ある父親の子育て日記   作:エリス

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親子水入らず

「ピクニック?」

「うん!ねぇ、行こうよ、パパぁ」

 

五月に入り、一週間。

朝食の場でルリが言ってきたのは、ピクニックに行きたい、とのことだった。

 

「急だけど、何かあるのか?」

「市場のお姉さんがね、近くにお花畑があるって教えてくれたの」

「果物屋の人か?」

「うん、この前りんごもらっちゃった」

「お礼はちゃんと言ったか?」

「言ったよ」

「ならよし」

 

それにしても、花畑か……。

もうそろそろ春が終わる頃ではあるけど、多分花は結構咲いているだろう。

あまり街の外には、用事がない限りは出ないから、その場所がどこにあるかわからない。

 

「キューブは、その花畑がどこにあるか分かったりするか?」

 

俺よりは詳しいだろうと思い、キューブに聞いてみる。

 

「すみません……私はわかりません」

「そっか」

「パパ、いいの!?」

 

キューブに聞いたことで、ルリがテーブル越しに俺に顔を近づけながら聞く。

別にそこまで忙しいほどでもないし、構わないだろう。

 

「いいけど、すぐには無理だぞ。場所も把握しないといけないし、スケジュールも調整しないとな」

「ありがとう、パパ!」

「……ルリ、口元に米がついてる」

 

満面の笑みで言うルリの顔についた米粒をとってやり、、早く食べるように注意を促すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「花畑?それなら、街を東門から出て、森を抜ければすぐだよ」

 

翌日の朝方、訓練に行く途中に、店の準備を進めていた果物屋の女性、ツグミさんに昨日の話を聞くことに。

 

「あの森を抜けた先か……あそこは魔物が出たりしない地域だから安全ですけど、なんでわざわざ?」

「あそこには、果物の木があるのよ。私有地でもないから、取りすぎない限り、何も言われないしね」

「なるほど……てことは、俺たちが取っても問題ないですよね?」

「あはは、まぁ構わないでしょ。それに、それでマコト君がこの店で買わないようになるわけじゃないでしょ?」

「そりゃそうですけど」

「なら、よし」

 

というか、そこにある果物も、この店の全てである訳がないだろうし。

 

「親子でピクニックねぇ……キューブ君も一緒に?」

「キューブは家のことをやっておくと言って、一人で留守番です」

「ってことは、親子水入らずね」

「キューブも一緒に来ればいいと思うんですけどね」

「気を使ってくれたのじゃないかしら」

「……多分そうですね」

「まぁ、精一杯ルリちゃんを楽しませてあげなさい」

「楽しませると言っても、あまり思いつかないんですけど」

「大丈夫。ルリちゃんは、マコト君がいてくれるだけで嬉しいと思うわよ」

「そうですかね……っと、さすがにそろそろ行かないと。ツグミさん、失礼します」

 

気付いたら結構な時間話し込んでいる。

早く行かないと遅れてしまう。

師匠やリーゼも待ってるだろうし、急がないと。

 

「あ、マコト君」

 

パシッ

 

行こうとして声をかけられ、振り返ろうとしたところに飛んできた赤い丸いものを掴む。

 

「それ、持ってって。サービス」

「……ありがとうございます」

 

俺は受け取ったリンゴを齧りながら、訓練の場所に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということだから、明日の八時くらいに家を出るぞ。寝坊しないようにな」

「うん」

 

夕食の場で明日の予定を告げ、ルリはそれを承諾した。

弁当の準備とかもあるから、俺は五時くらいに起きないといけないけど。

 

「キューブも、家事が済んだら自由にしてていいからな。いつも働きっぱなしだし」

「そうさせていただきます」

 

キューブはいつも、家事が済んでも仕事を探そうとするからな。

明日くらいはゆっくりしてもらおう。

 

「明日帰ってきたら、キューブにお花畑がどうだったか、話してあげるね」

「楽しみにしております、お嬢様」

 

笑顔で言うルリの言葉を、キューブは笑顔で受け取った。

 

「それとルリ。明日の弁当で食べたいものあるか?」

 

弁当のメニューを考えるのは、何だかんだで難しい。

リクエストを聞いたほうが手っ取り早い。

 

「うーん……」

 

ルリは頭を悩ませて考えている。

 

「パパが作ったものは何でも美味しいから、とか言うのは無しだからな」

「えー!?なんで!?」

「それじゃ聞いた意味がないだろ」

 

メニューを考える手間を無くすために聞いたのだから。

 

「……それじゃ、卵焼き!砂糖多めの!」

「それだけでいいのか?もう少し手間の掛かるやつでもいいけど」

「うん!パパの作る卵焼き、大好きだもん」

「……ありがとな」

 

