないからな」

 

 これくらいの軽口をを叩き合うくらいには、〝彼”はジョナサンと良好な関係を築く事が出来た。

 

 それが、自分ことヴァルシオンの力に怯えて媚び諂う為に演じる見せかけだけの関係でない事を、〝彼”は願う。

 

 〝彼”が会話できるテスラ研の人間は、ほんの極一部に限られている。UR-1の事について緘口令が敷かれている事もあって、テスラ研の上層人だけが〝彼”との会話を許されている。

 そして今、〝彼”が会話出来る人間はテスラ研所長のジョナサンしかいなかった。

 

 

 彼らが今話をしているのは、これから行う試作型機動兵器の稼働実験の事についてだ。

 

 一部の者達にのみ知らされている外宇宙勢力に対抗するべく、地球連邦政府はマオ・インダストリー社のゲシュペンスト以外にも更なる力を手に入れるため、テスラ・ライヒ研究所へとあるプロジェクトのもとに開発の依頼が下された。

 

 その名も〝特機構想”。

 特機、正式名称〝特殊人型機動兵器”。

 近接戦闘に特化し、18m級のPT以上の巨体を持つロボットの事をそう呼ぶ。

 

 PTの標準装備としている武器では、異星人の機動兵器に決定打を与えられない可能性が出てきた事により、それを打開する事を目的としている。

 巨体から繰り出される大質量をもって、その強大な運動エネルギーを破壊エネルギーへと替えて相手を粉砕するというのが、この計画の肝なのだ。

 

 その際求められたのは、生産性の優秀な機体ではなく、それを度外視した高性能かつハイパワーなワンオフ機だ。

 そういった機体のコンセプト上、最適とされて白羽の矢が立ったのがテスラ・ライヒ研究所だった。

 

 今回テスラ研が開発要請を受けたのには、テスラ研の特性以外にもう一つ大きな理由があった。

 それは、UR-1の調査・解析を一手に引き受けていた事だ。

 

 UR-1の機体構造は未知の部分が多かったが、それでも解析して分かった箇所だけでも、人型機動兵器を作るにあたってはまさに万金の価値があった。

 発見された当初の損壊の酷い状態を見ただけでも、それは完全な状態だと50mを越していると予測されていたのだ。目標とするにはうってつけと言えよう。

 

 そして今現在のUR-1は、発見された当初とは違って完全な状態でテスラ研内に隠されている。それを一度分解して、〝彼”の許可を得て再分析を行った所、現在の地球の技術でも再現可能な箇所がたくさん出てきたのだ。50mの巨体を支える緩衝機構、その動きに耐えられる関節構造。もっとも、肝心の動力周りや武装、装甲に使われている金属細胞などについては未だに解析が難航している。最後の金属細胞に関していえばテスラ研側も極力避けているため事実上無いような物なのだが。

 そこで調査した結果分かっただけでも、UR-1は特機構想の理想的な形と言えたのだ。ある意味、UR-1は彼らにとって良いお手本となっていたのだ。

 

 それ故だろうか、テスラ研の人々は特機構想のそれとは別にもう一つ目標を掲げていた。

 

 〝UR-1を超えるロボットを作り上げる”

 研究所へ運ばれてから2度に渡って目の当たりにしたUR-1の力の片鱗は、研究陣の人々に大きな影響を与えていた。

 今回の試作機開発は、その第一歩として彼らに並々ならぬ気迫を纏わせていた。

 

 

 

 ジョナサンから〝彼”に映像が送られてきた。場所はテスラ研内のこれから実験を行う試作機が収納されている格納庫だ。

 

 そこには、〝彼”と同じくらいの背丈を持つ鋼の巨人がいた。

 

 全体のバランス的に大き目な手足、巨大な両肩は大きく前へ突起物がせり出している。

 その顔は人間のような造形をしているが、険しい顔つきと大きく伸びた角のような構造体によって、まるで鎧に身を固めた鬼のような印象を与える。

 

 〝グルンガスト零式”、それがこの世界初の特機に与えられた名前だ。

 

