東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

9 / 95
お話が増量されていって、進まないよお。


3話

 風見幽香は憂鬱だった。毎日毎日、このスーパーマーケットとやらに出向いて、働かざるを得ない日常にうんざりしている。最近では「野菜をつめるのがうまくなったわね」と人間のおばさんから褒められることあったが、何一つ嬉しくない。

 幽香は今日も、エプロンを着て試食用のウインナーをホームプレートで焼いている。この商品がシャウエッフェンなどと言うらしいが、焼くたびに誰か根こそぎ買っていってくれないかと彼女は願っていた。

 だが、現実はそう甘くはないらしい。客はお昼と夕方のはざまの時間の為か店内にはまばらであり、売り切れるどころか、売れるかどうかすらも怪しい。そんな中、幽香の目の前にいるのは三人の子供だった。年齢から言えば、子供ではないが精神年齢では間違いなく子供の三人である。もちろん購買力など望むべくもない。

「ゆうかさん! もう一本」

 と一指し指を立てている、少女はほっぺたがもぐもぐと動いている。金髪に縦ロールという、奇抜な髪型をしているが整った目鼻立ちがそれを感じさせない。眼は赤く、澄んだ瞳はウインナーを映している。その名をルナチャイルド(以降、ルナ) という。

「私にももう一本!」

 ルナと同じようなことを言いながら、人差し指を立てている少女は、ルナと同じく金髪ではあるが、髪を結んでツインテールにしている。そしてそのほっぺたはもぐもぐと動いている。たまに見える八重歯が可愛らしい彼女をサニーミルク(以降、サニー) という。

「ここは私にもう一本!」

 ルナとサニーと同じようなことを言いながら流れるような黒髪の少女は言う。指が二本立っているのは間違っているのか、ひそかに要求しているのかわからないが、その口の中にはウインナーが見え隠れする。頭の上には青色の大きなリボンをつけている。

 最後の彼女の名前をスターサファイア(以降、スター) と言う。ぱっつんに切った前髪に大きな瞳はきらきらと光り、口元に光る涎は食い意地を表している。

 三人はそれぞれ色違いのワンピースを着ているが、その小さな足に履いたサンダルは同じものである。つまりは同じ場所で買ったということだろう。

「…………」

 幽香は無言のまま菜箸でホームプレートの中にある、ソーセージを焼きつつ。目の前の「三月精」を冷たい眼見ているが、それでも三人は彼女からソーセージを奪おうと躍起になっている。

 それを幽香はまだ無言のまま、ルナが爪楊枝でソーセージを奪おうとすると菜箸でソーセージを鉄板の上を転がして逃がす。まるでじゃれあっているようだが、幽香は死んだ魚のような眼をしている。癖のある緑の髪が目元に影を作り、彼女の気分通り暗い印象を醸し出していた。

 

 

「しめしめですね」

 射命丸文は物陰に隠れて、デジタルカメラを構える。幻想郷では最強の一角だと噂されることもあった花の妖怪が、スーパーの試食コーナーで働いていることに彼女は、面白味を覚えたのだ。そして、曲がりなりにもジャーナリストである彼女が「おもしろい」と感じたからには、それはネタになるのだ。

 ペロリと舌で唇を軽く嘗める、鴉天狗。彼女はできるだけ幽香に気がつかれないように、デジタルカメラを物陰から出して、シャッターを押す。シャッター音はオフ。発光もオフ。そしてズーム機能を使っての遠距離からの撮影。これ以上ないほどの細心さで、文は幽香の撮影に成功した。

 文はデジタルカメラを引っ込めて、画像を確認する。そこには、ついに奪い取られたのかそれとも幽香のやる気が尽きたのか、ルナがウインナーを食べながら、もらえていないサニーとスターからつかまれている写真が取れていた。呆れ顔の幽香が端のほうに写っている。

