恥ずかしがり屋の司書の異世界譚   作:黒蒼嵐華

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ギーシュを活躍させるつもりだったのに……うまくいかないなぁ……


16時間目

 才人は最初の作戦通りバルコニーで月を眺めていた。これはのどかの作戦の第一歩である。

 

「サイト」

 

 ルイズが声をかける。才人が振り向くと、ルイズが腕を組んで、才人を睨みつけていた。

 

「負けたくらいで何よ、感傷的にならないでよね」

「……もうなってねえよ」

 

 才人のその言葉は真実であったが、語気を強めて言ったので、ルイズの目には才人が強がっているように映った。これはのどかの作戦で、才人が少し不機嫌を思わせるような態度を取れば、ワルドがより油断しやすいだろうと思ってのことである。

 

「強がっても無駄よ、わかるんだから。私はあんたのご主人様なんだからね」

「別に強がってねえよ。ただ、少し地球のことを思い出していたんだ」

「悪かったとは思ってるわよ」

 

 ルイズはさすがにバツが悪そうに言った。

 

「でも、犬扱いじゃないか」

「仕方ないじゃない、私は貴族であんたは平民なんだから」

「のどかとは態度違うじゃないか」

「それは」

「それは俺が使い魔だからか? 使い魔の俺がいなくてもワルドみたいな強い奴がいるから、俺が本当に必要なのかわからなくなって、地球に帰りたい、日本に帰りたいって思っていたんだ」

「ワルドは今関係ないじゃない。やっぱり負けたこと気にしてるんじゃない。それと……ゴメン。こんなところに呼び出しちゃって」

「もういいよ。本当に1人だったらずっと悩んでいたかもしれないけど、のどかがいるからまだマシだって思えるしな」

 

 ルイズは才人が本当に落ち込んでいないことを理解した。才人と話しているうちにわかったのである。

 

「……そう、本当に大丈夫そうね。ノドカにお礼言わなくっちゃ。うちの馬鹿な使い魔を元気づけてくれてありがとうって」

「なんでのどかが励ましてくれたってわかったんだ?」

「顔を見ればわかるわよ。第一、ノドカじゃないとサイトを励ますなんてこと出来ないでしょう? 同じチキュウ? 出身なんだから」

「そういうことか、なるほどな(よし、ここまでは順調だな)」

 

 才人は内心でガッツポーズを取った。のどかの最初の作戦はルイズと仲直りである。恐らく、ワルドはルイズと才人の関係をギクシャクさせることで、自分に振り向かせようとしていたの。そのため、グリフォンなどを使って散々アピールしていた。もちろんこれは、才人の主観である。そこで、のどかはワルドの作戦の根本をまず崩すことをしたのだ。単純にルイズと才人の仲が悪いとのどかも居心地が悪いからという理由も含まれているのだが。

 

「ルイズ、悪かったな。その、心配かけて、さ」

 

 これも才人の本心である。才人はのどかに正直に自分の思ったことを告げるように言っていた。才人は少しためらったが、了承した。ルイズに自分の気持ちを話すのは少し気恥ずかしかったらしい。勇気を出して、なんとか謝ることができた才人は晴れやかな気分になっていた。

 

「な、何よ、急に。気持ち悪いわよ」

「なっ、せっかく人が勇気を出して謝ったのによ! なんだよそれは!」

「ビックリするわよ! いつもならもっと反抗的というか躾のなっていない犬みたいに吠えてくるのに……熱でもあるんじゃないの?」

 

 ルイズは才人がいつもとは違う様子だったのに、驚いたが、その後すぐに才人がいつもの調子に戻ったので、自然と笑顔になっていた。それは才人も同じようで、ルイズと一緒に笑っていた。

 

「まあいいわ、そろそろ下に降りましょう。ゴメンね」

 

 ルイズの最後の言葉は小さく呟くようなものだったので、才人は最初の言葉しか聞き取れなかったようである

 

「ああ、そうするか」

 

