のどかが編入してから3日が経った。それまでは、初日とさほど変わらなかった。キュルケやモンモランシーと会話などをしていた。タバサは用事があると言って出て行ってから昨日の夜ようやく帰ってきたのだった。偶然のどかとタバサの部屋にいたキュルケはタバサを見るやいなや、思い切り抱きついてキスしようとしていた。のどかはそれを見て顔を真っ赤にし、だーめーでーすー、と言ってキュルケを引き剥がしていた。一方のタバサは無表情のまま、キュルケとのどかのやり取りを見ていた。それが昨日の夜までの出来事である。
3日目からはまた少し違っていた。のどかはタバサに起こされ、瞬動の出来栄えを見てほしいと言われ、すぐに着替えて、ヴェストリの広場へと向かった。のどかはタバサが出かけた後に、魔法の修練場があるということをモンモランシーから聞いていた。のどかはそこを使わないことを疑問に思ってタバサに聞いたところ、予約制で埋まってしまっているとのことだった。のどかは納得し、タバサとヴェストリの広場で瞬動の練習をした。のどかも
「そろそろ時間ですし、切り上げませんかー?」
「わかった」
「私は着替えもあるので、一度部屋に戻りますー。あ、あと軽くシャワーも浴びてから行きますけど、どうしますか?」
「私はいい。汗をかいていないから」
「わかりましたー、それでは後でー」
タバサさん、すごいなぁ……ネギ
のどかはエヴァンジェリンの指導に今更ながら疑問を持ったが、今はその問題を置いておいた。それよりも今はどうやってこの世界から戻るか、ということだからだ。のどかはシャワーを浴びながら、その方法について考えたが、特に良いアイディアが浮かばなかったので、軽く溜息を吐いた。とりあえず身体を拭いて、制服に着替えて(タバサと練習していた時はまた別の服だった)食堂へと向かった。食堂に着くと、タバサはもう既に食べ始めていて、その隣にはキュルケが座っていた。キュルケはのどかに気づくと大きく手を振ってのどかを呼んだ。
「ノドカー! こっちこっちー、席取ってあるわよー!」
あぅー、キュルケさーん。そんなに声出さなくても聞こえてますー……恥ずかしい。
のどかが羞恥心に駆られているのに気づかずキュルケは笑顔でのどかを出迎えた。
「遅かったじゃない、タバサだけ先に来てるからビックリしちゃったわよ。タバサの次はのどかが休むのかと思ったわ」
「朝タバサさんと少し特訓していまして、汗かいちゃったので、シャワー浴びてから来たんですー」
「そうだったのねー。んもう、タバサ、それくらいなら教えてくれてもいいじゃないのー」
「……」
「何よー、確かにずっと自分の話ばかりしてたけどー……」
「わぁー、すごいですねー。キュルケさん、タバサさんが何を考えているかわかるんですかー?」
「まあね、あたしとタバサは親友だから。ノドカにはいなかったの? そういう友達」
「いました、私にとって一生の友達です。きっと忘れることなんてできません。例え魔法で記憶が消し去られたとしても、絶対に思い出せる自信があります。今はきっと心配かけちゃってると思いますけど……」
「あ、ゴメン。ちょっと今のは自分でもないと思うわ。本当にゴメン」
「い、いえー、謝らないでください。その人はきっと心配するけど、私を信じてくれるはずですからー」
「本当に信頼してるのね。すごいわ」
のどかとキュルケが喋っている間もタバサは黙々と食べ進めていたが、のどかの例え記憶がという言葉には食べるのをやめて耳を傾けていた。
「(ミヤザキノドカ、彼女はやっぱり何か違う。戦闘技術には目を見張るものがある。でも、強くはない。……芯が強い。それに……記憶が消されてもその人のことを思い出せる自信があるなんて本当に凄い。じゃあ、あなたは心が狂ったとしても……)」
のどかも朝食を終えたので、3人は教室へと向かった。キュルケは教室を見渡して目的の人物がいなかったのか、少し肩を落としていた。のどかは席に着くと、すぐにタバサにこっちの文字を教わっていた。基礎は出来たといっても、日本で言う平仮名、片仮名ができた程度なのだ。ここからはいろいろな単語、を覚えていく必要があるのだ。
ここからが本番だよね。そうじゃないと本が読めないしー……絶対にマスターしないとー。
