「パパ!ここで食べたい」
「ん、わかった。それじゃ入るか」
「うん!」
王国に向かって帰る途中、食料も尽きてきたので、あの草原で起きてから計三つ目の町に立ち寄ることにした。
その翌日なのだが、最近ゆっくりできる暇もなかったので、今日一日はこの町で休むことにした。
今はルリと一緒に街の観光に繰り出している。
キューブも一緒に行こうと誘ったのだが、
「私は足りないものを仕入れておきますので、旦那様はお嬢様よゆっくりなさってください」
と言われてしまった。
あれも、執事としての義務みたいに捉えているのだろうか?
カランカラン
「いらっしゃいませ!」
今は十二時になったくらいで、丁度腹も減ってきたので、どこかの店で昼を取ろうと、ルリに食べるところを決めてもらった。
「二人で」
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
入った店は、レストランというよりは喫茶店に近いような店だった。
昼時だからだろうが、客も結構な数が入っている。
「それでは、お決まりになったら声をお掛けください」
二人で案内された席に座ると、ウェイトレスの女性は他の客の対応に向かった。
「ルリ、この中から食べたいの選んで」
「……読めないよ、パパ」
「あー……」
最近分かったことであるが、ルリは文字を読むことが出来なかった。
自分の家に着いたら教えなきゃなぁ、と思いながら、自分の時のことを思い出す。
当然なのだが、この辺で使われる文字は日本語ではない。
なんだか小学生に戻った気分だと思いながら、書いたり読んだりして覚えたものだ。
「それじゃ、ルリ。パスタとサンドイッチ、それとオムライス。二つ選んでくれ」
「うーん……パスタとオムライス!」
「よし……すいません!」
自分で文字を読んで、ルリが今まで食べたことがあり、この店のメニューにあるものの中から、二つを選ばせた。
あとは、運ばれてきた後に、食べたい方を選ばせよう。
「パスタとオムライスで」
「かしこまりました」
ウェイトレスは俺の注文を受けると、厨房の方に入っていった。
「ねぇねぇ、パパ」
「どうした?」
俺の服を引っ張りながら、ルリは俺に呼びかける。
「パパが昨日話してくれた子のこと、教えて!」
「えっと……あぁ、リーゼたちのことか」
昨日、王国に向けて歩き続けていたときに、少しだけ零した話だ。
ルリと同じくらいの年の子が、王国にいっぱいいると。
それと、その中でも、俺がよく話していた子がいると。
「まぁ、昨日言ったけど、俺がよく関わってた子が三人いるんだ。リーゼという女の子と、マリーという女の子。それと、クリスチーナという女の子だ」
「どうして女の子ばっかりなの?」
「いや、別に好きで女の子ばかりになったわけじゃないけど」
よくわからないところを、ルリに突っ込まれた。
「その中でも、リーゼって子は、ほぼ毎日会っていたんだ。それは、修行があったというのも理由の一つなんだけど」
師匠の修行は、別に毎日あったわけではなく、一週間に4回ほどであった。
でも、修行がない日でも、リーゼは大体俺の家に来たりして、少しでも時間を潰したりしていた。
ほかの子供たちが、リーゼを誘いに俺の家に来たりもしていた。
マリーやクリスとも、結構な頻度で会っていたけど、マリーは道具屋の手伝いがあったり、クリスは何かしらの稽古があったりと、リーゼに比べたら少ない。
「しゅぎょーって?」
「剣の練習だよ。そのリーゼのパパに、剣に関して習っていたんだ」
「へー」
師匠との訓練も、もう三年もやっていないのか……。
この旅の中でも、剣の練習は怠ってはいない。
それでも、やはり対人戦も学ぶためにも、師匠との訓練が少し恋しくなった。
「私、その子達と友達となれるかな?」
不安そうな顔をするルリに、俺は頭にポンと手を置いた。
「大丈夫。みんないい子だから、きっとすぐに友達になれるさ」
「……うん!」
リーゼたちも、しばらく会ってないから、変わっているんだろうなぁ……。
……というか、仮に俺のこと忘れてたらどうしよう。
マリーとクリスには、直接旅に出ることを言ってないし……(師匠に、アールさんと門番の人に言ってもらうようには頼んだけど)。
「お待たせしました。パスタとオムライスでございます」
そこそこの時間話していると、ウェイトレスが料理を運んできた。
