ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第57話:エンカウンター(後編)

 此処、ネバダ地区で連邦軍とジオン軍の戦端が開かれる丁度十分前。

 突撃機動軍特務遊撃大隊「ネメア」の先発隊として、『蒼い獅子』は現地へ赴いていた。 

 

「各機、ザンジバルから送信される地形情報と機体がリンクしているか確認急げ。齟齬がある場合は機体側の情報をベースに修正して構わん。完了次第処理中の機体をフォローしてやれ。

 ……これは、砂漠化が進んでいるのか?」

 

 モビルスーツのカメラ越しに見る砂塵に塗れた街。

 かつては街の歴史を感じさせる家屋が並ぶ、これといった名物もなく只々穏やかな雰囲気だけが持ち味の小さな街が、在った場所。

 今は「コロニー落とし」により壊滅的被害を受け文字通り消滅してしまったが、それでも故郷を離れる事が出来ない住民が細々と暮らしている、被災地である。

 ジオン軍が齎した甚大な被害、それを端的に表している場所であり、また同様の被害が地球上の至る所にあると確かに主張する場所でもあった。

 しかし、その被害で困窮する人々を救い支援しているのもまた、ジオン軍であった。

 十分とは言えずとも生活ができる物資を手渡し、仮住居を提供しては時折起こる暴徒を鎮める為の巡回を行い、彼らを保護する立場を維持していた。

 過日に「コロニー落とし」を実行したジオン軍であったが、連邦市民を根絶やしにする為の攻撃をしている訳ではないし、顔を合わせてしまえば同じ人間であるから相手が拳を振り回さなければ穏便な姿勢を取っていた。

 これらが実を結んだのか、顔馴染みらしい兵士と挨拶を交わす子供達さえ居る。

 その中には暴力の象徴たるモビルスーツ、蒼い機体へ手を振る子供すら居た。

 

(ガルマの慰撫政策の一環か。

 北米で表立った反乱が無い事と云い、軍人よりも政治家の方が向いているのかもしれんな)

 

 数ヵ月前発った北米の地に戻って来たメルティエ・イクス大佐は、友人の気質が剛より柔であると認め、口元に笑みを拵えた。

 地球の一区域を任されたガルマ・ザビ准将は同地で大きな武功は挙げていない。

 しかし、降下作戦以来のものに補充部隊を合流させ師団規模の部隊を幾つも麾下に収めており、これを他地区への攻略部隊として派遣するわけでなく反抗勢力の鎮圧部隊として占領区域に広げ、治安を一定水準まで引き上げていた。

 今や個人の武功より北米方面軍司令としての軍功が大きく、ヨーロッパとアジア地区での活躍も合わさり文武兼ね備えた人物として名高い。

 そのガルマの最も恐るべき所は統率力だと、メルテイエは理解していた。

 戦果を挙げれば咎めなしに功として認める気風がある事もあり、我が強く単独行動を取りがちなジオン軍に於いて、ガルマ麾下は問題行動を起こす者が少ない。

 ガルマが命令を徹底しているという事もあるだろうが、それに唯々諾々と従う麾下部隊が良くもまとまっていると言える。

 殊更驚くべき所は、ガルマ麾下はドズル中将が派遣した宇宙攻撃軍、キシリア少将の突撃機動軍を原隊とする部隊が混同しているという事実にある。

 これは両軍の長が犬猿の中である事から敵対一歩手前と評される軍閥であり、両軍閥の部隊が戦場に立つと連携が取れない等の問題が多々あった。

 メルティエとその養父ランバ・ラルなど一部例外はあるものの、軍閥が違えば所構わず対立するという目を覆いたくなる事実がジオン軍にはあるのだ。

 それが一箇所に纏められているとすれば、火種が入った火薬庫の番をさせられるようなもの。

 仲違いの軍閥が入り混じるという事態は絶対に避けるべき、であったのだがこのガルマ麾下では問題らしい問題が浮上しないのだ。

 ガルマの麾下に入った養父ラルからは「まるで魔法だ」と聞いていた。

 どのような手法を使ったのかメルティエには想像もつかないが、ガルマの下では原隊所縁の諍いが起こらず、占領した地域の防衛能力と治安回復を優先していることから、小規模な反抗勢力による散発的な活動こそあるものの被害らしい被害は出ていない。

 互いに友人と認め合う男の非凡さ、有能さを自己の領分である戦場でも感じてしまう。

 胸の奥からじんわりと熱くなるのを知るに当たり、メルティエは身に自嘲を刻む。

 

(それに比べて、俺の所はちとギスギスしてる空気がある。ガルマの人心掌握術に是非とも肖りたいものだ。頭を下げて請えば教えてもらえるだろうか?)

