射命丸 文は焼肉屋に来ていた。それはいつかRhineではたてに「奢って」と頼んだ場所である。まさか自分が奢ることになるとは文も思わなかっただろう。しかも、その人数の多さときたら天狗の顔が真っ青になるくらいだった。飲み放題と食べ放題もない程度の店であることも一層顔を青くさせる。
入り口に入っていく文の後ろには、幽香と妖夢がニコニコしながらついている。にこやかなその顔は絶対に逃がさないという容赦のなさと純粋に天狗への復讐の成就を喜んでいる。特に半分幽霊はとても、とてもうれしそうである。
「あ、あの、なんだか増えてませんか?」
もちろんであるが、焼肉屋にきたのはこの三人ではない。あのカフェにいた者たちも着ている。レミリア、咲夜、フラン、はたて、パチェリー、伊吹萃香、チルノ、ルーミア、秦こころ、三月精。先の三人を入れても総勢で一五人程度である。
この大人数は大部屋に通されるのは当たり前なのかもしれない。そこは畳敷きの部屋で焼き肉用の長いテーブルがいくつか並んでいる。そこに敷かれた座布団にそれぞれがてきうとうに座っていく。掘りごたつ式なので机の下に足を入れられる。
「な、なぜ? こ、この頃見ていなかった人たちがぁ?」
やつれた顔で文が言う。なんだか泣きそうであるが、立場が弱いので何も言えない。それを心地よさそうに見て、幽香が応えてあげる。他の者たちは仲の良い者たちで固まっているが文は両脇に幽香と妖夢が座っている。ちなみに妖夢は何故か座布団を二枚重ねにして座っており、文は畳に直に座っている。
「あら、良いじゃない。宴会はみんなでするものでしょう? そこらへんにいいたから、連れてきたのよ」
「い、いや。この宴会というか、なんというか。私の生活費がかかっているのですけれど」
「だからこそ、いいんじゃない?」
幽香は文の疑問ににっこりと答える。そこに長い髪に、そこからにゅっと角を付けた女の子がやってきて、文の背中をバンと叩いた。小さな体に似つかわしくないほど、強い力を持っている彼女は、鬼の少女である伊吹萃香だ。
「天狗ってどーにも陰気くさい思ってたけど、この人数におごってくれるなんて豪勢だねっ。今夜はお相伴にあずからせてもらうよっ!」
「……は、はひ。……と、ところでなぜあなた様が……?」
「子供会の帰りね」
「こ、子供会?? ぜ、全然訳が分からないのですが、そ、そもそもあなたは絶対子供ではないですし……」
「細かいことを気にしたらだめよ?」
からからと笑う鬼に天狗は肩を落として、愛想笑いをする。幽香と妖夢に命を狙われている状況での逃亡は難しいが、鬼がいる状況で逃げると後が本当に怖い。文は自らの種族としてのしがらみを恨み、ため息をつく。その間に鬼は席に戻っていく。
ちなみにこの増えた者たちを呼んだのは風見 幽香である。彼女と三月精のラインから、さらに他の者たちを呼び寄せたのだ。もちろん幽香は深く聞かれないようにしれっと「そこらへんから連れてきた」と言っている。三月精と同居しているとは絶対に言わない。
「幽香さん! きょ、今日はお肉食べ放題なんですか」
幽香の下にきらきらとした眼で、三月精がやってくる。先頭でしゃべったのはサニーであるが、全員同じような顔をしている。要するに焼肉に期待をしている眼である。彼女達は色違いのワンピースを着ているから、誰かが同じ場所でまとめて買ったのだろう。
「ええ、そうよ。あっ。安い肉は頼んじゃ駄目よ。お値段の高い物を選ぶのよ?」
「えっ、へ、へんなことふきげふ」
「あらあら、暴れたら危ないでしょう。鴉天狗さん。ふがふが言ってないで、ただ口を押えて首を絞めているだけなのに……大げさね。あっ。飲み物とかアイスは適量に頼みなさい。冷たい物はお腹を壊すくらい食べないこと、いいわね?」
