とりあえず、本編をどうぞ。
「【フレイムボール】!」
詠唱を唱え終わり、ルリの杖の先から炎の球が俺に向けて放たれる。
俺は魔力を込め、詠唱無しで俺の背丈より高い水の壁を、俺とルリの間の中間あたりに発生させ、同時に走り出す。
ジュッ、っという音を聞くと同時、魔力供給を止めると、水が重力に伴い壁の形を崩す。
ルリは、近づいてきていた俺に、驚きの表情をしていた。
「……っ!【風よ吹け!ウィンドカッター!】」
それでもすぐに詠唱を始め、視覚的には見えない風の刃を発生させた。
視覚的には見えないが、魔力を感じることで、今どのあたりにあるかはわかる。
詠唱が短いこともあり威力は低く、それほど恐れる必要はないが、保険として風の壁を発生させた。
「……おっと」
そこで地面から魔力を感じ、俺はすぐさまサイドステップ。
一瞬の後、地面から土が隆起した。
速度重視で魔法を使ってきたか。
ルリはさらに、杖の近くに、先程よりは小さい火の玉が、三つほど作っているのを確認した。
「【火の意思よ!力を貸して!】」
詠唱に伴い火の玉の数が増していく。
数瞬でどうするかの判断を下し、タイミングを計る。
狙うは、相手の詠唱が終わる瞬間。
「【……燃えろ!ファイアボール!】」
……今!
俺はルリを中心に、円形に水の壁を発生させた。
「って、あれ!?」
ルリの視界を奪っている間に、ルリの背後に回り、魔力供給を止めて、ルリの首元に木刀を突きつけた。
「……え?」
「試合終了」
ルリは俺の言葉に、状況を判断したようで、悔しそうにしながらも、参りました、と言葉に出した。
「お疲れ様です、旦那様、お嬢様」
離れて見ていたキューブが近づいてきて、俺たちに労いの言葉をかけてくれる。
持っていた飲み物を渡してくれ、ありがとうと言って受け取る。
ルリも同じようにキューブから受け取って、飲み物を飲んだ。
「だいぶ魔力運用は上手くなったな。これなら、1試合で使い切ることはないと思う」
「えへへ……パパのおかげだよ」
「だけど、固定砲台になるのは良くないな」
「うぅ……」
先ほどは詠唱に集中するあまり、ほとんど動かずに魔法を撃つだけだった。
まだやり始めだからしょうがないと思うが、少しずつ改善していかないとな。
「まぁ、状況によって速度重視で魔法を撃つ、というのは良かったぞ」
落ち込んでいるルリの頭に手を置き、軽く撫でてやる。
ルリは、えへへ、と嬉しそうにしている。
「十分ほど経ったら、もう一試合くらいするか」
「うん!」
季節は秋になり、九月。
街は、すっかり収穫祭モードになっていた。
そして、今日は武闘大会前日。
予行ということで、俺はルリと模擬戦をしていた。
もちろんハンデはつけており、俺は詠唱無しの魔法のみで、さらに攻撃はしない。
俺に首に剣を突きつけられる前に、地面に手を着かせたらルリの勝ちという内容でやっていた。
結果は、俺の全勝であったが。
「さっきも言った通り、午後はゆっくり休むようにな」
模擬戦を終えた後、キューブが作ってくれた昼飯を食べながら、ルリにそう伝えた。
明日は本番だし、体を休めたほうが良いだろう。
「それなら、パパ。午後は一緒に居てくれる?」
「え?」
「だって……最近パパと、魔法の練習以外で一緒に居なかったし……」
ルリが不満そうな表情で俺に言う。
……確かに、最近剣の修行とかも多めに取っていた所為で、忙しかったしな。
でも、家のこともやらなくちゃいけないし……。
「そうしてあげてください、旦那様。家のことなら、私にお任せください」
黙って聞いていたキューブが、そう勧めてくれた。
……キューブに甘えて、今日はルリと過ごすか。
「……キューブ、悪いけど頼むわ」
「いえいえ」
「それじゃルリ、今日は一緒に過ごすか」
「やったぁ!」
喜ぶルリを見て、キューブは笑い、俺は苦笑した。
「あ、パパ!あれ食べたい!」
俺と手を繋ぎながら歩いていたルリは、並んでいた屋台の内の一つを指さした。
「はいはい……おじさん、一つ」
「あいよ!……はい、お嬢ちゃん」
「ありがとう!」
おじさんにお礼を言いながら受け取ったルリは、美味しそうに受け取った食べ物を頬張っている。
キューブに家のことを任せた俺とルリは、収穫祭で出ている屋台を適当に巡っていた。
屋台自体は一週間ほど前から出ていて、ルリは一度リーゼたちと行ってきてはいるのだが、俺と一緒に行きたいらしく、こうして歩いている訳だ。
「他に何か欲しいものとかあるか?」
「うーん……あっ」