 

 全体的に見れば悪い所は見受けられないが、メルティエの特務遊撃大隊『ネメア』で今まで顕現していなかった亀裂のようなものがあるように思える。

 それが何なのか彼には分からなかったが、肌で僅かに感じられるようになったのは自分が負傷し寝込んでいた時辺りだろうと推測していた。

 事が大きくなる前に修復ないし除去したい所だが、何分忙しい身分のため調査もできない。

 最近まで別の件で悩んでいた事もあり、問題解決に行動できないでいた。

 

『大佐、ミノフスキー粒子が濃い場所が複数あります。囮でしょうか?』

 

「十中八九そうだろう。このネバダ地区に連邦軍の艦が潜んでいるのは間違いない。

 ただ、一箇所だけ本丸で他は囮の可能性もあるし、全て囮でまったく別の所からこっちの様子を見ているかもしれん。今出来ることは警戒を怠らず前進するだけだな」

 

 随伴するザクキャノンから通信が入り、リオ・スタンウェイ曹長の神妙な顔がディスプレイ上のワイプに映る。

 火力支援機らしくメルティエ機の後背に就き、搭載された間接照準射撃システムの恩恵もあってリオ機が今回小隊の目を担っていた。

 常ならばユウキ・ナカサト曹長が索敵支援用に特化したホバートラックで小隊をサポートするのだが、接敵した後の混戦を考えれば自衛能力に乏しい彼女は同伴する訳にはいかなかった。

 何も情報が与えられず、作戦内容が連邦軍部隊を撃滅であるならばユウキの情報収集、索敵能力は大変魅力的である。何故ならば情報不足分は自らの足で、敵地に踏み込むならば手探りで相手を調査しなければならないからだ。

 とすればガルマ准将から受領した情報が満足か、と訊かれれば「否」である。

 上官からの情報は敵宇宙母艦が大気圏内でも行動できる、搭載モビルスーツが各種何機ある程度のものであった。その上、戦艦並の威力を有するビーム火器を有する事もあり、敵部隊の情報は幾つあっても足りるものではなかった。

 

(相手はシャア中佐を出し抜いて地球に降りた連中だ。敵の索敵に引っ掛かったら先手とばかりに奇襲されるとみていいだろう。

 ……そういう手合いなら、まずは部隊の目を潰す筈だ。モビルスーツの機動力、戦艦並の火力を有しているというなら、索敵に専念した支援車両は格好の的になる。どの程度が有効射程距離なのか分かる術もないが、戦艦を落とせるビームという事は相当の出力を要する筈だ)

 

 その際に生じるビーム光、大気に放出されるメガ粒子は地球上でも目立つ。

 ホバートラックでは回避できずとも、モビルスーツの機動性ならばその弾道から退く事もできるだろう。問題はその時のモビルスーツに高速機動に入る為の初速を得られているか如何かに因るが、こればかりは戦闘に入ってみなければ判らない。

 戦車や爆撃機の攻撃から随伴機を守り抜いた事もあるメルティエだが、戦艦並の火砲に身を晒す無謀さは流石に持ち合わせては無かった。

 

『センサーには感なし。大佐、周囲に金属反応や高温物の類はないようです。

 まさかとは思いますが、ミノフスキー粒子の中に身を潜ませているやもしれません。

 分かっておいででしょうが、十分に注意して下さい』

 

 トップ少尉から耳障りな雑音混じりに危機感度を促され、短く返答しておく。

 実戦経験者とはいえ、彼女は地上での戦闘は今回が初となる。北米へ至るまで大気圏内の訓練を課していたが、宇宙空間での機動やコロニー内の戦闘とは違う戦地だ。緊張していて当然である。

 口数が多いのは無意識に不安を紛らわせようとしているのかもしれない。

 少尉とは会話なぞ数えるほどしかしていないが、それでも”硬い”と思えた。

 

「少尉、通信のチャンネルを合わせろ。恐らく下二桁が違う」

 

『え? ――――りょ、了解です』

 

 驚きの声がした後に、音声が明瞭に聴こえるようになった。

 彼女のワイプが表示されないのは、さすがに指摘しないでおく。

 ただ、しっかりした女性がちょっとした事で気恥ずかしくするのは中々に乙なものだ、と感想を抱いたメルティエである。

 尤も、通信チャンネルの違いは敵方への情報漏洩や情報伝達の誤報を招く重大な問題ではあるのだが、ミノフスキー粒子高濃度地帯が点在する現状ではジオン軍の偵察機ルッグン並の電子性能がなければ通信傍受なぞ不可能だ。

 

「ん。作戦を継続する」

 

 初体験は誰しも緊張する。

 それは冷静沈着に見受けられたトップ少尉も例外では無かったと、新しい部下の人間味を発見できたことで先の件を不問とした。

 戦場では些細なミスで窮地に陥ることが不思議ではない。

 二度と同じ事をしないよう注意喚起も必要だが、指摘を素直に受け入れられる場合と逆に思考が頑なになってしまう場合がある。

 これが実地訓練の一環であるならば『何故ミスを犯したか』を追求するのが上官の役目だ。

 実戦では次があるとは限らない。

 その為にミスは可能な限り潰し、リスクを低減する事が求められる。

 しかし、メルティエ達は訓練でこの地を行軍しているわけではない。

 本人が理解しているのであれば、メルティエは敢えて言及をしない。

 緊張状態の中で過ちを理解した時に「ここを直せ」と云われても頭と体に入るわけがないのだ。

 例え金言を送ろうとも、今効果が無いのであれば、その言葉は只の雑音でしかない。

 

 そして、此処は敵味方が入り混じる戦場である。

 

『――――大将! ビーム光だっ』

 

