ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第09話:地球降下作戦(前編)

 ルウム戦役に於いてジオン軍エース部隊、黒い三連星に捕獲され、戦争犯罪人として連邦そのものを悪とする宣伝目的で生かされていたレビル将軍の奇跡の生還。

 

 彼は連邦軍特殊部隊により戻り、

 

『ジオンに兵なし』

 

 と演説。此れを受けた地球連邦政府は態度を一変させた。

 

 結果、ジオン公国に有利な講和条件を拒否。

 

 最終的には核、生物、化学兵器及び大規模質量兵器の使用禁止、月面都市やコロニーサイド6、木星船団の中立確認、捕虜に対する人道的扱いなどを骨子とする軍事協定を締結。

 地球連邦とジオン公国は戦争を継続する事となる。

 

 これは連邦の南極基地で開催された事から、南極条約と定められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 U.C.0079年2月10日。

 第168特務攻撃中隊は演習後、月面基地グラナダに駐留していた。

 現在は外郭が出来つつあるものの、基地内部は未だ建造途中で設備本格稼働も程遠い。

 その中に居られるのはキシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍に限られた。

 

 演習を勝利で飾った彼らは、キシリア直々に労いの言葉を受けこの地に滞在する許可を得た。

 久方ぶりの骨休み、と言うわけである。

 

「メル、其処のソース取って」

 

「あいよ」

 

「……」

 

 軍服の上にエプロン姿の二人。

 アンリエッタ・ジーベル中尉とメルティエ・イクス少佐。

 コーンの優しく甘い香りを漂わせる寸胴鍋、瑞々しい野菜を手で千切り。終わればフライパンを電気コンロに掛け、一〇ミリはある厚みの赤みの肉を惜しげもなく焼いていく。

 肉が焦げる香ばしい匂いが腹を刺激する。

 炒め、油が弾ける音も手伝って共有キッチンには食欲を(そそ)られた人間がちらほら集まっていた。

 

「アンリ、焼き加減はこんなもんでいいか?」

 

「うん~? そうだね、もういいかな。カリカリより柔らかい方が好まれると思うし」

 

「……」

 

 相方に尋ね、問題ないと判断された肉を鉄板皿へ。

 脂がじゅうじゅうと音を立てた垂涎もののステーキは新鮮な野菜で彩られる。ニンニクの香りが強いソース、ワインの風味と苦味、甘さを残すソースの入った小皿と一緒に並べられた。

 ゲストが肉汁溢れるステーキに目を奪われている間に小金色のコーンスープ、パン―――基地内で卸しているパン屋で買ってきた―――を次々と揃えていく。

 

「ささ、メインディッシュをご賞味あれ」

 

「い、いただきます」

 

 スッとよく磨かれたナイフが厚みのある肉を裂き、そこから溢れる肉汁が口の中に唾液を呼ぶ。

 

 知っているのだ、本能が、あれはイイものだと。

 

 切り取った一口サイズの肉にフォークを刺し、ニンニクソースに少し漬けて、口に放り込む。

 

「お、おいしいですっ」

 

 ぱぁっと幼さの残る顔で一杯に喜びを表現する少年、リオ・スタンウェイ伍長。

 ナプキンで服が汚れないようにしつつ、次の肉を切り取りにかかる。

 物静かで穏やかな彼も、この時は一匹のケモノ。

 

 しかし、それでも食べ方が上品なのは如何なものか。

 もっとがっつくと思ったのだが、とメルティエは首を傾げた。

 

「り、リオ! 後生だ、俺にも一口っ」

 

「伍長、俺にも食わせてくれ!」

 

「リオくん、私にも!」

 

「うるせぇぞ、お前ら。せっかくリオが美味そうに食べてるんだから静かにしろ」

 

 ハンス・ロックフィールド曹長他部隊員が情けない姿を晒す前に留める。

 

「だ、だがなぁ、大将」

 

 飄々とした空気を纏い、時に激情家、時に凄腕の銃使い(ガンスリンガー)

 であったハンスが涙――お前それ、涎かよ――を流す。

 

「テーブルマナー、お前やる気がねぇって諦めただろう。確かに戦争には関係ないかもしれんが、お偉い方々と食卓を囲むときにガツガツ食われたらアウトなんだよ。解るだろう?」

 

「くそう、なんで断った。一時間前の俺!」

 

 床に手をつき、項垂れる二十六歳児。

 なんともシュールである。

 

「まぁ、リオがテーブルマナーを予想以上に手馴れている事に驚きが……ないな?

