13時間目
ある夜のことである。のどかはタバサと修行をするために外に出ていた。タバサは魔法、のどかはエヴァンジェリンに習った合気柔術のおさらいをしている。のどかは相手がいないと投げることができないので、相手をイメージして組手をする。のどかがイメージするのはエヴァンジェリン……ではなく、エヴァンジェリンの魔法人形たちである。エヴァンジェリンとやっても相手にならないのが現実である。タバサはわざわざ魔法の修練場の予約をとって魔法の威力を確かめているようである。かなりの時間そうやっていると、タバサがペタンとその場に座った。
あれ? タバサ大丈夫かなー。もしかして怪我とかしちゃったのかもー。
「タバサどうしたのー?」
「魔力が切れた」
「そうだよね、結構長い時間だったしー、気づかなくってゴメンねー」
「構わない」
「部屋に戻ろっかー」
のどかはそう言って歩き始めたが、タバサがついてこない。どうしたのかと振り向くとタバサはのどかに両手を広げて
「おぶって」
と言った。
「あ、動けないんだよねー。ゴメンねー」
のどかはすぐにしゃがみ込み、タバサに背を向け、両手を後ろに差し出した。タバサはのどかの肩に掴まり、自分の太ももがのどかの手のひらに収まるように乗った。のどかはタバサが乗ったことを確認すると立ち上がって、寮の部屋に戻っていく。のどかにおんぶされているタバサは顔をのどかの肩に乗せ、心地よさそうにしている。
「感謝する」
「ううん、気にしないでー」
その帰り道、才人の悲鳴が聞こえたような気がしたがきっと気のせいだろう。
「タバサ、部屋ついたよー。私はお風呂入るけどー、どうする?」
「入る」
タバサは即答した。実は部屋を出る前に、のどかがお風呂を入れいていたことをタバサは見ていたのである。
「実はもう入れてあるんだー。明日も早いからすぐに入ろっかー」
タバサ、反応早くてビックリしちゃったー。でも、こんなに早く返事してくれるってことはお風呂気に入ってくれたんだよねー。ふふ、なんだか嬉しいなー。
のどかとタバサは脱衣所で服を脱ぐと、お風呂に入り、いつものように流しっこをしたりした。そして、いつもとはちょっと変わったことがあった。2人はいつも向き合って湯船に浸かっているのだが、タバサがあることを言ったので、いつもとは少し違ったようになったのである。その言葉とは、
「少し狭い」
である。そうすると、のどかは当然、湯船から出ようとする。タバサはそれを見越していたのである。
「出る必要はない」
タバサのその言葉は鋭さを持っていた。
「え? でも、狭いなら私が出たほうがいいんじゃないかなー」
のどかは困惑しているようであった。
「問題ない」
そういうとタバサはいつも2人が言葉の勉強をしている時のようにのどかの膝の上、今回は足の上に乗り、のどかの体に体重を預ける。
「これなら狭くない」
「う、うん。そ、そうだねー」
のどかが少し困惑した様子で答えるとタバサはのどかの方を向いて小首をかしげた。
「嫌?」
そんなことを言われて、のどかが嫌と言えるはずもなく、むしろ笑顔で返した。
「そんなことないよー。のぼせてきたら言ってねー」
「わかった」
結局タバサがのぼせるまで、2人はそのまま話していたのであった。
「タバサー、大丈夫? のぼせてきたら教えてって言ったのにー」
「すまない」
「でも、よかったー。急にお風呂に沈んちゃったときはどうしようかと思ったよー。今度からはちゃんと言ってね」
「善処する」
「じゃあ電気消すねー。お休み、タバサ」
「お休み……のどか」
タバサの名前を呼ぶ声は小さすぎて、のどかの耳には届かなかった。
同日、同時刻。とある監獄でのことである。
「お、ノドカとタバサから手紙が来てるじゃない。いやー、こんなところでもあの子達の手紙は励みになるわねー」
マチルダが声を出しても誰も迷惑はしない。ここはマチルダ1人しかいないからだ。誰かが来ることは滅多にない。食事を運んでくるときくらいしか人がやってこない。しかし、その日は違った。一段一段階段を降りてくる音が響いてくる。石段特有のカツン、カツンという音だ。マチルダがそこで見たのは意外な人物だった。そして、その人物はマチルダを脱獄させる代わりに自分たちの味方になれ、と言い、その内容にマチルダは少し悩んだが、自分の本名を出されたところで、渋々その提案を受け入れ、その日、土くれのフーケは牢獄から姿を消した。
次の日、のどかたちは教室でありえない光景を目にした。才人が犬の真似をしているのだ。そして、ルイズがムチを持って、才人をしつけているのである。
「キャン! キャン!」
