赤外線視野で煙幕の中を突き進む、蒼いモビルスーツ。
その搭乗者、ジオン公国軍のメルティエ・イクス中佐は適度な緊張と、経験を基にした冷静さによって任務を遂行していた。
彼が扱うYMS-07M、先行試作グフ改修M型のサーモグラフィックスにより高熱反応を表示する物体、これを展開したヒートサーベルで次々に地面へと縫い付けるよう突き刺した。
61式戦車四両、多弾頭ミサイルランチャー架台三台、陣地に設置された対空砲台四基。
銃身、砲身が熱を帯び、動きもままならないものならば単機でもここまで食い込める。
ついでに瞬間的に出現する高熱の刃が敵方の熱源探知を惑わせる。
メルティエは防衛部隊の目を奪い、動きを阻害し、混乱させた。
その中で歩兵の一団、破壊された防衛戦力の操縦者だろう、こちらに短機関銃を向け発砲した。
熱源で騙されて破壊された、その事で銃器で音を上げる事を見出したのだろう。
混乱の中にある友軍へ、敵は此処に居ると伝え、判断させるための捨て身の呼び声。
メルティエはそれを正しく、違える事無く考えを理解した。
その勇気に感じ入るものがあるが、その音響は
蒼いグフは躊躇いなく、右腕を一閃。
歩兵たちの上にある管制塔を切り飛ばし、
「何故、逃げなかった―――と、不思議には思わんよ」
今だにモビルスーツの装甲表面に火花と僅かな凹みを作る彼らへ、投げ落とした。
ブシュ、パシャ、と何か柔らかいものを潰す音、水袋が破れ地面を叩く音が、機体の各部に内蔵された収音マイクを通じてコクピットに響かせた。管制塔を構成するフレームがコンクリートに落ちた音よりも、それは酷く耳に残る。
それでも、メルティエの精神は平坦だった。
懸命に抗おうとした敵兵に、必要最低限の動作で次の獲物への呼び水を投じた。
その後、時間としては一秒も経過せず、蒼いグフに向かって赤い線が延びる。
(―――赤外線照準か)
派手な動きをする事なく、後ろ足で機体を傾けやり過ごす。
その空いた空間に砲弾が突き刺さり、グフの代わりに着弾した建造物が原型が解らないほど崩れ落ちる。
攻撃方向を確認したメルティエは理想とする機動を操縦桿を媒介して、グフに伝える。
砲弾が突き抜けていた、という事は其処には遮蔽物が存在しない、という事。
〈射線方向確認、位置をメインモニター、ミニマップへ表示〉
交戦に入ってから、この
メルティエの戦闘状態へ没入した感覚。
それは高速で知覚、演算処理とパイロットサポートを行うAIよりも早い。
感覚と勘で敵を察知する事を可能とする鋭敏さ。
機械では再現できない、生の探知能力が発揮されている。
無論、自分の感覚が間違っていない事をAIが肯定している、という見方もある。
使えない代物ではないか、とモビルスーツパイロット足る男は断じた。
しかし。
―――メルティエ兄さん。
草木の薫る湖岸、過ぎた日の少女。
もう一人の兄と慕ってくれた彼女の顔。
この模した声に引き摺られて思い出されるものが、青年の何かを繋ぎ留めるのだ。
ぐん、と押し付けられる力が彼を襲う。
蒼い機体は操縦者の心境なぞ意に介さず、求められた行動を体現したが故の衝撃。
モビルスーツが重力に逆らって飛翔する中、不可視の重みに圧し掛かられ軋む身体が、風切り音が彼の意識を戦場へ呼び戻した。
「っぐぅ、切り落とす!」
ドゥ、ドゥ、ゴウッ。空中に飛び上がったグフは脚部、腰部のサブバーニアで位置を調整、次にスラスターとブースターを開放。
ヴィー! ヴィー!と警告音がメルティエに届くが、彼は操縦桿を握り締めた指を緩めることも無ければ、踏み抜いたフットペダルを戻す事も無かった。
ぐんぐんと上がる、機体速度。目減りするスラスターゲージ。
モビルスーツを知り得ている人間ですら、恐怖を感じさせる速度を、蒼い機体は叩き出す。
蒼い弾丸、その形容に違えない速度で敵対者の下へ、煙幕を切り裂いて辿り着く。