 グルンガスト、それはスーパーロボット大戦で主人公の機体として度々登場する機体だ。

 人型以外にも戦闘機・重戦車の3つの姿に変形が可能で、その力は他のスーパーロボット達に勝るとも劣らない力を持つ、味方側のオリジナル機体として登場した最初のスーパーロボットであり、後の作品にもその系列機が何度か登場している。

 

 そのグルンガストの名を冠するロボットがテスラ研で作られる事に〝彼”は驚く事はなかったが、自分が知っているグルンガストよりも前の試作型を目にする事が出来たのは感慨深いものがあった。

 

 後のグルンガスト系列のような変形機構はなく、あくまでその巨体を保持する事と格闘戦を重視した設計になっている。

 

「私が言うのもなんだがね、50mもあるロボットがこうして動く時代が来るとは思わなかったよ。君と言う前例があったとはいえ、ね」

 

「……本当に、アニメや漫画の世界だけの話だと思っていたんですがね」

 

「おいおい、君がそれを言うと何ともシュールな感じがするな」

 

 ジョナサンが茶化すように言ってくるが、〝彼”の言った事は偽ざる本心だった。

 

「暇な機械の戯言だと思ってください。何分、5年も身動きせずに地下にいると娯楽がネットと考える事くらいしかありませんので」

 

「それは、すまないと思っているよ。ただ……」

 

「分かってます。私も自分の立場がどういうものかは弁えているつもりですので、気にしないでください」

 

 気づかぬ内にロボットの体となって数年が経った今でも、わが身に降りかかった奇妙な現象には色々な感情が湧き上がらざるを得ない。

 

 勝手にこんな状況へ追いやった何者かに対する怒り。

 この世界で密かに調べても元の状態へと戻る手立てが全く皆無な現状への悲しさ。

 そして、地の底へと身を潜め、ネットワークを通じてでしか世界を見る事の出来ない自分に対する一抹の虚無感。

 

 それに、今もこうしてジョナサン達へ〝彼”は意思を持った機械を演じている。

 それの、なんと滑稽な事か。

 

 だが、自分が人間だったなどと、どうして言えようか。

 それを明かした事によって生じる波紋が恐ろしくて、〝彼”は自分を偽った。

 だからこの世界に、本当の自分を知るものは誰一人としていない。

 この世界で目覚めた当初は、わが身を守る為に頭を使う事で精一杯だったが、今こうして静かな環境で落ち着いて振り返ってみると、言いようのない不安に駆られてきた。

 

 永久的にこの研究所で世話になり続ける事は、きっと難しいだろう。テスラ研の人達に頑張ってもらったが、所詮今の状況はあくまでその場しのぎに過ぎないのだ。

 

 

「さて、それじゃ私も零式の実験に立ち会ってくるよ。スタッフから開始の連絡があった。君も映像越しになってしまうが、良かったら見ててくれ」

 

 どうやらジョナサンは零式の格納庫へ向かうようだ。

 〝彼”はそんなジョナサンへお気をつけて、と言葉を贈ると、ジョナサンは静かに通信を切った。

 再び静かになった地下格納庫内で、〝彼”は独り言(ご)ちた。

 

(……ビアン博士がいれば、もう少し話が弾むんだがな)

 

 決してジョナサンとの仲が悪いわけでも、嫌っているわけでもない。むしろあの気さくで年を取った大人が持つ余裕の貫録と懐の深さに、ふと気を許してしまう事だってあった。

 

 だが、胸の内を少しでも明かせるのはビアンしかいなかった。

 今、ヴァルシオンの正体を一部でも知っているのはビアンしかいない。無用な混乱が起きる事を危惧した二人が秘密にしたのだ。

 その所為か、どうしても〝彼”とビアン以外の人間との間には見えない溝が出来てしまっていた。話しかけられれば答えるし、此方から話しかける事もある。しかし、〝彼”は皆が自分の内側へと踏み込む事を本能的に拒んだ。自分の現状を知るが故に、慎重であろうとした結果とも言えた。

 

 ビアン博士の方はと言うと、秘密を共有したからと言うわけではないが、不思議な事にウマが合った。

 やれ娘に特訓をさせているだとか、やれコレクションの時代劇のどれそれの殺陣シーンがグッと来るだとか、はたまた好きなロボットアニメのあのロボットの設定には目からウロコが出たと熱弁された時はどう応えるべきか返答に窮したが、悪い気持ちではなかった。