 むしろ、納得する自分が居る」

 

「確かに、そうだね」

 

 流しで水を一杯汲み、喉を潤す。

 

「ほい、お疲れ様」

 

「ん。ありがと」

 

 もう一度水を汲み、それとは別のグラスにも。何時もより離れて立つアンリに首を(かし)げながら、

 

「どうした? 近づくと離れて」

 

「あはは。少し、油臭いかもしれないから」

 

 照れながら言う蜂蜜色の乙女に、距離を詰め手に水を渡す。

 

「そんなこと言ったら俺もだろうよ。大丈夫、気にならないぞ」

 

 アンリの頬近くまで鼻を寄せ、けろりと言う。

 

「ち、近いよ!」

 

「お。すまん。軽率だった」

 

 顎を掻きながら、顔を俯かせるアンリに謝罪。

 

「うん?」

 

 何やら騒がしい方に首を向ける。

 ハンスが堪らなくなったのか、リオの食卓スペースへとにじり寄っていた。

 

「り、リオ。すまん、俺もう我慢できそうにねぇ」

 

「え? ちょ、ハンスさん!?」

 

 何している、と思うが仕方がない事なのかもしれない。

 モビルスーツ、戦闘機パイロットというものは機動兵器に乗り込む。

 第一種戦闘配備時は勿論の事、第二種戦闘配備ですら食事はかなり制限されるのだ。

 栄養素がガン積みのレーション、水分と塩分を補填するドリンクは摂れる。というか、これしか認められない。体はこれで十分だが、当然ながら味気なく味覚に飢える将兵が後を絶たない。

 

 理由は極々簡単なものである。

 高速で、上下左右に体を揺さぶる乗り物に乗るのだ。

 腹にものが入っていたら、大抵は吐瀉物が口から吹き出す。

 内臓系を鍛える、という行為は通常無理な話だ。筋肉を育てる関係で一部鍛えられるものがあるが、繊細な器官が多い。特に人間の躰を維持、エネルギーを燃やす器官はその最たるものだ。

 コックピット内は精密な機械群で構成されている。

 電気系統は勿論のこと。操縦桿、各コンソール等は汚れに敏感だ。塵や異物といった狭擦物が入らないようにゴムシート等で覆う又はシールされているのが通常だ。噛み込むと動きが悪くなり、一度分解しないと取り除くことができない。

 

 そんな設備群を吐瀉物で汚す、ナンセンスだろう。

 こういった背景でパイロット達は戦場が近いと最低限の食事、流動食で済ます事が多い。

 ハンス達が肉料理、味覚を楽しませる食事に涎が止まらなくなったのはこの理由。つまりは出撃していた分、美味い食べ物がお預けだったのが原因、らしい。

 

 仕方がないものなのかもしれん、とメルティエは思い直した。

 自分自身、腹が減ったせいで食欲が点火しそうだ。

 

「おい、ハンス。憲兵隊に突き出す前に思い止まれ」

 

「大将、食べ物の恨みって怖いんだぜ」

 

 遠い目で何事か言い出した、残念狙撃手。

 今奪われかけているのはリオだろうに、ツッコミたかったが面倒になった。

 

「しょうもない奴らめ。残った部分があるし、練習がてら作ってやるから落ち着けよ。

 焼き加減はレア? ミディアム? ウエルダン?」

 

 よくよく溜め息が聞こえるようにしてやった。

 仕方ねぇな、とアピールだ。

 何せ自分も食事を摂りたいのだ、パパッと終わらせたい。

 

「さすが大将、話がわかる! 惚れそうだぜ! レアで頼む!」

 

「少佐、素敵、抱いて! 俺はウエルダンで!」

 

「変なこと言うと睨まれるから。私はミディアム!」

 

 ハンスだけに留まらず、肉食獣と化した暴徒がメルティエに詰め寄る。

 流石のメルティエも、ちょっと引いた。

 

「静かだった奴まで再点火。なんという肉の魅力……!」

 

 ワイワイ騒ぎ始める塊を他所に、エスメラルダ・カークス中尉は呟いた。

 

「馬鹿ばっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイ・ツヴェルク大尉は知らされた作戦について、思考を巡らせていた。

 ハンガー内で忙しく走り飛び回る整備兵達を眺めながら、傍らへと視線を送る。

 

