ある父親の子育て日記   作:エリス

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一方通行な出会い

「あちぃ……」

 

歩きながら、空から差す強い日差しに、言葉を漏らした。

しかし、それはごく当然なことであり、しょうがないことである。

なぜなら、今現在。俺は……砂漠を歩いているのだから。

 

「そろそろ、何か見えてこないかねぇ……」

 

この砂漠に入り、既に三日目。

歩き続けるも、街もオアシスも、それどころか、魔物すらも見つからない。

見渡す限り、砂、砂、砂。

 

(せめて、砂以外のなんでもいいから、見えてくれ……)

 

段々と考えるのも疲れてきた。

なんといったって、まるで進んでいる気がしないのだ。

歩き続けても代わり映えしない風景。

何かしらの目印となるものがないと、やってられない。

しかし、歩みを止めることはしない。

止まっていたって、何も変わりはしないのだから。

 

「……お?」

 

朝起きて歩き始めてから、約5時間。

ようやく捉えたものの色は、緑色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マコトが王様に頼まれ旅を始めて、早三年。

あれからいろんな場所を渡り歩いているのだが、いつも王様にする報告は変わらなかった。

何の手掛かりも見つからず、とにかく歩き回る毎日。

もちろん、通りかかった街で休憩などはとっているのだけれども。

街の住民たちに聞き込みをしても、ほとんど情報を得られない。

というか、大体は二つのパターンに分けられる。

一つは、いかにイザベルがすごいのかという話を、延々と続ける人。

そしてもう一つ。最近は、こちらの方が多くを占めるのだが、イザベルについて、忘れ始めている人である。

もちろん完全に忘れているという意味ではなく、人々の記憶の中で、過去の人となり始めているのだ。

もう、多くの人の関心は、英雄イザベルを捉えてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと砂漠を抜けたと思ったら、今度は森か……」

 

また同じ景色が続きそうだな、とため息を吐いた。

まぁ、砂漠よりは十分にマシなんだけど。

 

(とりあえず、川とかでも探そう……)

 

まずは水をなんとかしたいところだ。

連日、暑い砂漠を歩いたことで、手持ちの水も底を突きかけている。

 

ギャア、ギャア!

 

周りを見渡していたとき、耳に人の声ではないものが聞こえてきた。

俺はスッと意識を変えて、腰に指しているものに手をかける。

 

「…………」

 

この三年間、幾度となく繰り返した行為。

慣れを感じ始めている俺は、自分に嫌気が指した。

耳を澄まし、周りの様子を探る。

シン……として無音が10秒ほど続いたとき、後方から音が近づいてきた。

 

ギャア!

 

俺はサイドステップでその場を離れた。

その一瞬の後、俺が居た場所を茶色の物体が通り過ぎた。

俺は直ぐ様、それ《・・》を視界に捉えながら、詠唱を開始する。

 

「【焔の意志よ、我が元に集いて、汝の力を示せ!】」

 

この世界の魔法において、詠唱というものは、別になくても魔法を使えることは使える。

しかし、詠唱をするのとしないとでは、その力に大きな差が生じる場合がほとんどだ。

だから、一般的に魔法を使う人は、余程、余裕がないという場合を除き、詠唱を行う。

詠唱というのは、各人によって違うものとなる。

決められた魔法というのが、とある魔法を除いて、この世界には存在しないからだ。

 

「【フランベルジュ!】」

 

決められた詠唱が無ければ、決められた魔法名もまた無し。

重要なのは、想像力と魔力、そしてその想像した魔法を、何より自分が信じることである。

俺は腰の鞘から、自分の武器である、自分が暮らしていた街では珍しい、刀を抜いた。

本来なら銀色に輝くその武器は、まるで意志を持ったかのように、赤い炎が纏わりつき、波を売っている。

俺が見つめていた物体は、俺の方に向き直ると、そいつの持つ角で俺を刺そうと、走り出した。

俺はそいつが走ってくるのを、特に慌てることはせず、かといって気を抜かずに、十分に引きつける。

そして、そいつが俺から一定距離に近づいたとき。

 

 

俺とそいつは交錯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、角折っちまって」

 

俺は先程まで俺を襲っていた魔物、イノシシ型のモンスターの毛を撫でた。

イノシシは、俺が近づいて毛を撫でても、特に危害を加えるようなことはしなかった。

恐らく、俺の方が自分よりも格上の存在であると認識したのであろう。

 

「勝手に、縄張りの方まで入ってきて、悪かったな」

 

今までの経験上、魔物に襲われたとき、大体がそうだった。

ドラゴンに襲われたときもあったが、その時もやはり、近くにそのドラゴンの雛が居た。

基本的に魔物というのは、自分に危害を加えようとしたり、無断で縄張りを歩き回ったりしない限り、襲っては来ないのである、というのが俺の経験論である。

 