 まるで年の離れた友人が出来たようで、この世界に単身飛ばされた〝彼”はビアンとの交流を楽しんだ。最初はこちらを丸め込むための演技かと勘ぐっていたのだが、どうにも違うようなので、いつしか警戒心も他の人間に比べて大分低くなっていた。

 

 しかし、そのビアン・ゾルダークはこのテスラ研にはいない。ジョナサンが所長を務める前までビアンがその座にいたのだが、後の事をテスラ研の人達に任せて、連邦政府の要請によって何人かの職員とともに新たな組織へ転属したのだ。

 

 〝EOTI機関”

 元々はEOT(Extra Over Technology)という名の地球外の、いわゆる異星人達の物と思しき技術を研究するために立ち上げた組織だ。

 エアロゲイターと遭遇した同じ年に宇宙から飛来した〝メテオ3”の調査も担っていたのだが、そのメテオ3の存在によってEOTI機関の必要性がはますます高まったのだ。

 

 メテオ3はただの隕石ではなく、人工物だったのだ。地球へ落ちる前に減速し、中を調べてみれば、未知のテクノロジーが封印されていた事が理由だろう。自然物と言うにはあまりにも不自然すぎる。

 EOTI機関は、そのメテオ3の調査を連邦政府直属の委員会からの移行で全面的に任された専門機関として現在忙殺されているらしい。当分はテスラ研へ来る事もないだろう。 

  

 メテオ3、これもまた実に胡散臭い代物として〝彼”の目には映っていた。

 未知の技術が内封されているというのもあるが、何よりタイミングが問題だ。

 

 よりによって、何故エアロゲイターと遭遇した同年にメテオ3が落ちてきた?

 決して二つの存在が無関係とは思えなかった。地球の人間の中でもその点について察している者はいるはずだ。

 

 エアロゲイターの元とみられるバルマー帝国は、他の惑星文明を侵略して領土を広げていく侵略国家だ。恐らく侵略の標的と目されている地球へ、わざわざ塩を送るような真似をする彼らの真意は何か? 何となくだが、〝彼”にはそれが分かってしまった。

 それは恐らく、地球側の技術的成長を促し、程よい所で手に入れようという寸法なのだろう。

 過去の作品でも、地球の科学技術に目を付けて侵略行為に走った異星文明があった事を〝彼”は知っているため、その可能性に行き着いたのだ。

 

 そうなると、今回のグルンガスト零式の開発もある意味エアロゲイターを喜ばせる要因になるのだろうか。

 強い兵器を生み出せばそれだけ彼らの思惑に乗せられていくのだろう。

 

 これは、あくまで現状の情報から推測しただけに過ぎない。

 だが、この予測があながち的外れではないのだろうという嫌な確信が〝彼”にはあった。

 

 そんな〝彼”の視界内に収まるモニターの一角では、グルンガスト零式の機動実験が行われている映像が映っていた。

 研究所の外で既に零式に成功したグルンガスト零式が、背中に取り付けられた多数のスラスターに火を噴かせて荒れ地を滑るように駆け抜けている。

 〝彼”は外で映像を撮影している航空機のカメラを通してその光景を見ているのだ。

 

 零式はそこから更に加速、急上昇、円を描くように旋回と、50mの巨体にしては存外に軽快な機動力を発揮していくその姿にスタッフ達から歓声が上がる。

 ある程度機動テストを済ませた零式は大地を削るように着地すると、今度は武器テストに入った。事前に設置されていたターゲットへ向けて自身の武器を構えた。

 ターゲットは戦車などの廃材品を利用して作り上げた巨大な人型構造体だ。廃材品で出来ているが、大きさはグルンガストより一回り小さい程度で強度も実験に耐えられるように頑丈に作ってある。

 

 零式が握り拳を作った右腕を前へ突き出す。すると肘の部分から火が噴き出し、その衝撃に腕を震わせながらも零式は構えを保ち、そして放った。

 

 〝ブーストナックル”。己の拳を腕ごと射出し、その鋼の硬度と加速力を持って敵を粉砕する武器だ。

 放たれたブーストナックルは狙い違わずターゲットへ直撃し、目標をバラバラに粉砕して零式の元へと戻っていく。

 

