「やぁ!」
金色の髪を肩辺りでゴムで結んだ貴族風の少女……シェリナが、目の前に居る金髪の少女……ルリに向かって、持っている模擬刀を上段で切りかかる。
その速度は、シェリナの年齢で考えれば、十分早い速度である。
が、ルリは危なげなく避け、バックステップで下がり、距離を取る。
シェリナは、すぐさま距離を詰めようとルリに向かい走る。
しかし、突然、ルリとシェリナの間で、地面が隆起した。
ルリの魔法によるものである。
予想をしていなかったシェリナは慌てて立ち止まろうとするが、間に合わずシェリナは躓いてこけてしまった。
ルリは出来た敵の隙を見逃すわけもなく、詠唱を始める。
「【吹き飛ばせ!アクアタワー!】」
シェリナはまだ立ち上がっておらず、何とか耐えようと、模擬刀で受けようと構える。
だが、何も起こる気配はない。
相手の魔法が失敗したと判断したシェリナは、好機と考え、ルリに向かい走る。
距離は数メートル程で、走れば一秒かかるかどうかの距離。
その時、ルリの杖の先から、人間の顔程の大きさの火の玉が相手に向かって飛んだ。
シェリナはギリギリのタイミングで、何とか横に転がり避ける。
だが、それはルリの計画通りだった。
バシャン!
「なっ!?」
ルリの前方で壁上に、地面から水が吹き上がる。
その水はシェリナに向かって襲い掛かる。
シェリナはその場に立っていることが出来ず、後ろに転び、尻餅をついてしまう。
「【凍れ!アイスステージ!】」
転んだのを見て、すぐに詠唱を完成させ、ルリは次の魔法を発動。
その対象は、先ほどの魔法で出した水。
ピキピキッ!
ルリの近くから、水がどんどん凍っていく。
その効果は、すぐにシェリナの元にまで及んだ。
「くっ!立てない!?」
地面に振れていた部分が地面と凍りつき、その場から動けなくなってしまう。
何とか離そうとするが、思ったより氷の強度が固く、取れそうにない。
そして。
「……私の勝ち、だね」
聞こえてきた声にシェリナが顔を上げると、杖を此方に向け、いつでも魔力の球を出せる状態のルリ。
シェリナは、自分の敗北を悟った。
「……参りました」
「おめでとう!ルリちゃん!」
「えへへ……ありがとう、マリーちゃん」
準決勝を終え、控え室に戻ってきたルリは、マリーの賞賛の言葉に、照れながらも喜び、礼を返した。
準決勝と言っても、参加者は全部で七人。
人によっては最初の試合が準決勝になりえるのだが、ルリは先ほどの試合が二回目だ。
「さっきの魔法、すごかったよ!わたしじゃ、あんな上手く組み合わせて使えないよ」
「あれは、パパと一緒に考えたんだよ」
「それでもすごいよ、わたしじゃきっと、緊張して失敗しちゃう……」
その様子を想像したのか、マリーは顔を赤くして俯いてしまう。
マリーの様子を見て、ルリは苦笑していたが、親友二人の姿が見えないことで思い出したのか、マリーに尋ねる。
「そういえば、リーゼちゃんとクリスチーナちゃんは?」
その言葉を聞き、何か思い出したのか少し悔しそうな顔をする。
ルリはその顔を見て首を傾げたが、マリーにその続きを促す。
「実は、最初は三人でルリちゃんを迎えようと思ったんだけど……」
「うん」
「ルリちゃんが準決勝に向かってすぐ後に、キューブさんがお兄ちゃんを迎えに行くって言って……」
その話は大体わかっている。
朝、決勝が始まる前くらいに教えに来てくれるように、父親がキューブに頼んでいたのだ。
本当なら、ルリが自分で迎えに行きたかったのだが、お前は試合があるだろ、と言われて、泣く泣く諦めたのだ。
そこまで思い出して、ルリはなんとなく予想が出来た。
「もしかして……」
「……クリスチーナちゃんが代わりに迎えに行く、って言い出して、私とリーゼちゃんも……」
「……それで、じゃんけんで負けた人が残った、ってこと?」
「……うん」
ルリはそれを聞いて、既に次に起こす行動は決めていた。
バッ!