 バルコニーから一階の食堂に降りる階段でルイズは急に立ち止まった。才人はどうしたのかとルイズに声をかける。

 

「ルイズ、どうした?」

 

 ルイズは俯いたまま、才人に話し始めた。

 

「ゴメン、サイト。私、ワルドと結婚するわ」

 

 才人は驚いた。ルイズがワルドと結婚するという告白にではなく、のどかの予想が当たっていたことに対してである。

 

「なっ! マジ、かよ(ウソだろ、のどかは婚約者の立場を利用して、ルイズさんを手に入れるつもりかもしれません、って言ってたけど……マジで当たっているなんてな。のどかって名探偵の孫とか、高校生探偵だったりはしないよな……?)」

 

 ルイズは本当に申し訳なさそうに謝る。

 

「ルイズ…………」

 

 才人とルイズはそれっきり喋らずに食堂まで降りていった。ルイズが喋ろうとしなかったのである。そして、才人とルイズが食堂で飲んでいるワルドとギーシュを見つけて近づいていった。そこにはのどかやタバサ、キュルケもいた。つまり、全員集合である。ルイズはワルドに呼ばれて、才人を一瞥しワルドの所に行く。才人はのどかに近づいていく。

 

「あら、ダーリン。あたしに会いに来てくれたのー? 嬉しいわー、昨日の続き、する?」

「しない。それより、俺はのどかに用があるんだ。悪い、タバサ。ちょっといいか?」

「あら、冷たいのね」

 

 キュルケが情熱的に才人に話しかけてきたが、才人はキュルケに目もくれず、のどかの上に座って、皿に収まりきらないくらいの量の料理を食べているタバサに話しかける。

 

「……」

 

 タバサは少しの間無言だったが、才人が今はやましいことを考えているわけではない、とわかったらしい。

 

「構わない」

 

 と言った。そして、のどかの上から降りた。のどかはタバサにお礼を言いつつ、才人と少し別のところに移動しようとした。そこで、酔っ払っている貴族に絡まれた。

 

「こらー、サイトー。ミヤザキくんとどこにいくつもりなんだねー。ゆるさんぞー」

 

 ギーシュであった。ギーシュは先程まで、ワルドと飲んでいたので、顔を紅潮させ、しゃっくりをしながら才人とのどかに近づいてきた。

 

「ギーシュ……スマン」

 

 そう言うと才人はギーシュの腹を殴り、ギーシュはくぐもった声を出して、床に倒れた。しかし、倒れたギーシュの顔はなぜか幸せそうであった。

 

「こいつMなんじゃ……」

 

 才人の中で、ギーシュはM認定されかけているのであった。ワルドから離れたところで、才人はのどかに作戦の状況を話し始めた。

 

「のどか、とりあえずルイズとは仲直りできた、と思う。それと、ルイズがワルドと結婚するって言ってた。多分ここまではのどかの推測通りだ。次はここが襲われるんだっけ?」

「確証はないですけどね……それと、たまたま当たっていただけですから。あまり全部信じない方がいいです。全て上手くいくなんてことはないんですから。それと、ルイズさんはワルドさんと結婚することに対して引け目を感じているはずです。特に、才人さんと仲直りできた、ならですけど……」

「わかってるって。でも、ここまで当たってるとのどかは預言者なんじゃないかな、って思っちまうよ」

「か、買い被りすぎですよー。ここからが本番です、気をつけてくださいね」

 

 才人はのどかのことを全面的に信頼しているようである。のどかも才人に結構心を許しているようであった。

 

「そういえば、なんでここが襲われるなんて思ったんだ?」

 

 才人の疑問は一度のどかが説明したことなのだが、それ以上に才人には大事なことがたくさんあったので、覚えていないのも無理はないな、と思ってもう一度説明を始めた。

 