 次なるターゲットへ顔を向けた零式は更に攻撃を続ける。今度は別の武装を試すようだ。

 零式の両腕が両脇へと引き絞られ、腰を沈めた体勢を作ると、胸の星の形をした装甲板が強く光り出し、カメラのモニターが焼けんばかりの光を迸らせながらそれを放射する。

 

 〝ハイパーブラスター”。胸部に内蔵された強力な光線兵器は、ターゲットを跡形もなく溶解させ、その後方にある荒れ地をも吹き飛ばした。赤熱化したえぐれた大地だけが、熱気を上げて視界の先を歪めていた。

 

 結果からいうと、テストは大成功に終わった。

 武装も機体各所の動作以外の実験もその後行ったが、深刻な問題は特になく、後に続く特機開発の為の大きな一歩を踏み出せたようだ。

 

 開発スタッフ達は実験の成功に大喝采を上げていた。

 世界初のスーパーロボットの誕生に、自分達の作ったロボットの誕生に。航空機のカメラから格納庫近くのカメラへと移り替えてスタッフ達を見てみると、中には涙を流している者もいるようだ。

 ジョナサンの話では、スタッフの中にはロボットアニメの大ファンだった者もいるらしく、今回の開発プロジェクトに参加する事が決まった時は喜びと気迫に満ち溢れていたと聞く。

 

 〝彼”とてその気持ちが分からなくはない。

 自分でも世界初の試みに立ち会えた事に少なくない興奮を覚えているのだから、当事者の心境はそれ以上なのだろう。

 

 

 〝彼”はスタッフ達が喜びを分かち合う姿をしばらく見ていたが、ふと全ての映像を消した。

 今、地下格納庫内で光が灯っているのはヴァルシオンのコックピット内だけだ。 

 

 〝彼”にとってこの静かな時間は既に慣れたものだ。

 人間の肉体を失った今、生理現象に悩まされる事は無い。体を痛める事も無い。時間の流れが〝彼”の肉体に悪影響を及ぼす事は、何も無い。

 それが少し、悲しく感じた。

 

 今後自分の立ち回りが大きく変わるのであれば、それは例のエアロゲイター達が本格的に地球へ干渉してくる頃なのかもしれない。

 もしくは……

 

(ビアン博士が動くのが先……か)

 

 〝彼”の知るビアンが世界に宣戦布告をした時も、考えてみればこんな時期だった。

 

 それは、宇宙人の侵略が可能性として浮き上がって来た頃だ。

 あの時はビアン自身が密かに察知していた事だが、今は違う。世界の裏側では確かにその存在が知れ渡っているのだ。

 

 あと要因となるものを考えれば、地球圏の政治状況だろうか。

 現在の地球圏をまとめている地球連邦政府が、宇宙からの侵略に対して抗う為に足並みを揃えているのならばビアンの動きも変わってこよう。

 だが、そうでなかった場合は。

 

 今まで〝彼”なりに政府関連の情報について色々と調べてはみたが、無能というわけではないように思える。あくまで表面的には、だが。

 ネットに流れている情報も様々な意見や真相の定かではないネタが飛び交っているため、それらを鵜呑みにするのはあまりにも危険だ。

 ビアンやジョナサンに訊いてみても、あまり良い情報が得られていないので、非常に歯痒い状況が続いている。ビアンに関しては、知っていても敢えて教えない可能性があるが。

 

 この状況、もうしばらくは続きそうだな。

 〝彼”は気晴らしも兼ねて、いずれ来るであろう最悪の可能性に向けて自分なりに対応出来るようにと何時もの日課を始めた。

 

 広いコックピットの内壁に光が灯り、壁一面が一体となって一つの風景を映し出す。

 俗に言う、全天周囲モニターと言う奴だ。それを応用して、コックピット内に限定した仮想空間を構築していく。それはコックピットだけではない、彼の視界そのものにもその光景が映し出されている。

 

 彼が今行っているのは、ヴァルシオンに搭載されているシミュレーターだ。それによるヴァルシオンの戦闘訓練である。

 どういう技術かは分からないが、現実と遜色のない映像で行う事が出来るため、この存在を早い内に発見した〝彼”は暇さえあればシミュレーターを起動して少しでもヴァルシオンの体に慣れようとしていた。

