「ここが私の家だよ、クリスチーナちゃん」
「ここが、そうなのですね」
これは五月の終わり頃の話。
マコト・キサラギの家の前で話す、二人の少女。
ルリ・キサラギとクリスチーナ・オハラ・ノーザリー。
「パパも待ってるだろうし、中に入ろうか」
「そうですわね。それでは、お邪魔いたしますわ」
ルリは玄関のドアに手をかける。
そして、開きながらクリスチーナに振り返った。
「それじゃ、クリスチーナちゃん。ようこそ、家へ!」
事の始まりは三日前であった。
「三日後か?」
「はい、お兄様。よろしければ、そちらにお邪魔させていただきたいのですが……」
クリスチーナの屋敷で、マコトが執事のバイトの日。
お茶をしていたときに、クリスチーナに切り出されたのだ。
「それは構わない。ルリも喜ぶだろうし」
「そうですか!それなら、そうさせていただきますわ!」
クリスチーナが、三日後は予定が空いているので、誠の家に行きたいと言ったのだった。
「ん、わかった。来るのは午後からだな?」
「えぇ、そのつもりですが……」
「それじゃ、三日後の午後、迎えに来るよ」
「はい!」
そして、三日後。
俺が迎えに行く予定だったのだが、ルリが迎えに行くと言い出したので、ルリに任せたのである。
「おかえり、ルリ。いらっしゃい、クリス」
「ただいま、パパ!」
「お邪魔させていただきますわ、お兄様」
ドアが開いた音が聞こえ、玄関に行くとルリとクリスの姿。
「それじゃ、リビングに行くか。二人も待ってるし」
「……二人?」
「まぁ、行けばわかるさ」
聞き返すクリスと、笑顔のルリ。
まぁ、あの二人を呼んだのはルリだしな。
リビングへと向かい、ドアの前に立つ。
そして、クリスに開けるように促した。
「さ、クリス。入って」
「私が先に入るのですか?」
「うん!クリスチーナちゃん、早く!」
俺たちの声に促され、ドアを開けるクリス。
そこに待っていたのは。
「君がクリスチーナかい?」
「うわぁ……綺麗な子……」
リーゼとマリーの二人である。
「へぇ……では、お二人は、私と同じくらいの頃からお兄様とお知り合いなのですね」
「うん、そうだよ」
「五年前、くらいかな?」
俺が紅茶を淹れる傍ら、少女四人はテーブルについて、話をしている。
話題はどうやら俺のことについて。
キューブは、クリスに挨拶をすると、洗濯を始めたので、今は庭にいる。
「みんなずるい……」
ルリが恨めしそうにこれを出している。
別に、ズルイも何もないと思うが。
「でも、ルリちゃんは、お兄ちゃんと一緒に暮らしてるし……」
「私たちからしたら、ルリの方がずるいよ」
「そうですわ」
「だって、私のパパだもん」
「そんなこと言ったら、私たちのお兄様ですわ」
……なんだか話が変な方向に向かっている気がする。
「……ほら、お茶が入ったぞ」
みんなの分のお茶をそれぞれの前に置き、真ん中に焼いておいたクッキーを置く。
それぞれが礼を言いながら手を付け始めた。
さて、と……。
「あれ?パパは座らないの?」
「椅子がないからな」
我が家のリビングに置いてある椅子は四つ。
既に四つとも使われているから、立つしかない。
本来は家事をしようかと思ったのだが、キューブに休むように言われたのと、四人から相手をして欲しいと言われたから、この場に留まっている。
「なら、私がパパの膝に座るから、パパがこの席に座ってよ」
ルリが言った言葉を聞き、三人はルリに視線を向ける。
「……ルリ、もしかして、よく座るの?」
「ふぇ?何が?」
「お兄ちゃんの膝に、だよ」
「……?うん」
俺が座って何かをしているとき、確かにルリは、俺の膝に座ることが多い。
別に重いというわけでもないから、俺はそのままにはさせているけど。
三人は顔を寄せ合い、こそこそと話し始めた。
「……もしかしたら、ルリさんが一番進んでいるのでしょうか」
「一緒に暮らしてるという、アドバンテージもあるしね……」
「出会ったのは私たちのほうが早いと言っても、三年間会ってなかったのもあるし……」
「これは、なにかしら対策を取る必要がありますわね……」
聞こえてないかもしれんが、俺には聞こえてしまっている。
ルリは聞こえてないのか、首を傾げているが。
というか、まだ十歳なのに、そこまで考えるのだろうか。
「パパ、はい」
「ん、あぁ」
ルリが立って待っているので、さっきまでルリが座っていた席に座る。
そして、ルリが俺の膝に座った。
「「「あー!」」」
「えへへ……♪」
「ルリ、そこ譲ってよ!」
「リーゼさん、何言ってるのですか!今日は私がお兄様の家に初めて来た記念日なのですから、私ですわ!」
「わ、私だって座りたいよ!」
ルリに詰め寄る三人だったが、それにルリは笑顔で返した。
「ここは私の特等席だから、譲らないよ」
いつからそうなったんだ……。
「そういえば、兄さんは今年の収穫祭はどうするの?」
ひとまず場が落ち着き、ティータイムと洒落こんでいたときに、リーゼが俺に聞いてきた。
「そういえば、パパ、去年は私と一緒に回ってくれたからね」
収穫祭とは、九月に行われる、年に一度のお祭りみたいなものである。
一ヶ月通して行われるのだが、その中で三つの大会が行われる。
武闘大会・ダンスコンテスト・芸術祭の三つだ。
といっても、俺はダンスで踊るような相手も、芸術祭も基本的に絵を見る側であるから……。
「お兄様なら、優勝もできるのではないですか?」
「買い被りすぎだ、クリス」