最後の方は本当に注意をしているように幽香は言う。三月精はそれぞれが向き合って、涎を垂らすと幽香の言葉に「はい!」と元気よく言う。守るかどうかは別としても返事だけはいい。彼女達はルーミアたちのいる席に戻って、今言われたことを拡散していく。そこでは歓声があがった。秦こころだけは「おー」と無表情でやる気のない声を出している。
「げほっげほうっ。わ、私を殺す気ですか?」
「殺したら面白くないじゃない。馬鹿ね」
文は解放されてじろっと隣ですまし顔の妖怪を睨むが、その花の妖怪は全然堪えていないといったようにそっぽを向いている。
そんな様子をじっと観察していた、レミリアは呆れたように文に言う。彼女は文の目の前に座っているのだ、横にはメイド服のままの咲夜と何故かいるパチュリー・ノーレッジがいた。
パチュリーは長い紫の髪を両肩のあたりでリボンでまとめている。それに桃色のシャツに黒のジャンパースカート。足には白いニーソックスを穿いていて、胸元には鮮やかなリボンをつけている。まさか誰も彼女を日中引きこもっているとは思わないだろう。
パチュリーはあたりのことには興味がないらしく、手元にある文庫本を読んでいる。レミリアもそれについては何も言わない。いつものことである。
「…………」
そのパチェリーの横で4DSをしているのはフランであった。彼女は流石に着替えてきたのか、紺の七分袖のシャツにチェック柄の赤いスカートを着ている。首元には小さな赤いネクタイを付けている。オシャレな格好だが、選んだのは横の横にいるメイドである。
そのメイドはご主人様に前掛けを付けるのに忙しい。
だからではないがフランは誰とも話すことができずにゲームをしている。彼女の真後ろでは同じような年恰好の少女達が楽しげにお品書きを見ている。それを聞きながらもフランはなにも思わない。
ちなみにはたては妖夢の横に座っている。妖夢とはほとんど親しくなく、目の前にはパチュリーという寡黙な少女では、誰とも話すことができずに一人でスマートフォンを扱っている。
「ぽこパンおもしろいわ……」
はたては一人でミニゲームをやっている。
煤のついた金網の上でジュージューとお肉が焼ける。赤い肉はまだまだ。こんがり焼けた肉汁滴るお肉は、誰かの箸がすっと取っていく。網の下には黒い炭が赤い炎に焼かれて、白い煙を出している。
文はトングを手にして、金網の上からお肉がなくならないようにどんどん赤い肉を追加していく。野菜もほいほいと入れていくが、それを食べるのは大抵、咲夜だけだった。ただしかぼちゃだけはそれなりに人気である。
飲み物については最初に頼んで、全員の手元にある。そんな中で萃香はコケコーラを面白くなさそうに飲みながら、焼肉を三枚くらい箸で挟んで食べている。現代では見た目が少女であれば、お酒を飲むことが難しいのだ。
「お嬢様、これは焼けていますよ」
「そこに置いときなさい咲夜。あっ、レモンだれはだめよっ、順番に食べるから」
レミリアの三つに分かれた焼肉の取り皿には、通常のたれと「みそだれ」と「レモンだれ」が入っている。咲夜は菜箸でとった焼けた肉をみそだれにつける。レミリアは箸をぎこちなく使ってそれを食べる。ちょっと「みそだれ」が落ちたが前掛けに一点のシミができただけである。
それでも血を吸う歯で焼肉をおいしそうに頬張るレミリアはまさに少女と言っていい顔をしている。
咲夜はそれからフランのところに行って、お肉を取ってあげる。フランも前掛けをしているのだが、ゲームをしながら食べているのでよくこぼしている。横のパチュリーは黙々と食べているが本を汚したくないのかすでにしまっている。片手には御飯を持っているので、結構お腹が減っているのかもしれない。
余談だがパチェリーがこの焼肉屋に入って喋ったのはレミリアに「そのにく、わたしの」だけである。幻想郷でもあまり人と付き合っていなかったが、現代でそれに拍車がかかったらしい。普段はティッシュの中に広告を入れる仕事をしているからニートではない。