高熱源反応を感知したのか、砲撃仕様のモビルスーツからの弾幕が張られる。
だが、メルティエは馬鹿正直に突っ込んだわけではない。
最初の射線、その位置から上方百十度を高速移動している。
モニター画面のその下方を過ぎ去る弾丸、砲弾を一瞥。最高速度に達するや右腕を水平に構え、ヒートサーベルにエネルギーを供給。剣状の発生器、その上に形成された高熱波の刃が大気を焦がし、敵の正面に備えた。
延長した棒で、ラリアットをするイメージ。
ヒートサーベルを持つ右腕に抵抗が、負荷が掛かるときっかり一秒後にブースター噴射口の向きを切り替えた。くるりと旋回したグフは左足を大きく後ろに、そして脚部サブバーニアの力を合わせて前蹴りを放つ。
ヒートサーベルの熱波で払われた煙の先には敵モビルスーツの姿。
その敵の左腕を巻き込んで胴体、腰部辺りを割いた後、突き刺したヒートサーベルはそのままに、上へ泣き別れした上半身を蹴り飛ばしたのだ。
彼はそこで操作を止めずに、人差し指と薬指は操縦桿備付のサブコンソールで入力、スロットルはフルに回さず、操縦桿を大きく引く。
指令を認識した蒼いグフは生じた反動を殺さず飛び退き、メインスラスターで機体を持ち上げ、サブスラスターで地上建築物に引っ掛からないよう位置を整える。
ヒートサーベルの熱が伝わったのか、核融合炉に刺さったのかは判断できないが、轟音と熱波を広げ爆散したのは確認できた。
その威力で煙幕が薄れ、晴れた部分の景色が覗く。
着地の為にスラスターで勢いを殺し、ズシャア、と足裏の滑り止めが無骨なアスファルトを痛めつけ、崩れた瓦礫を吹き飛ばす。
残った建家まで滑り、遮蔽板の代わりに背を預けた。
機体のスラスター限界領域が近かったのもあり、冷却期間を置く事にする。
AIも
「敵戦力は沈黙したのか? もう一機モビルスーツが居たと思うが」
〈高熱源反応なし。当機に接近する機影もありません〉
屈んでいた機体を起こし、視界を高く取る。
敵陣地からは空へ昇る黒い煙が点在、無事な建造物は無く、無残な瓦礫の山へと化している。
〈約一キロメートル上空に、友軍識別反応。ミニマップに表示します〉
ピ、ピとハンス・ロックフィールド少尉のMS-05L、ザクI・スナイパーカスタムと改修型ド・ダイの識別反応が軽い電子音と共に表示。被弾したのか、ド・ダイの推進基から煙が視認できた。
『片付いたのか、大将』
「とりあえず、だな。残存戦力の炙り出しは今からだ。上から見えるか?」
『煙幕が邪魔で上からは見えやしない。下からの方が―――』
ザザッ、と通信回線を乱すようなノイズ。
ヒュ、と気にも留めないほどの軽さで黒い物体が飛来。
それは、メルティエのモニター前で着弾した。
「なんだ、いきなり攻勢が強くなった?」
損傷したシーマ・ガラハウ少佐の隊と代わり、前進したケン・ビーダーシュタット少尉と彼の隊は連邦軍が想定した防衛ラインよりも出始めたことに対応していた。
その前面に出ている方面軍駐屯部隊には攻勢を掛けていないところから察するに、防衛ラインの一角が崩された事による奪還だろうか。
後方からギャロップ陸上艦艇で構成された艦隊の支援射撃も届く、この戦場で矛を交える事を訝しむが、彼は読み取れた状況を指揮を執るダグラス・ローデン大佐へ報告。上官の判断が下るのを前任隊が落とした敵陣地で待った。
61式戦車部隊による一斉発射が複数に分けて放たれ、穿たれた地面が土を捲き上げ砂塵を生む。
距離を詰めようにも、フライ・マンタ攻撃機で構成された航空隊に邪魔をされる始末。
ガラハウ隊が陥落させた敵陣地、それよりも奥を守るように火力を集中しているようにケンには思える。
現在はメルティエ・イクス中佐、ハンス・ロックフィールド少尉が攻略の途中と聞いている。
(あの陣地に何か隠されているのか?)