「換装は用意できそうですか、中尉」

 

 同席するロイド・コルト技術中尉は携帯端末を操作しながらモビルスーツハンガーの一点に目を送る。

 

「難しいですね。技術や労力で騙せるものなら騙しますが。無いものとなると(いささ)か」

 

 急ピッチで組み立てられるMS-06F、蒼いザクIIF型。

 メルティエが先の演習で赤い彗星、シャア・アズナブルと激闘を繰り広げ、大部分は問題無いものの中破してしまったのだ。

 

 蒼いザクIIは専用機としてロイド自ら組み立てた機動性重視のモビルスーツだ。

 構成部品の幾つかはザクII以外の予備パーツを必要とするし、専用の部分が発生する為にどうしても共有化ができない。

 専用機という枠組みの機体が、一般整備士から敬遠される理由に今直面していた。

 ロイドとしては承知の上で設計したものだし、自ら整備指揮する機体なので文句は言わせない。メルティエはこちらが望む数値以上の性能を叩きだすのだ。

 技術士、整備士の観点から見てもあの男は面白い。

 自分が考案、搭載した機能は余さず使用している。万全な整備状況がそれを可能としているのだ、ロイドの仕事ぶりがそのまま、メルティエの活躍に繋がる。

 

 パイロットも機体性能を引き出せたのは自分自身だけの功績ではない、と裏方の人間に感謝する姿勢に好感を持てる。士官学校時代来の考え方らしい、彼の教官は良い人間に値する。

 演習時の実戦データ、見る度に次の収集場所は何処か、と逸ってしまう。

 専用機は試験運用の増設バーニア、それに付随する装甲強化が施されているのだ。

 他の隊員が乗るザクIIとは届けられるデータの種類が違う。それ故にデータ不足であった。 

 

「最悪、通常のザクで少佐には出撃願うしかないか」 

 

「いえ、其れには及びませんよ。形振り構わなければ同性能は確保できます」

 

 彼の副官が呟く。

 ロイドは冗談ではない、そんな勿体ない事はさせまい、と充てられるパーツを脳内で上げていく。

 

「ならば、問題はないと」

 

「ええ、今後も宇宙で戦うなら問題はないでしょう。しかし、キシリア少将閣下から通達を受けた任務はもう()()ではないでしょう?」

 

「耳聡いですね。その通りです」

 

「少佐殿と地球の重力下での機動性の確保について、熱く語り合いましたのでね」

 

 何処か誇らしげに顎を反らし、眼鏡をクイッと上げるロイド。

 

 ―――どやぁ。

 

「中尉。その顔は辞めて頂きたい」

 

「おや、何故です?」

 

「私にも判りませんが、なぜか拳を握り締めてしまいます」

 

「ははっ、怖い怖い」

 

 生真面目な大尉は息を吐いた。

 ロイドは優秀な技術者だ。中尉というには収まりきらない視野を持つ。

 彼がモビルスーツメーカーに所属していたらどんな機体が生産ラインに並ぶか、興味が尽きない。

 サイに今分かる事は、彼がこの部隊から去るとモビルスーツの整備が立ち行かなくなるという一点だ。

 

「予定では、来月にでも正式な通達が届くそうです」

 

「なるほど、其れまでには完成に漕ぎ着けましょう」

 

 二人は、再び意識を思考に沈ませた。

 出撃が迫っていると、理解していたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 何枚ものステーキを相手に戦い抜いたメルティエは、ようやく自由の身になった。

 共有スペース内に設けられたシャワールームで生成された水を浴び、気持ちさっぱりと自室に戻ろうとしていた。

 

 宇宙環境では特に臭いに敏感だ。密閉された空間が多く、洗浄機能が付いた場所も多いのだが部屋等に染み込むと不快で眠れない。人間が悪臭、刺激臭と感じる類のものは何らかの悪影響を体にもたらす事が解っているので、尚更であった。

 

 ちなみにステーキ枚数以上に乱入者が多かった分、彼は有り付けていない。

 あの後もアンリエッタの血色は良かったままだが、エスメラルダに何事か囁かれると二人は言い合いながら去って行った。口喧嘩のようだが、剣呑なものではなかったので放置しておく。

 

 同性同士で話し合うべき事に異性が口を突っ込むと面倒なことに発展するものが多い。

 次に顔を合わせるときに、いつも通りであればそれで良い。

 

「お。此処に居たか」

 

