「おはようございます、アールさん」
「おう、マコトか。今日は何を?」
「えっと、小麦粉と……」
師匠とリーゼの二人と別れたあと、立ち寄ったのは、道具屋。
主人のアール・ストルーマンさんに欲しいものを伝えていく。
「……こんなもんですかね」
「あいよ。おい、マリー!マコトが来てるぞー!」
アールさんが商品の準備をしてくれながら、店の奥の方に呼びかける。
そうすると、直ぐに奥から眼鏡をかけた内気そうな女の子が出てきた。
「お、おはよう。マコトお兄ちゃん」
「うん、おはよう。マリー」
彼女の名前はマリー・ストルーマン。
苗字から分かるとおり、アールさんの娘。
「今日は、何を、買いに来たの?」
「料理の材料と、あと本をね」
「何の本?」
「魔法の本と、あと鍛冶についての本をね」
「マコトお兄ちゃん、剣を作るの?」
「まだ、作ろうかな、っていう思いつきみたいなものだけどな」
家には父親の父親、つまり俺にとっての祖父に当たる人が鍛冶師をやっていたようで、そのための施設がある。
昔に父親からそのことを聞き、施設も見せてもらったのだが、最近になって思い出し、その施設を確認したところ、まだ十分使える状態だった。
まだ自分の武器もないことだし、それに少し興味もあったので、せっかくだし使ってみることにしたのだ。
「それじゃ、もし何か作ったら、わ、私にも見せてくれる?」
「いいよ……と言っても、しばらくあとの話になりそうだけど」
苦笑しながら、俺はマリーにそう伝えた。
マリーはリーゼと同い年だけど、二人は面識はあるのだろうか?
まぁ、この街に二人とも住んでいる以上、顔見知りではあるだろうけど。
二人同時には会ったことはない。
「マコトお兄ちゃん。今度もまた、本読んでくれる?」
「もちろん、構わないよ。今日はちょっと無理なんだけど……言ってくれれば、暇な限り期待に応えるよ」
「ありがとう、マコトお兄ちゃん。今度来るまでに、本決めとくから」
マリーは本をよく読む。
基本的に、彼女の手元には本があり、たまに俺がマリーに読んで聞かせることもある。
あまり、幼い割に合わないような内容の本もあるが。
「マコト、用意終わったぜ」
アールさんがカウンターに戻ってきて、商品を詰めた袋をカウンターの上に乗せた。
「えっと、金額は?」
「680G(ゴールド)だ」
「はい……これで」
「あぁ、確かに」
財布から、金額分の金を出して、商品を受け取る。
さてと、家に帰って飯を作らないと。
「それじゃ、アールさん、マリー」
「おう、ありがとよ!」
「マコトお兄ちゃん、またね」
二人に別れを告げて、家へと向かう。
……腹が減ったから、早く家に帰ろう。
飯を作って食べ、余裕をもってバイトの場所へと向かう。
服装はスーツに着替え、髪も軽く整えてある。
バイトの場所が見えてくると、門の前には、女の子が立っていた。
と言っても、いつものことであるから、驚きはしない。
女の子もこちらに気づくと、和かな笑みを浮かべてこちらに走ってくる。
「おはようございます、お兄様!」
「おはようございます、お嬢様」
俺が気取って挨拶をすると、不満そうな顔をした。
「もう!お兄様、私にそのような態度はやめてください」
「あぁ、ごめんごめん」
頭を撫でてやると、期限を直してくれたのか、笑顔を浮かべた。
そして嬉々として、俺の手を取る。
「さぁ、お兄様!私の部屋に行きましょう?」
俺は少女に引っ張られるように、俺は少女の家、ノーザリー家に入るのだった。
彼女、クリスチーナ・オハラ・ノーザリーとは、二年前に出会った。
俺がバイトに行こうと街を歩いていたとき、泣いている彼女を見つけた。
話を聞くと、幼い彼女は家の中にばかり居させられて、外に出たくなり、抜け出してきた。
しかし、家から一人で出たことがなかった幼い彼女は、街の地理などわかるわけもなく。
心細くなり、泣き出してしまったところを、俺が見つけ、家まで送ったのだ。
その時は彼女の家名を聞いてなかった俺は、敬語を取るようなこともせずに、今のクリスチーナと話すような言葉遣いをとっていた。
しかし、かえってそれが良かったのか。
彼女が泣き止む頃には、結構懐かれ、家に送り届けたときに、
「お兄様と、呼んでいいですか……?」
子供の頼みを簡単に断るのも気が引け、俺はそれを承諾したのである。
さらに、執事の方にも、バイトとして執事もどきの役を頼まれ、少なくとも週に一度はここへ通っている。
「お兄様、これでよろしいですか?」
「ん……そうだね、大丈夫だよ」
クリス(俺が付けた愛称)は、俺に量りとった材料を俺に見せ、確認を取る。
「それじゃ、これを混ぜよう」
「はい、お兄様♪」
料理が作るのが楽しいのか、クリスは笑顔で俺の言うとおりに手順をこなしていく。
今やっているのは、さっきのやりとりで分かるだろうが、料理である。
先週、帰り際にクリスから、お菓子を作りたいと言われ、材料を俺が準備し、一緒に作ることになった。
今回挑戦するのは、クッキーである。
初心者でも、そんなに失敗することはないだろう。
順調に進み、後は焼くだけである。
「それじゃ、これをオーブンに入れて……」
オーブンに入れて、温度を設定する。