ぶっちゃけ、卵焼きは元から入れるつもりだったから、全く意味がなかったのだが、仕方ない。

あとは唐揚げとか、適当に作ればいいだろう。

 

「キューブの分も作っておくか?」

「よろしいのですか?」

「別に一緒に作るから、手間は変わらない」

「それでしたら、お願いします」

「あいよ……ごちそうさま」

「ごちそうさま!」

「ごちそうさまでした」

 

三人で一緒に手を合わせて食事を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……」

 

朝になり、目を擦りながらルリがつかんでいる服を脱いで、布団から抜け出す。

時計を見ると四時半で、どうやら少し早く起きたようだ。

かと言って、二度寝する暇もないし、布団から出たのだから、弁当作りを開始しよう。

 

今日は、師匠に理由を言い、訓練を休みにしてもらった。

師匠はそれを了承したのだが、理由を聞いていたリーゼが、

 

「ルリだけずるい!」

 

と少し駄々をこねていた。

今度一緒にどこかに行くということで手を打ってもらったが。

 

「キューブ、おはよう」

「おはようございます、旦那様」

 

キッチンに行くと既にキューブが起きており、朝食の準備を進めてくれていた。

この朝食は俺とキューブのであり、ルリの分は起きる頃合を考えて、あとからまた作ることにしてある。

 

「朝食、何か手伝うか?」

「あとは容器に盛るだけなので、旦那様は座って待っててください」

「ん、わかった」

 

言われたとおりに、座って近くに置いておいた本を読む。

何かの専門の本とかではなく、小説である。

少し読み進めていたが、キューブがスープとサラダ、それとトーストを俺の前に運んできてくれたので、本を閉じ、キューブも座るのを待つ。

キューブが自分の分もテーブルに置き、俺の対面に座り、俺とキューブは同時に手を合わせた

 

「「いただきます」」

 

食事の時、最初はみんなで一緒にいただきますを言うのが、我が家の決まりになっている。

互いに特に喋らず、ただ自分の分を食べ続ける。

俺もキューブも、基本的に食事中に話そうとするタイプではない。

ルリがいるときは、静かな食事だとルリがきついだろうから、話したりもするけど、

今は俺とキューブだけである。

十分ほど経ち、二人とも食べ終わり、ごちそうさま、と言い食事を終えた。

 

「さて、俺は弁当を作るわ」

「私は洗濯をしてきます」

「頼む」

 

それぞれがやることを伝え

作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、行ってきまーす!」

「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、旦那様、お嬢様」

 

俺が弁当が入ったバスケットを持ち、キューブに家を頼み、出発した。

ルリも特に寝坊することもなく、予定通りの出発だ。

ルリは俺の空いた手を握り、鼻歌を歌っている。

上機嫌のようだ。

 

「ご機嫌だな、ルリ」

「だって、パパとピクニックだもん!パパは?」

「俺も楽しいよ」

 

俺が言うと嬉しそうに笑う。

 

「それにしても、ピクニックなんて初めてかもなぁ……」

 

この世界に生まれ直してから、色々と忙しかったし。

ピクニックに行こうとか思うキッカケもなかったし。

 

「パパも初めて?」

「そうだな」

「じゃあ、私がパパの初めてだね!」

「どこでそんな言葉を覚えたんだ……」

「ツグミさんが教えてくれたの」

 

帰ったら一度話す必要があるな……。

 

「パパ、しりとりしよ!」

 

唐突にルリが言った言葉に俺は承諾し、しりとりをしながら目的地に向かうことにした。

 

 

 

 

「うーん……[クルミ]!」

「[ミルク]」

「ふぇ!?またクになっちゃった!」

 

さっきから俺がクになるように言葉を返しているので、だんだんルリの返すまでの時間が長くなってきている。

今も唸りながら悩んでいる。

 

「……あれは」

 

今森の中に入って歩いていたのだが、目の前の木を見て俺は声を上げた。

ミカンの木である。

これがツグミさんの言っていた木のひとつだろう。

 

「ルリ、ちょっと待ってろ」

「?うん」

 

俺は少し木から離れ、頭の中でイメージをしながら詠唱をする。

 

「【風よ、我に従い、その形を成せ……エアーホールド】」

 

詠唱によりそのイメージをさらに固め、俺は木に向かって走り出す。

あと二メートル程のところでジャンプし、頂点あたりで魔法を発動する。

 

タンッ

 

風で固めた足場でさらにジャンプをする。

またイメージを固め、魔法を発動、そしてジャンプ。

それを五回ほど繰り返すと、木の枝の上に乗った。

 

「パパ、すごい!」

 

ルリの驚きと、俺を褒める声を聞きながらも、俺はミカンを10個ほど拝借。

それを抱えて、俺は枝の上から飛び降りて、地面に着地した。

 