「駄目ですよ、妹様。ゲームは食べ終わった後です」
「う、うん咲夜。でも、今レポートできないから……」
「レポート? とにかくこれは食べるまで没収ですね」
「あっ」
咲夜にゲームを取り上げられるフラン。代わりに咲夜はフランの皿に山盛りでお肉を載せていく。それをじいと見て、金髪の吸血鬼は急いで食べ始める。味わうよりもゲームがしたい。
咲夜はふっと小さく笑って、肉に齧り付くフランを見ている。少なくとも人とのかかわりが増えたのはいいことだろうと彼女は想うのだ。多少釈然とはしないがあの赤毛の門番のおかげなのかもしれない。その本人は仕事で来ていない。後で泣くかもしれない。
「まあ、帰りに何か買っていってあげようかしら」
頭の中で焼き肉を食べられずにしょんぼりしている門番に咲夜は困ったような顔で、そういう。それはそうと彼女にはとある疑問があるので、こんど確かめようとも思っていた。
妖夢は手元のスイッチを押した。それは店員を呼び出すために各テーブルに置かれて「呼び鈴」みたいなものである。しばらくして、部屋の引き戸が開いて店員がやってきた。黒いエプロンをした男性だった。彼は妖夢の素性に気が付いたようだが、営業スマイルを崩さない。その点はプロと言えよう。
その彼に妖夢はお品書きを見ながら言う。
「えっと、この『厳選信州牛の美味しい肩ロース』というのを……」
「はい肩ロースですね!」
妖夢はどうにも釈然としないものを感じて頷いたが、横で文の小さく笑う声を聞いて静かな怒りを覚えた。それで彼女は「追加で」と店員に伝えてから、お品書きを大きく開いた。
「店員さん。ここからここまでをお願いします!」
妖夢は手元のお品書きを指でなぞってそういった。目の前にきた店員は眼をぱちくりされる。同じように文も眼をぱちくりさせるが、やがて意味が分かった。
妖夢はお品書きの何か一品を頼んでいるのではない「書いてあるもの全て」を頼んでいるのだ。だからこそ指を端から端まで動かしたのである。流石の文もこれには焦った。
「あ、あやや。そ、そんなセレブリティなた、たのみかた見たことないですよ?」
「そうなの、じゃあ今日が初めてですね、文さん。うふふ」
突然のアイドルモードで言う妖夢。皮肉のつもりらしいが彼女自身も滑稽になっている。それでもぷにっとしたほっぺたが焼肉の熱気で赤く染めている彼女は、可愛らしい。やっていることは天狗への報復であったとしてもだ。
「あっ、私は巨峰チューハイ」
と便乗して飲み物を注文しようとはたてが手を上げる。文は思わず渋い顔で見てしまう。わざとではない。
「な、なによ。一杯目だけってのはないでしょ! だ、大丈夫よ。ほ、本当にお金がなくなったらか、かしてあげるし……」
ピクリとはたての言葉に文の肩が震えた。明らかに憐れみをかけられていることにきがついたからだ。だから彼女の心の中で何かが反抗するように燃え。それが口元の笑みに変わった。今の情けない状況からはわかりにくいが、元来彼女は負けず嫌いで誇り高い性格なのである。
「貸す? ……私を甘く見ないで下さいよ、はたて。いや皆さんも、今日はいくらでも飲んでください、食べてください。私には痛くもかゆくもありませんから……」
「……文?」
文はにやりと笑ったまま立ち上がる。財布を取り出して、そこから一枚のカードを天高く掲げた。そのカードを電燈が光り輝かせる。横の妖夢や他の者たちも彼女を見る。チルノと幽香だけは黙々と食べている。
「なぜならっ、私にはクレジットカードがあるのですから!」
「え、ええ。あ、あんた審査に通ったの!?」
はたては驚愕した。そう、クレジットカードには「審査」が存在する。幻想郷からやってきた者たちは一部を除いてアルバイトで糊口をしのいでいる。普通であればクレジットカードの審査など通るはずがないのだ。しかし、はたても指摘する。