「これも確証があるわけないじゃないです。でも、最初私が他の宿に変えよう、と提案した時に、頑なにこの宿に止まらなければならない理由があったように話していたので、少し気になっていたんです。その時はほんの少しシコリが残った程度だったんですけど、もし本当に敵だとするならば、私たちを分断しようと考えているはずです。本来は才人さんとギーシュさんをこの宿に縛り付ける予定だったんだと思います」

「どうして敵が襲ってきたら俺とギーシュがここに残ることになるんだ?」

 

 才人の疑問にのどかは答える。

 

「それは、親書を届けたりだとか、それを持ち帰ったりだとか、そういう命の危険が伴う任務は半分近くがたどり着けば成功とされるんです。つまり、ルイズさんとワルドさんの2人で任務を達成しようと考えたはずですから」

「でも、のどかたちが来たから、俺がルイズたちにくっついていけるってわけか。つまり、ここを襲撃させることは俺たちの分断が目的ってわけだな。あれ? 俺一回これ聞いたよな?」

 

 才人はこの理由を聞くのは二回目じゃないか、と思ったらしく、のどかに聞いてみた。

 

「そうですね。でも、他に大切なことがいっぱいありますからー。忘れてても仕方ないと思います」

「なんか、悪いな。でも、のどかと別れてからのことは、理由も全部頭に入ってるから大丈夫だぜ」

「はい、お願いします。私もすぐに追いつけるように頑張りますから」

 

 のどかと才人が戻ってきたところで、玄関から傭兵が現れたのだ。ギーシュはそのことで飛び起き、酔いも一気に冷めたようで、急に慌てだした。そんなギーシュをタバサが引っ張って、物陰に引き込んだ。ワルドはルイズを抱き寄せて、タバサたちと同じところに隠れた。

 

「まさか、本当に敵が来るとは……済まない、見通しが甘かったようだ」

「仕方ない」

 

 ワルドが一言全員に謝るとタバサが一番早く言葉を返した。どうやってこの状況を切り抜けるか考えているようだ。全員が隠れている場所に、のどかと才人が滑り込んできた。何とか矢をやり過ごしてきたようである。

 

「参ったな。この間の連中はただの物盗りじゃなかったらしい。手練の傭兵と見ていいだろう」

 

 ワルドの言葉にキュルケは頷いた。ギーシュが『ワルキューレ』で戦おうとしたが、それはキュルケとワルドによって止められた。

 

「いいか、諸君。このような任務は」

「半分がたどり着けば成功、だろ?」

 

 ワルドが言おうとしたことを才人が続けた。先程ののどかの言葉をそのまま言っただけである。

 

「そ、その通りだ。問題は誰を選出するか、だが」

 

 タバサはすぐに自分と、ギーシュ、キュルケを指して、囮、と言った。ワルドはそれに対し時間は、と聞いた。今すぐ、とタバサが答える。そして、タバサはのどかを見た。のどかもここに残るつもりだったことに気づいたらしい。

 

「行って、あなたの力が必要になるはず」

 

 タバサの言葉は確信に満ちていた。

 

「タバサ、ありがとう。絶対に失敗しないよ」

 

 タバサはのどかが何やら作戦を立てていることに気づいていたのだ。恐らく先程の才人の表情で読み取ったのだろう。実際それがなければ、のどかにもこの場に残ってもらうつもりだったのである。のどかもタバサの意図をすぐに察したのか、タバサにお礼を言って、すぐに動く準備をした。ルイズは急なことにまだ戸惑っているようだった。

 

「さあ、行くぞ。援護を頼む」

 

 ワルドがそう言うと、タバサはコクりと頷いた。そして、裏口に回るために、4人は矢の雨が降り注ぐ中に身を晒した。のどかとルイズ、才人は反射的に目を瞑ったが、矢が届くことはなかった。タバサの『風』の魔法のおかげである。

 

「タバサ、ありがとー。気をつけてねー!」

 

 のどかの言葉にタバサは杖を掲げて答えた。そして、囮役の3人と、任務遂行組の3人に別れるのであった。

 

「大丈夫なの? あの傭兵たちって結構強いんでしょう?」

 

