「はぁ……」
俺は、寝てしまった、突如自分の娘となってしまった女の子に、布団をかけなおし、ため息を吐いた。
俺たちは、あの草原から、幸いにも近くにあった村に立ち寄り、宿屋に泊まることにした。
「ありがとうございます、旦那様」
「いや……というか、その呼び方。どうにかなんない?」
「いえ、旦那様は旦那様です」
「そうかい」
どこの貴族だ、とは思うけど、キューブが呼びたいなら仕方ない。
無理に変えさせる必要もないし。
俺はベッドの端に座り、娘の頭を撫でながらそう思った。
「今日は疲れた……」
予想外のことがありすぎた。
というか、16歳で子持ちって……。
しかも、その子供がリーゼとかと同じくらいなんだから、余計に複雑。
どっちかというと、妹が普通だろ。
(それに……)
少しずつ問題を解決していきたいもんだけど、まず最初に解決すべき問題について考えなくてはいけない。
「名前!?」
俺は、歩きながら言われた、キューブの一言に驚いた。
先程、キューブとは執事の契約というものを交わした。
娘の様子を嘘偽りなく主に報告すること、娘の世話をすることが仕事内容。
というか、そのためにイザベルさんに行くように言われたらしい。
まぁ、そのおかげである意味助かっているのだけど。
それと、キューブは人間ではなく魔族であるとのこと。
見た目が人間と変わらないから、それを聞いたときには驚いた。
女の子は魔族と人間のハーフらしい。
「はい。なので、旦那様に名付けていただこうと」
旦那様というのは、俺のこと。
仮にも主と執事であるから、らしい。
というか……
「おかしくないか!?この年まで名前つけてないって……」
そう、この女の子にはまだ名前がないとのこと。
俺が最後に見たリーゼたちより少し大きいくらい。
ということは、少なくとも生まれてから5年以上は過ぎている。
「……色々と事情があったので」
キューブが少し言葉を濁したのを見て、突っ込んではいけない話題だったかと自分を責めた。
「あー……悪い。それで、俺がこの子に名前付けるって?」
ちなみに今、件の女の子は俺の腕の中で眠ってる。
「はい。やはり、親となった旦那様に名付けてもらおうと」
親である、という条件なら、イザベラさんの方が適しているのでは、と思ったが、また地雷を踏みそうなのでやめておこう。
「名前、ねぇ……」
という訳で、名前である。
あまり適当に付けるのもアレなので、少し考えさせてくれ、とキューブに言い、部屋に戻ってもらった(女の子は俺の部屋で寝ることになった。親子の仲を深めるため、らしい)。
「名前か……」
あまり深くは考えたことは無かったけど、名前は個人の存在を表す、重要な役割も担っている。
自分の名前には由来とかあるのか、と考えてみるが、考えが逸れていってるのに気づき、俺は思考を戻した。
「うーん……」
ふと、女の子の顔を見た。
今は満足そうな顔をして寝ている。
「一体、どんな夢見てるんだか……」
頭を撫でていると、俺の方に寝返りを打って、俺の服を掴む。
「パパ……♪」
「夢に俺が出演してるのか」
なんだか恥ずかしくなる。
(……この子、今までどんな生活送ってきたんだろう)
そんなことが、頭をよぎった。
この世界の俺の両親は、確かに早く死んでしまったが、まだ精神年齢が高いから、耐えられた。
だけど、この子は?
普通の子供でもあるこの子は、どんな気持ちなんだろうか?
(…………)
この子が酷い生活を送ってきたのか、それとも幸せな生活を少しでも送れていたのか。それは、俺には何も分からないけど。
(今は、俺がこの子の親だ……)
成り行きでなってしまった親だとしても、なってしまったのだから。
(この子に、悲しい思いはさせない……)
そう、固く心に誓った。
「う……あ……?」
どうやら、気づいたら寝てたらしい。
外を見ると、少し明るくなり始めている。
「……朝かぁ……」
なんだか、最近と違って、すごく清々しい。
やっと、久しぶりに街に帰れるようになったからだろうか。
今日は、少し散歩でもしてみようか。
「パパぁ……?」
と、女の子の方を見ると、目を擦りながら俺の方を見ていた。
「おはよう」
俺が笑いながら言うと、女の子も少し眠そうにしながらも、挨拶を返してくれた。
「今から散歩に行くんだけど、一緒に行くか?」
「うん……」
「わぁ……」
女の子が朝の街が新鮮なのか、キョロキョロと見回す。
俺も子供の頃はこうだったのかねぇ、としみじみ思う。
「パパ!あそこ行こう!」
「はいはい」
俺の手を引っ張りながら指を指す様子に、俺は苦笑しながらされるがままにする。
彼女の表情は、すごくキラキラとした笑顔だった。
「ねぇパパ!あれ!」
俺は言われるがままにそちらを見た。
「日の出、か……」
「きれいだね……」
少し眩しいが、俺たちは太陽の方を見つめ続ける。
俺は、微笑みながら、女の子の方を見た。
自分の、娘である女の子の方を。
「瑠璃(ルリ)」
「ふぇ?」
俺が言った言葉を理解できなかったのか、女の子……ルリは、素っ頓狂な声を上げた。
俺は片膝をつくようにして、目線を合わせながら、ルリ、と繰り返した。
「ルリ・キサラギ。それが、今日からお前の名前だ」
「る、り?」
「そう、ルリだ」
ルリ。瑠璃。
ラピスラズリの和名であり、その宝石言葉は、永遠の誓い。
なんか、すごく照れくさいけど、俺の思考能力では、こんなところが限界である。
「パパ、ルリにとって頼りになるパパになれるよう、頑張るからさ。これから、家族として、楽しいことも、悲しいことも、みんな分かち合って、一緒に頑張っていこう」
俺の言葉を、ルリがちゃんと理解できたのかは、果たして分からないけども。
「うん!私も、パパと頑張る!」
この笑顔ならば、大丈夫だろう。
「さぁ、宿屋に帰ろう。キューブも待ってる」
「うん!」
俺とルリは、手を繋いで歩きだした。
さっきまでは、ルリからしか、手を繋がなかったけど。
これから、家族を始めていこう。
多分楽なことばかりではないだろうけど、多分、みんなでなら乗り越えられるだろう。
根拠はないけど、俺はそう思ったんだ。
距離は変わらないはずなのに、朝よりも俺は、ルリと近くなったような気がした。