「ど、どうせ、あ、あんたのことだからあれでしょ? どっかの無名のクレカでしょ」
「…………」
文はちっちっちと立ったまま指を動かす。それからカードを口元に持ってきて、はたてに見せる。電燈の光がさえぎられてそのカードの面がよく見えた。表面に「VIZA」と「JBC」の文字。つまり世界で使えるクレジットカードだった。
唖然とする一同と何を言ってんだと口を開けている店員。それに今月の文の家計に重大な打撃を与えられないと知った妖夢は悔しげにしている。それを満足げに見渡して文はカードをしまう。そして店員に告げる。
「生っ! 一つ。それにこの目の前のあーいどるさんが頼んだ分はどんどん持ってきてくださいっ! 皆さんも好きなものを頼んでいいですよっ」
隗より始めよ。との格言通りに自分の注文をつけてから文は大口をたたく。微妙に妖夢への挑発が入っているが、それでも、この宣言が宴の本当の始まりでもあった。なぜならば予算は青天井だと、皆が認識したからだ。そして天狗は気づいていないが地獄への道でもある。
宴は華やかさを増していく。大勢で笑いながら飲む酒はうまい。つまみは焼肉という豪勢なものだ。それに大飯ぐらいも多く、どんどん注文しては皿を空にしていく。
「あっはっは。いやあ、魂魄さん今度も取材に行かせてくださいね」
「もちろんよ、今度は絶対に一人で来てほしいわ!」
仲良く肩を組んでお酒を飲む文と妖夢。何も知らなければ仲の良い二人にしか見えないが、よくよく聞くとお互いに棘のある言葉を吐いている。それでも両方が頬を赤くしてお酒を飲んでいるからには、中々に楽しいのかもしれない。
幽香はそれでも黙々とただ焼肉を食べては、適当に頼んだカクテルを飲んでいる。いずれは天狗もとあることに気が付いて絶望するだろうと思っているから、その時を静かに待っているのだ。しかし、彼女もゆっくりはしてられなかった。
遠くで三月精がワンピースをべっとべとにして焼肉を食べているのが見えたのだ。それで幽香はゆっくりと立ち上がって、部屋のサラダを取りに行くのか、お手洗いなのか外へ出ようとする。そして引き戸を開ける一瞬に、三月精の方を振り向いた。
ルナと眼があう。幽香は彼女を冷たい眼で見て、小さく唇を動かす。そして部屋から出ていく。
ツインドリルで栗みたいな小さな口をしたルナは、幽香の言いたいことがなんとなくわかった。それがわかるからこそ、だんだんと震えが出てきたのだ。そう花の妖怪はこういったように見えた。
――帰ったら……ね
「ちょ、ちょっとサニー。スター。ゆゆゆゆ幽香さんが怒っているかも」
「えっ」
スターとサニーが不思議そうに幽香を探すが、どうにも見つからない。どこに行ったのかもを二人は見ていないのだ。だからこそ、恐怖などは生まれなかった。スターはもぐもぐと噛みながら返事する。
「どこにもいないじゃないルナ」
ちょっと心配しすぎじゃないの? と肩をすくめて、黒髪の少女は食事に戻る。スターも手元にある「スプライトォ」を飲んで炭酸にむせながら飲み食いする。だからルナだけが怯える羽目になってしまったのだ。
その横では秦こころが無表情のまま、キャベツだとか人参だとかを食べている。たまにトングで大量に肉を網の上に置いていくのも彼女であるが、肉自体はチルノとルーミアと萃香が争うように食べているから、あまりありつけていない。ちなみに萃香はノンアルコールビールと天狗の生ビールを交換して飲んでいる。名目的にはノンアルコールを飲んでいるということにしていた。
それぞれが和気藹々と一部は表面的に和やかに過ごしている中で、部屋の隅でフランはゲームをしていた。とりあえずはお腹を満たしたことで咲夜から取り返したのだ。
「…………」