屋台を見回しながら唸っていると、前方を見て声を上げた。
俺も声につられて見てみると、師匠とリーゼの姿。
二人も前日ということで、訓練を止めて、街に出てきた訳か。
と、考えながら見ていると、リーゼがこちらに気付いたようだ。
「兄さん!ルリ!」
師匠もリーゼの声で気づいたようで、こちらを見て、軽く手を上げた。
俺はそれに会釈で返していると、こちらに走ってきたリーゼは、俺の目の前で止まった。
「兄さんたちも、屋台を回ってたの?」
「あぁ。本番前だし、身体を休めるのも含めてな」
「リーゼちゃん達も?」
「うん」
ルリとリーゼは二人で話し始めた。
俺は、ゆっくり歩いてきていた師匠と合流し、二人で話す。
話題は専ら、明日のことである。
「どうだ?調子は」
「……まぁまぁ、ってとこですかね」
「そうか。まぁ、そう簡単にお前が負けるとは思わないがな」
「師匠のお墨付きをもらってしまったら、尚更負けられませんね」
「期待しているぞ」
師匠は大会には出ないと聞いている。
何年か前から出ていないらしいが、なんとなく何か企んでいるような気もする。
……気にしてもしょうがないけど。
「リーゼの調子も大丈夫ですか」
「あぁ。あとはちゃんと実力を発揮できるか、だな」
それに関しては同意だ。
リーゼだけでなくルリもだが、実戦(と言っても、試合ではあるが)はいまだ未経験だ。
大抵の相手が初めて戦う者であり、上手く試合が運べるかどうか。
緊張もするだろうし、下手したら実力の半分も発揮できない可能性がある。
「まぁ、勝敗がどうなるにしろ、いい経験になると思いますよ」
「……そうだな」
俺が笑って言うと、師匠も同意して笑った。
「ふぅ……」
家に帰り夕飯と風呂を済ませ、ルリを寝かしつけた俺は、部屋を出てリビングに入った。
「お嬢様はお休みになられましたか?」
「あぁ。緊張しているのか、ちょっと寝つきが悪かったけどな」
「おそらくですが、緊張はしていないと思いますよ?」
「……確かに」
緊張というよりは、遠足前の小学生みたいな気持ちだろう。
年齢的には、小学生ではあるから問題ないのかもしれないが……。
「なにかお飲みになりますか?」
「……紅茶でも入れてくれるとありがたい」
「かしこまりました」
本当なら珈琲にしたいところだが、明日は俺も試合があるし、寝不足で調子が悪くなるとかは避けたいしな。
キッチンへとキューブは行き、俺は特に何もせず、おとなしくキューブを待つ。
「……おまたせました」
「いや、ありがとう」
少し待ち、持ってきてくれた紅茶を飲む。
キューブは椅子に座らず、傍らに立ち、俺が紅茶を飲む様子を眺めている。
「……別に、座ってゆっくりしてもいいんだぞ?」
「いえ、大丈夫です」
「……そうか」
本人がいいと言っているのに、無理に勧める必要もないだろう。
俺は、その状態のまま、キューブと話す。
「キューブ、明日は家のことはやらなくてもいいぞ」
俺がそう言うと、キューブは疑問を浮かべた表情をしていた。
「しかし、旦那様は明日、大会が……」
「成人の部は午後からだから大丈夫だ。最近、キューブには家のこと、任せきりだったしな」
大会が近くなるにつれ修行を増やしていたので、家のほとんどをキューブに任せていた。
だから明日は、キューブにはゆっくりと、祭りを楽しんでもらいたい。
そう言うが、キューブはあまり納得していない様子だ。
「普段からキューブがよくやってくれているから、そんなに時間もかからないし、負担も少ないから大丈夫だ。だから、な?」
「……そこまでおっしゃるなら、そうさせていただきます」
頭を下げるキューブに、俺は苦笑しながら頷く。
少しだけ残っていた紅茶を飲み干し、俺は立ち上がる。
「それじゃ、そろそろ寝るわ。キューブも、あまり遅くならないようにな」
「かしこまりました。おやすみなさいませ、旦那様」
「おやすみ」
リビングを出て、自分の部屋へと入る。
ベッドには、既にルリが寝ていた。
今日は俺と寝ると言って聞かなかったからである。
……といっても、毎日夜中に俺のベッドへと潜り込んでくるから、いつもと変わらないのだけど。
ルリを起こさないように気を付けながらベッドに入り、目を閉じる。
明日はどうなるのやら、と思いながら、俺は眠りについた。
収穫祭の設定はオリジナルです。
次の話から武闘大会が始まりますが、子供の部と一般の部は話を分ける予定です。
したがって、少なくともあと二話は九月の話になると思います。
武闘大会についても、結構オリジナル設定が出ることになるかと。