しかし、何を連邦軍が秘匿、もしくは回収したいのかが分からない。
察するに連邦軍の新兵器、もしくはそれに類する何かだろう。
事前情報では橋頭堡の一つで、其処を奪取もしくは破壊する事となっていたが。
(いや、もはや信用に値しない。今回も同じようなものだろう)
ケンはMS-06D、ザク・デザートタイプを物陰に潜ませながら、接近するフライ・マンタを一二〇ミリマシンガンで撃ち落とす。一機落とせば怯むかと思えば、その僚機が果敢にロケットランチャーを撃ち込み、応戦してくるのだ。
必死さが窺えるこの戦闘行為。
ケンたちの小隊が動かなければ、彼らも応戦はして来ない。
ならば、連邦軍が抗戦の構え、あるいは撤退するまで様子を見てから決めるのか。
残念ながら、それは出来ない。
奥の陣地、今だ煙幕が晴れず交戦の兆しが見て取れる其処にはメルティエとハンスが単独で戦闘を継続しているのだ。
自分は友軍を見捨てた、等と言われる気はさらさらない。
中佐には自分たちが出会ったジオン軍人とは違う、期待させる何かを感じさせた。
その何かを知るためにも、ケンは彼を見殺しにするつもり等はない。
もっとも、
(そんな父親じゃ、子供と会わせる顔がない、ものな!)
サイド3に残した妻子。離れて暮らす我が子を想い、彼はふっと笑う。
不思議と我が子とあの青年将校に何処か似たものを抱くが、相手はその考えに没頭させてはくれないらしい。
物陰に利用した建造物が大きくえぐられ、その身を半ば晒すことになったケンはお返しとばかりに進軍を開始した61式戦車数両に左腕部の固定兵装、ラッツリバー三連装ミサイルポッドを向けてマルチロック、ロック完了を確認してから高低差に気をつけて発射。
白煙を上げ、螺旋を描きながらミサイルは戦車に飛び込み、衝突と同時に爆散。
三両の戦車は吹き飛び、駆動部に当たり横転したもの、車体に当たり潰された形に変容した。
ガースキー・ジノビエフ曹長、ジェイク・ガンス軍曹も遮蔽物を利用、移動を繰り返しながら敵を討ち取っていく。
ミノフスキー粒子下ではないおかげか、モニター上にはウィンドウが開き二人の顔が表示されている。
戦地を巡った彼らも、この状況は苦しい。
ケンを含め、表情に焦りの色を帯びていた。
『隊長、こいつら、動けば動くほど食いついてきやがる』
左翼にはマシンガンを両手で構え、射撃を重ねるジェイク機がフライ・マンタのロケットランチャーに狙われ、機体を滑らせるようにスラスターを吹かして避ける。
『まったく、アジア方面の連邦軍は敗退したって聞いたんですがね!』
右翼でニ八〇ミリバズーカを地上に向け61式戦車の足回り、キャタピラを破壊ないし平地を吹き飛ばし土を盛り上げることで戦車の移動を止めようとするガースキー機。
「ああ、俺も気になっている事がある」
中翼で応戦を繰り返すケンは、艦隊へと地形情報を転送。
しばし遅れて飛来する大型連装砲による間接照準射撃。
連邦軍による攻撃より、一層穿たれ、舞う土煙が威力の違いを見せつける。
その衝撃と余波が、61式戦車の動きを止まらせ、フライ・マンタの進路方向を狂わせた。
動きが鈍くなった標的に容赦なく攻撃を加え、撃破していくが。
「うおっ!? 奴ら、まさか」
後退する先陣部隊、後続部隊と合流間なく撃ち込まれる戦車の二連一五〇ミリキャノンの嵐が三機のデザートザクが籠城する陣地を襲う。
『隊長、こいつぁは不味い』
『あいつら、ここを吹き飛ばすつもりか』
今度はモビルスーツを狙うわけではなく、この陣地そのものを標的にしたらしい。
ガースキーとジェイクも悟ったのか、この陣地で一番堅牢な兵器格納庫裏に小隊は集まり、次々と放たれる脅威から逃れた。
「この物量、明らかにおかしいぞ。連邦軍は他の戦線よりも此処を重点的に狙ってきている!」
『くそ、こういう時のための挟撃戦術だろうが。他の奴らは何してやがるんだ』