「むむむ、これではまだ、面白味が足りませんね……」

 仕方ないのでフォトショで改造しようと文はデジカメをしまう。流石にこれ以上ここにいてはばれる危険性があった。ばれたらその時は、あの本質的には凶暴な花の妖怪に何をされるかわかったものではない。

「今週の新聞の内容が決まりましたね」

 文は少しにやけながら言う。ちなみに彼女が言う「新聞」とは、世の中で一般的に流通しているものではない。幻想郷から来て所在が分かっている者たちの間だけで流通している「文々。新聞」である。どちらかというと回覧板に近い。

 その「文々。新聞」は無論のこと射命丸文が作っている。それぞれの近況などが簡略に書かれているので、なかなか幻想郷からの漂流者達にも重宝している。毎週、変な話題も入っているから興味本位で取っているものもいるようだ。

 新聞は文のパソコンでフリーソフトとエクセルを駆使して、毎週発行される。一紙につき百八円である。

 文は今回の見出しを「花の妖怪。おちぶれる!?」にしようかと思い、胸のポケットからメモ帳を取り出して、思いついたことを書いていく。

 スーパーマーケットは背の高い棚が並んでいるので、歩く彼女の横には醤油だとか、お菓子だとか、カップラーメンだとか、幽香だとか、トイレットペーパーだとかの棚があり、そこを彼女は通り過ぎていく。

「ん?」

 文はふと、後ろを振り返った。なぜだがわからないが、そうしなければやばい気がしたのだ。ここは、いろいろな雑貨の置いてあるコーナーである。

 文の目の前でニコリと幽香が笑った。そして文の首を片手でつかんだ。

「ぐええ、えっ? えええ?」

「いらっしゃませ。お客様?」

「な、なぜここに。い、いや。こ、これは客へのたいおう、じゃありま、せん」

 幽香は額に青筋を立てて、にこやかに文の首を絞めてくる。口元が引くついているので、笑ってはいるが、怒っているのかもしれない。文はじたばたとしようとしたが、幽香の指が的確に頸動脈を抑えてくるのでやめた。

「な、なんなんですか。わ、私にこんなことをしていいんですか。あ、あなたのいうとおり一応お客、でずよ」

「あら。烏ごときがいつからそんな口を利けるようになったのかしら? それにまだなにも買っていないでしょう。それではお客とは言えないわ」

 ニコニコとしている幽香の肌にだんだんと艶が戻っていくような気が、文にはする。要するに鬱憤を文で晴らしているのだ。最初は文がデジタルカメラを使って彼女を無断撮影したことを怒ったのだろうが、文の目の前にいる風見幽香は楽しそうである。

「そうね。あなたがお客様だというのなら……何かを買ってもらわないといけないわね」

「そ、そ」

「あ! いいわすれたけれど、この場所を映す監視カメラは切っているし、こういう雑貨コーナーには、こういう中途半端な時間にはあまり人は来ないわ」

 とりあえず文に絶望を与えていく幽香。地の利は完全に幽香にある。文の耳には「さかな、さかな~」と店内に流れる変な曲がクリアに聞こえる。聴覚が鮮明化しているのは、体が命の危機を感じているからかもしれない。遠くで子供が「ゆうかさーん」と探し回っている声も聞こえる。

 文は苦しげにしながらも聞いた。

「な、なにを、買わせる気ですか」

「……たいしたものじゃないわ。シャウエッフェンよ。そうね……とりあえず、三十三袋買ってもらおうかしら」

「さんじゅうさん!?」

 文はソーセージを買うのは別にかまわなかった。それが二桁もの数でなければである。それに幽香の言う数字が具体的なあたり、彼女は間違いなく文に在庫を全て売りつけようとしている。文はそれを察知したのか、なんとか要求を少なくしようと言う。

「……そ、そんなに買ったら、福沢諭吉さんが、一人お引越し、してしまうんですが……」

 幽香は少し笑って、返答する。ぎりぎりと文の首を締め付けながら。

「紙切れが一枚消えるのと、意識が消えるの……どっちがいいのかしら?」

 文は悟った。この花の妖怪は自分をとことん苛める気であると。普段のストレスがたまっているのか幻想郷にいる時よりも、嬉々として人のことを責める。だからこそ、文は言う。

