ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

15 / 72
外伝:統率者

 地球降下作戦総司令キシリア・ザビ少将は通常の仕事量が倍増し、ながらも煩雑な書類を優先度の高いもの、そうでないものにきっちりと区分けして業務に当たっていた。

 高級感漂う机の上には「裁決済み」「未採決」「要確認調査」と三つに分けられ、彼女の目と指は休む事なく動き回る。

 執務室には正秘書、準秘書官が業務開始から何度も行き来し書類の山を抱えては綺麗なお辞儀を魅せ入退室していく。

 彼女自身が決めた道であり、求めたものだ。

 其処にはやるべき事がそれこそ山のように有り、一つ一つ積み重ねて行く事が彼女の望むものに一歩一歩近付く現実を伝える。

 ―――千里の道も一歩から、だったか。古代人も中々良き事を言う。

 彼女の体力と精神力は高いものであったが、それでも有限だ。無限ではない。

 休憩を間に挟まなければ潰れてしまう。

 普段はヘルメットに収まった背に届く艶のある赤毛を流し、顔下半分を覆うマスクを脱ぐ。

 人の視線がないからこそ隠された美貌を曝け出し、大きく息を吐いた。

 男社会の軍事。

 その場所で上り詰めようとする彼女は女性である事を忘れるため。将官でありながらヘルメットを、優れた容貌をマスクで隠す。ザビ家出身の為、その手の要求をされる事はないが保険はかけるべきしてかける。その慎重さと用心深さが彼女をこの地位まで引き上げる要因の一つなのだから。