「ほら、ご主人様に挨拶をしなさい!」
「く、クゥ~ン」
のどかは思考停止し、タバサはそれをジッと見つめている。我に返ったのどかはタバサが見えないように手で目を覆い隠し、自分たちの席まで移動した。
「た、タバサー。今日は日本語の勉強しよー」
「わかった」
「実はねー、一昨日に図書室でテキストとか作ってみたんだー」
のどかは現実逃避するように、タバサに日本語を教え始めた。それもそうだろう、昨日まで普通に接していた友人たちがおかしな大人の階段を登っていたのだ。しかも、一晩である。何があったのかは分からないが、機能の悲鳴が原因だということは明白である。
「じゃあ、このテキストの説明するねー。このテキストは……」
のどかが友人たちから目を背け、タバサと2人だけの世界に逃げ込んでいると、チャイムが鳴った。さすがに、チャイムが鳴ったあとはルイズたちも犬の真似事はやめたようで、おとなしく席についていた。才人はなぜかお座りの格好ではあったが……タバサはそんな才人を見て、誰にも気づかれないようにニヤッとしている。それに意味があるのかは分からないのだが……入ってきた教師はギトーだった。ギトーはまた最強の属性について話し始め、風が最強だと力説していた。それに異を唱えたのはギトーに当てられたキュルケであった。
「いいかね? 君の全力で私に魔法を放ちたまえ」
「へぇ……よっぽど自身がお有りなのですね。では遠慮なくいかせてもらいますわ。『ファイヤーボール』!」
キュルケが放った『ファイヤーボール』はいつもより大きかった。ギトーに散々馬鹿にされたのだ。キュルケが怒るのも当然である。それでもギトーは慌てる素振りも見せず、杖を取り出して一閃した。そうすると、突風が巻き起こり、『ファイヤーボール』をかき消しただけでなく、キュルケを吹き飛ばした。幸いキュルケが壁にぶつかる前にタバサが受け止めていたので、特に大事には至らなかった。
「どうだね、諸君。『風』が如何に強いかが分かっただろう。『火』をかき消し、『水』を吹き飛ばし、『土』すらも破壊する。おそらくだが、『虚無』をも吹き飛ばしてしまうだろうね。まあ試すことはできないがね」
ギトーは生徒たちが感心したのを見て、機嫌を良くしたのか、更に饒舌になっていく。
「では、君たちに『風』が最強たる所以を教えよう。それは」
ギトーは杖に魔力をみなぎらる。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
低く、そして重く詠唱する。杖が輝きを放ち始めた、その時だった。教室の扉が開かれ、コルベールが入ってきた。頭には来客用のカツラをかぶっている。金髪のロールした変なカツラである。のどかと会いたいした時は普通の黒髪のカツラだったのだが、どうしてこうなった。おしゃれのつもりなのだろうが、恐ろしいくらい似合っていない。しかも、急にこしらえたためか、動くたびにズルズルと落ちていく。
「ミスタ、何の用ですかな」
「あやや、すいません」
ギトーはコルベールを睨みつけ、短く言った。
「授業中ですよ」
「それなのですが、今日の授業はすべて中止です!」
コルベールのその言葉に生徒たちが歓喜した。そして、コルベールはなぜ中止になったのか話そうとしたところで、頭に乗せていたカツラがずり落ちた。教室は笑いに包まれなかった。急なことで、全員固まったのだ。
「滑りやすい」
タバサが杖でコルベールの頭を指して言うと、今度こそ笑いに包まれた。それに激怒したコルベールの剣幕に一瞬で静かになり、コルベールはなぜ授業が中止になったのかを話し始めた。その理由とは、ゲルマニアの訪問の帰りに、アンリエッタ姫殿下が立ち寄るとのことである。したがって、粗相があってはいけないということで、授業中止になり、式典の準備をする、ということであった。生徒たちは姫殿下を一目見ようと、すぐに教室を出ていった。タバサは授業がなくなったなら部屋で勉強しようと言って、のどかを連れて行った。
お姫様を一目見たかったんだけどなー。明日菜さんはお姫様っていう感じじゃなかったしー、テオドラさんもラカンさんと一緒だとなんだか違ったしー……もしかして、お姫様ってどこの世界でもオテンバなのかもー。
のどかはタバサに引きずられるようにして、部屋に戻り、勉強を始めた。
「この単語にはこういう意味があってねー……」
のどかがずっとタバサに説明をして、タバサはそれを日本語で書きとっている。のどかの渡したテキストは書き込み式になっており、書きながら説明を聞くことで、頭にスッと入るだろうというのどかのアイディアであった。時折休憩を挟みつつ、夜まで2人は時間を潰した。その日は特にやることもなかったので、床につくのであった。その日の夜にのどかの評価が高まっていることなど知らず……