「わ、わかりました。こ、こんな状況ではどうしようも、あ、ありませんから、か、買います」

 ぱっと幽香は手をはなす。文は軽く咳き込んで、バッと後ろに距離を取った。彼女はいつでも逃げることができるように半身になり、顎を上げて勝ち誇る。いわゆるどや顔であった。

「引っかかりましたね! ウインナーなんて買いませんからっ!」

 文は幽香のちょっと困ったような表情をしたのを見逃さなかった、彼女はさらに調子こいて言う。

「このことはお店にもクレームを入れさせてもらいますよっ。ふふふ。次の――」

 

 急に幽香はニコニコしながら、片手にどこからか「とった」デジタルカメラを掴んで、文に見せつけた。

 

 

 文の眼が開かれる。驚愕に表情がゆがむ。慌てて言う。

「か、買います! ウインナーくらい、いくらでも買わせてください!」

「あら、無理しなくてもいいのよ、それにクレームが、なんだったかしら?」

「えっ? クレープ? な、なんのことですかっ?」

 あわあわと慌てる射命丸文。顔に汗を滝のように流して、幽香の手に持たれているデジカメを凝視する。幽香は笑顔を絶やさずに、そのデジカメから指を離していく。手のひらの上に載っているかのように彼女は持った。不安定なその持ち方に文はびくりとした。

「あ、ややや。だ、駄目ですよっ、そそれは」

「何が駄目なのかしら。ただ、こうしているだけでしょ」

 ぽーんとデジカメを手のひらで押して、わずかに浮かせる幽香。文はがくがくと震え始めている。もしも幽香が取り損なえば、間違いなく地面にたたきつけられることになるだろう。そうすれば精密機械の塊である、デジタルカメラはどうなるのかわからない。

「駄目ですっ! そ、それは本当に高かったやつなんです! いっ、一か月、お昼ご飯を『あたりめ』にしてやっと買ったものなんですよっ」

「へえ」

 それを聞いて、幽香は心底楽しそうに笑った。その笑みは、邪悪さと残酷さを表しているが、彼女の場合はそれでも、美しい。

「これが、そんなに高いものなのね」

「は、はいそれはもう」

「大事なものなのね?」

「本当に許してください!」

 幽香は口元を緩める。ぞくりとするほどに妖艶な笑み。彼女の唇がゆっくりと動く。

「じゃあ、聞いてあげるわ? ねえ」

「な、なんですか」

 幽香は首をちょっと斜にして、紅い眼を光らせながら文に言う。その手はデジタルカメラをこれでもかと握りしめながら。

「何を、買ってくれるのかしら。鴉天狗さん?」

 

 

 ありがとうございました。そんな声を聴きながら、文は両手に大きな袋をもって、スーパーを出た。中には大量のウインナーの袋を中心に手当たり次第に、いろいろなものが入っている。中には「節分用」と書いた豆もあり、明らかに季節ものの売れ残りも入っている。

 あれから文は、幽香に要求されるのではなく「自分で買うものを決めさせられた」のだった。もちろんスタートはウインナー三十三袋からである。そこから幽香にゆるされるまでいろいろと増えに増えて、両手にはぱんぱんになったビニール袋があった。

「…………」

 文はよろよろと袋の重みに負けそうになりながらもとぼとぼと歩いていく。幽香はその後ろ姿を店内から見つつ、どこかすっきりした顔をしていた。もう試食コーナーで新しく焼くものはない。普通に考えれば、在庫を一掃することには店側にはマイナスがあるが、幽香にはプラスしかない。