 自分の野望、理想の為に身体を汚す事も辞さない女性。

 それは確かに尊敬はする。するが、しようは思わない。

 それも一つのビジネスだろう。

 だが、子は己が望んだ男のものを身籠りたい。

 一夜限りの相手との望まぬ子等、悲劇を呼ぶだけだ。

 男尊女卑の風潮がジオン軍の中で終熄、変わりに平等が強く根付けば、何れは姿を晒し出歩くことも出来よう。

 ―――もっとも、その時期に私の体がみれるものであればいいが。

 ふっ、と一笑し彼女は秘書官が気を遣って淹れてくれた紅茶を飲む。

 紅茶の甘味が口内に広がる。

 レモンを垂らしたのか、風味が違う。

 疲れた頭には丁度良い。

 一息つきながら、彼女は施工前の情報誌や週刊誌に目を通す。

 ゴシップネタ、スキャンダル等の話はチェックする。

 何処で交渉の材料になるか判らないし、有意義なものはそのまま評価するが、そうでないもの、不都合なものは出回る前に処分しなくてはならない。

 組織の長とは、そういうものだ。

 より良いものを伸ばし、切るものはすっぱり切り捨てる。

 間違えない取捨選択を、彼女は何時も迫られていた。

「ふむ…ライデンはウケが良いな」

 入室してきた秘書官に、ちらりと目を向ける。

「はい、ジョニー・ライデン大尉は気さくな人柄で国民からの人気が高く、地球降下作戦の護衛任務でも多数の戦艦を撃破、大活躍でしたから」

 秘書官が弾んだ声で応じる。其処には喜色が濃い。

 彼女はジョニーのファン。

 彼が”真紅の稲妻”と称される初期の頃に虜になった生粋の追っかけである。

 ジョニー・ライデン大尉率いるモビルスーツ部隊は地球軌道上に展開する連邦宇宙艦隊に雄々しく迎撃。

 数で大きく劣るものの、その技量と部隊指揮で勝利に大きく貢献した。

 弟のガルマ・ザビ大佐の地球降下作戦の第一段階成功で誌に載っている項目こそ比べれば小さいが、”真紅の稲妻”の功績は十分に大きい。

「近々少佐への昇進が決まろう。益々勢いがつくな」

 キシリアがそうコメントすると。

「はい、負けません!」

 彼女はファンが多く増えるだろうと解釈したようだ。

 何に負けぬのか尋ねたい所だが、藪をつついて蛇を出す行為を良しとはしないキシリアは捨て置いた。

 乙女というものは扱いが面倒なのである。

「シャアも中々。ルナツーまで喰い込むこの暴れよう。正に”赤い彗星”よな」

 護衛任務で大きく貢献したのが”真紅の稲妻”なら、ルナツーに潰走する部隊を全滅に追い込み、宇宙艦隊に大ダメージを成功させたのが”赤い彗星”。

「ドズル中将の喜び様は凄かったですからね」

 苦笑する秘書官。

 制宙権確保の為にルナツーの攻撃を強固に推した宇宙攻撃軍ドズル・ザビ中将。

 長期化する事態に備え資源確保のために地球の資源を確保を推す突撃機動軍キシリア・ザビ少将。

 この二人は犬猿の仲で有名だ。

 以前からも戦術戦略や部隊運用等で意見をぶつけ合わせていたが、地球降下作戦の是否を巡って対立もしている。

 ある部隊を競わせ勝利した側の所属先が主張を通す、というものすら行った。

 結果は現在までの推移を辿れば、自ずと知れよう。

「今回は部下が気を利かせ、ルナツーの情報を(もたら)した。上機嫌になったのはいいが、調子に乗ってルナツー攻略を蒸し返すようならば釘を刺しておかなくてはな」

「そ、そう言えば。閣下肝入りの彼の記事はないのですか?」

 雰囲気を変えようと声を上げた秘書官。

 ふむ、と記事を捲る上司。

「あるにはある」

 ぴたりと捲る指を休めた。

 左後ろに立っていたから、秘書官にもその記事は読めた。

「うわぁ」

 小声で秘書官が漏らす。

 はっと口を閉じるが、もう遅い。

「地球に住まう猛獣、獅子の如く連邦軍防衛戦力を一蹴。か」 

 映像提供者が居るのだろう。

 降下ポイントが狂い、上空で被弾しながらも長距離砲台(トーチカ)群に怯まず攻撃。

 部隊矢面に立ったまま前進、バイコヌール基地へ強襲を仕掛け、ガルマ大佐率いる主力部隊と挟撃、陥落せしめた。

「これは…」

 ごくり、と秘書官の喉が動く。 

「補給ルートを早々に築かなくては倒れるな」

 記事最後の一文を見て、小さく頷いている。

 ―――地球圏でも”蒼い獅子”は健在也。

「マ・クベは戦力を幾つもってオデッサに降りる」

「あ、はい。ザク五十機、コムサイ予備数合わせて三十です」

「後続戦力は」

「ザク五十、補給物資を積載したHLV五十です」

「ガルマに送った戦力よりも多いな」

「はい。過剰にも…いえ、失言でした」

 キシリアは指を自分の唇に這わせ、決断した。

「ガルマの現戦力はザクは後続戦力が加わりが五十一、コムサイは二十四だったな」

「はい、先遣隊のメルティエ・イクス少佐は―――」

「良い。覚えている。マ・クベに伝えい、後続戦力からザク三十機を中部アジア戦線に渡せとな」

「よろしいのですか?」

「問題ない。むしろ、ザクを百機連れて行く方が馬鹿げている。周囲に心配をされたガルマが合計七十のザクが減り四十で戦線を切り盛りしているのだぞ。それなのに何故軍に身を置いて長い者が倍以上のザクで身を固める」

