「ネコさーん、倉庫の片付け終わりました」
一仕事終えたランサーとバゼットは店内に戻って中の店員に声をかけた。
ここは新都にある酒屋コペンハーゲン。ランサーとバゼットは衛宮士郎に紹介されてこの店でアルバイトをしていた。倉庫の整理や酒の配達などが主な仕事だ。
「おつかれー。次は配達お願いね。早いけど今日はこれで仕事は終わりだよ。はい、配達先」
バゼットは店員の蛍塚
「あれ、この住所は屋外なのでは?」
「あはは。その場所でオッケーなんだよ。配達が終わったら、二人ともそのままお花見でも楽しんでおいでー」
メモを見て怪訝な顔をしているバゼットにネコさんは陽気に答えながら、配達物のお酒やソフトドリンクを出してきた。数箱分くらいの量になる。依頼主は公園で宴会でもするみたいだ。
「公園で、そのメモに書いてある場所に直接持っていけばいいんだな。よし行くぞバゼット」
「はい、行ってきますネコさん」
「ま、お花見だけで済むとは思わないけどね。あははは」
お酒の箱を抱えて店を出るランサーとバゼット。出がけにネコさんが不思議なことを言ったのが少し気にかかったが、急いで配達先に向かった。
春らしい雰囲気が増してきた公園の景色。若芽の優しい薄緑が木々を彩っていたが、この数日暖かい陽気が続いてから一気にまた別の彩りに包まれているのだ。
遠目に見えている満開の桜並木。辺り一面が淡いピンクに包まれている。冬が去りまたあたらしい一年のサイクルの始まりを告げる春の象徴。
枝に咲き誇る淡い紅色の儚い紙細工のような花の集まり。
近くで見れば儚なげなのに、集まるとそこが幻の世界のように現実感を揺らがせる風景。
その下に広がるありえない楽園、一瞬の別世界。まるで夢の中のような、その中に入ったならこの世には存在しないはずの何かに出会う事ができるかのような。
「お花見の花とはあの花のことなのですね。ランサー」
「ああ、この国の習慣でな。季節には桜の花を眺めに集まるんだとよ」
ランサーとバゼットが桜並木に近づくと、はたして普段はあり得ない風景が展開していた。
いくつもの集団が桜の木の真下に集まっては飲めや歌えの大騒ぎをくりひろげている。遠目から見た幻想的な美しさはどこかに吹き飛び、地面にびっしり敷き詰められたレジャーシートの上では老若男女がおしゃべりに夢中で、酒瓶を抱えた酔っぱらいがあちこちに転がっていた。
「どう見ても花を見ているようにはみえませんね。宴会に夢中になっているとしか」
バゼットはこういう酔客たちのところに酒を配達するのが今日の仕事なのだなと理解した。
「ランサーさんにバゼットさん、こっちこっち!」
声がした方を見てみれば、花見客の集団の中で冬木の虎、藤村大河が手を振っていた。すでになかなか上機嫌だった。依頼主は衛宮家ご一行様だったらしい。
ランサーとバゼットが荷物を抱えてそちらにいってみるといつもの人々が弁当を広げていた。士郎、凛、桜、イリヤ、ライダー、アーチャー。
さらに、ありえない人物が視界に映った。
「ランサー、あれは……」
「まさかアイツがこんなところに」
集団から少し離れた広場で黙々と子豚の丸焼きを焼いている神父。
「言峰がなぜここに」
「ああ、せっかくだからアイツも誘ってやったのよ」
唖然としながら神父の姿を見るランサーとバゼットに遠坂凛が答えた。あの神父は誘われたからといってこういう場所にノコノコ来るキャラだっただろうか、と疑問に思いつつランサーとバゼットはそっと言峰に近づいた。
言峰は豚を棒状のもので串刺しにして焚き火の上でぐるぐると回しながら丁寧に火をあてていた。香ばしい香りがする。
「ほう、君たちも花見にきたのか」
「俺たちは仕事のついでだけどな。何してんだ言峰」
「見ての通り、豚の丸焼きを作っている。もう焼き上がったぞ」
そう言って言峰は串ごと子豚の丸焼きを焚き火から外した。その子豚を貫いている串に妙に既視感がある。おそるおそるバゼットはそれについて聞いてみた。
「あの、もしかしてそれ黒鍵では」
「そうだ。黒鍵は魔力で刃を出し入れできるからな。こういった場合にも便利だぞ」