「『万物に宿りし生命の息吹よ、彼の者の傷を癒せ……ヒール』」

 

俺は角に衝撃を与えたときに出たのか、イノシシの角の付け根から血が流れているのを見て、治癒魔法を唱えた。

この治癒魔法、世界中では失われたもの、というか誰も使うことが出来ないとされ、幻の魔法とされている。

この治癒魔法だが、これが先ほど言った、この世界に存在する、唯一の定まった魔法である。

しかし、誰も使うことができないとされている。

その原因は分かっていないのだが、とある理由により、それを使うことが出来る。

 

「……よし、血は止まったな」

 

イノシシの角を見て、俺は安心しながらも、持っていた傷薬を傷口に塗り、持っていた布を縛って、傷口を包み込むように縛った。

治癒魔法は世の中では伝説とされ、万能であると思われているが、実はそうでもない。

傷をすぐに癒すわけではなく、自然治癒を大きく促すだけであり、体力回復も、微々たるものである。

そして、もう一つのデメリットもある。

 

フラッ……

 

「……っと」

 

この治癒魔法、自分の魔力だけでなく、体力も消費する。

それは、治癒魔法の効果を大きくするほど、それに比例して消費する。

今回は、ほぼ傷口をその場で閉じる程の効果。

体力消費も著しいものとなっていた。

 

「……ほら、これで大丈夫だ。行きな」

 

俺はイノシシの頭をもう一度撫でると行くように促す。

……っ、段々意識が遠のいてきた。

 

「……ごめん。少し、寝かせてくれ」

 

こんな場所で気を失うなんて、さすがに不味い。

しかし、体は言うことを聞かず、力が入らなくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

何故か俺から離れようとせずに、じっと俺を見つめ続けるイノシシを不思議に思いながら、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を失ったマコトを見て、イノシシはその隣に座り込んだ。

まるで、主人を守るもののように。

 

ガサガサ

 

そこに近づく何かの音。

イノシシは足音の方を見つめるが、特にその人物たちを襲おうとはしなかった。

 

出てきたのは、三人の人物だった。

一人目は、マコトよりも一回りまでは年が離れていないであろう金髪の女性。

二人目は、またもマコトとあまり年が離れていないであろう褐色の男性。

そして、三人目は、一人目の女性と同じ髪色を持つ、二人目の男性に抱っこされる、まだ幼い少女。

女性と男性は、マコトの方へと近づく。

イノシシは何かの意図を持ってか、立ち上がり鳴き声を上げた。

 

「大丈夫です。彼を傷つけるようなことはしません」

 

女性はそう言って、イノシシを撫でる。

イノシシは女性の言葉を理解したのか、座り込み、その様子をじっと見つめた。

女性は、マコトのことをじっと見つめながら、先程のことを思い出す。

マコトがこの守りに入ってからの一連の行動を。

 

「…………彼なら」

 

そして、独りごとのように、言葉を呟いた。

 

「……キューブ。彼に、お願いしましょう」

「はい、イザベル様」

 

その言葉だけで理解したのか、キューブと呼ばれた男性は了解の意を示した。

そして、女性は青年の頭に手を置いた。

女性が何か言葉を呟くと、光が青年を包んだ。

その光は青年の中に収まっていく。

そして、女性はそれを確認すると、男性に魔法結晶を渡し、視線を送った。

男性は頷き、マコトの近くへと近づいた。

 

「さぁ、あなたはおゆきなさい」

 

女性は未だに見つめ続けるイノシシに言った。

しかし、イノシシはマコトから離れようとはしなかった。

青年は、女性に視線で尋ねた。どうするのですか、と。

女性は、少し考える素振りを見せると、イノシシとマコトの体の両方に触れて、何かをまた呟く。

すると、イノシシの姿が消え、ぼんやりとした光がマコトの体に現れたが、やがてそれは消えた。

 

「それでは、キューブ。頼みます」

「はい、イザベル様」

 

 

 

 

 

 

そして、マコトとその男性、そして少女は森から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……」

 

少し、体が重い。

というか、自分以外の重みを感じる。

俺は目を開いた、すると、青空が目に入った。

 

「……あれ?」

 

おかしい。

自分は森の中にいたはず。

なのに、おそらく空を見ているだろう、この視界に、木が一本も入ってこないのはおかしい。

それよりも、と思い、自分の体の上に乗っている重みの方に、視線を向けた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

なんか、知らない女の子が、俺の体の上で寝ていた。

その女の子は金髪で、赤い服を着ている。

 

「お目覚めになりましたか?」

「!?」

 

知らない声に、俺は慌てて顔をそちらに向けた。

そこに居たのは、執事のような格好をした、褐色の青年。

見た目では、俺とあまり年は変わらないように思える。

 

「……あんたは誰だ?」

 

俺は俺の上で眠る女の子を庇うようにしながら問いかけた。

まさか、この青年が俺と女の子をどこかに運び込んだのか?