 ハンス・ロックフィールド少尉が搭乗するモビルスーツ、視覚強化が施されたMS-06GL、陸戦型高機動ザクII狙撃仕様からの通信で、メルティエの思考が戦闘状態に没入した。

 赤い光の到達前に各機へ散開指示を飛ばし、別働隊へ交戦状態に入る通信を送ったメルティエは緊張とはまた違う感覚に浸食される。

 幾度か体験したことがあり、正しく身に覚えがある。

 けれど、筆舌し難いその感覚は何と言えばいいのか分からず、彼は困った。

 それは聞き分け音を探る聴覚とも、臭いを嗅ぎ分ける嗅覚とも違う。

 いや、そのどちらも混じり合わせたような、もう一つの感覚と称すべきか。

 だが、己の身に沸き起こる異常よりも、彼は外界の状況に慄いた。

 先ほどの被災した跡が痛々しい街は、すぐ近くにあるのだ。

 

「ビーム砲を撃つのか? 此処には連邦市民が居るんだぞ!?」

 

 ――――だからこそ、アナタは往ってしまう。

 

 何処か遠くから覗き込む、何者かの視線を背に受けながら。

 身体の奥底から湧き上がる想いと共に、男は自らが望む行動を取るのだ。

 主人の求めに応じ、蒼いモビルスーツは攻撃を受けた方向へとひた走る。

 後方の僚機が迎撃態勢を取る時間を稼ぐ為に。

 後方の市街が()()に入らないよう立ち位置を変える為に。

 

(くそっ。怪我が回復してから、感覚が何処かおかしい!?

 気味が悪いが、今はまだ身体の動きを取り違えてないだけマシ、なのか?)

 

 じわりじわりと広がる体調不調の訴えを噛み殺し、復帰した『蒼い獅子』は此れに臨む。

 砂埃だけが舞う大空へ、遮蔽物がない戦場へとメルティエ・イクスは躊躇なく踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サンダァァァァァァアアスッ!」

 

 ガンキャノンのカメラに飛び込む映像に反応したシロー・アマダ少尉は、ザクIIが三機に包囲された友軍機を救う為行動を起こした。

 シローの操るモビルスーツは、テリー・サンダース軍曹のガンキャノンを正面から抑え込む銃撃に対し自機の左腕を差し出して受け止めると、左右からヒート・ホークを振るう二機へ右腕に装備したビーム・ライフルを撃ち込む。

 挟撃していたザクIIのうち一機は肉迫するガンキャノンを捉えたのかステップで射線から退避するも、片方は振るったヒート・ホークがサンダース機の左肩部を切り割った事により僅かに気付くのが遅れ、ビームが胴体部に命中し爆発した。

 強引に生み出した一拍の隙に、サンダースは引き撃ちを行い敵機と距離を取る。

 それらが敵機に命中することは無かったが、難なく距離を稼ぐ事に成功した。

 

『助かりました、少尉!』

 

「礼は後にとっておく! 今は、この戦局を打開するぞっ」

 

 損害を出し後退したガンタンク部隊の護衛に就いていたシローは、前線に復帰すると共に戦意を燃やしていた。

 敗退し負傷した兵士を見れば少なからず士気が下がりそうなものではあるが、シロー・アマダという青年は「これ以上仲間をやらせない」と息巻き、戦いに臨んでいる。

 ともすれば猪突猛進のきらいが見えるものの、前のめりな動きがサンダースの窮地へ来着させ、更には敵を一機撃破する結果に導いた。

 

(思いの外上手く行った、が――――不味い) 

 

 シローの不意打ちは成功した。

 頭数を減らし、敵味方の数は同じとなった。

 つまりこれで、両軍とも膠着状態に陥った事になる。

 先手後手、仕掛けるか仕掛けざるかは互いの胸一つとなる。

 となれば、状況的にシローらが不利であった。

 

(だけど、どうにかしなきゃな)

 

 敵はこのまま前進することも後退することもできるが、防衛ラインを維持する為にこの場に立つシロー達は退けない。

 退いてしまえば敵は前進するだろうし、シロー達は「ホワイトベース」を銃火に晒すことができない。

 今後の連邦軍にとって必要な母艦――――という以外にも、「ホワイトベース」にはコロニー、サイド7の住民が避難しているのだ。

 軍人として、民間人をこれ以上巻き込みたくない。

 そう、民間人を戦火の犠牲にしたくないのだ。

 

「もう、サイド2の二の舞はごめんだ!」

 

 両手で構えたビーム・ライフルに背から伸びる二八〇ミリ低反動キャノンを加え、ガンキャノンのカメラに留まらない敵機を穿たんと必死に姿を探す。

 しかし、敵機は粗い映像をディスプレイに残すだけでシローの照準が定まるどころか、触れさせてもくれない。

 

 ――――高機動戦闘。

 

 制宙戦闘機乗りであったシローは、自身が敵に翻弄されている事が漸く判り、熱くなっていた顔面に冷水を浴びせられた心地であった。

 ビギナーズラックを狙うワケではないが、捉えきれない相手に業を煮やしたシローは威嚇ないし敵の動きが鈍ればと思い、ライフルとキャノンを発砲していた。

 その間、サンダースもシローと同様にしていた。

 そう、攻撃の撃音は全て二人だけのもの。

 火力に勝るこちらが有利だと、反撃される前に墜としてやると息巻いていたのは否めない。

 対する敵は反撃を採らず、只々回避に専念していた。

 

