のどかは差し込んできた陽の光で目を覚ました。のどかは朝が弱いというわけではないが、特別強いというわけでもない。ただ、中学時代のクセで朝早く起きてしまうのだ。ルームメイトだった夕映やハルナが家事をやらないので、のどかが朝ごはんを作ったり、掃除をしたりと家事をこなしてきたのである。目が覚めたのどかは隣のベッドでまだ寝ているタバサを起こさないように、いそいそと麻帆良の制服(高等部のデザインは中等部とあまり変わらない)に着替え始めた。そして、新たにルームメイトとなったタバサに何か料理を振舞おうと思ったのだが、キッチンがないことに気がついて困惑していた。
あ、あれー? キッチンがないよー。あっ、そういえば冷蔵庫もないみたいだしー。どうやってご飯食べてるんだろー? オスマンさん……じゃなくてー、学院長さんに聞いておけば良かったなー。そういえばここに住んでいる人達って貴族だけなのかな……うーん、昨日のお話だとお世話役の人がそれぞれいるのかなー。それともー、ここで働いている人がいるのかな……きっといるんだよね。貴族の人たちは自分でご飯を作れなさそうだしー、料理人の人も住み込みで働いているってことなのかなー。わぁ、本当に物語の偉い人みたいだよー。
のどかは初めて魔法と出会った時のこと――狗族の少年、犬上小太郎を出し抜き、ネギを救ったことを思い出していた。その時はネギを救うことで頭がいっぱいだったが、その後ネギが魔法使いであると聞いた時のドキドキが再び蘇ってきていた。のどかが一人で微笑んでいると、後ろから衣擦れの音が聞こえたので、振り返るとタバサが着替え始めていた。
「あ、タバサさん。おはよーございますー」
のどかはタバサに当たり前のように挨拶をすると、タバサはそれに慣れていないのか、眠たそうな目を一瞬大きくさせた。すぐに戻ったが、少しどう答えようか迷ったあと小さな声でのどかに挨拶を返した。
「……おはよう」
タバサさんってなんか夕映に似てるかもー。眠そうな目とかー、身長とかー……これを言ったら夕映に怒られちゃうかな。ふふっ、この部屋見ると本が好きみたいだし、友達になれるといいなー。
「そういえば、タバサさん。ここでの食事ってどこで食べるんですかー?」
「食堂。一緒に行く?」
「案内をお願いしてもいいですかー?」
「構わない」
タバサはのどかが着替え終わっているのを見て、部屋を出ようとしたが、のどかに止められてしまった。
「どうしたの?」
「ゴメンなさいー。ちょっとだけ待ってくださいませんかー?」
タバサは軽く頷くとドアノブにかけた手を戻し、逆の手に持っていた本を広げ始めた。のどかは鏡台があることを確認していたので、自分のカバンからリボンを取り出し、ポニーテールにした。
「タバサさん、お待たせしましたー。もう大丈夫ですー」
「あまり待ってない」
タバサは今度こそドアノブを回し、ドアを押して部屋から出た。のどかもタバサの後についていった。
「ここ」
「わぁー、立派な建物ですねー。この建物が全部食堂なんですかー?」
「そう」
「へぇー。なんだか見ているだけでも楽しいですねー」
のどかとタバサが食堂の中に入っていくと、その中は更にすごかった。ロウソクが何本も立てられ、シャンデリアは当然として、おおよそ朝だけでは食べきれないほどの量の食事。更にそれだけでは飽き足らず、フルーツを盛ったバスケットまで用意されている。そのフルーツはどれも新鮮ということが判るほどにつやつやであった。
「わぁー! こんなに立派な食堂なんですねー! 本当に物語の登場人物になったみたいですー」
「登場人物?」
「あ、いえー。なんでもないですよー」
「そう」
タバサは自分の席はここ、と言うようにまっすぐ歩いて行った。のどかもタバサから離れたくはなかったので、タバサの隣に座る前に一つ聞いた。
「席って決まってたりしますかー?」
「自由」
「良かったー。あっ、隣いいですかー?」
「もちろん」
「ふふっ、ありがとうございますー」
タバサはのどかがどうして笑ったのか分からずに首をかしげていたが、料理が運ばれてくると、そんな疑問はなかったかのように食べ始めた。のどかも運んできた人にお礼を言いながら、料理に舌鼓を打った。料理を運んできたメイドは何やら逃げるようにして去っていったが、のどかは気に留めなかった。
はふぅー、もうお腹いっぱいですー。それにしてもタバサさん、そんなに食べるなんて思わなかったよー。
「タバサさん、私は明日から授業に参加することになっていますのでー、一度お別れしますねー」
「どこに行くの?」
「学院長室ですー。昨日だけでは説明が足りなかったのでー」
「わかった」
「失礼しますー」
のどかはペコリとタバサに頭を下げてから出ていった。食堂から寮までの道のりと、寮から学院長室までの道のりを覚えていたので、難なく学院長室に到着した。
「学院長さん、いますかー? 宮崎のどかですー」
のどかはコンコン、と扉をノックして、オスマンがいるかどうかを確認する。そうすると、中からコルベールの声が聞こえてきた。
