ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第十一話:地球降下作戦(後編)

「ガルマ大佐が?」

 具申した補給物資の受領署名を走らせながら、メルティエ・イクス少佐は聞き返した。

 彼に告げた整備兵は少し疲れた顔で書類を受け取りながら頷いた。

 フットワークが軽い彼は執務室、という概念が定着していない。

 時に自室、時にミーティングルーム、時にモビルスーツのコクピット内でペンを握る。

 彼の署名を探す側としては執務室を作ってくれ、と要望を送っているが既に当艦は突撃機動軍に返却予定と相成ったので、その声が上がることはない。

 一介のパイロットが部隊を率いるとこうなる、という悪い見本である。

 かなりの稀な部類(ケース)ではあるが。

 開けたモビルスーツのコクピットハッチから顔を覗かせれば、

「ありゃ、本当だ」

 きっちりと大佐の軍服を着こなし、ジオン軍特有の刺繍入りマントを靡かせる美男子。

 地球方面軍司令、ガルマ・ザビ大佐がモビルスーツハンガーのタラップからこちらを見ていた。

「お早くお願いします。周りの連中が仕事に集中できません」

 顔を寄せ小声で願う彼に、メルティエは苦笑した。

「国民に人気の高いガルマ大佐だぞ、そう言わんでおいてくれ」

 蒼いザクIIのコクピット外部を蹴り飛ぶと、組んでいた腕を解いたガルマは優しげな、人の良い笑みを浮かべて迎えた。

「すまないな、イクス少佐。モビルスーツの調整中だったか」

「お気になさらず。念のための確認ですから」

 そうか、と一つ頷き彼は先程までメルティエが搭乗していたモビルスーツに視線を飛ばした。

「少佐、一つ頼み事があるのだが。時間をとってはくれないか」

「承るかは別になりますが、よろしいですか?」

「構わない。できれば引き受けて欲しいとは思う」

(作戦前に厄介事は、勘弁してくれ)

 どうしたものか、と胸中で息を吐く。作業している整備兵の目も気になってきたので、ガルマをミーティングルームに案内する。

「執務室ではないのか?」

「申し訳ありません、大佐。私は執務室を設けていませんでしたから」

「そ、そうなのか? 何かと不便では」

「私よりも私を探す部下の方に苦労させてしまいました。部隊長というのは書類漬けなのですね、一介のパイロットであった時は想像していませんでした」

「君も、苦労したのだな」

 最後は独白のようだったが、メルティエは特に気にせずミーティングルームに入る。

 ドリンクバーからコーヒーを二つ淹れ、佇む大佐の姿を見て気付いた。

(この人、育ち良すぎる、というか礼儀作法しっかりしてる)

「気が利きませんで、失礼しました。どうぞお座りください、大佐」

「ああ、ありがとう。いただくよ」

 人の良い笑みを自然に浮かべ、彼は一口コーヒーを飲み、カップを長テーブルの上に置いた。

 そして、階級の低い少佐(・・)に向かい、大佐(・・)は頭を下げた。

「単刀直入に言おう。私にモビルスーツの技術を教えてはくれまいか」

(厄介所の面倒事が来やがった)

「大佐。理由をお聞かせ願えますか」

 溜息を総動員で防いだメルティエは、険が出ないよう気をつけながら声を出した。

「私は、少佐の…”蒼い獅子”と”赤い彗星”の戦いを見ていたんだ」

 カップに揺らぐ黒い水面に視線を落とし、

「私はシャア少佐と同期だ。しかし、彼は天才で。モビルスーツの技術は神懸かり的なものだった」

 相手になった君ならば解ると思う、と。

 赤いザクIIを駆り高速機動のままデブリを足場に蹴り飛び、幾度も繰り返すことでザクIIの三倍の速度を獲得せしめた驚異の技量を持つ男。ジオンの”赤い彗星”シャア・アズナブル。

「シャアと互角に戦えた君ならば、私の操縦の問題点が見えてくると思うんだ」

 意気込んで言う。感情を込めた言葉に、

「シャア少佐にはこの事は?」

 しかしメルティエは平坦な声で尋ねる。

「彼とは良き友人ではあるが、同時にライバルだ。すまない、察してくれると助かる」 

(親しいが、ライバルと目しているだけに安易に聞けない、かぁ。難儀な御仁だ)