「しまった!? サンダース、足を止め」

 

 僚機に足を止めるなと、警告を発し終わる前にシローは真横から強い衝撃を受けた。

 

『火力はピカイチ』

 

 それがガンキャノンの脇腹を蹴られた衝撃によるものだと、ディスプレイにザクIIが突如現れたことで理解した。

 相対するパイロットは只々回避行動を採っていたワケではない。

 

『装甲も頑丈ときたもんだ』

 

 恐るべき事に、敵パイロットは実戦の中でこちらの視界と武装の射角を読み、死角が生じた瞬間に最大戦速で接近し、コックピット位置に当たる胴体部にモビルスーツを十分に加速させた推進力をそのままに活かす、格闘戦による突撃を敢行したのだ。

 目測と自らの勘だけを頼りに、銃火に身を晒して接近する度胸は並々ならぬ胆力を必要とする。それだけなら土壇場で覚悟を決められる者も居るだろうが、この敵パイロットは接近する間にモビルスーツの機動力で距離を詰めている。それも、火器等の兵装は一切使わず格闘を選択してだ。

 タイミングが僅かでもズレてしまえばただの特攻と大差ない行動を、「戦術的優位」を獲る手段として確立している技量が、明確かつ堅牢な壁としてシローと敵との間に存在した。

 

『とくれば、後は』

 

 マシンガンによる発砲はマズルフラッシュから位置を特定されてしまうし、何よりガンキャノンのルナチタニウム装甲に阻まれる。ヒート・ホークは発現すると局部的ながら高々度の気温変化を触発させ、これは目敏い人間だと発覚してしまう。

 これらを排除した結果が、四肢を使った格闘戦なのだろう。

 中、近距離の間合いで”奇襲”を成功させる、パイロットの場を掴む能力にシローは慄いた。

 

『パイロットの器量、って言うもんさね』

 

 ルーキーの領域を脱しないシローを、嘲りを宿した声音のベテランが嗤う。

 反骨心に火が点くが、衝撃が抜け切らないシローは機体制御を失い転倒し掛けるガンキャノンに翻弄されていた。

 それでも反撃してやると操縦桿を動かし、ペダルを踏むが。

 

『ムキになるところが』

 

 手の平で踊らされるという感覚をリアルタイムで味わう羽目になったシローは、それでも足掻く事を止めずにモビルスーツの操作を続ける。

 しかし、さも予知されていたようにガンキャノンの頭部に内蔵された六〇ミリバルカンは虚空を穿ち、本命のライフルを差し向けようと振れば旋回方向にこれまた用意されていたヒート・ホークの刃で寸断され、

 

『素人だってのさ!』

 

 格闘技の訓練で教官に散々決められた足払いをモビルスーツで強制体感させられた。

 その一呼吸程の浮遊感の後に。

 

「がっ!?」

 

 地上に叩き付けられ混乱の極みに遭ったシローは、

 

『――――部下の仇は獲らせてもらうよ』

 

 心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える、冷たい女の声を聞く。

 

「このっ、やらせるか!」

 

 転倒しているだけに砲撃の角度が制限されてしまうが、幸いにも相手は近距離にいる。ザクIIがヒート・ホークを振りかぶる間に、シローはガンキャノンの上体を起こし両手をつっかえ棒代わりに地上へ着けた。砲撃の反動で機体が泳ぎ発射角度が乱れない為の措置だが、これは現状で最適解であった。

 そしてヒート・ホークを振り下ろす動作以上に、キャノンは砲弾を発射するだけであるから時間的都合にも勝る。

 

(反撃が成功すれば、最悪相討ちまで持って行ける!)

 

 自分が倒され、このまま敵が解放されれば「ホワイトベース」に甚大な被害が及ぶのは明白だと。

 この敵以外にもジオンの襲撃部隊が来ているなら、尚の事此処で仕留めなければならない。

 ガンキャノンの装甲が高熱電磁波に耐えるか、ザクIIが零距離砲撃を回避できるか。

 シローが覚悟を決めた時、

 

『シローさん!』

 

 不意に、少年の声がコックピットに響く。

 稀有な能力でモビルスーツを扱い、あの『赤い彗星』と大立ち回りを演じてホワイトベース隊をジオンの攻撃から守る地球へと降り立たせた少年の声だ。

 

『新手か!? ここらが潮時だ、一度退く!』

 

 空間を赤いビームが二条走ると、ザクIIはシローに止めを刺さず退避を優先した。

 部下を殺した仇敵を前にして、戦場の不利を悟れば反転する。

 シローでは堪えられそうにもない精神を、相手は塗り替えて行動できるということ。

 軍人としても、パイロットとしても負けたシローは故郷のサイド2を壊滅させた憎むべきジオン軍人に、少なからず敬服していた。

 先程の敵の言葉には、確かに怨嗟と強い感情のようなものが乗っていたと思う。

 失った部下との間と親交があったから、シローに怒り憎むのだ。

 それでも、戦場で生き続ける為に感情を抑えて実行できる人間に、同じく戦場に立つ一介の軍人として考えずにはいられない。

 

(これが、俺達の敵。か)

 

 ザクIIは僚機と互いに連携して去ると、コックピットの中でシローは項垂れた。

 生き残れたという思いと、お目溢しをもらったような悔しさで瞼をきつく閉じる。

 ダメージ警報を鳴らすコックピット内は静けさとは無縁で、チラリとディスプレイを見れば右肩から先が無い。立ち去る時のザクIIが何か片手で抱えていたから、握っていたライフルごと右腕を持ち去ったのかもしれない。

 死を覚悟するほど圧倒された挙句、機体の一部を奪われた。

 

(完敗、だな……ちくしょう……畜生!)

