ある父親の子育て日記   作:エリス

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俺の平穏は終わりを告げるらしい

「え?王様が俺にですか?」

「あぁ、昨日王様に呼ばれて話をしていたときに、な」

 

あれから三ヶ月後。

師匠との訓練が終わり、帰る途中である。

 

「一体何の用事でしょうか……?」

「さぁな。何しろ、突然言われたしな。取り敢えず正午過ぎには来て欲しいとの話だ」

「分かりました」

 

今日の午後は、魔法学の本を読もうと思っていたのだが、仕方ないか。

さすがに王様の頼みを断るわけにもいかない。

 

「お兄ちゃん、王様と会うの?」

「ん、あぁ」

 

いつものように、俺と手を繋ぎながら歩くリーゼがそう聞いてきた。

 

「すごいね、お兄ちゃん!後でお話聞かせてね!」

 

確かに、考えたら、普通の城の一般兵士だった者の息子である俺が、王様と話をするのだから、すごいのであろう。

キラキラした目をするリーゼに苦笑する。

 

「帰ってきたら、どんな人だったか話してあげるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マコト・キサラギ。只今参上しました」

 

そして正午になり、王様の前にいる俺。

顔を下げ、王様に名を告げた。

というか、あまり形式ばった敬語を使う機会がないから、言葉遣いが大丈夫か不安だ。

 

「マコトよ、顔を上げよ」

 

俺は下げていた顔を上げ、王様に顔を向けた。

王様の横には兵士の人が二人控えている。

 

「王様、私への話とはなんでしょうか?」

 

あまりこの雰囲気でいるのも辛いので、さっさと要件を聞き出すことにする。

 

「うむ。イザベルのことは知っているな?」

「?はい、英雄ですから」

 

イザベルとは、かつて王国軍の先頭に立ち、魔王軍と戦った女性だ。

魔王軍が王国に進駐してきたときにも、勇敢に魔王軍に一人で立ち向かった。

そして、どうやってかは知らないが、魔王を説得して引き上げさせたのだ。

それゆえ、彼女は『英雄』とも呼ばれている。

しかし、それ以来行方不明になってしまい、王国軍は彼女の捜索を開始した。

それが5年前のことである。

 

「実は、捜索隊が何人も倒れてしまってな」

「……5年にもなるので、ある意味仕方ないのではないかと」

 

5年間もずっと、魔族がいる中を捜索していれば、魔族との争いも多く起こるだろうし、死ぬ人が出るのも当たり前だ。

というか、この話題を出すということは…なんとなく読めてきた。

 

「昨日クロイツと話していたときに、お前の話を聞いてな。出来れば、捜索隊に加わってもらいたのだ」

 

やっぱりな…。

というか、兵士でもない俺に依頼をするということは、そこまで人が足りないのか……。

俺からしたら、そこまでして探す必要はあるのか、って感じだが。

 

「頼めるか?マコトよ」

 

俺は少し考える。

そして、答えを出した。

 

「わかりました。お引き受けします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだったのか……」

 

夜になって師匠を訪ねた俺は、さっきの話を伝えていた。

師匠から話を聞いたわけだし、しばらく帰れなくなるわけだしな。

 

「はい。明日の早朝には、この街を出ます」

 

王様には捜索隊に加わって、一緒に行動するように言われたが、そこでひとつだけ頼み事をした。

 

「それにしても、一人で大丈夫なのか?」

 

そう、俺一人での単独行動である。

捜索隊に加わっても、王国での訓練を全くしていない俺が隊列に加わっても、お互いにとって邪魔になるだけだ。

王様は難色を示したが、一ヶ月に一度は報告をするということで許可してもらった。

 

「大丈夫ですよ。というか、かえってそちらのほうが楽ですし」

 

軍隊なんて俺には合わないしな。

 

「まぁ、たまに連絡も取れるようにしますよ」

「そうしろ。リーゼも寂しがるだろうしな」

 

ふぅ、と息を吐くと、師匠は申し訳なさそうな顔を俺に向けた。

 

「すまんな。本当は、俺も行ってやりたいんだが……」

「わかってますよ。というか、それが話を受けた理由ですし」

 

そう。

多分俺が行かなかったら、師匠が捜索隊に加えられる可能性もあると俺は思った。

そして、万が一戦士でもしたら、リーゼもクラリスさんも悲しむし。

 

「師匠はリーゼやクラリスさんを守ってあげてください」

「……あぁ」

「それでは、俺は明日に備えて早めに寝ます」

「……リーゼには、話さなくていいのか?」

 

俺が帰ろうとしたとき、師匠に問いかけられた。

 

「……いいんですよ」

「……そうか。じゃあな、マコト」

「お世話になりました」

 

俺は師匠に礼をしてから、俺は家へと歩いていった。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんか」

 

自分の武器の整備や、食料を詰めたりし、準備を完了させた。

本とかは、持って行っても荷物になる可能性もあるから、置いていく。

 

(それにしても、もう13年か……)

 

生まれ変わって13年。

色々と大変だったけど、結構充実していたと思う。

しかし……。

 

(前の世界だと、まだ中1か)

 

中1で一人旅とは。

前の世界だったら、全く予想もつかなかったな。

 

コンコン

 

(ん?)