タバサによる語学講座をしていると、あの桃色がかったブロンドの髪を持った少女と、青いパーカーの少年が入ってきた。その二人を見たあとのキュルケの行動は速かった。すぐに、2人組に近づいていった。そして少女をからかって遊んでいた。少女の方も顔を真っ赤にして反応するので、キュルケはそれが面白いようだった。クラスの人たちがそちらに視線を向けていた。のどかも例外ではなく、そっちを見ようとした瞬間に、タバサに顔を掴まれて、強制的に視線を下に落とされた。どうやら、自分の話を聞いてほしいらしい。というよりも、早くこっちの文字を習得してもらって、のどかの世界の言語を覚えたいというのが本音であるようだが……
「それでは授業を始めますので、席に着くように」
いつの間にか始業の時間が来ていたようで、コルベールが教室に入ってきた。今日の授業は何時ものようには進まなかった。コルベールの授業はまだ良かったのだが、それからの授業――特にギトーの授業が最悪だった。
「では、授業を始める。諸君、知っての通り、私は『風』のメイジだ。『風』が最強であることは疑いようのない事実だが……ん? なぜ貴族の場に君のような平民がいるのかね? ミス・ヴァリエール、困るなぁ。こんな平民を連れてくるなんて……」
ギトーは公爵家の娘を侮蔑するためにサイトを馬鹿にするようなことを言ったのだ。
「なんだよ、貴族がそんなに……」
サイトが何か言いかけたところで、それをルイズが言葉を遮った。
「サイト、黙りなさい。ミスタ・ギトー。お言葉ですが、彼は私の使い魔です」
当然そうやって、返してくることはギトーはわかっていた。その上で、サイトを馬鹿にしたのだ。全てはルイズを馬鹿にするために。ギトーはそれがうまくいったのが嬉しかったらしく、ニヤニヤしていた。
「まさか! 本当に平民の使い魔を召喚したのですか! 公爵家の娘ともあろうものが!」
ギトーの言葉には嘲りが含まれていた。周りの生徒もクスクスと笑い始めた。ルイズは俯いてしまった。キュルケはそれを見て、面白くなさそうな顔をしていた。タバサは無表情のままだったが、少し気を悪くしているようだった。のどかはルイズの様子とその言葉、そして、クラスの態度に少し苛立ちを覚えた。
「クソッ! もう知るか!(貴族がなんだよ! ギーシュってやつも! このクソッタレ教師も! そんなに貴族っていうことが偉いのかよ! それにルイズもなんで黙ってるんだよ! いつもみたいに言い返せばいいじゃないか!)」
サイトが我慢できないといった風で、ギトーに殴りかかろうとした。
「ッ!
その時、のどかがギーシュの時と同じように割り込み、サイトの腕を掴み、足を払い、サイトを一回転させて、着地させた。そのため、サイトは、ギトーまでその拳を届かせることはできなかった。
「あんた……このクラスの人だったのか。あの時は助かったけど……今のは止めてほしくなかったな……」
サイトはのどかの事を覚えていたらしく、感謝の言葉を述べつつも少し恨みがましい目でのどかを見ていた。
「ゴメンなさい、でもこうしないとあなたはあの人を殴ってしまうと思ったので」
「い、いや、殴ろうとしたんだけど……」
「それがいけないんです」
「? どういうことだ?」
ギトーはそこで高笑いを始めた。自分がしようとしたことに気づいていないサイトを嘲笑っていた。それはやはりクラスの人達も同じようで、ほとんどの人が笑っていた。
「ミス・ミヤザキに救われたな、平民。貴様は今貴族に手をあげるところだったのだぞ!」
サイトはギトーが言った貴族に手をあげるところだった、という言葉よりも、もっと気になる単語が聞こえたので、思わず聞き返していた。今まで浮かんでいた疑問すらも忘れて、である。
「ミス・ミヤザキ……?」
サイトの呟きに答えたのは、当然ではあるが、のどかだった。のどかはサイトに後でお話しますのでー、と軽い調子で言った。そして、ニコッと微笑むと、ギトーに向き合った。ちなみに、サイトは少しだけ顔を赤くしていた。
「(かっ、かわいいな。この前は必死だったから気づかなかったけど、めちゃくちゃ可愛いじゃないか)」
サイトがそんなこと思っているなんてことは露知らずのどかは初めて職員室に寄ったときのように、ギトーをジッと見つめた。ギトーはそれだけで、動けなくなっていた。
「ミスタ・ギトー。今のは少し、というよりも、かなりおかしいです。あなたはミス・ヴァリエールが彼を召喚したことは知っていたはずです。職員室でも話題になっていましたから」