「え、ルリちゃん!?」
すぐに走り出したルリを見て、マリーは驚きながらも追いかける。
「私たちも、早くパパのところに行こう!」
目指すは城の入り口。
一刻も早く父親に会いたい気持ちが、彼女を動かすのだった。
「それじゃ、リーゼが決勝に進んだのか」
「うん!」
「うー……悔しいですわ」
「その悔しさを学べたんだから、それを次に活かせばいい」
「……はい」
やるべき家事を済ませ、早く終わったからキューブが来る前に行こうかと思っていたところで、迎えに来たのはリーゼとクリスだった。
聞くところによると、なんでもキューブの代わりに迎えに来てくれたらしい。
試合は大丈夫なのかと思ったが、リーゼは次の準決勝が終わるまで、クリスは既に負けてしまったから大丈夫とのこと。
……というか、クリスは一回戦でリーゼと当たり、早々に負けてしまったらしい。
「まぁ、リーゼはほぼ毎日鍛錬しているんだし、差が出るのも仕方ないって」
「でも、私も最近は魔法の勉強を多めに!」
「付け焼刃じゃ敵わないってことさ、クリスチーナ」
「……なんだか、負けた相手に言われるのは、ムカつきますわね」
お嬢様が「ムカつく」っていうと、なんか変な違和感があるな。
ただ、リーゼの考えには賛成だ。
戦闘技術は一朝一夕で身に付くものではない。
日々の積み重ね、それと実戦経験がものをいう。
それを考えると、ルリがリーゼに勝つのも、なかなか厳しいものがあるが……。
「そういえば、ルリはまだ残ってるのか?」
「私たちが観客席を出るときは、ルリの準決勝が始まる前だったから……」
「その結果次第、ってことか」
まぁ、相手の腕にも依るだろうが、よほどの実力でもない限りは、勝率は十分にあるだろう。
始めて3か月くらいだが、ほぼ毎日練習してきたのだから。
「……と、噂をしたら、だな」
「え?」
「ほら」
あそこ、と俺が指を差す方向、城門の方を見るリーゼとクリス。
そこには。
「パパー!」
「ル、ルリちゃん!待って~!」
ブンブンと手を振りながら走り寄ってくるルリと、息を切らしながらルリを追いかけるマリーの姿があった。
「はふぅ……♪」
「あぁ……落ち着くなぁ……♪」
決勝戦開始まであと少しと言ったところで、選手控え室の中で入場の合図を待っているルリとリーゼ、そして付添である俺と師匠。
中にある椅子に俺は座らされて、ルリとリーゼは俺の膝の上に座っていた。
……表情から見るに、だいぶリラックスできているようで、これなら試合でいい動きができるであろう。
向かいに立ちながら俺たちの様子を見ている師匠も、二人の様子を見て苦笑をしながらも、おそらく同じことを考えているだろう。
「二人とも、分かっているとは思うけど、いつも通りにな」
言うまでもないとは思うが、何も言葉をかけないのはどうだろうかと思い、一応口にする。
「うん、分かってる!」
「クリスたちにみっともない真似、見せられないしね」
茶色と栗色の、似ているよう違う瞳がこちらを見上げながら言葉にする。
二人ともやる気十分なようで、リーゼに至っては、無意識のうちにか、握り拳を作っている。
ちなみに、クリスとマリー、そしてキューブとクラリスさんは既に観客席の方へと戻っている。
「負けたからといって、何かあるわけでもない。思う存分に、全力を出してきなさい」
「「はい!」」
師匠の言葉に二人は元気よく返事を返す。
二人の返事に師匠は、うむ、と頷いた。
コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
控え室のドアがノックされる音を聞いて、師匠が返事をする。
それを聞いてドアが開かれ、一人の女性が姿を出した。
服装からして係の人で、ルリとリーゼを呼びに来たのだろう。
「まもなく、決勝戦を開始いたします。出場選手のルリ選手、リーゼ選手は、入場口へとお願いします」
「「はい」」
二人は俺の膝から腰を上げて立つ。
自分の使う武器を持って、行くのかと思ったが、俺の方へとジーっと顔を向けている。
期待するような表情をしながら。
「……二人とも、頑張ってこい」
なんとなく予想が付き、俺は二人の頭を優しく撫でる。
どうやら合っていたようで、二人は満面の笑みを返し、行ってきます、と言うと係員の女性に着いて行った。
パタン
「……さて、と。それじゃ、俺たちも観客席に向かいますか?」
「そうだな」
二人の試合を見るために、俺と師匠は観客席へと向かった。
ワー!