『ジーベル隊は本隊に急襲を掛けた航空部隊の相手で手一杯だ! 補給と処置が終えたガラハウ隊も加勢してる。こっちに援軍送る余裕が、うおっ』
ガースキー機が居る位置が、ついに耐久度を越えたのだ。ばらばらと音を残して空間ができてしまう。
その際に吹き飛んだ瓦礫が装甲板に守られていない角度からモビルスーツの膝関節部に命中、爆風と衝撃も合わさり、彼の機体が前に倒れ、左手と膝を地面に着けてしまう。
「ガースキー!」
『ガースキーさん!』
左右に並んでいたケンとジェイクのモビルスーツは空いた手でガースキーの両肩を掴み、駆動部のモーターが悲鳴を上げることを無視して引っ張り込む。
その後に、ガースキーのデザートザクが居た場所が爆ぜ、コンクリート片が三機のモビルスーツに当たり、爆音に紛れて硬い音が響いた。
『すまねぇ、さすがに焦ったぜ』
冷や汗が出たのか、ウィンドウの中のガースキーは額を手で拭っていた。
ピピッ、と警告音が鳴り、目を向ければサブモニターに左腕、肩部に軽度ダメージが表示。完全に腕だけでモビルスーツの超重量を動かしたのだ。恐らくはジェイクのデザートザクにも同じ症状が出ているだろう。
「問題はない。それよりも打開策が見い出せないな」
『全く、前にも後ろにも動けやしない』
『完全に籠城戦ですな。敵が補給に下がるか、友軍が到着しない事には手が出ませんや』
艦隊に敵位置情報を送信しつつも、不利な状況を前に唸るケン。
現有する兵装をチェック、しかし敵の数に動けない事に歯噛みするジェイク。
持久戦の中で辛い戦いになる、と予感し自らでは好転させる事が難しいと見たガースキー。
三対多数の戦況は味わった事があるが、前後に戦場を変える事すら出来ず留まるしかない局面は、彼らにとって初だった。
被弾覚悟で本隊と合流、先に攻撃部隊を殲滅するか。
逆に、基地を攻略する中佐を援護するか。
前者の策では本隊防衛が厚くなる分、ほぼ守りきれるだろう。その分この陣地を破棄した事により連邦軍が中佐を挟撃する可能性が出る。
後者は中佐の救援に向かえるが、陣地を占拠した連邦軍に分断され各個撃破の可能性が現れる。
「どちらにせよ、我々ができる最善手は決まったな」
『まぁ、それしかありませんな』
『ちっ、仕方ない』
ならばこのまま、連邦軍戦車部隊、航空部隊を引き付け耐えること。
これが正解、もしくは正解に近いものだとケンたちは悟った。
隠れる場所も徐々に削り取られ、身動きが取れない中。
「なに。死中に活あり、さ」
少しでも隙を見せたら、食らいついてやる。
劣勢の中で鍛えられた歴戦の三人は、身を震わす轟音の中、静かに闘志を燃やし続けた。
「駐屯部隊は何と言ってきている!」
「『我、絶対防衛ライン防衛ノ為、動ケズ。貴官ラノ健闘ヲ祈ル』です!」
特務遊撃大隊ネメアが有するギャロップ艦隊の指揮を執るダグラス・ローデン大佐は、ブリッジにてオペレーターを務める女性士官の悲鳴を聞き額に手をやった。
方面軍には方面軍の問題があるのだろうが、通信回線すら開かずに電報とは、如何なものか。
「ジーベル隊、ガラハウ隊の戦況は」
ダグラスは三人居るオペレーターの内、戦況分析を行う男性オペレーターに声を掛けた。
「ジーベル隊、被弾率増加。アンリエッタ機、中破、エスメラルダ機、小破。リオ機、小破。現在は復帰したガラハウ隊の援護に回っています」
「ガラハウ隊、一機欠いていますが問題なしとの事」
厳しい表情の中で腕を組み、
「ギャロップは対空砲の弾幕継続、主砲はビーダーシュタット隊の援護に回せ。ケン少尉が送る戦地映像を無駄にするな」
「了解。砲術室に伝えます」
「大佐、二番艦のコッセル中尉が艦隊前進を具申しています」
「戦列を乱す愚は犯すな、と再三伝えろ。これ以上異議を申し立てるならば懲罰も有り得ると送れ」
現状維持を優先するしかないと見た。
撃破率は考えるまでもない。連邦軍を倒しているのはこちらだ。ザクIIが一機大破しているが、他のモビルスーツは戦線に立てている。