 

 自身の機体はヴァルシオン一択と言う何とも味気のない仕様だが、その分敵機の種類はかなり豊富だ。主にMS(モビルスーツ)・機械獣(戦闘獣も含む)・メカザウルスの3種類で構成されており、その中でもMSの種類が群を抜いている。

 戦う空間はもちろんの事、敵の数も難易度も任意であらゆる条件に設定出来るため、〝彼”は様々な場面を想定してシミュレーターで訓練をこなしていた。

 

 

 最初の頃は、酷く惨めな結果に終わっていた。

 負けたわけではないのだが、全て機体の性能によるゴリ押しだった。言い換えてしまえば、ゴリ押しできるだけの性能をヴァルシオンは持っている。それは良いのだが、その性能を自身が十全に扱いきれていない事が露呈した。

 

 

 ある時は戦闘開始ののっけから転び、うつ伏せ状態のまま敵機に囲まれて集中砲火を受ける。

 

 またある時は、自身の想像以上の機動力に振り回されて敵機とは全く別の方向へ山に頭から突っ込み、さながら犬○家のような醜態をさらす事もあった。

 

 そんな失敗を繰り返し、少しずつ機体の特性を頭で憶えながらシミュレーションを繰り返す日々を過ごしている。

 

 

 今回の戦場は山林地帯、敵機設定は、花のような形状の巨大MA(モビルアーマー)を隊長機とした過去のDC最強の戦闘部隊、〝ラストバタリオン”だ。いつぞやの作品で主人公たちがラストバタリオンと最終決戦を行った状況をそのまま再現してある。

 

 モビルスーツ、戦闘獣、あらゆる機動兵器の混成部隊が展開するその奥で、巨大MAラフレシアが不敵に宙を浮いて此方を待ち構えている。

 〝彼”は事前に選択した巨大な剣、ディバインアームを右手に、左腕の盾で上半身を守るように構え、背面のスラスターに火を灯した。

 

 本来ならばあり得ない展開なのだが、それを可能にしてくれるのがこのシミュレーターだ。

 

 

 ……いや、もしかしたら、こんな風景も可能性の中にはあったのかもしれない。

 その時ヴァルシオンの横には、ガンダムやマジンガーZ、ゲッターロボ達正義のロボット軍団が、苦楽を共にした仲間の様にいてくれたのだろうか。 

 

 地球を守るために生み出された究極のロボットは、スーパーロボット達と轡を並べる事が出来たのだろうか?

 

 そんな疑問を頭に浮かべた〝彼”だが、すぐさま思考を戦い為に切り替えた。考え事をしてまともに戦えるほど、今回の相手は優しくはないのだ。

 

 

 〝彼”は背面のスラスターを全開にして吶喊。DC最強の部隊へと戦いを挑んだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 グルンガスト零式が無事起動した事で喜び合っているスタッフ達を見て、ジョナサンはある人物に連絡を入れようとした。

 この研究所内でその人物と連絡が許されているのは今現在はジョナサンしかいない。前までは他にもいたのだが、彼らはEOTI機関に移籍したり研究職から身を引いて故郷に返ってしまった。

 

 この研究所内で唯一その人物と会話ができる場所へ足を運ぼうとしたジョナサンだが、途中で何か考え込む様に立ち止まり、止める事にした。

 これから少し声をかけようとした相手――UR-1だが、実験前に会話した所、どうにも神経がささくれ立っているように感じた。

 

 〝神経がささくれ立つ”。機械相手にその様な言葉で表現するのも可笑しな話かもしれない。しかし、〝彼”はあまりにも人間的過ぎていた。ふと、時折相手が機械ではないと錯覚してしまう程に。

 

 5年前の一件で初めて彼の事についてビアンから説明を受け、直接会話をした時は驚きと困惑、そして少なからずとも恐怖の感情があった。

 恐怖の理由は色々とある。格納庫区画を丸ごと食いつぶした未知の金属細胞、そして未知の力を秘めたその鋼の体に明確な自我が宿っていた事がジョナサンに警戒心を植え付けた。

 

