「パパ、早く行こうよ!」
「わかってるから、少し待て」
俺の手を引きながら急かすルリに言いながら、俺は少し落ち着くように言い聞かせる。
だが、ルリはあまり聞いていないようで、大した効果は見られなかった。
つかまれていない方の手で自分の鞄を漁り、必要なものだけを別の袋に入れ、立ち上がった。
「よし、それじゃ行くか」
「うん!」
八月になり暑い季節になった。
俺とルリは多くの観光客で賑わう海へとやって来ていた。
キューブも誘ったのだが、家のこともあるし、二人だけで楽しんできてほしいとのことだった。
それに、あまり多くの人がいる場所で、翼を見られる可能性もあるから、らしい。
「あ、ルリ!」
「ルリちゃーん、こっちこっちー!」
「遅いですわよ!」
部屋を出て浜辺へとくると、先に海に入っていたリーゼとマリー、クリスがこっちに気付いたようで、手を振りながらルリのことを呼んでいた。
軽く周りを見てみると、師匠やアールさんは浜辺にシートを引き、パラソルを立てて休んでいるようだった。
その時、手をクイクイと引っ張られ、見るとルリがこちらを見上げていた。
「行ってこい」
「パパは?」
「あー……後から行くから」
「わかった!」
ルリは俺の答えに満足したのか、離れてリーゼたちがいる元へと向かった。
それを見送り、俺は師匠たちがいる方へと向かう。
「お疲れ様です」
「マコトもな」
ここに来るまで、荷物は大体男性陣が持ってきたのだ。
自分と師匠は元より、アールさんも道具の仕入れで荷物運びは慣れているとはいえ、疲れるのに代わりはない。
「クラリスさんは?」
「少し部屋で休むと言っていてな。時間が経ったら来ると言っていた」
アールさんの奥さんは来ていない。
二日も店を空けるわけにはいかないと言い、来なかったのである。
「それよりマコト、どうだ、一杯」
アールさんが袋から瓶を取り出しながら言う。
中身をよく見ると、どうやら酒のようだ。
「……まだ昼ですよ?」
「夜もやるつもりだが、別に昼に飲んじゃいけない理由はないだろ?」
助けを求める意味で師匠に視線を送ってみる。
が、師匠は苦笑いするだけだった。
「まぁ、いいんじゃないか?今日くらいは骨休めということで」
むしろアールさん側に回ってしまう始末である。
「……今は遠慮しておきます。少し経ったらルリたちと遊んであげなきゃいけないんで」
「そうか……まぁ、マリーたちの相手をしてくれる、っていうなら、仕方ないな」
よろしく頼む、とアールさんに言われ、俺は了承の意を返した。
「パパー!」
俺がルリたちに近づくと、あちらも気づいたのか、手を振ってきた。
「話は終わったの?」
「あぁ。それで、何をしようとしてたんだ?」
「ビーチバレーをしよう、ってことになったんだ」
「ビーチバレーか」
リーゼの手にはビニール製のバレーボールがある。
まだ始めていないということは、こちらを待ってくれていたのだろうか。
「それじゃ、お兄様も来たことだし、始めましょうか」
「そうだね」
クリスの言葉からするに、予想通りらしい。
俺たちは円形に広がり、ビーチバレーを始めた。
それにしても、ビーチバレーなんて、どれくらいの間やってなかっただろうか。
下手したら前世まで遡る。
「はいっ!」
クリスがトスでルリへと回す。
「それ!」
ルリも回ってきたボールを、危なげなくトスでマリーへと回した。
「え、えい!」
それをマリーは少々慌てながらも、何とかリーゼへと回した。
ボールが来る先のリーゼは、スパイクの準備をしている……って。
「やぁっ!」
「ちょっと待て」
リーゼが打った先は俺。
さすがに子供、それも女の子の打ったものであるため、速度もそれほど速くないが、まさかスパイクをしてくるとは思ってなかったため、多少慌ててしまう。
それでも、それほど問題なく少し高めにルリの方へとボールを上げた。
「リーゼ、パス回しでアタックするんじゃない」
「兄さんだったら、別にいいかなー、って」
それは差別じゃないだろうか。
「リーゼちゃん、はいっ!」
ルリがリーゼへとボールを上げる。
