恥ずかしがり屋の司書の異世界譚   作:黒蒼嵐華

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22時間目

 土が盛り上がった後にポコッと出てきたのは、でかいモグラだった。才人はそのでかいモグラに見覚えがあった。ギーシュの使い魔であるヴェルダンデである。

 

「ヴェルダンデ……? どうしてここに」

 

 才人が疑問を口に出したあと、ヴェルダンデはルイズに飛びかかっていた。鼻をしきりに鳴らしながら、ルイズを舐めまわすように鼻の先で小突いている。才人は何してんだ、とモグラを止めようとしたが、どうにも体力がない。のどかはヴェルダンデの行動をただ見ているだけしかできなかったようだ。モグラが開けた穴から人影が現れた。ギーシュの使い魔であるならばその影は当然ギーシュだ。

 

「コラ! ヴェルダンデ! どこまで穴を掘るつもりだね! 別にいいけど!」

 

 ギーシュは才人とのどか、横たわっているルイズを見たあと、とぼけた声で言う。

 

「君たち、こんなところにいたのかね。」

「おまえこそ! なんでこんなところにいるんだよ!」

 

 才人は怒鳴った。ギーシュはそんなことは意に介さず、自分の髪の毛をいじりながら答える。

 

「いや、なに。華麗に盗賊どもを追っ払ったあとで、君たちをすぐに追いかけたのさ。そして、ヴェルダンデがここまで導いてくれた、というわけさ。この任務は姫殿下の名誉がかかっているからね。ところで、ミヤザキくんがやけに疲弊しているようだが、大丈夫なのかね?」

 

 ギーシュは才人に軽く答えたあと、のどかの様子が普段よりも疲弊していることに気づき、気遣った。この辺りはさすがに紳士的である。

 

「大丈夫、ですよー。大したことないですからー」

 

 のどかはそう言うが今にも倒れそうな状態だった。

 

「あら、ノドカ派手にやられたわねー」

「キュルケさん……」

 

 今度は穴からキュルケの姿が現れた。キュルケは穴の外に出たあと、顔をハンカチで拭いていた。土埃で汚れているのが気になるだろう。そうしながら、キュルケは先程のギーシュの言葉を訂正する。

 

「ギーシュ、盗賊を倒したのはあたしとタバサのコンビネーションのおかげでしょ~。だいたいあんたがやったことなんて、酔っ払って鍋持ってきただけじゃないの」

「なっ、何を言うのかね! 女神の杵を出た後は役に立っただろう!」

「ええ、盗賊のいい的になってたわー。ついでにあたしの」

「そうだ! 君の魔法は危なっかしい! もっとちゃんと狙いたまえ! 僕とワルキューレが前線で頑張っているというのに君は……」

 

 ギーシュの小言は聞き飽きたようで、キュルケはタバサのシルフィードに乗ってきたことをのどかたちに伝えた。

 

「なるほどな。それでここまで来たってことか。ってちょっと待て! そんなこと言ってる場合じゃないんだ!」

「どうしたんだね?」

「て、敵だ! 敵がすぐそこまで来ているんだよ! 早く逃げるぞ!」

「逃げるって……任務は? ワルド子爵は?」

「ワルドさんは、敵でした。手紙も手に入れましたー」

「そういうこと、後は帰るだけだ!」

 

 その時に竜の雄叫びが聞こえ、洞窟全体が揺れるような地響きが起こった。これは大量の歩兵が攻め込んでいるのだろう。その音が止まった。その後のどかたちがいた建物の前方が崩れ始めた。それを見聞きしたキュルケとギーシュが慌てている。しかし、のどかと才人は何が起こったかわかっていた。2人は呟くように話し始める。

 

「ウェールズ皇太子だ。敵を食い止めるって、会うのも最後だって言ってた。きっとあの人がここが崩れない程度に建物を壊す仕掛けをしたんだ。そしたらここにいる俺たちは助かるかもしれないから」