「ミヤザキさんですか? はて、まだ何か用事がありましたかな?」
「コルベールさん、えーっと昨日気づいたことがあったので、そのことでお話したいんですけどー」
「構いませんぞ。オールド・オスマンも中にいらっしゃいますからどうぞ」
「失礼しますー」
のどかが部屋に入ると昨日と同じようにオスマンとコルベールがいた。
「いきなり本題じゃが、気づいたこととは何かの?」
「えーっと、私ここの文字が読めないんですー。これじゃあ怪しまれてしまうと思ったのでー」
「ふむ……そうじゃなぁ。じゃったら、東方の出身にすれば良いのじゃ」
「なるほど! 名案ですな、オールド・オスマン」
「東方……ですか?」
「うむ、東方とはエルフが守っておるその更に先にある場所じゃ」
「エルフが守っている……ですか」
「まあそのことは良いとして、じゃ。そこの出身で何かしらの自然に出来たゲートによってこっちまで飛ばされてきた、ということにすればなんの問題もないはずじゃ」
「あの、どうして東方の出身なら問題ないんでしょうか?」
オスマンはのどかのその疑問に意外そうな顔をした。コルベールも同様で、驚いているようだった。
「聡明な君ならば、気づいているのではないのかね?」
「オールド・オスマンの言うとおりだと私も思っていました。昨日のアレほどの推理をした君ならばお見通しなのではないですか?」
「……予想はできますけど、もしそうなら、私は嫌です」
「ふむ、君はどうやら戦いに良いイメージを持っておらんらしいのぅ。まあ仕方ないことなんじゃが……」
「戦争なんてモノは例え国に利益を生み出したとしても、それによって不幸になる人民の方が多いですからな。私もできることならば、戦争は避けたいところですな」
コルベールは苦々しい表情を一瞬見せたが、すぐに普段通りの温和な表情の一教師に戻っていた。
「あの、それでですね。私、読み書きができるようになりたいんです!」
「読み書きですかな? それだったらそういう教材がありますぞ。あとで、お渡ししましょう」
「本当ですか!? ありがとうございますー!」
のどかの笑顔を見たコルベールは若干顔を紅くしてそっぽを向いた。昨日は髪を結んでいなかったから、気付かなかったらしい。つまるところ、のどかは可愛いのである。目もパッチリしているし、顔の形やバランスを見ても可愛いと分類される少女である。しかも、多少アグレッシブになったとは言え、基本は恥ずかしがり屋な性格である。そんなのどかがパァっと目を輝かせたら可愛いに決まっている。コルベールもそれでやられたようであるし、色々な美女を見てきたオスマンでさえも唸るほどだった。
「? どうかしましたかー。も、もしかして私、何か失礼な事しちゃったとかですかー!?」
急に黙り込んで、そっぽを向いたコルベールに何か悪いことをしたのでは、とのどかは慌てていた。その瞬間、コルベールは我に返り咳払いをしてから口を開いた。
「そ、そんなことはありませんぞ! むしろ悪いのはわた」
「キャーッ!」
コルベールが何か言いかけた瞬間だった。突如爆発音が聞こえてきたのである。のどかは不意を突かれたらしくピョン、と軽くジャンプして悲鳴をあげていた。オスマンとコルベールの二人は溜息をつき、顔を見合わせた。そして、またか、と言った。
「あ、あのー。な、何があったんでしょうかー? 急に爆発したような音がしましたけどー……」
「あ、いやー。なんでもないぞい。ただ魔法が失敗しただけじゃろう。何時ものようにのぅ」
「そうですな。何時ものように、ですな。では、私は午後の講義は休講ということを伝えてきますので、これで」
「うむ、ご苦労じゃな。ミヤザキくんも戻りなさい。休講になるならば、ミス・タバサもおるじゃろう。友好を深めておくのも学生の本分じゃ。(我ながら酷いことしとるのぅ。彼女が学院から離れられないようにするために、大切な友人を作らせようとするなど……本当にすまんのう。ワシはこのようなことをしてまで君が欲しいのじゃ。エルフとワシら人間が敵対関係にあり、戦争は続いている、ということも看破したようじゃしな。末恐ろしい、じゃが味方についてくれれば……君はいずれ最高の武器になるはずじゃ。そんなことが起こらんと良いのじゃがな)」
「わかりましたー。それでは失礼しますー」
学院長室から出るとのどかは一度寮に戻った。タバサが帰ってきていなかったので、窓を通して、部屋から外を見ると食堂に行くときに見た中庭のテラスに人が集まっているのが見えた。
あ、あそこに人がたくさんいるからー、タバサさんもいるかもー。行ってみようかなー。
中庭のテラスについたのどかはタバサを探してキョロキョロしていた。そして、求めていた人物を見つけると、近づいていった。そこには、燃えるような赤い髪をし、制服のブラウスのボタンを外し、胸元を大きく開けた褐色肌の女性がいた。のどかはその女性にやや気後れしながらもタバサにおずおずと話しかけた。