 

誰だろう、こんな夜に……。

 

「はーい」

 

玄関のドアを開ける。

そこに立っていたのは……。

 

「リ、リーゼ?」

「…………」

 

悲しそうに俯く、リーゼの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、ココアでいいよな」

 

リーゼの前にホットココアを置くと、黙って頷いた。

そして、ココアをちびちびと飲み始めた。

それを見て、俺も自分に入れたコーヒーを飲む。

リーゼを家に入れたのはいいのだが、来てから一言も喋らない。

どうしたものだろうか……。

 

「……聞いたの」

 

俺が考えていると、ようやくリーゼが言葉を発した。

 

「……お兄ちゃんと、お父さんが話しているの」

 

それを聞いて、俺は自分の迂闊さを責めた。

家の前で話していたら、聞こえてしまう可能性なんて、十分にあったというのに。

 

「お兄ちゃん、嘘だよね!?この街からいなくなるなんて、嘘だよね!?」

 

顔を上げたリーゼは泣いていた。

……多分、リーゼも分かってはいるんだろう。

俺が街から出るというのが、本当だということに。

 

「……本当だよ、リーゼ。俺は明日の朝には、この街を出る」

「っ!」

 

リーゼの肩がビクッと揺れる。

 

「……どうして?」

 

リーゼは泣きながら、俺に疑問をぶつける。

 

「おに、ちゃんは……、私のこと、嫌い、なの?」

「そんなことはない。俺はリーゼのことが大好きだ」

「じゃあ、どうし、て?」

 

俺の服を掴みながら訴える。

……リーゼは、こんなにも慕ってくれていたのか。

 

「ごめん、リーゼ。王様に頼まれた以上、そう簡単に断るわけにもいかないんだ」

 

リーゼに何とかいって聞かせようとする。

できれば俺も、この街を出たくはない。

だけど……。

 

「ごめんな、リーゼ」

「……わーーーん!」

 

リーゼは俺の服をより強く握り締め、声を上げて泣き始めた。

俺は、リーゼが泣き止むまで、黙って頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トントントン……

 

「ん……」

 

包丁の音に気付き、リーゼは目を覚ました。

外を見ると既に朝で、小鳥のさえずりも聞こえる。

 

「お、起きたかリーゼ」

 

キッチンから顔を出したマコトは、起きたリーゼを見て笑った。

リーゼはマコトを寝ぼけ眼で見た。

 

「朝ごはんできたから、顔を洗ってこい」

 

 

 

 

昨日の夜、泣き疲れて寝てしまったリーゼを、俺は自分の家に泊めた。

一応、師匠の所に連絡を取りに行き、了承してもらったのである。

 

「美味しいか?」

「うん……」

 

簡単に、パスタを茹でたものと、スープとサラダを作った。

本来の出発時刻はもう過ぎているが、まだリーゼには話したいことがあった。

 

「リーゼ」

「…………」

「今日から俺は街を出るけど、別にもう帰ってこないわけでもない。連絡も取るし、王様の頼みが終わったら帰ってくる」

「…………」

「だから、な?」

「……また、一緒に遊んでくれる?」

 

そう俺に聞くリーゼ。

 

「あぁ、もちろん。だから、リーゼも待っててくれるか?」

「……うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺たちは家の鍵を閉め、師匠の家に向かった。

リーゼが軽く怒られた後、師匠に家の鍵をあずけた。

下手して、旅の途中で家の鍵を無くすとか困るし…。

そして、街の入口まで、師匠とリーゼは見送りに来てくれた(クラリスさんは、色々と忙しいので、師匠の家の前で済ましてもらった)。

 

「見送り、ありがとうございます」

「気にするな。弟子の旅立ちだから、これくらいは当然だ」

 

ハッハッハ!、と豪快に笑う師匠。

正直、こうゆう風に見送ってくれる方が楽で助かる。

まぁ、子供にそれを要求するのは無理な話だけど。

 

「お前の最初に立てた考えを貫け。自分の納得のいくようにな」

「……はい!」

 

……本当に、この人が師匠でよかったと思う。

そして……

 

「……お兄ちゃん、できるだけ早く、帰ってきてね」

「うん、そのつもりだ」

 

リーゼは、耐えるようにしながら、俺の方を見て言う。

でも、その一言を言うと、俯いてしまった。

言いたいことはもう言ったし、これ以上の言葉はいらなかった。

 

「それじゃ、行きます」

「あぁ、気をつけてな」

 

俺は街に背を向け、歩きだした。

歩きだして少し経ったあと、後ろからリーゼの声が聞こえた。

 

「お兄ちゃーん!私、強くなるからねー!」

 

その声を聞いて思い出すのは、三か月前のこと。

俺は思わず笑みが出て、振り返って大声で返した。

 

「楽しみにしてるよ!」

 

 

……さぁ、まずはどこに捜しに行こうか?

 


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