 金属細胞の暴走については人的被害こそ大して出はしなかったが、二度にわたって破壊行為を行った事は事実だ。例えそれが故意でなかろうとも。そして人と同じ人と同じ知恵を持っているであろうと目されているため、嘘をついてくる可能性が浮かび上がるのだ。UR-1にロボット三原則があるかどうかすら怪しいのだ。気を付けるに越した事はない、そう思っていた。

 

 しかし、何度か会話をしてみれば、その思考回路は実に人間に酷似していた事が分かった。その為、彼が悪意や野心を持っているかどうかという人間性も、おぼろげではあるが読み取る事が出来た。

 結果からすれば、彼は此方に全く害意を抱いていなかったとジョナサンは思う。自身の立場について思う所があるのか、無理な内容でなければ大人しく此方の言う事を聞いてくれる。コックピットの中へ入れたり、己を害する可能性に関しては神経質なまでに拒絶するきらいがあるが、それ以外については友好的だし、必要とあらば協力的な姿勢もとってくれる。

 

 だが、UR-1は完全に此方に心を開いているわけではないらしい。会話の節々でも、己と他者の間に線をひいている様に見受けられた。

 その理由まではわからない。特に互いの関係に悪影響を及ぼしているわけでもないし、今現在UR-1と会話が出来る人間は研究所内ではジョナサンしかいないので、それほど気にしたわけでもないのだが、今回の様なナイーブな状態に直面してしまうと、ビアン博士の存在が羨ましく感じた。

 

 UR-1は、何故かビアン博士に対してのみどこか素直な感情を示す事があった。

 何度か彼とビアン博士が通信で会話をしている所を見た事があるジョナサンだが、その時のUR-1は妙に素直と言うか、感情が普段よりも表に出ていた様に見えた。

 

 彼らに共通点があるとすれば、思い当たるのはただ一つ、あれはテスラ研内でも有名となった出来事だろう。

 

 〝邂逅の30分”

 ビアン博士がUR-1のコックピットへ入り、そこで直接UR-1と対話を行った約30分間の出来事を皆はそう呼んでいた。

 

 そこで何があったのか、外部からはUR-1の機体内で何が起きていたのか全く分からなかった。その後ビアン博士から話をしてもらってはいるが、あれが全てではないのだろうとジョナサンは睨んでいる。あの邂逅の最中、ビアン博士はUR-1の根底に当たる何かを知ったからこそ、UR-1に唯一〝歩み寄れる”人間となったのではないのか?

 

 そんなビアン博士がEOTI機関へ行く前にジョナサンへ告げたのだ。「彼を頼む」と。「気を付けろ」でもなく、「目を離すな」でもない。UR-1を案じているかのようなそぶりすら感じた。

 

 気にはなる、しかし無理に聞き出せばUR-1は拒絶するだろうし、〝最悪の結果”を生み出すかもしれない。そうなってしまったら目も当てられない。

 

 UR-1には少なからず恩がある。副次的な結果とはいえ、無理を言って機体の構造を調べさせてもらったおかげで特機の開発に多大な進歩を促したのだ。

 ゼロの状態から作るよりも、何か参考になるものが手元にあると作業の進み具合がぐっと違って来る。零式の機動実験の成功の立役者は、間違いなくUR-1も含まれているのだ。

 

(やれやれ、今はまだ見守るしかないかねこれは。まるでカウンセラーだな……)

 

 ことロボット工学に類する事と女性関係に関しての経験には自信のあるジョナサンだが、さすがに意思を持つ巨大ロボットが相手だと勝手が違ってくるようだ。

 

 なのでジョナサンは、ビアンが信じたUR-1を信じて待つ事にした。彼が自分から歩み寄ってくれる事を。

 

 此度の機動実験の成功について礼を言おうとしたが、それはまた今度にしよう。そう決めたジョナサンは、再びスタッフ達の元へ向かい、ともに喜びを分かち合う事にした。

 

 研究所の外では、無事に実験を済ませたグルンガスト零式の巨体が青空の下で日輪の光を浴びて黒く輝いていた。




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後書き

あのヴァルシオンからどうしてヴァルシオーネみたいな娘が出てくるんじゃい(設定資料集をガン見しながら


今回は本編と言うより、幕間に近いお話でした。
主人公が正式に土から出てくるのはもう少し先です。

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