「そんなことないと思うよ、お兄ちゃん」
出るとしたら武闘大会である。
武闘大会は
一般の部、女子の部、子供の部がある。
8歳から出場が可能になるが、12歳までは子供の部にしか出れないし、子供の部でも男子・女子と分かれる。
リーゼは今年初めて武闘大会に出場することを師匠に許された。
ちなみに俺は、今まで出場をしたことがない。
自分が出場しても、いいとこ二回戦敗退位だと思っていたからな。
この大会、魔法もありだから、下手したら近づく前に魔法で一方的に倒すことも可能だからな。
「リーゼは出るんだよな」
「もちろん!目指すは当然優勝!」
「リーゼさんは体育会系ですわね……」
「あ、あはは……」
マリーがクリスの言葉に苦笑する。
確かに、段々リーゼは、体育会系になってきた気がする。
「ねぇ、パパ」
そう思っていると、俺の膝に座るルリが俺の服の袖を掴んだ。
「私も出場していい?」
「いいね、ルリ!一緒に出場しようよ!」
ルリの言葉を聞き、リーゼが目を輝かせた。
と、言っても……。
「まだ魔法を習い始めて二週間ほどだからな……」
「え、ルリちゃん、魔法習い始めたの?」
「うん!」
そう、ルリはまだ魔法を習い始めなのである。
あと三ヶ月くらいしかないから、出場できるくらいまでレベルを上げるとなると、少々きつい。
ちなみに、クリスとマリーは魔法を結構使うことができる。
どちらも親が護身用的なものとして習わせたのであるが。
「まだ理論を教えて、軽く実際にやらせたくらいだから、魔力運用が下手なんだよ」
イメージしたものを現実に顕現するだけであり、別に術式とかはいらないのだが、魔力の込める時に腕が試される部分もある。
習い始めだと、必要以上に魔力を込めたりして、すぐにガス欠を起こしたりする。
それに、実際は止まりながらとか、ゆっくり魔法を構築することも出来ないから、経験を積まないと実戦に使うのは厳しい。
「ねぇ、お願い!私頑張るから!」
手を合わせて懇願するルリ。
「…………」
「…………」
数秒の間、ルリの瞳を見る。
……本人のやる気もあるようだし、いいか。
負けたら負けたで、経験にもなるだろう。
「わかった。なんとか三ヶ月で頑張ってみるか」
「……!うん!ありがとう、パパ!」
ルリが、やったね、とリーゼとハイタッチをする。
「ルリさんも出場するなら、せっかくだから私も出ますわ」
「私も出たいな」
「クリスチーナとマリーも!?やった!」
クリスとマリーの言葉にさらに喜ぶ二人。
まぁ、いい思い出にもなるだろう。
と、おもむろに四人が俺の方に視線を向けた。
「「「「…………」」」」
……これは、俺も言わなくちゃいけないのだろうか。
「……はぁ、わかった。俺も出るよ」
どうしてこうなった……。
四人の喜ぶ声を聞きながら、俺はそう思った。
「おかえりなさい、あなた」
「……あぁ、ただいま」
「ご飯、できてますわ」
「……そうか」
「あ、でも、先にお風呂にしますか?」
「それとも……わ・た・し?」
「…………」
なんだこのカオスは。
みんなで遊ぶということになり、ままごとに決まったのは、まぁいいとしよう。
しかし……。
父親一人に対して、母親四人ってどうなんだ。
「よし、一回ストップしよう」
「……?何か問題あった?パパ」
「とりあえずツッコみたいのは、何で母親が四人なんだ?」
「みんながそれを希望したのですから、しょうがありませんわ」
「そうだよ、お兄ちゃん」
「……ジャンケンとかで、分けるという方法は?」
「あー……その発想はなかったよ」
目を逸らしながら言っても、説得力がない。
「だって、負けたら役取られちゃうんだよ!?」
「そのためにやってるんだから、当然だろ」
「ま、まぁまぁ、お兄ちゃん。特に問題はないんだから……」
「問題はあるんだが……」
……やはりこれは、俺が諦める状況か?
「あー、私も早く大人になって、結婚したいなー」
ルリが空を仰ぎ見ながら言うが、十歳の頃から結婚願望を持つものなのだろうか?
「でも、私たちは、あと六年はしないと、結婚できませんわ」
この国で結婚するには、男女ともに16歳以上であるのが条件である。
「まぁ、自由なのは子供のうちだから、今のうちにやりたいことやっとけ」
大人になったら、仕事もあるしな。
「……それじゃ、私が大人になるまで、パパ待っててね」
「…………」
「どうして無言なの!?」
どう返せと言うんだ。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったですわ」
「まぁ、また来な。いつでも歓迎するから」
「はい、そうさせていただきますわ」
時刻が夕方になり、今はクリスの屋敷の前。
リーゼとマリーは既に家に送り届けたあとだ。
「クリスちゃん、またね!」
「はい、ルリさん。ごきげんよう」
クリスは門の前に待っているメイドの所に行き、一言二言交わすと、屋敷の中に入っていった。
「パパ、ごきげんようって?」
「まぁ、さようならとか、そういう意味だったと思うが」
「そっかー……今度は私も言った方がいいかな?」
「……どっちでもいいんじゃないか?」
そんな言葉を交わしながら、家に向かう。
……そういえば。
「明日から、毎日魔法の練習だからな」
「うん、わかってるよ!厳しくても頑張る!」
「ん、いい心構えだ」
両手を握り、気合を入れるルリを見ながら、練習メニューも考えないとな、と明日からのことを考えるのだった。