「あ、あのー。タバサさん、お、お隣いいですかー?」
「構わない」
「あら、タバサ、珍しいじゃない。あなたに人が寄ってくるなんて。服が違うけど、この子平民?」
「違う」
「そうよね〜、平民がこんなところに入れるわけないものね。それじゃあ何?」
「転校生」
「あ、なるほど。だから服が違うのねー。納得したわ。初めまして、あたしはキュルケ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。よろしくね」
「あ、はいー。私は宮崎のどかですー。よろしくお願いしますー、キュルケさん」
「ノドカね。それにしてもその服可愛いわねー。どこで買ったの? 教えてくれない?」
「これは私が通っていた学校の制服でしてー……」
「へぇ~、どこの国かしら? 留学生ってことよね?」
「え、えーっとぉ……私は東方の出身でして……て、天然のゲートに巻き込まれちゃってこっちに来ちゃったんですー」
「ウッソォ!? 東方ってどういうところなの!?」
「……初耳。私も気になる」
「やっぱりタバサも気になるのね! それでどういうところなの!?」
「飛行機という乗り物がありましてー……」
のどかがキュルケとタバサに日本のことや、麻帆良にある不思議ジュースの話をしていると、メイドがケーキを運んできてくれた。紅茶を淹れ、一礼して去ろうとしたところで、のどかが一声かけた。
「メイドさん、ありがとうございますー」
「えっ!? きっ、貴族様にお礼を言われるようなことはしていませんので! し、失礼いたします!」
のどかがお礼を言ったらまたメイドは逃げるようにして去っていった。そのことで、キュルケは驚いていた。
「のどか、あなたメイドにお礼を言うなんてどうかしてるわ。メイドが給仕するのは当然のことなのに……」
「ふぇ? あっ、そうですよね。私の国では違ったのでー」
「え? どういう風なの?」
「ここではあまり言えないですけど、貴族制はほとんどなくなっています。あまり身分の違いはありませんしー……」
「信じられないわ。東方は進んでいるのか、遅れているんだかわからないわね」
「同感」
少し経つと、三人から少し離れた場所が騒がしくなってきていた。キュルケは野次馬よろしくそこに行こうと言い、無理やりタバサとのどかを引きずっていった。その中心ではチャラそうな男と、のどかの世界の格好をした(青いパーカー)を着た青年が言い合っていた。最終的に、決闘ということに落ち着いた。その発端となったメイドは顔面蒼白になって、青いパーカーを着た青年にあなた、殺されちゃうと言ってどこかに走り去っていった。その後、桃色がかったブロンドの長髪の少女が青年に掴みかかっていた。のどかが疑問に思っていると、キュルケが説明してくれた。
「ああ、ノドカは知らなかったわね。あの男の子、サイトって言うんだけど……あのちっちゃい女、ルイズね。ルイズの使い魔なのよ。普通は人間が使い魔になるなんてありえないことなんだけどねー」
「へぇー、そんなこともあるんですねー。もしかしたら、私のせか……じゃなくってー、国の人かもしれませんねー」
「そうね、ちょっとルイズをからかってやろうかしらー」
キュルケがルイズ――先程の少女に話しかけると、さっきから真っ赤だった顔が更に赤くなり、今にもキュルケに飛びかかりそうな様子になっていた。
「悪趣味」
「あ、あはは。ほ、本当にそうですねー」
なんだか、
のどかが級友を思い出しているとタバサに服を引っ張られていた。
「タバサさん、どうしたんですかー?」
「私が文字教える」
「本当ですかー? ありがとうございますー!」
「だから、私もあなたの土地の文字を教えてほしい」
「? 構いませんけど、どうしてですかー?」
「あなたが持ってきた本を読みたい」
なぜタバサがのどかが文字の読み書きができないと知っていたのかは、キュルケと喋っている時にのどかが自分で言ったからである。普通は言語ができないのでは? という質問がタバサからあったが、それをぼかして答えたあと、のどかは本が好きだ、と答えた。そして、のどかの
タバサは自分の目的を話すとき、ほんのりと顔を赤くしてのどかを見つめていた。のどかもニコッと笑っていた。
「タバサさんもやっぱり本が好きなんですねー」
のどかは笑顔のままタバサに話しかける。タバサは気恥ずかしくなったのか目を逸らして頷いた。のどかはその様子を見て、夕映を思いだし、嬉しくなっていた。
やっぱり、タバサさんって夕映に似てるんだよねー。夕映、会いに行けなくてゴメンね。きっと心配かけちゃってるけど、私は大丈夫だからね。まだ帰れないけど、絶対に帰る方法を見つけて帰るからね。
その後、キュルケが戻ってきて、今度は決闘の場所へと連行され、決闘を見届けることになった。
今回は決闘の直前までです。
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