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
料理と伝票を置いて、ウェイトレスは戻っていく。
「さて、それじゃ食べるか」
「うん!」
「ありがとうございましたー!」
食べ終わって俺たちは店を出た(ルリはオムライスを選んだ)。
「美味しかったね、パパ!」
「そうだな、ルリ」
ルリの言葉にうなずきながら、露店がある通りを歩く。
食品店や道具屋などが並んでいて、それぞれ呼び込みをしたりしている。
まだ少ししか過ごしていないが、この町は結構活気があると思う。
「そこの旦那!1つどうだい!?」
「……俺のことか?」
「あぁ!」
突如呼び止められ、呼びかけられた店を見る。
どうやらアクセサリーの店らしく、指輪やペンダント、腕輪などが並んでいる。
「少し見てくか?」
ルリに許可を取ると、元気に頷いたので、店の方に近づき、商品を見る。
シンプルなものから、すごい金がかかっていそうなやつもあるな。
……後者は絶対に買わない。デザインも好きじゃないし。
「どうだい。何か気になるものはあるかい?」
「そうだな……」
少し見ていくが、別に俺は欲しいものはない。
とすると、ルリが欲しいものはあるかどうかなのだが……。
「ルリ、欲しいものはあるか?」
「……いいの?」
「まぁ、一応試しに言ってみな」
「じゃあ……これとこれ!」
ルリが指したのを見ると、ペンダントだった。
それぞれ、深い青色の宝石が、欠けたような形でついている。
というか、この宝石って……。
「これって、もしかしてラピスラズリ?」
「旦那、よくわかるねぇ。その通りだよ」
まさか、自分の名前の宝石がついた物を選ぶとは……。
ある意味、恐ろしい子である。
ほかのものも見てみるが、どうやらラピスラズリのものはこれだけのようである。
「嬢ちゃん、お目が高いね。ラピスラズリのものはこれが最後の二つだよ」
褒められて嬉しいのか、ルリは笑顔だ。
「そういえばこれってさ、なんで欠けてんの?」
ほかは大体、ちゃんと削って形を整えているが、それぞれ面がすごく荒く作られている。
「旦那、これはこうするのさ」
店主は、手袋をした手で二つのペンダントを取り、宝石部分を組み合わせた。
すると、一つの宝石のように、きれいに組み合わさった。
「なるほどねぇ……ちなみに値段は?それぞれ個別だったりする?」
「いや、元からペアでの商品だから……このくらいだな」
提示された値段を見ると、少し厳しい値段である。
「もうちょっと安くならない?」
「うーん……」
少し渋い顔をする店主。
しかし……。
「おじさん、お願い!」
「……よし、これでどうだ!」
ルリが頼みこむと、2割引くらいした値段にしてくれた。
……ルリが、小悪魔に見えてきた。
「よし、買った!」
「えへへ♪」
ルリはペンダントを見て、嬉しそうな声を出した。
自分と、俺の首に、それぞれ掛けられた物を見て。
「そんなに嬉しいか?」
「うん!だって、パパとお揃いだもん♪」
つまりはそういうことである。
ルリは、俺と同じものをつけたくて、二つを指さしたようだった。
久々に高いものを買ったな、とは思うけど。
「~♪」
この笑顔が見れたから、よしとしておくか。
「パパ、抱っこして!」
「はいよ、っと」
突然出された要求に答えて、俺はルリを抱っこする。
まだ一ヶ月程度だけど、そろそろ二桁になるくらいの数はしていると思う。
これだけ甘えてくれるということは、懐いてくれているのか?
「パパぁ……♪」
頬を、俺の胸に擦り付けられ、少し擽ったい。
「あ、旦那様、お嬢様」
と、歩いていると向こうからキューブが歩いてきた。
両手には袋が握られている。
食料や水が入ってるのだろう。
「買い物は済んだのか?」
「えぇ、必要なものは全て」
「それじゃ、一度宿屋に戻って、その荷物を置いたら、三人で回るか」
「うん!」
「え?」
俺の提案にルリは賛成したが、キューブはキョトンとした声を上げた。
「よろしいのですか?」
……キューブは、何を馬鹿なことを言っているのか。
俺は軽くキューブの頭を叩きながら言った。
「当たり前だろ、キューブも家族なんだから、な?ルリ?」
「うん!キューブも一緒に行こう?」
俺たちの言葉に、キューブは表情を変え、クスっと笑いながら、言葉を返した。
「畏まりました。それでは、行きましょうか」
その時のキューブの顔は、今までで見たことがない、穏やかな笑顔だった。