 

『シローさん、ご無事ですか!?』

 

 ワイプが開き、ノーマルスーツを着込んだアムロ・レイが映る。

 年下に情けない顔を見られたくない。

 その一心で、シローはどうにか笑みを浮かべる。

 

「ああ、アムロくんのお蔭で助かった。礼を言うよ」

 

『互いに無事のようですね。私の機体もやられましたが少尉のもですか』

 

 歩行するサンダース機と並ぶ白いモビルスーツ、ガンダムの姿を視界に認める。

 直接ではないとはいえ、大気圏の摩擦熱を突破した事実を知っているだけに存在感があった。

 搭乗している中距離支援用のガンキャノンに比べ、白兵戦用のガンダムは操縦難易度が上の筈。

 その機体を操るアムロという少年はやはりスペシャルなのか、とシローはぼんやりと思った。

 

「移動はできるが、戦闘は難しいな。武器も失ってしまったし」

 

『少尉、我々は生き残ったんです。現状ではこれ以上の戦果はないでしょう』

 

「そうだな……きっとそうだ。アムロくんのガンダムは、整備が完了したのか」

 

『地上戦用にOSを少し弄ったくらいで、他は問題ないと。……父が太鼓判を押してましたよ』

 

 頭部に包帯を巻きながら整備現場の指揮を執るテム・レイ技術大尉を思い出し、シローとサンダースは苦笑した。ガンキャノンやガンタンクの設計にも携わっている彼は、二種のモビルスーツの状況と状態を確認しながらガンダムの整備を見ているのだから、正に八面六臂の活躍をしていると言える。

 モビルスーツを現状最善の状態にするテムと、ガンダムという最高性能のモビルスーツを操縦するアムロのレイ親子は「ホワイトベースの最大戦力」と称して過言ではないだろう。

 

「そうか。……確か、遊撃戦力として数えられていたな、アムロくんは。

 俺とサンダースは機体の状況から一度下がるが、キミはどうする?」

 

『カイさんの所に合流してみようと思います。ホワイトベースの離陸準備まであと僅かだそうですから、あまり敵を釘付けにすると逃げれなくなりますので』

 

「了解だ。簡易整備が終わり次第、アムロくんのバックアップに就く」

 

『となれば、敵の目を欺きつつ戻りませんと。少尉、移動は可能ですか?』

 

「無理でも行くさ。機体は捨てたくないしな」

 

 軋むガンキャノンを起立させ、サンダース機を追う。

 ガンダムは二機を見送ると、その場から離れた。

 

 後方から、その機体をカメラに収めるザクIIに、気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしている、ブライト中尉!? 敵が目の前に居るんだぞ!」  

 

「あなたに言われなくともわかっています! しかし、今はもう撃てないんです!」

 

 ペガサス級強襲揚陸艦「ホワイトベース」のブリッジで、ブライト・ノア艦長の采配を責めるリード中尉はシートの肘掛けを殴りつけながら尚も怒鳴った。

 

「馬鹿を言うな! メガ粒子砲のチャージは済んでいるんだろう!? あの蒼いモビルスーツをさっさと撃ち落としてしまえばいいではないかっ」

 

「あなたの視界には、あのモビルスーツの近くにある町が見えないのですか!? メガ粒子砲は物体に接触すればカノンの実体弾と同じように爆発します、地上で暮らす人々にビームの雨を浴びせたいのですか!?」

 

「ならホワイトベースは沈むぞ!? あれは『蒼い獅子』だ、開戦時からマゼランとサラミスを墜としているシップスエースなんだよ! いいか、それもザクIIではない、ザクIでだ! 撃墜数は違うが『赤い彗星』はザクII、『蒼い獅子』はザクIでやるんだよ、意味が解るか!?」

 

「なっ……機体が、違う……?」

 

「パイロット達に発破を掛ける時に聞いて、もしやと思ったが。ブライト艦長はアレの認識不足だったようだな?

 『蒼い獅子』が新型で前線に出ているのは最近だ。前はザクIでやってたんだよ、奴は!