 深く溜息を吐く。

 父デギンが溺愛するガルマを最前線に送ったのだ。家内で心配する声が多い。

 彼本人が強く希望し、反対する家人を説得して廻った程の熱の入れようは”いい子”だった弟にしては有り得ない聞き分けのなさ。

 ―――二十二の男子にとって過保護だったかもしれない。親の愛が重すぎたのかもしれぬな。

 デギンも末子のガルマが華々しい戦果を上げた事に目を瞬かせ、次いで喜んでいた。

 そして本国に頼らず手元の戦力で遣り繰りをする弟に、ギレンは評価を上げ、ドズルは父と同じく大いに喜んだ。

 姉たるキシリアも喜びはしたが、他の男子もそれくらいやるであろうよ、と冷たい想いが頭を(もた)げる。

 が、身内贔屓とは言え現在もガルマは良く働いている。

 それを、ガルマに戦力を渡さず(・・・・・)後続戦力にザク五十を用意。

 余りに馬鹿らしく自分の人を見る目を疑いたくなる。

「譲渡命令と共にこうも電報を送れ。やる気があるのならば初期戦力の五十でオデッサ及び残存拠点を落としてみせい、とな。返信は受け取らぬとも添えよ」

「は、はい!」

 何を慌てているか、と秘書官を見やる。

「無用な無能者は不要、足を引っ張る愚物も無用、私が欲するのは期待に応え己を示す者のみよ」

 事実、期待に応え続ける者達が彼女の麾下に多く集っている。

 エース部隊”黒い三連星”はその技量と教導能力から現在は各部隊を鍛え直して回っている。

 その為に前線に空いた穴は大きい。

 が、それを補うエースパイロットも彼女には多く居る。

 ”真紅の稲妻”ジョニー・ライデン。

 ”蒼い獅子”メルティエ・イクス。

 他にも挙げれば彼らに負けずとも劣らない者達だ。

 後方支援を差配する者も重要ではある。

 だが、それは効率的に物事を回し、補給分配も執り行える者を指す。

 ―――増長が過ぎた愚物なぞ、不要よ。

「…ふむ」

「閣下、如何なさいましたか?」

 マ・クベ大佐向けに譲渡命令と電報を正式に送った秘書官は思い巡らす敬愛する上官の返事を待った。

「イクス少佐に兵権を預けてみるか」

「…それは」

 ガルマ大佐と並ぶ地球方面軍司令とする、という事。

 地球降下作戦総司令であり、事実上の地球方面攻撃軍総司令がキシリアである。その下にガルマを置いては居るが地球は思うよりも広大だ。後々を師団として分け戦力の再分配をなさねばならぬ。

 ―――いや、奴は自軍に敵が多い。まだ人事を動かすべきではない。

 若く、”青い巨星”の薫陶を受けたネームバリューと若手最有力足るエース”赤い彗星”と引き分けに持ち込んだ男。

 彼を妬むものは多く。現状は気心知れた部隊でしか運用できない。

 妬むのであれば勝ち取れ、と激しく怒りを露わにしたいが。そうもできないのが悩ましい所である。贔屓として映る、もしくはそう捉える者が続出するからである。

 ―――愚物共め。

「冗談だ。となれば制宙権を握り、ライデンを地球圏に送り込むのも妙手、であるな」

 ピシリ、と秘書官が固まる。

「平和な戦場なぞ、奴には退屈であろう」

 さらりと言ってのけると、秘書官は常には見えない感情の沈みを見せた。

 ―――興味深い。

 とは思うが、これでは仕事にならない。

「ふっ、冗談だ。真に受けるでない」

「は、はいぃ」

 大袈裟にほっと息を吐く秘書官。

 その後にはしゃきっと背筋を伸ばし、こちらが積み始めた書類の山に移動した。

「それでは、こちらを」

「うむ。確認調査の方は念入りにやれ。横領、賄賂に我が軍の資源を乱用していた結果が出た場合は」

 秘書官がこちらに向き直り、視線を合わせるや。

 ぞくり、彼女の背筋に悪寒が走り抑えられぬと体が震えた。

「首を落とせ」

 冷たい目、組織の長たるに相応しい威厳と孤高を身に纏った辣腕家に戻っていた。

 

 

 

 

 

 




希望された方、如何でしょうか。
UA10000達成でキシリアさんの話を希望されたので執筆しました。
希望されるのは嬉しいですね、キャラが愛されている感じがします。
希望された方が喜んでくれると作者も嬉しいです。

また節目にこういう希望形式で小話を考えたいです。
少しネタバレのような文章もあります。
避けたい方は本編次話ができるまでお待ちください。
もう少し待っててね
隠しヒロイン、オカン属性ありと評価されるキシリアさんです。

「どうしてこうなった」
「責任を取れ」

アンケートで人気キャラ投票したらキシリアさんがトップに来そうで怖い!
時代はクーデレか、クーデレなのか!?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。