しかし、この波状攻撃とも言える攻勢。
戦略的には後手。負け続けていると言ってもいい。
そこを戦術的勝利を重ね続け、拮抗させているのだ。
モビルスーツの存在、パイロットの力量が勝因であり。
連携を取ろうとしない友軍、孤軍奮闘を強いられる状況と数の利が敗因であろう。こうしている間もネメアの面々を今も苦しめている。
ガラハウ隊の所属艦、二番艦ギャロップを指揮するデトローフ・コッセルが状況を打破しようとする意気は買う。出来ることならばダグラスも前へ押し出したいが、連邦軍の真意が読めない以上は全軍前進を下せない。
読み間違いが部隊を壊滅に追い込む。
これが良くある事で、彼自身も熟知しているが故に思うように指揮を執れない。
敵側も目標を既に二、三度優先順位を切り替えて戦闘に臨んでいるため、ダグラスの指揮が劣っているという事はないし、質で優っていようとも少ない数で拮抗ないし優っている時点で彼が優れた指揮能力なのは確かなことだ。
しかし、彼はダイクン派であるにも関わらずキシリア・ザビ少将から部隊統括を、彼女の直属の部下メルティエからは全体指揮と信頼を預かっている身だった。
指揮官として、一人の男としてこのままでは終われない。
済ませはしない。
ふと、自分の中で変わった心持ちに小さな驚きと、感慨深いものが湧いた。
まさか、老成したと思っていた自分に、若きし日の情熱が灯るとは。
「中佐から、連絡はなしか」
「はい。ビーダーシュタット隊が防衛する敵陣地の奥、前線基地へ攻撃を仕掛けていますが」
統括責任を負う壮年の男はブリッジのモニター画面を静かに見詰め、顎髭を擦る。
「ミノフスキー粒子が散布され、現在は連絡が途絶えています」
「中佐が撃墜されたとは思えん。しかし、良くはないな」
ガラハウ隊の援護の為に最前線へ向かった事は知っているし、報告を受けてもいる。
止めてもその場で留まるとは思えないし、事実ガラハウ隊は彼が到着しなければモビルスーツとパイロットを同時に失うところであった。彼の働きで迅速にガラハウ隊は後退できたし、補給を受けた機体から戦線に戻り、艦隊直衛に動いてくれている。疲労が積み重なり、意識に霞がかかっているであろうに、その身を戦場に置いているのだ。彼らはよく動いてくれている。
「ド・ダイはあと何機搭載されている?」
「はっ。全艦合わせ、十一機であります」
報告を受けた彼は一つ頷き、
「どれ、一つ考えてみようかね」
口元に太い笑みを浮かべ、モニターを睨んだ。
「何故、そのような事をしたのだ!」
中東アジア方面軍駐屯部隊、この指揮をギニアス・サハリン司令より預かるノリス・パッカード大佐は、勝手な振る舞いをした前線指揮官に激昂していた。
『し、しかし、絶対防衛ラインは死守するよう、通達が』
「彼らの戦闘区域はその絶対防衛ラインの隣接区画だ! 橋頭堡を築かれれば連邦軍の長距離攻撃に曝される! その程度も解せぬのかっ」
『えっ。いや、しかしですな』
「―――もう良い。支援行動に移れ、これ以上話す意味等ない」
慌てて敬礼した前線指揮官のウィンドウを閉じ、ノリスは重く息を吐いた。
「ギニアス様が病に伏し、アイナ様が宇宙より戻られるというのに」
彼は早く両親を失った二人の、せめてもの親代わりにと不遜ながらも想い、尽くしてきた。
宇宙線の曝露に身を侵され、体を蝕まれるギニアスや献身的に看るアイナを支え、頼られる事に生き甲斐を感じている。
サハリン家再興のために残りの生命を振り絞ろうと励むギニアスの御心が乱れぬよう、指揮を預かりノリスが事に当たっているのだ。しかし、各地戦線が拡大した事と補給物資を滞り無く行き渡らせるかつての約定のため、方面軍本拠地といえども潤沢にあるわけではない。
彼はせめてもの感謝の気持ちだとギニアスより授かったモビルスーツに搭乗し、連邦軍の勢いが強い戦域に突入していた。
既に指令を通達、後任に指揮権を与え万全の状態でこの場に立っている。