 いいか? 『赤い彗星』はザクIIで我々を追尾して来た、それが『蒼い獅子』は()()の新型で迫っているんだぞ! 同程度の戦力だと思う事態が間違いだ、大間違いなんだよっ」

 

「っく。だからといって、町が近くにあるんですよ? ミノフスキー粒子散布だけでも問題だというのに、これ以上は」

 

「か、艦長!?」

 

「な、今度はなんだ!?」

 

 オペレーターのオスカ・ダブリンの悲鳴混じりの呼び掛けに、挑発的なリードと睨み合いしていたブライトは向き直る。

 

「ガンタンク隊壊滅、ホワイトベースに帰還! アマダ少尉らが撤退支援を行った模様です!」

 

「うっ!? リュウ達は無事なのか?」

 

「リュウ・ホセイ曹長らパイロットは無事です。ただ機体は相当な損傷を受けているらしく、レイ技術大尉から再出撃は困難と報告を受けています」

 

「……アムロのガンダムは?」

 

「既に防衛ラインへ到達……『蒼い獅子』と交戦するセイラ機の援護に向った模様!」

 

「ガンダムとガンキャノンを当ててもまだ倒せていないのか?」

 

「はい……あ、カイから通信。『蒼い獅子』は町から距離を取ったそうで、援護射撃を要請しています。セイラ機から送られた位置情報を見るに、射線に町は入りません!」

 

「市民を盾にする気はない、ということか……!? ダメだ、尚更メガ粒子砲を撃てない!」

 

「何故だ、ブライト艦長!? 唯一の懸念事項は町への被害だった筈だ。態々敵が離れたのなら仕留めるチャンスではないか!?」

 

「いいですか、リード中尉。『蒼い獅子』は一度町へ近づき、その後離れたんですよ?

 戦端を開いたのは我々連邦軍です。そして、ジオン軍は襲撃された側だ。町の心象はどう傾きますか? “連邦の攻撃に巻き込まないようジオン軍は離れた”と思いませんか? 大多数の人間が“巻き込まれずに済んだ”と思っていても、“ジオン軍が連邦軍の攻撃から守ってくれた”と思う人間が出てこないと何故思われますか!?」

 

 ブライトが額に流れる汗を拭わず、リードへ畳み掛けるよう問う。

 若輩者と見ていた艦長に圧力を覚えたリードはどうにか反論しようとして口を開くが、何かを悟ったように舌打ちした。

 

「此処が、ジオンの支配領域で……任されているのがガルマ・ザビだからか?」

 

「そうです。地球の各地で反ジオン活動が継続してあるのにここ北米大陸は他地域を比べても行動が断続的です。小康状態と言って良いほど市民は落ち着いているんです。

 もしかすれば、北米大陸の連邦市民はジオン側に傾いている可能性すらある」

 

「ば、馬鹿なことを言うなっ! オ-ストラリア大陸と違い直撃こそしなかったが、あの“コロニー落とし”の余波で北米は荒れたのだぞ!?」

 

「荒れたのは確かにジオン軍の愚行によるものです。しかし、荒れた北米で生きる市民に手を差し出して救援したのも、ジオン軍なんですよ!」

 

「ジオンが行っている慰撫工作がそれほどまでに市民に喰い込んでいると、そう言いたいのか?」

 

「恐らくは。でなければ、民間に協力を仰いで拒否された事に納得がいきませんよ!」

 

 ブライトは勢いが萎んだリードを更に委縮させるほど怒鳴り、キャプテン・シートの肘掛けを叩いた。無機質な悲鳴を上げるが、誰もそれを咎める事はできなかった。

 何故なら、ブライト・ノアの心情を良く理解できたからだ。

 コロニー公社に所縁のある工場や会社に連絡し、推進剤や消耗品を調達しようと考えていたブライトらは、問い合わせた各所全てに譲渡拒否をされていた。

 内容を要約すれば「救援物資を配布し、援助を継続しているジオン軍に背く事はできない」と。各社の内情はともかくとして、連邦軍を支援すれば都合が悪くなるということは理解できた。

 援助を継続している事からそれが打ち切られれば立ち行かなくなること、もし何処かで連邦軍を支援する所が在れば、その情報をリークしてジオン軍に覚え目出度くしてもらおうという考えすら見え隠れする。

 窮地を救ってもらったという情と、支援者という立場を用いて利で釣る。

 古来より、人間は感情と理性で生きる動物だ。

 義理で生きる人間もいれば、利益を求める人間もいる。

 それらの大多数と言えなくとも、半数近くがガルマ・ザビの統治によってジオン寄りに染まっているとすれば、北米の連邦市民はジオンの国民に準じていると見ていいのかもしれない。

 

「ジオンは……いえ、連邦の最大の敵は、ザビ家なのかもしれません」

 

 ジオン公国総帥であり本国サイド3にて現在も継戦を邁進させる長兄、ギレン・ザビ。

 ルウム戦役の立役者にして宇宙要塞ソロモンで宇宙攻撃軍を束ねる三兄、ドズル・サビ。

 月面基地グラナダを拠点に突撃機動軍を擁し地球侵攻作戦を執る長姉、キシリア・ザビ。

 侵攻軍でありながら北米大陸に確かな人気を根付かせた末弟、ガルマ・ザビ。

 他兄姉に比べその才覚を遅く芽吹かせたものの、ガルマの影響力に静かな恐怖を感じたブライトは思わず呟いた。弱気に呟いてしまった。

 ブライトが気付いた時には既に遅く、ホワイトベース・クルーの何人かが心配そうに彼を見やる中で、通信音だけが嫌に響いた。

 

「艦長!」

 

「……今度は何だ?」

 

 溜め息を落とさぬよう努めて返したブライトに、

 