アタックするにはちょうどいい高さである……っておい。
「よーし、私たち皆で、お兄様に集中攻撃ですわ!」
「「おー!」」
「い、いいのかな……?」
クリスの言葉に賛同するルリとリーゼ。
その中で、悩んでいるマリーだけが唯一の救いだった。
その後しばらく、三人による俺に対する集中攻撃が続くことになったのだった。
カポンッ……
「はぁ……」
「だいぶお疲れのようだな、マコト」
「そりゃあ、あいつら、ずっと俺を集中狙いでしたから。さすがに疲れました」
「それならマコト!一杯飲んで、疲れを癒そうや!」
「さっき飲んだじゃないですか……って、もう完全に酔ってますね……」
夕飯が終わった後、師匠とアールさんと一緒に、露天風呂に入っていた。
体を洗い、今は湯船に浸かっているが、アールさんが顔を赤くしながら、俺に無理やりお猪口を持たせ、酒を注いできた。
師匠にも同様に渡している。
てか、アールさんは絡み酒だったのか。
「マコト、飲まないと多分解放されないぞ」
「そうみたいですね…」
俺と師匠は覚悟を決め、一口で飲み干す。
それなりに強い酒だったようで、喉が少し熱くなるのを感じた。
「おー!いいねぇ、二人とも!ささ!もう一杯!」
そしてすぐさま、またお猪口に酒が注がれる。
酒が尽きるまで続きそうだな。
「ところでマコト。おめぇは、誰が本命なんだ?」
「……はい?」
アールさんの急な話題に、いまいち意図が掴めず、聞き返してしまう。
「決まってんだろう!あの四人の中で、誰が一番好みか、って言ってんだよ!」
バシャン!
四人……という言葉から察するに、ルリ、リーゼ、クリス、マリーのことだろう。
……というか、今の音はなんだ?
「本命って……四人は、一人は娘で、他は妹みたいな子ですよ?」
「歳の差なんて関係あるめぇ!それに娘がなんだ!愛の前に、そんなもんは問題あるか!」
「いや、問題はあるだろう」
思わずため口でツッコんでしまった。
「それに、今すぐってわけでもねぇ。六年やそこら、今のお前くらいの歳になれば、お前もあの子たちに対して、女ってもんを意識するだろう」
「まぁ、そりゃあ、そうなると思いますけど……今は、自分を慕ってくれる、可愛い娘、妹としか考えてないですよ」
「……あの子たちもかわいそうになぁ」
「どういう意味ですか……」
「あの子たちがお前を好きでいるのは分かっているだろう」
「……まぁ、あんだけ慕ってくれれば、さすがに」
でも、ルリたちが今自分に抱いているのは、家族に対する親愛のようなものだろう。
それを、幼いが故に、恋慕のものだと思い込んでしまっているだけだろう。
「もう少し大きくなれば、多分同年代に好きな男の子とか出来ると思いますよ」
「……はぁ……まぁ、お前がそう思ってるなら、それでいいか」
なんで俺は、酔っている相手にため息を吐かれなきゃならないんだ……。
「……だが、マリーを泣かせたら、殺す」
「物騒なこと言わないでください」
その時のアールさんの眼は本気であった。
ちなみに、師匠は一杯飲んだだけで気絶していた。
「「「「…………」」」」
一方女風呂の方では、ルリたち四人が難しい表情をしていた。
「……兄さんは、私たちのことを只の妹や娘としか見ていなかったんだね」
「……まぁ、今の私たちの年齢では、しょうがないのかもしれないですけど」
「……それでも、少しショックかな」
「……もう少し、積極的になるべきかなぁ」
「あー、マリーは確かに、その方が良いかもね」
「私は、もう少し来てもらう頻度を上げてもらおうかしら」
「それだと、私がパパと居られる時間が減っちゃうよ!」
「いや、ルリはむしろ、少しくらい減ってもいいと思う」
「そうだよ……唯でさえ、一緒に暮らしているんだから」
「それを言ったら、リーゼさんも毎朝会っていますけれど」
「それは私の頑張りによるもの、みたいなものだろ!?」
「……あらあら」
あーでもない、こーでもない、と会話を続ける少女たちを、クラリスは微笑ましそうに見つめていた。
八月の話でした。
あまり海が関係ないのですが、気にしないでください。
次は九月の話になります。