「いや、私は知らない。平民が召喚されたなど、初めて聞いたな」
「そうですか、では、仮にあなたが初めてここで知ったとしましょう。あなたは、彼を一目見て、平民だと言いましたね。しかも、彼のことをミス・ヴァリエールに問いましたよね? それはなぜですか」
「当然、そこの平民が彼女の近くにいたからだよ」
「そこまではいいんです。問題はそのあとです。あなたは彼が召喚されたことは知らないと言いましたよね?」
「ああ、いかにも。私はここで初めて知った」
「それだとおかしいんです。あなたはさっき自分で
「んなっ!? き、君の勘違いじゃないのかね!?」
のどかはそう言われたらどうしようもない、と思って少し諦めたがキュルケが助けに入ってくれた。
「ミスタ・ギトー。
キュルケがそう言うと、モンモランシーとギーシュも応援に入った。2人も確かにそう聞いた、と言ったのだ。ギトーはどんどん顔を赤くしていった。何も言い返さないところを見たクラスの人達はギトーがウソをついていたのだな、と納得して、今度はギトーを非難し始めた。のどかはクラスの非難を受けているギトーをこれ以上責める気にはなれなかった。
本当は、もっと言いたいことがあるんだけど……それにこのクラスもひどいよ。自分たちもルイズさんのこと笑っていたのに、急に態度を変えるなんて……
ルイズはサイトを一回叩いた後、のどかの前に来て、お礼を言った。
「ありがとうございます、助かりました。えーっとミス・ミヤザキ?」
「お礼を言われるようなことじゃないです。私は自分が思ったことを言っただけのでー。あ、それと好きなように呼んでくれて構いませんよー」
ルイズとサイトはのどかの変わりように驚いていた。先程までののどかは、キレ者の雰囲気があり、今みたいに柔らかい印象なんてなかったのだから。驚きはしたが、ルイズは気圧されることなく、自分も普段の話し方で接し始めた。
「そう? じゃあノドカって呼んでもいい? 私もルイズでいいわよ」
「はいー、全然いいですよー。よろしくお願いします、ルイズさん」
ギトーが今更ながら今は授業中だ、と大声で喚き始めたので、サイトとは、まだ挨拶できなかった。授業が終わるまで、終始顔を真っ赤にしていたのは傑作だったというのは、キュルケの弁である。授業が終わってからサイトはのどかに挨拶をした。そして、ミヤザキの意味を聞き出そうと質問したところで、ルイズに止められた。
「あんたねぇ! 今はノドカの名前よりももっと大事なことがあるの! 貴族と平民の立場の違いっていうのを教えてあげるわ!」
「あら、ルイズ。妙にやる気ね、ダーリンもタジタジよー」
「キュルケェ!? なんであんたがここにいるのよ!」
「だって、あたしとのどかは友達なんですものー。一緒にいたって不思議じゃないわー」
「ほ、本当なの!? ノドカ!?」
のどかはやはり、明日菜と
「ノドカ、あんたボーッとしすぎよー。可愛いんだからちゃんと警戒しなきゃダメよー」
「か、可愛くなんてないですよー……からかわないでくださいー」
「もうっ、本当に可愛いわねー」
「あうぅ……」
その後、ルイズによる貴族による貴族と平民の違いについてという講義にサイトが捕まってしまったので、のどかはサイトと今話すのを諦めて、タバサの語学講座を再び受けていた。タバサの語学講座のおかげで、のどかは簡単な絵本は読めるようになったのであった。絵本が読めるようになったとはしゃいでいたのどかをタバサが無言で見ていた。のどかは恥ずかしくなったらしく、顔を赤くして、本で顔を隠していた。ちなみに、その日は読めるようになった絵本を繰り返し読んでいたせいで、サイトと話す機会を設けることはできなかった。そして、のどかはサイトに申し訳ないことをしたなー、と思っていると、かなり大きな声が聞こえた。
「この犬ウゥゥゥ!」
「アオーン!」
今の声って、ルイズさんと才人さんだよね。パルの本を手伝った時にそういうような絵が書いてあったような……ダメだよー! こんなこと考えちゃー……ねっ、寝ないとー。
その夜、のどかがすぐに寝ることができなかったのはご愛嬌である。
ルイズとキュルケってベクトルは違うけど、明日菜とあやかみたいな関係ですよね。二人がじゃれあっているのは書いてて楽しいですw