「蒼いモビルスーツが依然防衛ラインへと進行中! 更に新たな機影が出現しました!」

 

「ここで、更なる敵か!」

 

 若き艦長は「ホワイトベース」を託して逝った前任パオロ・カシアスを想い、淀み無く押し寄せる現実に諦観せず立ち向かう事を決意した。

 

「識別コード判明、映像出ます!」

 

 ブリッジのメイン・モニターに表示された情報をしっかと目に入れ、

 

「これは――――!」

 

 ミノフスキー粒子で解像度が劣化したその映像に、ブライトは腰を浮かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警告と操作による多重音が喧しいコックピット内で、セイラ・マスはタイミングを計っていた。

 装甲表面に砂塵を滑らせながらRX-78-1、ガンダム一号機は照準補正の効いたビーム・ライフルを空より迫り来る蒼いモビルスーツに向けては撃ち込む。

 その発射から僅かな時間で命中するであろう一撃は、蒼いモビルスーツが腰を捻り、左足が弧を宙に描いた動作だけで躱された。セイラも当たるとは思わなかったが、その回避運動は相手の気に留められなかった印象を残し、彼女の中でしばらく眠っていた負けん気を叩き起こす。

 

「動きが、速い……!」

 

 ならば地上に降り立ち硬直するであろうその瞬間に攻撃するまでと、照準を追尾させる。

 その間もカイ・シデンが搭乗するガンキャノンの火砲が果敢に挑むも、蒼い敵機は最小限の動きだけで回避して見せ、反撃の一射がカイ機のビーム・ライフルに当たり、銃身をへし折られた。

 銃器が破壊された際に着火したのか、小さな爆発がガンキャノンの右腕を包み舐め、通信機からカイの悲鳴が漏れる。

 

『こンの、やろ――――うわぁっ!?』

 

 怯んだガンキャノンに、一定の間隔で追従する高機動型のザクIIが弾丸による圧力を掛けた。

 マシンガン程度では装甲を貫通しないとは言え、カイは訓練を受けていない民間人であったし、今まで受けた事のない衝撃に朦朧していた分だけ酷く体勢が脆い。

 カイが怯めば怯むほど、蒼いモビルスーツを追従――――否、後背を守る護衛機は前進する。

 派手にマズルフラッシュを散らし、弾幕を形成しつつ動く二機の護衛機はガンキャノンの頑丈な装甲を削り切ろうというのか、目に見える効果が期待できないのにも関わらず射撃を止めない。

 

「カイ!」

 

 銃弾を浴びるガンキャノンに意識が割かれ、セイラの照準が迷い始める。

 そうした中で風切り音を供に何処からともなく飛来した砲丸が着弾する。ガンキャノンが左膝を砕かれる姿を目にしてしまえば、人命優先の生き方をしてきたセイラには耐えられなかった。

 蒼いモビルスーツを仕留めるよりも僚機を援護しなくては、と。その行動は優先順位の評点からすれば間違いではあったが、操作に慣れ始め想像の動きを可能にできるパイロットとしては妥当ではあり、顔見知り程度とはいえ人間を切り捨てる人生とは縁遠いセイラにとって、極々当然の行動でもあった。

 しかし、ライフルを向ける頃には二機のザクIIはガンキャノンを盾にし、射線を封じていた。

 

「これでは……ああっ!?」

 

 ろくに反撃もできず膝を屈したガンキャノンを放置するのかと思いきや、上体に弾丸を当て続けられ衝撃に負けたバランサーが遂に断末魔を上げる。仰向けに転がされたカイ機はコックピット部を接近したザクIIにスタンプされ、既にされるがままだ。

 パイロットが居るコックピットを衝撃で制圧し、気絶させる腹積もりなのか。もう一機はその場から下がり、反撃の対処とこちらへの威嚇なのだろうマシンガンをセイラのガンダムに向け、射撃を開始した。

 

(地上に降りて来たばかり……いえ、これは相手が悪過ぎる!)

 

 つまらぬ言い訳が脳裏を掠めたが、明らかに分が悪い。

 こちらはザクIIの装甲をいとも容易く貫通せしめるビーム・ライフル。マシンガン程度ではビクともしない装甲を有している。数的不利があったとしても地球降下前の迎撃戦や遭遇戦では性能差を武器に勝利して此処まで来た。

 それは、ここ地球でも同じである筈なのに。

 

『だめ……セイ……さん…………逃げ……』

 

 断片的に流れるカイ・シデンのくぐもった声が、容赦ない事実を押し付ける。

 セイラ自身は知る術もないのだが、火力支援を担うリュウ・ホセイのガンタンク隊、遊撃戦力として配置してあったシロー・アマダとテリー・サンダースのガンキャノンは損害著しい為にこの場におらず、戦闘開始から二十分も経たないうちに防衛ラインが瓦解していたのだ。

 

 そして、

 

『戦場で棒立ちか。随分と余裕だな?』

 

 ダメージ警報前にセイラの鼓膜を刺激する男の声は、懐かしい人のもので。

 

「――――え?」

 

 ヘッドアップディスプレイに電子文字が書き込まれ、画面内で赤く点滅していたとしても。

 まるで引っ繰り返され、強かに叩き付けられた痛みが全身に走ったとしても。

 思考停止状態に陥ったセイラ・マス――――アルテイシア・ソム・ダイクンは只々呆然と、かの名前を呟くしかできず。

 彼女の囁くように紡がれたか細い声が、

 