自分の前後左右、360度から歓声、そして視線が突き刺さる。
その視線は純粋に応援するものから、子供だからとどこか馬鹿にするようなものまで様々。
しかしその中心に立つ二人、ルリとリーゼは、それに目を向けず、意識の外に追いやりながら、只々互いに目を向けていた。
「「…………」」
視線はやりつつも、交わす言葉は無い。
最初からそんなものはいらなかった。
考えることはただ一つ。
『それでは……』
それぞれが自分が握る獲物に力を込め、構えを取った。
リーゼは両手で握った木刀を正眼に構え、ルリは右手に持った杖の先を相手へと向けた。
『試合開始!』
((絶対に勝つ!))
開始と同時にリーゼは相手へと走り、ルリは魔法の構築を始める。
同年代の男子に比べても、断然速いリーゼにとって、数秒で詰められる距離だ。
しかし。
バシャーン!
ルリが魔法を構築し終えて、発動。
水流、というまでにはいかない量だが、それなりの量の水がリーゼに向かって押し寄せる。
点よりは面を意識されていて、避けるのが難しいと判断したリーゼは、その場で耐えしのぐことを選ぶ。
無詠唱で唱えられたものということもあり、それほど耐えるのは難しくなかった。
だが、ルリにとっては、相手の勢いを止めるというのは、あくまでおまけ程度のものだ。
ルリは先ほどの魔法が完成した瞬間、すでに距離を取りながら次の魔法の詠唱に入っていた。
「【凍れ!アイスステージ!】」
それは先ほどの準決勝でも使った戦法。
先程の水が端から凍っていき、リーゼの方へと向かっていく。
リーゼはそれを見て、慌てずにタイミングを計り横へと飛ぶ。
リーゼが空中へといる間に、先ほどリーゼが居た所は既に凍り、その効果を終えていた。
「甘いよリーゼ。さっき見せた戦法が効くとでも思ったの?」
最初の様子見が終わり、リーゼはルリに笑みを作りながら聞く。
ルリもそれに笑みを返しながら、首を横に振った。
「ううん。それで勝てればラッキー、位のもので考えてたよ」
「ふうん……まぁ、それなら大丈夫かな。もしかして、手を抜いてるのかと思ったよ」
「そんなことするはずないよ。だって……」
ルリは周りの観客席の一点へと視線を向ける。
そこに居るのは、自分たちの親友、家族、そして……
「パパが私たちのことを見てくれているんだもん。それは、パパに対する裏切りだよ」
「……それもそうだね」
ルリにつられて自分の愛する兄のような存在へと笑顔を向けていたリーゼは、顔をルリの方へと戻すと、剣をまた握りなおす。
ルリもそれを見て自分の周りへと魔力の球を浮かばせた。
「さて、それじゃ第二ラウンドといこうか?」
「うん……それじゃ、いくよ!」
ルリは魔力の塊をリーゼへと飛ばし、リーゼはそれを木刀で弾きながらルリへと迫る。
二人の戦いの幕が、切って落とされたのだった。