ところ変わってここはルイズたちの部屋である。ルイズと才人の部屋にはある人がいた。それは、アンリエッタ姫殿下その人である。才人はアンリエッタとルイズの芝居がかった話をボーッとしながら見ていた。
「ルイズ、友情を確かめ合ってるところ悪いんだけどさ、アルビオンって戦争やってるところなんだろ? もしかして俺も行くのか?」
才人はのどかに言われたことを思い出しながら、ルイズに聞いた。その表情は先程までのボケっとした表情ではなく、何か覚悟を決めた、そんな表情だった。
「当たり前でしょ。剣も買ってあげたでしょ」
ルイズはさも当然といった様子で才人に言葉を返す。
「そうか……やっぱりか(のどか、やっぱりお前の言ってたことは当たってたみたいだ。俺戦争に行くみたいだ。やっぱり俺はルイズを守るためにこっちにきたのかもしれないんだな。ルイズだけじゃない、いつかはのどかも守れるような存在になってみせるさ)」
才人がそれだけ言って黙り込んでしまったので、ルイズは不満なのかと聞いた。しかし、才人の答えは予想だにしていないものだった。
「不満? そうじゃない、俺はいよいよかって、思っただけだ。のどかに言われたんだよ。もしかしたら俺はこの世界の英雄になるために来たんじゃないのかってさ。それでのどかが言ったのが戦争で勝利することだった。聞いてると今回はそういうのじゃないみたいだけどさ、それでもやっぱりのどかの言ってたこと当たってたんじゃないかって思ってた。それだけだ」
才人のいつもと違う様子にルイズは戸惑った。いつもはくだらないことしか考えていないようなのに、今回はそうではなかったから余計に驚いていたのだ。それはアンリエッタも同じようで、目を丸くしている。
「あの、そのノドカという方は?」
アンリエッタは才人ではなく、ルイズに尋ねた。
「ノドカは私の友人です。実はフーケを捕まえられたのはノドカの力があったからなんです」
ルイズは誇るように言った。才人もその意見に同意していた。なにせ二回もゴーレムから助けられたのだ。本当に感謝してもしきれないほどのことであった。
「まあ、そんな方がいらっしゃるのですか? 是非ルイズを守ってほしいのですが……」
才人はルイズを守るのは自分の役目だと思っていたので、アンリエッタのその言葉に少しムッときた。
「姫様、ルイズは俺が守ります。多分身体能力ならのどか以上はありますし」
「あら、そうなの? じゃあお願いするわね。ルイズの頼もしい使い魔さん」
そう言うと、アンリエッタは才人に手を差し出した。それを見たルイズは慌ててアンリエッタを止める。
「ひ、姫様!? こんな使い魔なんかにお手をお許しになるなんて!」
「いいのよ、ルイズ。この使い魔さんはあなたを守るって自分から言ったんですよ。普通そんなこと言えるものではないわ。本当はそのノドカさんにもお会いしたいのだけど……まあ居ないのなら仕方ないですわね」
このあと、才人によってアンリエッタの唇が奪われたり、ギーシュが乱入してきたりするのだが、そこは割愛させていただく。詳しくは原作を読んでね!
次の日のどかが目を覚ますと体が重く、起き上がれないので、布団をめくってみると、タバサがのどかの上に乗って眠っていた。まだ目を覚ます様子はなく、スースーと眠っている。のどかはまあいいか、と思ってそのまま二度寝しようとしたところで、扉がノックされた。のどかは何とかタバサを起こさないように引き剥がし、扉を開けると、そこにいたのは、シュヴルーズだった。
「ミス・ミヤザキ。オールド・オスマンがあなたを呼んでいます。支度をしてすぐに、学院長室へ行ってください」
「わ、わかりましたー」
オスマンさんが私に用事? なんだろー。
「どこ行くの?」
のどかが部屋で着替えていると、タバサが目を覚まし、のどかに問いかける。
「オスマンさんに呼ばれたから、学院長室だよー」
「私も行く」
そこからのタバサの行動は速かった。のどかが作っておいた朝食をすぐに平らげ、制服に着替え終えたのである。所要時間なんと約2分。驚異的な速さ、のどかが待っていたのはたったの1分くらいであるから驚きである。
「は、速いねー。じゃあ行こっかー」
タバサはこくりと頷いて、のどかの後ろをひよこのようについて行くのであった。
今日はデジモンで重大な発表がありましてちょっと舞い上がっていたらこんな時間になってしまいました。まさか高校生になった太一を描くとは……
感想お待ちしております!