「メル、ティエ、兄さん、なの……?」

 

 胴体部へ一拍の間もなく降下し絶命させる、筈だったヒート・サーベルの刃先が装甲板に触れる直前で押し留められた。ディスプレイを縦一文字に走る夕陽色の剣が、主の動揺を表すように揺れる。

 それまでの俊敏な動きがまるで嘘だったかのように、ぎこちなく離れた蒼いモビルスーツ。

 ザク、最早ザクIIに類似した頭部以外はそうと呼べない頑健な体躯を誇る、その蒼い機体の右肩に在る「盾を背に咆哮する獅子」の図版が、アルテイシアを震わせる。

 

「あ、あぁ……」

 

 もしかすれば。

 いや、きっとそうなのだ。

 自分は、さっき。

 

『其処に居るのは、アルテイシア、か?』

 

 宇宙で再会した実兄(キャスバル・レム・ダイクン)と遜色ない思い出と温もりが心の奥で息づく家族を。

 探し求めていたこの義兄(メルティエ・イクス)を、殺そうとしていた。

 

「ち、違うの……私は、わたしは……!?」

 

 確かな意志の下で何度も義兄へと向け射撃した、家族と手を繋いで体温を交換し合った指先が。今は酷く冷たいように感じられ、自分の身体ではないように感じられた。

 

『どうして、こんな所に……いや、すまない。無事で良かった』

 

 戸惑いから心底ほっとした、安堵の声がアルテイシアの混乱を鎮めてくれる。

 久しく聞いていなかった、昔はよく自分を宥めやさしくしてくれた、傍に居てくれた人の声。

 心から甘えられる存在に飢えていた頃に出逢った、かつての少年は声変わりしていた。

 けれど。困らせる事が楽しみで悪戯したり、我が儘を言って振り回した時からアルテイシアの中に根付いた肉声の名残が、今も彼にある。

 

「兄さん、メルティエ兄さん!」

 

 気付けばコックピットを開放し、砂の雨が止まない外へと身を晒していた。

 蒼いモビルスーツは武装を解除すると膝を曲げて屈み、左腕をこちらに伸ばしてくる。

 ジオンの軍人である義兄の、その手に乗ってしまえば近い将来「ホワイトベース」で出逢った人々と敵対する可能性が生まれるだろう。

 だが、元々連邦寄りの人間でもなければこれに与する軍人でもない。家族と別れた頃から仮面を被って生きて来た彼女にとって、今はもう養子として受け入れてくれたマス家とダイクン家を守る為に奮闘しその為に没落、犠牲となったラル家以外はその他大勢に分類される。

 理由は定かではないがシャア・アズナブルと名乗りジオン公国の軍人として生きる実兄と、こうして手を差し伸べてくれる義兄が居るのなら彼女にとって問題は無く。

 いつからか根付いていた「また家族と暮らしたい」という願いに、希望と云う水を与えられれば抗える筈も無かった。

 

『……()()()()民間人を救助、一度退く』

 

 コックピット内で何事か話していたメルティエは、妹がモビルスーツの掌に乗ったのを見届けると機体を起立させパイロットを失ったモビルスーツ、その開かれたコックピット目掛けてヒート・サーベルを差し込み、頭部へと走らせ破壊した。

 乱暴ながら連邦軍に「パイロットは戦死した」と信じ込ませる工作である。それはパイロットだったアルテイシアを思い、彼女が高度の急上昇と風にやられて瞼を閉じ、開くまでの僅かな間に実行された。

 

『少し揺れる、我慢してくれ』

 

 彼は急いでいるのか妹の身を案じつつも、返事を待たずその場から飛び立った。

 少し所の騒ぎではない揺れから守るモビルスーツの巨大な指、その間から覗くと。

 

『カイさん、生きてるんでしょう!? 返事をしてく……セ、セイラさん? 嘘だろう? どうしてあの人が、どうして、こんな……!?』

 

 カイが乗る沈黙したガンキャノンと破壊されたガンダムを庇ってビームを撃つ、アムロ・レイの操る白いガンダムの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




問題1.:今話を糧に成長する可能性がある人物は誰でしょうか?

①アムロ・レイ
②ブライト・ノア
③シロー・アマダ
④その他





問題2.:ガルマ・ザビ、シャア・アズナブル、メルティエ・イクスが同作戦に参加すると戦場で
     何が起こるでしょうか?

①最大の戦果が見込める、連邦軍支配圏に特大ダメージが発生する
②私情による謀殺が発生し、ジオン支配圏に特大ダメージが発生する
③「二人の友人に負けていられない」とガルマによる督戦が発生し、ジオン軍の士気が最大になる
④その他





正解1.:【貴方のセキュリティ・クリアランスでは閲覧できません。】

正解2.:【貴方のセキュリティ・クリアランスでは閲覧できません。】



追記:遭遇(エンカウント)するのはアムロだと思った方、攻撃し合うけどそのまま別れる展開を
   想定した方、残念無念。下拵えにはまだ時間が必要なのです!

 次話もよろしくお願いしますノシ



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