「それじゃ、焼き上がるまで待とうか」
「はい♪」
「どうだい?」
「……美味しいです」
初めて自分で作った料理である。自分で苦労して作り上げたということもあり、一味違うものに感じるだろう。
俺もクリスが作ったクッキーを一枚食べる。
「……うん、美味しい。よくできてるよ」
「ありがとうございます♪」
俺の言葉に、嬉しそうに笑うクリス。
俺はそういえばと思い、疑問を聞くことにした。
「クリス。今更な感じもあるんだけどさ、なんでお菓子を作りたいって言ったの?」
「えっ?」
俺の言葉に、クリスはキョトンとした顔をした。
「いやさ、いつも美味しいものを食べてるわけだろ?それに、習うなら俺じゃなくても、専属のシェフがいるわけだし」
正直言って、俺は料理は好きな部類に入るけど、専門家より上手い訳がない。
あっちは仕事でやってるのに対し、俺は趣味の域だ。
間違いなく、あちらの方が何枚も上手である。
「……お兄様が、料理の話をしてくれたことがあるでしょう?」
俺は記憶を探ると、思いつくのは二週間前のことだ。
何か話をしてとクリスに頼まれた俺が、料理の話をした気がする。
「その時、お兄様が楽しそうに語ってくださり、私も作ってみたいと思ったのです……他ならぬ、お兄様と」
なんとも嬉しいことを言ってくれる。
俺は、少し照れながらも、クリスに礼を言った。
「そっか……ありがとな、クリス」
頭を撫でると、クリスは嬉しそうに笑った。
お昼前になり、クリスに別れを告げ、執事の方に給金をもらい、俺は家に着いた。
もうすぐリーゼも来るだろうし、急いで昼食を作らなくてはならない。
先ほどクッキーも食べたし、ホットケーキとかでいいだろう。
そう思い、生地を作り始める
記事を作り終わったら、あとはフライパンで焼くだけだ。
二枚目が焼きあがり、三枚目を焼こうとしたときに、玄関のドアがノックされた。
玄関の方まで行き、ドアを開けると、師匠とリーゼが立っていた。
「こんにちは、師匠、リーゼ」
「おう、マコト」
「こんにちは!お兄ちゃん!」
「それじゃ、夜まで預かればいいんですよね?」
一応確認をとると、師匠は頷いた。
「それじゃ、クラリスを家に待たせてるからな。また後でな」
「はい、それでは」
「お父さん、行ってらっしゃーい!」
二人で昼食を済ましたあと(ホットケーキは好評だった)、
「それじゃ、リーゼ。何かしたいことはあるか?」
俺とリーゼは洗い物をしながら話す。
一人でやろうと思ったのだが、リーゼが手伝いたいと言うので、洗い物を手伝ってもらっている。
「絵本読んで!」
「絵本か……うん、いいよ」
リーゼに読ませる絵本を頭の中でピックアップしていくが、どうやらリーゼには読んでもらいたい本があったらしい。
「それじゃぁね、あの本がいい!騎士様とお姫様が幸せになる本!」
「……あぁ、あの本か」
その本の内容はよくある話で、ある国に住んでいたお姫様が魔物に攫われてしまい、騎士の男が魔物を倒してお姫様を取り戻し、最終的に二人が結婚して幸せになる話だ。
今までにニ、三回ほど読んであげたことがある。
よほどこの話が好きなのだろう。
「わかった。それじゃ、洗い物が終わったら、読もうか」
「うん!」
「『……お姫様と騎士の青年は、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』」
「いいなぁ~」
絵本を読み終わり、その本を閉じると、俺の膝の上で黙って聞いていたリーゼは羨ましそうな声を出した。
「私も、この騎士様みたいに、強くなりたい!」
「そっちかい」
お姫様みたいな展開を望んでいるのだと思ったが……。
まぁ、師匠の影響もあるのだろうか。
クラリスさんは、普通の主婦だし。
「だって、お父さんも、『まだリーゼには早い!』って言うし……」
「うーん……まぁ、まだリーゼは5歳なんだし、仕方ないんじゃないか?」
「でも、お兄ちゃんは今の私よりも早いうちから、剣も魔法も習ってたんでしょ?」
リーゼは顔を上に向けて、俺を上目遣いで見つめながら話す。
「そうだけど、時代も時代だったしなぁ……今は平和だし、それにあまり急ぎすぎる必要もないと思うぞ」
「でも、私も誰かを守れるようになりたい!」
リーゼが言うことは、本当に騎士みたいなときがあるな……。
俺には、そんな不特定多数を守るなんてことは、出来ない。
「まぁ、今は我慢だ」
「それじゃ、お兄ちゃんが教えてよ!」
「俺は習ってる身だから、それは無理だな」
それに俺が使う剣術も、リーゼにはあまり合わないだろう。
どちらかというと、東洋の刀の扱い方の方を重視して覚えている。
父親から教えてもらうときは西洋剣術だったから、西洋の剣も扱えるけど、やっぱり師匠には遠く及ばない。
というか、この街には東洋剣術を使っている人が少なすぎる。
ほとんどが本を探しまわり、それに載っていることを自分に扱いやすいようにアレンジしてやっている感じだ。
「だから諦めろって。作っておいたプリンでも出すから」
「本当!?」
「うん、だから少し待ってな」
「うん!」
俺はおやつの話を出し、リーゼの意識を剣術からそらすのだった。