あっさり認め、言峰はシャキンと豚の胴体から黒鍵をとりはずした。そして焼き上がった豚の丸焼きを配りに衛宮家一同の席に運んでいく。言峰の後ろ姿を見つめながらランサーとバゼットはひそひそと呟き合った。
「アイツの料理、本当に大丈夫なんだろうな」
「ええ、あの豚になにか仕込まれているかもしれません」
いままでの経験からしてあの神父は人と楽しみを分かち合うような男とは思えない。異変を感じたら即座に駆けつけられるように身構える。
言峰は豚の丸焼きを解体して皆に配っていた。それ自体に特に不審な様子はない。
だが、
「わーーーーい!」
歓声の後に、
「きゃーーーー!」
悲鳴が聞こえた。
「やはり……」
ランサーとバゼットは衛宮家一同の席に向かって走ろうとした。
「辛いよーーー!」
「泰山特製の激辛唐辛子だ」
言峰は自慢のスパイスを豚肉と一緒に薦めているだけのようだった。バゼットはほっとして足を止める。
「なんだ、調味料でしたか。大丈夫そうですね」
「いやいやいや、納得すんなバゼット! 被害でてるだろ」
ランサーはそのまま走っていこうとしたが、
ばしゅ———っ
と何かが飛んできてランサーの体に絡み付き、動作を封じた。
「ランサー、その布は?」
「えっ?」
ランサーが自分の体を見ると真っ赤な布で全身をぐるぐる巻きにされているのに気がついた。
なんだこれ……、と思う間もなく木陰から聞き覚えのある女の声が聞こえた。
「フィッシュ」
「ぬあああああっ!?」
掛け声と共にランサーの体が宙に浮く。布で空中に引っ張り上げられ、木の枝に引っ掛けられて焚き火の真上で宙づりに。
まだパチパチと勢い良く燃える焚き火がランサーのお尻を焦がす。
「あぢいいいいいいい!」
「あらあら、あまりじたばた暴れると焼きムラができてブチ犬になりますよ」
木の根元には赤い聖骸布の端を持つ銀色の髪の修道女が立っていた。ランサーは布を解こうと暴れるが聖骸布は男性を捕獲するのに絶大な効果を発揮するので外れない。
「カレン、てめええええええ!」
「ランサー、今助けます!」
バゼットは地面に落ちている石にルーンを刻んで焚き火の上に放り投げた。
「
水のルーン魔術が炸裂する。焚き火の真上に大量の水を生成して火を一気に鎮火した。おもわず全力で魔術を使ったのでついでにランサーはもちろんカレン、バゼット含めて辺り一面水浸しになったけれど。
「まったく油断も隙もない」
「ふふふ」
カレンは不敵にほくそ笑みながらしゅるりと聖骸布をほどいた。ランサーはようやく開放されてべしゃっと消し炭の上に落ちる。
「んー、なんだか騒がしかったけど、ランサーさんたち何をしてるのー?」
騒ぎを聞きつけたのか、衛宮家一同のほうから大河がふらふらとこちらにやってきた。士郎も大河の後を追いかけてきた。
カレンはとって付けたようにニッコリと微笑んだ。
「ごきげんよう。これはバゼットさんが焚き火の火を消してくれたついでに周りも一緒に水浸しにしてくれただけです」
「カレン、あなたは何をしゃあしゃあと」
バゼットはカレンを睨みつける。そこに神父の声が割って入った。
「お前たちこそ何を言う。もともと我々はこういう関係だっただろう」
いつの間にか大河と士郎の後ろに言峰が立っていた。豚の丸焼きを配り終えて戻ってきたらしい。
「あれー? 神父さんとー、バゼットさんはー、どんなお知り合いなんですか?」
「ふ、藤ねえ……、酔っぱらい過ぎだろ」
大河がふらふらしながら聞いてくる。隣ではよろける大河を士郎が支えている。
大河はそろそろ虎から大トラにランクアップしていそうだ。
「宿敵です」
きっぱりと断言するバゼット。
それにカレンが冷静に付け加えた。
「ええ、宿敵と書いて”とも”と読む。私たちはそんな関係です」
「なっ……」
バゼットは驚いてカレンの顔をまじまじと見てしまう。だがカレンはふざけたそぶりもなく、真顔で大河を見つめている。
「そうかー。つーまーりー、ライバルということねー。よきかなよきかな。競い合う相手がいるのはとてもよいことであーる」
「藤ねえ、大丈夫か」
満足そうにぶんぶんと首を縦に振りながら横にゆらゆら揺れる大河。それを士郎が後ろから羽交い締めにして止めている。