フランは賑やかな場所が好きではない。だからこういう場所もあまり好きではない。しかし、彼女はなんとなく文の方を見る。彼女は妖夢と何かを話しながらビールジョッキを干している。フランはそれでゲームのほうに眼を落した。
フランの眼には映る二画面の世界。耳に聞こえる周りの雑音。知らない人が多くいる状況と親しい者達は別の親しい者と交流している。彼女は本来寡黙で内気であるがここ数日流暢にしゃべったのはあくまで少人数で気の許せるような者たちといたからだ。
それでも姉の下へ行くのは気が引ける。パチュリーは横にいるがそうそうしゃべるものではない。彼女はワインを飲んでいる。
なんとなく一人ぼっちな気分にフランはなっていく。それがとてつもなく悲しいような気もするが、別にいつも通りだと思うこともできる。フランは力なくゲームのボタンを押しながらそう気分を紛らわせた。
その顔にひんやりとした感触があたった。横を見ると、いつの間にかゲームの画面をチルノが覗き込んでいる。青い髪はフランの鼻をくすぐり、ふんわりとした匂いがする。
「お、おおー。これがゲームなのね、よくこころがやってる」
「!?」
ずいずいと画面に顔を近づけるチルノ、それでフランを体が密着する。最初はぎょっとしたフランだったがこの氷の妖精が誰か知らないが、その強引な態度にむかっとした。まさかチルノの家が常時火の車でゲーム機を買う余裕など微塵もないとは思わないだろう。
「あ、あのあなた」
「あたいもやりたい! ねえこれ貸して!!」
「……だ、だめよ! これは二人用じゃないから」
「ケチ!」
「なんですって!」
フランはチルノの物言いから完全に頭に血が上った。彼女はゲーム機を離して、チルノの口を持って広げた。
「ふが、やめろ」
「この、この」
チルノも反撃する。フランに抱き付いて、そのまま押し倒す。それから仕返しとばかりに顔をつねるのだ。
「いただ」
「思い知ったか!」
子供らしい争いをする二人。本当ならばチルノがこのようなことをできるはずはないのだが、力の弱っているのは二人とも同じであり、その割合はフランのほうが大きいようである。
「どうしたのですか、妹様。喧嘩は表でやらないとだめですよ?」
咲夜が二人の様子を見かねたのか、取っ組み合う少女達の前にやってきた。咲夜は本当に喧嘩を止めているのか微妙ではあるがフランとチルノは相手を指さしてはそれぞれ同じことを言う。
「「だってこいつが!」」
咲夜はお互いに眼を合わせてはあとため息をついた。この場をどうおさめたものかと悩んだのだ。しかし、そんな彼女の横にいつの間にか、桃色の髪をたなびかせたミニスカートの少女が立っていた。顔は無表情である。
「ふふふ」
口だけ動かして笑う少女は秦こころ。彼女は片手に箱のようなものを持って、チルノ達に見せつけた。咲夜も見る。
「マリオカートで遊ぼう」
こころが持っていたのはフランと同じ4DSであった。実は彼女も持ちあるいていたのだ。いや、実のところすでにチルノが口を滑らせていたので持っていること自体は秘密でもなんでもなかった。それでもいきなりあらわれたのは理由があった。
「お腹いっぱいになったから。対戦しよう」
手短に説明するこころ。チルノはそれで眼を輝かせたが、フランは何を言われているのかわからずにぽかんとしている。しかし、現代にゲーム機でも対戦には二台以上が必要である。ちなみに最近のゲームはソフトが一つあればネット接続で対戦可能だ。
「えっ、あっと。まりおってあの」
なんとなくしどろもどろになるフラン。彼女の肩をチルノが掴んでゆする。その輝く瞳はもはや喧嘩していたことなど忘れているかのようだ。
「はやくやろう! あたいはおとなだから、最初はゆずってあげるからはやく」
「あう、あう」