 真っ直ぐな人柄に好感は持てる。

 特に階級差を気にせず、頭を下げて助力を懇願する等ジオン軍の将官、いや軍人に何れ程いるだろうか。

 良くも悪くも、彼は純粋なのだろう。

 実際、手伝えるならば手伝いたい。

 ガルマ大佐とは地球降下作戦の第一目標、バイコヌール宇宙基地への攻撃、占領を合同で執る。

 彼のモビルスーツの扱いが上達すれば、それだけ作戦の勝率が高くなる。

 最前線で戦わなくても、中距離からのモビルスーツによる支援攻撃は十分に脅威だ。

 遠距離からの狙撃は通常のザクIで構成されたガルマ大佐の部隊には不可能。

 メルティエ少佐率いる第168特務攻撃中隊所属、ハンス・ロックフィールド曹長の腕前と専用モビルスーツが在る為に出来る手段なのだ。

 逆にガルマと異なり、メルティエは前線。最前線で戦いを挑まなくてはならない。

 攻撃軍司令のガルマとは立場が違う。パイロットの技量を認められ、異名を取るメルティエは期待される戦果が大きく異なるのだ。

 ガルマは目標拠点を無事占領し、指揮官として最悪座っていればそれで構わない。

 メルティエは前線でモビルスーツ隊を指揮。性能を遺憾なく発揮し敵拠点を陥落させ、自部隊がジオン軍に貢献する存在である事を常に戦果という形で主張せねばならない。

 ガルマは一度や二度の失敗では立場が、居場所が消えることはない。

 ザビ家の子、国民に愛される将来を渇望される彼は他の道でも十分に明るい見通しが立つ。

 それがメルティエには無いのだ。

 作戦に違えれば罰。目標達成失敗も罰。戦闘で仕損じれば死が待っている。

 他の軍人と同じで、たった一人が抱える問題に構っている暇など無い。

 もし作戦失敗すれば―――暗い将来しか先にないのだ。

 しかし、このメルティエという男、

「了解しました。大佐、私等で良ければお手伝いしましょう」

 純粋に頼られ、求められると断れない悪癖を持つ。

 そして代償を支払う時は、相手に求めず自らの身を削るのだ。

「助力、感謝する」

 不安だったのだろう、大きく息を吐いたガルマは長髪を指で弄い始めた。

 ―――だが、待って欲しい。

「それで、どの様な訓練を?」

「ええ、じっくりと矯正(・・)したい所ではありますが。何分時間がありません」

 ガルマの表情が固まる。

 いま、彼は何と言ったのだろう、と。

 ―――彼は一度でも、訓練を手伝うと漏らしただろうか。

「習うより慣れろ、実践よりも勝る教えはなし、です。大佐」

 ゆらり、と立ち上がった彼に言い知れぬ恐怖にも似た何かを感じながら、ジオンきっての御曹司は男を見上げる。

「さぁ、行きましょう大佐…」

「ま、待てっ、少佐!」

 照明が逆光になり男の表情が窺い知れない。

 ―――彼はゲリラ屋、ランバ・ラル大尉の息子であり整備兵から変態(・・)と言われる無茶な男(エース)なのだ。

「時間は待ちません。なぁに、すぐに楽になりますよ(・・・・・・・)

 三日月の如く笑みを貼り付けたエースパイロットは、アマチュアの肩を強く握った。

 ――――これは、地球降下作戦の発動まで後四十八時間に迫った時の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『少佐、間も無く時間です』

「了解した。コムサイ、HLVの突入角度は?」

『再三確認しました。これで間違えば学生の時代からやり直す所存です』

「自信有り、だな。信用するさ」

 ゴゥンゴゥン、と機械の蠢動音が届く中、メルティエは愛機の蒼いザクIIに搭乗していた。

 前面モニターにザクIIの立体モデル、稼働状況のログが表示。その脇にウィンドウが開かれ副官サイ・ツヴェルク大尉、技術主任ロイド・コルト中尉の映像が並ぶ。

『少佐。ガルマ大佐から電報。”準備完了セリ”です。返信しておきます』

「そうしてくれ。五分前行動、というか。やはり、彼は真面目だな」

 側面モニターには艦船の内部機構が映っている。

 軽巡洋艦ムサイ。艦内に格納されている大気圏突入用艦艇、コムサイ。

 彼のモビルスーツはハンガーレールに沿ってコムサイの外部ハッチに移動、そこからはハンガーレールが外され小さくサブスラスターで機体位置を微調整。中に滑り込むとコムサイ内部から伸びたマジックハンドに吸着され固定位置へ。

 既に内部固定位置にはハンス専用ザクIが在り、その隣に誘導される。

 ハンス機は両手で専用兵装、長距離狙撃銃を両腕で抱えて静止。腰のハードポイントにはザクIIから流用した一二〇ミリライフルが携行されていた。

 メルティエ機は右腕にニ八〇ミリバズーカ、左腕に一二〇ミリライフルを装備。腰のハードポイントには試作型ヒートホークを選択。

 ”赤い彗星”と勝負した時の装備と代わり映えしない。

 ロイドが用意してくれた武装の中には、爆発と共に鉄楔を周囲にばら撒く手榴弾、クラッカーが存在していたが。重力圏での投擲コースを判別できず、勢いに任せて投げると失敗した時に目も当てられないと判断。他の機体に譲っている。