 ルイズは慌てた様子だった。

 

「わからない。もしかしたら3人とも命を落とすかもしれない」

 

 ワルドは悔しそうに言う。その言葉にルイズは驚きを隠せなかった。グリフォン隊の隊長であるワルドがわからない、というのだ。相当危ないのではないか、と思ってしまうのは当然だろう。

 

「ルイズ、心配するなよ。大丈夫だ、だってタバサとキュルケがいるんだぜ? ギーシュはイマイチだけどさ」

「サイト……そうね、あのツェルプストーが簡単に負けるはずないわ! 大丈夫に決まってるわ……」

 

 ルイズは自分の天敵であるキュルケが簡単にやられるはずがない、と自分を鼓舞しているようであった。

 

「ルイズさん、大丈夫です。才人さんの言うとおり、タバサだっているんですから。あの2人が負けるようなことはそうそうないと思います」

「ノドカ、ありがと」

 

 4人が夜の街を走っている間、残された3人は傭兵と相対していた。

 

「ギーシュ、厨房から油の入った鍋を持ってきてちょうだい」

「油の入った鍋? そんなものでいいのかい? わかった、持ってくるよ」

 

 そう言うと、ギーシュは厨房にあった油鍋を持ってきた。その間、キュルケは手鏡を取り出し、メイクを始めていた。

 

「持ってきたけど、って君はこんな時にまで化粧か。何をやっているんだ」

「あら、今からパーティーだって言うのに主役がメイクもなしじゃもったいないでしょ? 輝かなくっちゃね。ギーシュ、その鍋を向こうに投げなさい」

「投げろだって? 重いんだぞ、これ。だけど、それくらいなら僕にだって出来る! やってやるさ」

 

 ギーシュは雄叫びと共に、鍋を投げた。そうすると、キュルケが立ち上がり、杖を掲げた。そして、油に自慢の火の魔法を使って引火させた。遠くにいた弓部隊は無事だったようだが、制圧するために中に入ってきていた歩兵には、効果抜群だった。たまらずに逃げ出していった。そして、いつの間にか弓が止んでいることに制圧部隊は気づいていなかった。火で焦ったわけではない。裏口から出たタバサに制圧されたのである。タバサの動きは迅速であった。それはなぜか。『瞬動』のおかげである。タバサはのどかと『瞬動』の練習をしていた。それを今回初めて実戦に用いたのである。弓を掻い潜って、裏口にたどり着くためには、10メイルの距離を移動しなければならなかった。タバサは着地を失敗してもいいから、敵部隊に気づかれずに、裏口まで行くために、全力で『瞬動』を行ったのだ。結果は成功。そして、シルフィードに乗り、弓部隊の後ろから攻撃したのである。そして、火にたまらず出てきた制圧部隊も難なく倒してしまった。

 

「タバサ、お疲れ。さすがね」

「君たちだけこの作戦を知っていたのか!? いつ立てたんだ!?」

「あんたが鍋を取りに行ってる時よ。その場にいないのが悪いんじゃない」

「君が命令したんだろう!? うう、あんまりだ……」

 

 ギーシュがうなだれているとタバサはシルフィードに跨っていた。

 

「追う、乗って」

「そうね、行くとしましょうか」

 

 タバサとキュルケが今すぐにでも4人を追いかけようとしていたので、ギーシュはシルフィードの上に渋々乗った。そして、どこから現れたのか分からないが、ギーシュの使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンデも一緒に上空へと飛び立つのであった。ちなみに、ヴェルダンデはシルフィードにくわえられている。

 

「さすがに、疲れたわね。でも、泣き言を言っていられないのも事実よね。とりあえずダーリンたちに合流しないと。もう船は出ちゃってるだろうからシルフィードで先回りしましょうか」

 

 タバサはキュルケの案に賛成した。そして、シルフィードにそう命令して、アルビオンに向かうのであった。

 




ギーシュのやったことは酔っ払うと鍋を持ってくるの二つでした! こんなはずでは……

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