とチルノにゆすられて唸るフラン。彼女は助けを求めるように咲夜を見たが、その銀髪のメイドは柔らかく笑っているだけでもはや手を出す気も、口を出す気もないようである。だからなし崩し的にフランとチルノ、それにこころが向かいあってゲームをし始めることになった。
「どうやるの?」
やっていたゲームをレポートして、フランは恐る恐る「マリオカート」のやり方をこころに聞く。こころは無表情のまま「ファイト」とアドバイスを行う。どんな時でもやる気は大切ではあるが、フランは渋い顔をせざるをえなかった。
少し離れた場所で大勢に囲まれている妹をレミリアは見ていた。相手は妖精だとか付喪神だとかなのだが、これはこれでいいのだろうと肉を噛みながら思う。もう一度見るとルーミアや三月精とフランがゲームを取り合っている。
「……本当に子供みたいね」
「お嬢様も遊んでこられたらどうですか?」
「冗談がうまいわね。咲夜」
レミリアの横に咲夜が戻ってきた。優しく微笑みをかけてくるメイドに吸血鬼の少女はじとっとした眼で見る。静かに抗議をしているのであろうその眼を、咲夜は涼しげな顔で見返す。
「意味ないわね」
レミリアはそう結論付けて、もう一度フランを見た。彼女は少し目を離したすきに何があったのかこころにチルノと一緒に乗っかって、笑っている。その押しつぶされているこころは「ひきょうな」とよくわからないことを言っていた。
ゲームはルーミアとスターがやっている。帰ってきたのか幽香も後ろで覗き込んでいる。少し顔がほころんでいるのは気のせいだろうか。ただしその両手はがっちりとルナの肩を掴んでいる。
「…………」
レミリアはじっと見る。
「そういえばお嬢様」
そこに咲夜が言った。彼女は外に出るときには手提げバックをいつも携帯している。大体は吸血鬼の姉妹の世話に必要なものを入れているのだが、今日はちょっとだけ違うものを出している。それはリボンのついた四角形の包みだ。テーブルの下側で渡しているから、
「実は妹様と同じ……色違いのゲーム機を『間違って買ってしまった』のですけれど、お嬢様にお遊びになられますか」
「……」
レミリアは包みと咲夜を交互に見る。いきなり言われてよくわからないといった顔をしている。しかしそれを理解した時に思わず言ってしまった。
「本当!?」
ぱあと少女らしいく花のように笑顔になるレミリアだが、如何せん声が大きかった。部屋中の目線が一瞬彼女の集まり、レミリアはだんだんと引きつった笑顔のままこほんと咳払いする。まさか実は欲しかったなどとは言えず、繕う。
「ご、ごくろうね咲夜」
笑いを堪える咲夜が「はい」と返事する。
皿があき、コップは干されて、だんだんと宴は終わりに向かう。
文はほろ酔い気分で、先に会計だけを済ましておこうと、部屋を出ていく。すでに追加注文をするものは居ないだろうと思ったからだ。だから文が会計を終えれば、本日はお開きだということである。
「……」
わずかにふらつく足で歩く文。他のお客の喧騒が耳に響く。わずかな段差で転びそうになるが、その体を小さな手がささえる。文が見ると、角に隠れていたのかいつの間にか伊吹萃香がそこにいた。
「ああ、ありがとうございます」
「あぶないねえ。こっちにきたら、流石に天狗でも酔うことがあるんだね」
「……? 結構飲まれていた気がしますが、酔われてはいないようですね?」
「ああ、私は大丈夫だよっ。鬼だからね」
文は「ん?」と引っ掛かりを覚えた。仮に鬼だろうが天狗だろうが、ありとあらゆる妖怪だろうとも現代世界では力の減退は避けられないはずである。しかし、萃香はケロッとした顔をしている。彼女は文に言う通り店員に見つからないように、飲酒していたのだ。
「いやあ、今日はなかなか楽しませてもらったよ。そこでお礼と言っちゃなんだけど、ヒントをあげようと思っているのよ」
「ヒント? 何のですか」
「まあ、まあ。大したものじゃないから受け取ってよ」