背後には彼に付き従うサハリン家の私兵、その彼らが搭乗する機体MS-07B、先行量産型グフ。
彼が自ら手勢を連れて、急ぐ理由。
「行くぞ。私が不在であったとはいえ、これ以上駐留部隊を蔑ろにするわけにはいかん」
ギニアスの容態が安定したのと彼からの頼みでもあったので、宇宙でアイナの警護に就いていたノリスはしばらくして彼女へテストパイロットのレクチャー、パイロットの心得等を説き、時には実技を教授する日々を送っていた。
ある程度はものになったと、一息吐いたところでギニアスの容態悪化であった。
急いでアイナの下を離れ中東アジア地区に降下、主君の大事に馳せ参じた。
頬が痩け、生気を失われたギニアスはサハリン家再興のためと、兵器工廠に篭り始め、その間の指揮権を再度ノリスが預かった。
そこで驚いたのは、かつて地球降下作戦、占領作戦で活躍した”蒼い獅子”がこの中東アジア、その前線基地へ駐留しているという事。
そして、その彼に補給を渋り、最悪の部類に入る前線基地を使えと申し送っている現実だった。
指揮権委譲がノリスになった時点から責任者の名前が自分になっているのは、承知していた。
しかし自分が裁可せず、加えて勝手に名前を使われる始末にノリスは激怒した。
自分がどう思おうが”ノリス・パッカード大佐は”蒼い獅子”が所属する部隊を冷遇している”という現実が在る。
第一次降下作戦参加者、特に戦場を共にした将兵から人気が高いパイロット、ガルマ准将の片腕とまで評された男を無碍に扱った、という事件。
(これ以上、風聞を窮せしめ、サハリン家に傷が付かないようにせねば)
君の恥は臣の恥、臣の恥は君の恥という言葉。
これがノリスを彼らの戦場に駆り立てた。
最後の報告には、彼の部隊は敵陣地、前線基地を攻略中という。
幾ばくかの加勢をせねば、自身に非がなくとも生じたこの有り様を許容できない。
彼は主君から賜った新型機MS-07B3、グフカスタムを密林に走らせた。
そうして戦闘の音が止まず、奇怪な六色の煙幕が漂う戦場へ到達する。
「これよりいくさ場に入る。我に続け!」
先頭にグフカスタム、その後ろを隊列を乱さず五機のグフが続き、砲撃を繰り返す連邦軍部隊へまるで一つの生き物の如く一糸乱れぬ動きを見せて、横撃を仕掛けた。
「おい、大将!」
ハンスは上空から眼下の戦場、その場に居る筈の上官を呼んだ。
既に五回ほど呼び掛けてはいるが、応えるウィンドウは、通信回線は開かない。
「返事してくれ、その手の冗談は酷く、笑えないんだ!」
ミノフスキー粒子下なのかノイズが走り、砂嵐が耳を突く。
砲撃はブリーフィングで聞いた連邦勢力圏から間断なく続けられている。
その爆風と衝撃が、立ち篭める煙幕を払い飛ばし攪拌する。
「くそ! てめぇら、正気かよ!」
あの戦場には、連邦軍の兵士が居る。
前線基地として機能していたはずなのだ、非戦闘員が居てもおかしくはない。
其処へ、砲弾を雨の如く降らせ、基地を轟音と共に穿ち、爆風を以て焼いている。
確かにこれは戦争だ。
一人一人の命を大事にしては戦局を、大事な局面で見逃すものがある。
大を生かすために小を殺す、旧世紀からこんな言葉が残るのだ。
基地を攻略するジオン軍を撲滅する、というよりも基地自体を破壊するように思える攻撃。
一、二秒だけ見えた、基地の様子。
探す蒼いモビルスーツは見当たらない、見つけられない。
しかし、逃げ惑う連邦軍兵士を発見してしまう。
そして、その兵士が爆発に巻き込まれ吹き飛び、動かなくなるまで。
視覚強化、映像拡大を付与された狙撃専用モビルスーツは、その様子を克明に映す。
ハンス・ロックフィールドの視力も、明確にその
これは戦争だ。
ジオン公国が独立を求め、地球連邦政府に挑んだ戦争だ。
自分たちは侵略者だろうし、それから守ろうと連邦軍は必死なのだろう。
必要な犠牲と、此処へ攻撃をしている。