 

「申し遅れました。私はキューブと申します」

「……マコト・キサラギだ」

 

まるで執事のように礼をしながら、俺に名乗った。

自分の名前を安易に教えていいものだろうか、とは思ったが、俺も名乗り返した。

 

「それで?俺はなんでこんなところにいるんだ?」

 

俺は最大の疑問を、目の前の青年、キューブに問いかけた。

この青年が本当に俺と少女を運んだのは、考え直してみると、可能性は低かった。

周りを見渡すと、自分はどこかの草原にいるようだ。

仮に誘拐や何かなら、こんな場所に運ぶのだろうか?

 

「それについて、これを見てもらいたいのです」

 

青年が取り出した物を見る。

 

「魔法結晶じゃないか」

 

魔法結晶とは、魔法石、魔力を多く含んだ石に、何かしらの術式を印し、魔力を持たないものでも特定の魔法が使えるものである。この原材料の魔法石が原因で、人間と魔族は争ったのだ。

キューブの方を見ると、俺の方に魔法結晶を差し出した。

俺は訝しみながらも、魔法結晶を受け取った。

 

パァァァ

 

「っ、なんだ?」

 

魔法結晶が眩い光を発した。

余りの眩しさに、思わず目を瞑ってしまった。

……光が収まったみたいだ。

俺は目を開けると、そこに誰かが立っていた……!?

 

「……違う。これは、ホログラム、か?」

 

おかしい。

今現在、魔法結晶に映像を保存することなんて、出来ないはず。

なのに、これは……?

 

「あなたは……?」

「私は、イザベルです」

「っ!?」

 

俺は、思わずキューブの方を見た。

この魔法結晶を持っていたのは、キューブなのだ。

キューブは俺に頷く。

 

「本当、なのか?」

 

映像に問いかけてみるも、考えたら、これは保存されたものなので、俺の問いかけに答えられるはずがない。

俺は、もどかしい思いをしながらも、映像の次の言葉を待つ。

 

「あなたが疑うのも、無理はないでしょう。しかし、信じて私の言うことを聞いて欲しいのです」

 

一体何なのだろうか?

イザベルの意図を掴めない。

 

「今、あなたの近くには、この魔法結晶を託した青年、キューブと、金色の髪の少女が居るでしょう」

 

確かに居る。

だが、一体それがどうしたのだろうか…?

 

「その子供を、あなたが親として、育ててあげて欲しいのです」

 

………………は?

 

「王様には、キューブに渡しておいた指輪を見せてください。それが、私に会ったという証拠になるでしょう」

 

……待て。

 

「突然ですみませんが、頼める人があなたしかいないのです」

 

ちょっと待てって。

 

「それでは、よろしくお願いします」

「待てよ!」

 

俺が止めるも、相手は映像。

その言葉を最後に、映像が切れた。

 

「……どうしろっていうんだ」

 

ずっと探していた人物の手掛かりを見つけたと思った。

しかし、イザベルは俺の前に姿を現さずに、一方的に頼みごとをしただけだ。

しかも、その内容が子育てって…。

 

「……なぁ、キューブさん。あんたは、イザベルさんから、何か聞いてないのか?」

 

今この場で、唯一イザベルに繋がりを持つ人物、キューブに俺は問いかけた。

 

「すみません。私も、あまり詳しいことは聞いてないんです」

 

キューブは俺に申し訳なさそうに謝った。

 

「いや、知らないならいいんだ……そういえば、さっき言ってた指輪ってのは?」

「はい、これです」

 

そう言って取り出した指輪。

特に華美な装飾があるものではない、ただの銀で出来た指輪だ。

 

(……これを王様に見せれば、本当に終わるのか?)

 

これを見せることで、王様が納得できるのだろうか?

俺が、イザベルに会ったということを。

 

「んー……」

 

と、考えていると、俺が抱いている女の子が声を漏らす。

どうやら、目を覚ましたようだ。

そうすると、自分を抱いている、俺に目を向けた。

 

「えっと……おはよう」

 

俺は少し緊張しながら、挨拶をする。

そうすると、女の子は満面の笑みで、俺にとんでもない一言を言った。

 

「おはよう!パパ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その場には、青年に笑いながら抱きつく少女。

その少女に抱きつかれながら固まる青年。

そして、その様子を見ながら苦笑する青年という、なんとも滑稽な場面が出来上がるのだった。

 


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