カレンはランサーとバゼットの方にくるりと向き直った。バゼットは次の瞬間、信じられない言葉を耳にした。
「ごめんなさい」
「……は?」
カレンが私たちに謝るなんて。バゼットは狐につままれたような思いでカレンを見つめる。カレンは静々と言葉を続けた。
「私は本当に貴方たちと友達になりたいと思っていたのです」
「貴方が? 本当に?」
バゼットが容赦なく疑惑の視線を向けていても、カレンはその金色の瞳をそらさず語り続ける。
「ですが、貴方たちがあまりも幸福そうに見えたので、つい、このようなことをしてしまうのです」
「カレン……」
さすがにバゼットも追求する言葉を失った。にわかには信じがたいけれども、カレンの今の言葉を嘘と断じきれない。
語り終えてカレンは口をつぐみ立ち尽くす。そのカレンの隣に言峰が歩み寄り重々しい声で言った。
「そうだ。お前たちが楽しいと思うものが、私には楽しいと思えなかった」
「言峰……」
ランサーもやはり言葉を失う。それがこの男の本心であったのか、と。
ざあ、と強い風が吹いて、
ランサーとバゼット、言峰とカレン、両者の間に紙吹雪のように薄紅色の桜の花びらが舞って流れた。
ああ、ずっと極悪な神父とシスターだとばかり思っていたけれども、
彼らも本当は人並みに人生を楽しみたかっただけなのかもしれない。
ただ単に、目の前の幸福に対して素直になることができなかっただけなのかもしれない。
どんな人間だって、そういう気持ちになってしまうことがあるように。
「まーまーまー! 今まで何があったのか知らないけど、双方とも一緒にお酒飲んで、これまでの因縁を水に流しちゃいましょうよ。日本にはそういうすばらしーい習慣があるんです」
沈黙が壊れた。声がした方を見ると大河がご機嫌そうにその場でグルグルと回転している。そのままずっとランサーたちのやり取りを聞いていたようだ。
「藤ねえ! もう戻ろう。これ以上回ってたらバターになっちゃうぞ」
士郎が大河を強引に引っ張って宴席に連れ戻していった。その賑やかな後ろ姿を眺めていると、今までの因縁などたいしたことがなかったように思えてきた。
ランサーとバゼットは眼をあわせてくすり、と笑い合う。
「まったく、藤村大河の言う通りです」
「いいねえ、そういうのは
衛宮家の飲み会に混ざり込んだランサーとバゼット、言峰とカレン。
ランサーたちが運んできた酒の箱のなかから、言峰は酒やソフトドリンクを見繕っている。
「では今日は友好の印に私たちが手ずから君たちに酒を振る舞おう」
「なにを作ってくれるんだよ、言峰」
「カクテルだ」
ランサーとバゼットの警戒心が高まる。
「あ、唐辛子ドリンクでしたら遠慮します」
「もちろん違います」
グラスに酒とドリンクを注ぎながらカレンは薄く笑っている。手元のグラスの中の色を見る限りではまだ赤くなっていない。
今日の彼らは本当にいつもと違う。こんな日が来るとは、とバゼットは思わず顔を上げて頭上を仰いだ。視界を覆う満開の桜。まるで夢でもみているようだ。
ランサーとバゼットの前に透き通った色のカクテルが差し出された。
「なんだよ。神父のくせに粋なことやるじゃねえか」
「くっくっく」
「ふふふふふ」
ランサーの飾らない褒め言葉に言峰とカレンは愉しそうに笑っていた。
なじみのないオシャレな飲み物を前にしてバゼットが尋ねる。
「それで、このカクテルはなんと言う名前なのですか?」
それはウォッカとグレープフルーツジュースを混ぜて、グラスの淵を塩で飾りレモンを添えたカクテル。
「ソルティードッグといってな」
「って、なにしやがんだ、こらぁぁぁぁぁぁ!!」
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laguz(ラグズ)
象徴:水
英字:L
意味:水を象徴し、感性、直感を示すルーン。創造性や美的感覚を示すものでもあるため芸術のルーンとされる。流れるの水のように状況が変化することを意味する。また女性的な感覚を示すことから女性を意味するルーンとも言われる。
ルーン図形:
いつも通りでした。