犠牲者の上に成り立つ勝利を、諾と認めてやっているのだ。
スポーツでも、ゲームでもない。
生存競争に似た戦争をやっているのだ。
こういう光景は嫌でも目に付くし、これからも目に入るだろう。
彼は、ロイド・コルト技術大尉が提供した一品、視覚共有を施されたスコープが付いた
ザクIはド・ダイの推進基を一つ失い斜面となった接地面の高低差を計算、完了するとゆっくりと体勢を整え、炸裂弾頭式狙撃長銃を両手で構えた。
戦争だ。戦争をしているのだ。
惨めに殺すのも。
惨めに殺されるのも。
理不尽に殺すのも。
理不尽に殺されるのも、当然だろう。
これが、戦争だ。
ぎりっ、と鳴ったのは歯軋りか、ガン・コントローラーを握った指と手の間からなのか、分からない。
「だがよ。謝りながら、撃ってるんだったら」
不安定なド・ダイの上での射撃体勢。
ガン・コントローラーに繋がったスコープの中は映像が乱れ、僅かに目標が映り込む程度。
ド・ダイのコントロールは自動に変更。
幸いにも、地表への攻撃に躍起になっている連邦軍は高速で上空を駆けるド・ダイにそれほど注意を向けていない。
火線が幾つか向けられるが、距離が開いているせいか、当たりはしなかった。
視界は安定せず、しかしド・ダイの動きが直進のみとなったおかげで機体を通じて振動する揺れは予測の範囲で収めることができた。
故に、照準をワザとズラす。
その足場も悪く、大気の影響で弾道が乱れた中での彼は狙う。
ヒュバ、ヒュバ、ヒュバッ!
「てめぇら、最低のクズ野郎だ!」
ガシュン、三発の薬莢が排出、次弾が装填される頃にドンッ、ドンッと一五キロメートル離れた場所で火柱が複数上がる。
このスナイパーライフルの恐怖するべき所。それは音速で飛来した弾丸、その弾頭部に形成された炸薬に衝撃を加えられると、爆散する事。
もし、戦艦や建築物に弾丸が食い込んだら、悲惨な事に成るのは確実だ。
強度の程度によるが、例えモビルスーツの装甲を突破できなくとも、爆散は
命中したら爆発する弾丸サイズの
それを音速で飛ばしてきていると想像すれば、このスナイパーライフルが如何に凶悪か分かるだろう。
その分、柔らかく衝撃を吸収する素材に当たると不発弾になる可能性があるが、爆発しなくても弾丸の威力は健在である。
携行する弾数が少なく、成形にも別工程が必要なので数を揃えることは難しいが、彼が躊躇う事はない。弾丸は撃ってなんぼの代物だ。溜め込んで眺めるものではない。
彼の腕を以てしても当てるのが精一杯。
いや、悪環境の中で当てる方がおかしい狙撃、それを再度試みる。
「
彼の脳裏に横切るのは、モビルスーツが家屋に突っ込み、理不尽に幸せを奪われた光景。
住まいが工廠に近かった。
―――スラム街に追いやった癖に。
稼働実験中の試作機で調子が悪かった。
―――知ったことか。
こんなはずではなかった。
―――最低な言い訳を吐くんじゃねぇ。
ガン・コントローラーのスコープに映る、精度の高い画像処理を経てハンスの目に飛び込んでくるもの。
(
その手の顔をする奴には、味合わせてやる。
理不尽に奪われる、殺される行為。
だから、
心は熱く、しかし体は精巧な機械のように操作を行いザクIが次の獲物に照準を彷徨わせた。
その不安定なスコープを覗き込む双眸は相手を睨み殺すかのよう。
「狙い撃つ―――狙い撃つぜぇ!」
ハンス・ロックフィールドは己の激情に従い、そして宣った言葉通りに敵を穿つ。
閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。
戦線が乱れる中、蒼い人がしめやかに退場。
どうなっちゃうの(((゜Д゜;)))
さて、気を取り直してアンケートを取りますぞ。
「アンケートその壱。」を活動報告をあげますので、そちらを参照してくださいまし。
間違えても感想に書いてはダメですよ。
作者が粛清されちゃうんで(震え声)
では、次話をお待ちください。