萃香は文の手を取り、何かを握らせた。硬い物であるが紙に包まれている。それからにやりと笑うと萃香は、踵を返す。
「じゃあ、私は先に帰るよ。今日はいい酒だった……それは大切にしなくていいから」
文は去っていく萃香を追うことはせずに、手の中にあるものを見た。一枚の紙きれに包まれた何かである。彼女はそれを開けてみると、黒い金属の塊がそこにあった。しかし、なんとなく文はそれに見覚えがある。
それに思い至った時に文は、ちょっと怖くなった。
「これ、ひしゃげた十円玉ですね」
すさまじい力で折り曲げられたそれは十円硬貨だった。辛うじて文様が見えたから、文にもそう判断できたのだ。これを押しつぶしたのが萃香だとするのならばと文は、疑問を深める。力が異常なほど残っているということだ。
そして文は、紙の方にも何か書いていることに気が付いた。
「なに、なに『付喪神』……これだけですか?」
文は、紙切れを裏返しにしたりしたがそれだけしか書かれていない。そこまでやって彼女は気が付いた。
「もしかして、このみんなが外に放り出されたことへの、ヒントですか」
もういない鬼に向かって文はつぶやく。
――鬼の力は何故かなり残っているのか?
――付喪神とはなにを意味するのか?
文は深く考えようとして、顎に手を当てる。いまさら萃香を追いかけたところで答えなど聞くことはできないだろう。だから自分で考えるしかないのだ。しかし、彼女には考える時間など存在しなかった。
「アヤ!」
「グゲ」
急にフランが文に抱き付いてきた。考え事をしていた文は躱すことも身構えることもできずに、変な声をあげる。フランはそんな彼女の様子には頓着することはなく、言う。
「アイス食べていいかしら!? みんなで」
「……あ、アイスですか?」
「ええ、私レースに負けたから頼みに行くことになったの! でも食べたい!」
「みんな……ですか」
フランの言葉に文はちょっと笑ってから「いいですよ」と返す。疑問など今考えても酔いの残る状況では、よい答えは得られないだろう。だからこそ、文自身も冷たい物を食べたい気分になっていたのだ。
「やった!」
ぐっとガッツポーズをするフランは、くるりと後ろを振り向いて、遠くから見ているチルノ達に親指をたててウインクする。こっそりみていた「あの時の文」のマネだった。流石に彼女も気が付いていた。
そんなこんなで最後にみんなでデザートを食べて、宴は終わった。
実はクレジットカードは飲食店では「一回払いのみ」の店が多く、この店もそれに漏れないという些細なことを除けばトラブルもなかった。それを会計している時に聞いた鴉天狗は「マジですか?」と青ざめた顔で店員に聞いたくらいである。
幽香とその後ろでニコニコ。妖夢は小さくガッツポーズをして、わざわざ文の下に来てから微笑み。
「ごちそうさま!」
と屈託のない笑顔を見せた。ここに復讐は成就した。
――いつかの日。
とある公民館で青い髪のヒーローが危機に陥っていた。彼女は仮面をかぶっているから、だれかわからないが。周りには「希望の面」を付けた三人の戦闘員と、キツネ面を付けた一人の怪人少女がいた。
「くっ。あたいもこれまでか……あと100人くらいしか相手にできないわ……」
青い髪のヒーローは片膝をついて。余裕があるのかないのかよくわからないことを言った。しかし、状況は絶対絶命。どうしようもない今を自力で打開するのは難しかった。
「そこまでよ!」
突如として響く少女の声。怪人とヒーローが見ると、滑り台の上に立つ一つの影。
金色の髪をたなびかせ。赤いスカートが可愛らしい。それでもかっこよくポーズを決めても仮面があるから表情はわからない。
「ここからは、私が相手よっ」
そう言って滑り台を降りていく。
これで二部のメインは終了です。ありがとうございました。
次回は、「赤いメイドさん」と天狗達の小話を入れようとおもいます!