「そう、ですね。私たちは助かっても……。一緒に逃げられたらって思ったんですけど……国に殉じるんですね」

 

 のどかは顔を伏せた。才人はのどか以上に深い悲しみや怒りを覚えたらしく、拳を強く握り、震えていた。そんな才人やのどかにギーシュとキュルケは声をかけられずにいた。しかし、のどかが才人の肩に手を置いた。才人が振り向くと、のどかは一筋の涙を伝わせながら、帰りましょうと悔しそうな顔で言った。

 

「ああ」

 

 才人は頷いた。のどかの思いを察しながら。隣に寝ているルイズをお姫様抱っこしたところでギーシュが穴の近くで2人を呼ぶ。

 

「おーい! 何をしているんだね、早く逃げるのだろう?」

 

 ギーシュは先程までの2人ならば声をかけるのを戸惑ったのだが、のどかはいつもののどかに、才人はいつもの才人に戻ってことを察して2人に声をかけた。そうしてのどかたちは脱出し、シルフィードの背中にキャッチされ、アルビオンの大地から少し離れたところ、爆音が聞こえた。空間の音が一瞬消えたと思わせるような音。それはウェールズが塞いでくれた場所が壊された音なのか、硫黄を乗せた船が爆発した音かはわからない。才人はウェールズたちに黙祷を捧げ、大切なものを守りぬくことを心に決めていた。

 シルフィードの背中に乗ったのどかたちは、トリステインの王宮に向かっていた。アルビオンが敵の手に落ちたことを一刻も早く報告するためだ。その道中、ウェールズにもらった秘薬をのどかと才人は使って傷を癒していた。才人は自分でやり、のどかはタバサにやってもらっていた。

 

「染みる」

「ひゃっ、冷たっ! これが、水の秘薬なんですねー。なんだかすごく気持ちがいいですねー」

「ノドカ、それ高いのよー。だからちょっと経てば傷の痕もなくなるわ」

 

 のどかがキュルケから色々なことを教わっていると、タバサがまた秘薬を塗り始める。新しく塗られるたびにのどかは軽く悲鳴のような艶のある声をあげる。タバサは表情こそ変わっていないものの、実に楽しそうにしている。

 

「た、タバサ、や、やめっ!」

 

 のどかの息が絶え絶えになったところでようやくタバサは手を止めた。

 

「終わり」

「ふぅ、ふぅ、あ、ありがとー」

 

 のどかはタバサに笑顔を向け、起き上がろうとしたところで、タバサに頭を抑えられてしまう。何度起き上がろうとしても、タバサも同じことを繰り返していた。

 

「……ここでこうしてればいいの?」

 

 タバサは返事はしなかったが、コクっと頷いた。のどかも観念したようで、そのまま目を閉じた。その後ろでは、才人がルイズに口づけをしているのだった。ギーシュは悲しいかな、一人でヴェルダンデの心配をしていた。

 

ところ変わって、才人に腕を切られたワルドが治療をしていた。近くには誰もおらず、自分で手当をしているようだ。

 

「ウェールズを討ち取ったという報告は来た。しかし、ウェールズが礼拝堂を崩したというのも気になる。爆発させた先には誰も、何もいなかったという。僕が直々に見聞する必要があるな。ミヤザキノドカ、やつは危険だ。この『レコンキスタ』にとって障害となるのは明白。そして、戦闘中に口にしたアラアルバ、それがやつの所属する組織と見ていいだろう。しかし、あの本に仕掛けがあったとして、どうしてだ。やつは常に僕の動きを先読みし、最良な選択肢をとっていた。分からないことだらけだな。あの女ならば、あの状況からも逃げただろう。今度は油断などしないで、偏在で一気に潰す」

 

 ワルドは一人、危険因子となったのどかを抹殺する手段を講じるのであった。そして、のどかの存在によって、三つの目的の一つも果たせなかったことをある男に報告するために、傷を癒し準備を整えた。そのようなことが起こっているなどのどかは知る由もなかったが……。

 




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