「ハンス、気圧チェックは問題ないか?」

『へ? ははっ、どうした大将。そいつはパイロットが乗る前に確認するべき事だろう?』

 カラカラ、と上がる笑い声。続いて空いてるスペースに次々とウィンドウが表示。部隊員の映像が表示される。

「ああ、そうだよな。普通は確認するよな」

『? どうした、大将。物憂げな声してんぜ』

「いや、忘れてくれ。俺も忘れたい」

『まぁ、大将がそう言うのなら』

 ハンスは信頼する部隊長のおかしな言動に訝しみながらも引っ込む。

「アンリ、エダ。HLVの状況はどうか」

『問題ないよ。何時でもどうぞ』

『同じく』

 気負いのない二人の声に頷く。

「リオ、そちらは?」

『問題ありません、少佐』

 演習の時よりもしっかりした声。

(あいつも初陣な筈なんだがな、どういう事なの)

 以前に掛けた発破が思いの外効いたのだろうか。

 何か、普段の少年よりもきりっとした表情に幾ばくかの違和感。

 気合が篭もってるのか、目にも力を感じる。

(悪い傾向ではないのなら、黙認しよう)

「ヘレン、コムサイの操縦は既に覚えているな?」

『任せて下さい。ガトルに比べれば可愛いモンですよ、ねっ』

 サブパイロットに訪ねたのだろう。音域の高い声が返ってくる。

「ブリーフィングを開始する。我々は今からガルマ大佐率いる主力部隊と共に地球圏中部アジア地区に降下、第一陣にコムサイ四隻からなる編隊が降下ポイントの制圧。第二陣にHLV十隻が降下を始める。HLVに最低限の戦力を残し北側からガルマ大佐が、南側から我々が攻撃を仕掛ける」

 前面モニターにジオン軍のデータベースから提供された予定作戦領域のマップを表示。タッチ操作でコムサイ、HLVの機体表示と降下ルート。降下後のモビルスーツ進軍ルートを書く。

 最終的に、軍からの情報では長距離砲台(トーチカ)群はない、というものであった。

『大将、俺と大将はコムサイ組だから攻撃に加わるとして。守りは誰に?』

「アンリとエダに任せる。リオはHLVの降下が完了次第、外に出てきてくれ。合流後、すぐに動く」

『了解です』

 すっと出されるのは少年の声のみ。

 返事が来ない二人組に首を傾げ、ああ、と理解した。

「待機組はHLVを、俺達の帰る場所を守ってくれ。頼むぞ」

『ん、了解だよ。そっちも気をつけて』

『是非もなし』

 満足気な声である。

「―――時計合わせ」

 ノーマルスーツの左腕に内蔵された時計に指を掛ける。

 ウィンドゥ内の部隊員も、同じ動作をしている。

 時刻は〇〇〇〇(マルマルマルマル)

 ピッ、と電子音が鳴る。

「作戦開始」

『御武運を』

 サイ、ロイドの敬礼に返礼。

『コムサイ、出ます』

 ヘレンの声が届く。

 ムサイ下部格納庫から放出され、スラスターを噴射するコムサイ。

 遅れて二機のHLVのバーニア群が点火、徐々に速度を上げて追従。

 他のムサイからもモビルスーツを搭載したコムサイが列を成して飛行、メルティエ達のコムサイもそれに倣う。

 更に、横から集結する大多数のモビルスーツ。

 その中で存在感を顕わにする二機の機体。

 ドズル中将麾下宇宙攻撃軍所属、”赤い彗星”シャア・アズナブル少佐。

 キシリア少将麾下突撃機動軍所属、”真紅の稲妻”ジョニー・ライデン大尉。

 キシリアからの支援要請に渋々応え、ドズルから送られた護衛部隊。

 兄と姉の精鋭部隊に守られながら、弟は中央を走る。

「これだけ見れば、愛されている。と思うんだがね」

 左翼、右翼からエースパイロットがモビルスーツの群れを先導し、地球降下部隊を護衛、支援に入った。

 ルートの途中、哨戒パトロール中だった連邦軍の部隊は奇襲を受けるも、壊滅前に宇宙ステーションに入電。

 地球圏に全軍が歩を進める中、緊急発進(スクランブル)に応じたマゼラン級、サラミス級宇宙巡洋艦が集う。後方に配置された補給艦、コロンブス級宇宙輸送艦から宇宙戦闘機が次々と展開、戦艦を中心に方円の陣形で待ち受ける。

 対するジオン軍は鋒矢の陣。

 守りごと突き破るのだろう、全モビルスーツが武装を構え直す音が聞こえてくるようだ。

「最初の正念場だな」

 艦隊にその威容を遮られても尚、青く輝く星。

 緊張と不安を孕みながら、第168特務攻撃中隊の面々は部隊初となる実戦に赴くのだった。

 

 

 

 

 

 時に宇宙世紀0079。

 3月1日、未明。

 地球中部アジア地区の大気圏上。

 ジオン公国軍、大規模作戦の一つ。地球占領作戦改め、地球制圧作戦の緒戦。

 第一次地球降下作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 




ザクさんにはまだまだ舞台上に立って頂こうと思います。
タグにオリジナル要素有り、と追加致しました。
気づいたらこんな話になっていたんです。信じてください!

未だ戦闘までもつれ込んでないサブタイトル詐欺…
しかし、拳を下ろして作者の話を聞いて欲しい。
作戦は確かに進んでいた、という事を!
サブタイトル変えていこうかなぁ。
ううむ。

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