 ミーティングルームから出てきた金髪碧眼の青年に手を上げて挨拶された。

 

「失礼ですが、所属は?」

 

「おっと。同じ突撃機動軍所属、ジョニー・ライデン大尉であります」

 

「返答感謝。突撃機動軍第168特務攻撃中隊、部隊長メルティエ・イクス少佐です。

 会えて嬉しいよ、大尉。ところで今日は何用に?」

 

 握手を求めると彼は笑みを浮かべながら応じてくれた。

 

 専用機の紅いザクⅡを駆る、突撃機動軍で真紅の稲妻の異名を取るエースパイロット。

 少々軟派な印象を受けるが、持ち前の気さくな性格からジオン国民からの人気は高く、伊達男といった風情がある。

 

「今度の作戦で俺の部隊がそっちの護衛に就く。作戦開始で初めて顔合わせってのも寂しいからな。顔合わせに来てみたんだ」

 

「なるほど。真紅の稲妻が護衛に就くならば安心して作戦に従事できそうだ。先立って感謝を」

 

 敬礼をするメルティエに、ジョニーは慌てて手を振った。

 

「いやいや、そんな恩着せがましい事をしに来たんじゃない。純粋にあんたに会いたかったんだ」

 

「と、言うと?」

 

 共同作戦の通達は、おまけ程度なのか。

 これはまた、個性的なパイロットだとメルティエは思った。

 エスメラルダがこの場に居れば、何を言うのか、と見つめてくるに違いない。

 

「赤い彗星から勝ちを奪った蒼い獅子、そいつを見てみたかった」

 

「ふむ。真紅の稲妻から見て、どう()()()()()?」

 

「あーっと、気を悪くさせたらすまない。キシリア様とあんたの戦闘映像見た時から思ってたんだが、今日会って確信した」

 

 頭を掻きながら、彼は言った。

 

「あんた、恐ろしいな」

 

「……恐ろしい?」

 

「ああ」

 

 頼もしい、ふざけた機動だ、とはよく言われるが。恐ろしいとの感想は初めてだった。

 続きを促すように視線を投げかける。

 

「表情は穏やかな癖に、目が深い。底なし沼みたいなもんだ。不透明感が()()()()んだ。

 暗い部屋に入って扉を締めた時の感じに似てる。でも足を掴んでなんでも引き摺り込む様な野郎の目じゃない。諦めた目でも理想を求めている目にも思えない。

 戦場で障害物を使って敵の視線潰しながら近づいたと思えば、味方が敵の射線に入ったら即座に飛び出して囮になる。理に適った動きをしているのに、感情の赴くままに行動する節がある。

 これが自分なら大丈夫、平気だっていう傲慢な奴だったら、一言いってやろうと思ったんだが、あんたは違うな」

 

「……俺は」

 

「すまねぇ、色々思う所を言ってみたんだが。形にならん」

 

 ただ、と金髪の青年は黒髪の青年に告げた。

 

「あんた、一所懸命って奴なんだな」

 

「一所、懸命……」

 

 一所懸命。地球にある古代のニホン、武士という階級のものたちの間で用いられた語。

 一所の、死活に関わるほど重視した土地を命を懸けて生活の頼みとする事。

 

 メルティエはそう評される場面をジョニーから聞き、唖然とした。

 

「公開処刑じゃないか、それ」

 

「いやぁ、よくよく見なきゃわからんモンだ。俺とキシリア様くらいだろうよ。気にすんな」

 

 頭を抱えたメルティエ。

 ジョニーは軽く励ましながら、その様子を観察していた。

 

(想像していた()()とは違うな、もっと好戦的な人間かと思ってたんだが)

 

 当てが外れたか、と自分の想像図を消しながら目の前の人間を投影していく。

 

 だが、気性が激しい事には変わるまい、と自分の勘を信じていた。

 そうでなければ演習でのあの立ち回り、最後の一撃が発現される事はないだろうとも。

 同じパイロット、異名を持つ者同士のシンパシーを、稲妻は獅子から感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーむ。閃いた事を書き綴ってみました。
文章的にどうだろうか
少し不安なんだ…

さて。
赤い人と紅い人を交互に出してみた。
戦闘描写がないからきっと紅い人は無事な筈!
(赤い人は作者の戦闘描写のせいで変態さんに…なんて作者だ!)

誤字指摘、感想・評価お待ちしておりますぞ(*´∀`*)

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