 幽香はそれでもホームプレートを片付けようと、試食コーナーへ足を向けた。火は切っているはずだから、放置しても対して問題はないはずだった。群がるものがいなければ。

「ちょっとサニー、取りすぎよ」

「ルナだって」

「しっ、ゆうかさんが戻ってくる前に、あああ」

 幽香はホームプレート上に残っている、数本のウインナーを取り合っている妖精達を見て、とりあえず手前にいたスターとルナの頭を掴んで力を入れた。二人は何か悲鳴を上げて、逃げようとする。幽香は文を逃がしはしなかったが、彼女達を簡単に離した。

 スターとルナは涙目のまま、そそくさと頭を抑えながら、サニーの後ろに隠れた。サニーのことを頼りにしているというよりは、一人だけ無事だった彼女を盾にするつもりなのだろう。

「ちょっ、ちょっとお、おさないで」

 サニーは他の二人に押されても前に出ないように踏ん張る。だが逆に幽香が前に出た。彼女はその紅い眼で三人の妖精を見下ろす。その威厳ある姿に、三人は息をのんだ。特に先頭にいるサニーは自分の心臓が鳴るのが分かった。

「……はあ」

 幽香は一つため息をついて、ポケットからハンカチを取り出してサニーに目線を合わせる。そして、サニーの顔をハンカチでごしごしと拭き始める。

「ゆ、ゆうかさん」

「口元にケチャップを付けて……みっともないわ」

 そう、三人の妖精は幽香がいない間に、ホームプレートのウインナーだけでなく、試食用に用意されたケチャップだとかマスタードだとかもウインナーに付けて、盗み食いしていたのだ。それで幽香が来た時には、彼女達はそれぞれ口元に赤や黄の「色」をつけていたのだった。

「ほら、あなたたちも」

 幽香はハンカチを裏返してスターの口元を拭くと、それからルナの口元もハンカチの使っていない部分を折り返して、拭いてあげる。彼女は拭きながら言う。

「とりあえず今日は、帰りが遅くなるからあまり遊んでばかりじゃだめよ? 蒲団の用意くらいはできるわね?」

「む、ぐぐ」

 ルナは言われながらも答えることができない。口元をしっかりと拭かれているから仕方がないだろう。幽香は拭き終ったハンカチを器用に汚れた部分を「内側」にして、小さくたたみ直した。それからポケットに入れる。これならポケットの中が汚れることはない。

「ほら、返事はどうしたのかしら?」

 幽香はルナの両頬をつねりながら言う。ルナは「ふぁ、ふぁい」と言うが、わざとではない、頬を引っ張られたらそうとしか声が出せない。

 幽香はサニーと、スターを見る。二人はこくりこくりと声を出さずに了承する。幽香はそれをみて、立ち上がる。そしてルナの背中を押して、押し出すように入り口まで連れていく。スターとサニーはそのあとを付いていくしかない。

 

 

 

「氷の妖精とでも遊んできなさい」

 幽香は入り口から出て、三妖精の後ろから言う。三人は「はーい」とか「えー」とか声を出しながらも、走っていく。

「公園にでも、いくのかしら」

 幽香はポツリという。店内にいてはわからないが、入り口から外へ出れば蝉の声が耳に響く。肌を包む空気が熱い。見上げると、一年でも最も熱い太陽がそこにある。

 幽香は額に汗を流して、夏を感じる。暑いが、不快ではない。彼女はうっすらと笑う。頬が赤いのは熱を持っているからだろう。そこの笑顔はまさに「女の子」としての可愛らしさがあった。

 

 幽香は店内に戻ると、何故か涙ぐんでいるパートのおばさんと眼があった。彼女はその年配の女性の名前を憶えていないが、同僚だということくらいはわかる。

 おばさんは言う。

「幽香さん。シングルマザーでがんばっているのね……あんな小さな子供たちをもって」

 幽香の額に青筋が立つ。彼女は無理やり作った笑顔で言う。

「チガイマスヨ?」

 幽香は苦労している。

 

 

 

 

 




当初の予定の三倍くらいになっているのです。
まったりつきあってくださればうれしいです。

次は8月15日

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。