「さっきのも魔法なの?」

「あぁ、そうだ」

「ほぇ~……魔法って、すごいんだね……」

「まぁ、基本的に何でもありだからな」

 

さすがに瞬間移動とか、空を飛ぶとかは無理だけど。

 

「……私にも、出来るかな?」

「練習すれば出来ると思うぞ」

 

魔族は基本、人間よりも魔力保有量が多い、ということが文献にも書いてあったし、あとは理論さえわかれば出来るだろう。

 

「……じゃあ、パパ!私に魔法教えて!」

「……俺が教えるのか?」

 

正直、俺に習うよりも、街の魔法学校みたいなところに通ったほうがいいと思うのだが……。

 

「パパに習いたいの!……ダメ?」

 

俺を見上げ、首を傾げながら聞いてくるルリ。

どう考えても、専門の人に習ったほうが早いと思うが……ルリ本人の意思を尊重することにするか。

 

「わかった。それじゃ、近いうちに始めることにするか」

「やったー!」

 

魔法を使えるようになれるのが嬉しいのか、喜ぶルリ。

俺も、初めて魔法を使ったときはこんな感じだったか?

 

「とりあえず、先に目的の花畑に行くぞ」

「うん!」

 

二人で再び花畑に向かって歩きだした。

 

 

 

 

「わぁ……!」

「これはすごいな……」

 

森を抜け、目の前に広がる光景に言葉を失う。

色とりどりの花が、そこらじゅうに咲いている。

さながら、花の絨毯のようだ。

 

「パパ、すごいね!お花がたくさん!」

 

花畑の中に立ち、俺に笑顔を向けながら言うルリ。

 

「そうだな……ルリ、とりあえず昼飯にしよう」

 

ルリに同意しながら、飯を食べることを促す。

もうそろそろ正午になるだろうし、腹も減ってるだろう。

二人で近くにある木の下に座り、バスケットを開け、昼食の準備をする。

 

「「いただきます」」

 

手を合わせ、食事を開始。

 

「ねぇパパ。どれくらいの間、居ていいの?」

「そうだな……まぁ、2,3時間くらいだな」

「じゃあ、その間たっぷり遊ばないと!」

 

そうだな、と頷きながら、ひとつのことをルリに尋ねる。

 

「ルリ。魔法はルリがやりたい、って言ったから教えるけど……どんな魔法がやりたいとかはあるのか?」

「なんで?」

「1つでも強いイメージがあると、やりやすいからな」

 

この世界における魔法は、イメージが重要な部分である。

まぁ、魔力量も重要ではあるけど、それは後でいい。

 

「うーん……」

「別に悩むほどのことでもない。それがないと魔法ができないというわけではないから大丈夫だ」

 

俺も、最初は魔法を覚えたい、という理由だけだったし。

帰ったら、ルリに教えることを纏めたりもしないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここを編んで」

「……こう?」

「それでいい」

 

食事を食べ終わったあと、ルリに花飾りの作り方を教えていた。

ルリの髪には、既に俺が作った花飾りが乗せられている。

 

「……出来た!」

「……ん、上出来だ」

 

別に崩れるような心配もないし、良く出来ている。

 

「はい、パパ!」

「俺にくれるのか?」

「うん!」

「ありがとな」

 

貰ったものを被り、ルリの頭を撫でた。

えへへ、とルリは笑っている。

 

「……さて、そろそろ帰るか」

「えー!?もう!?」

 

俺の言葉に、否定の言葉を上げる。

 

「もう三時間くらい経つし、そろそろ帰らないと着くのが夜になるぞ」

 

あまり遅くなると、夕食が遅くなってしまい、キューブを待たせることにもなってしまう。

 

「もうちょっとだけ!……ダメ?」

 

懇願するルリに、俺はため息を吐きながら返した。

 

「……30分だけだぞ」

「ありがとう、パパ!」

 

ルリは花畑へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ、旦那様、お嬢様……おや?」

「遊び疲れたみたいで、寝た」

 

キューブの視線は、俺の背中あたりに注がれている。

そこには、すやすやと寝息を立てる、ルリの姿がある。

基本遊びっぱなしだったから、疲れたのだろう。

 

「夕飯はもう作ってしまったか?」

「下ごしらえだけ終わらせてあります」

 

おそらく、帰るのを待っててくれたのだろう。

 

「じゃあ、部屋着に着替えたら手伝うよ」

「いえ、旦那様はお疲れのようですし、私が作ります」

「……なら、頼む」

 

さすがに久々の遠出で疲れた。

キューブのその厚意はありがたい。

 

「それじゃ、俺は部屋着に着替えてくる」

「かしこまりました」

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

食事を終え、風呂にも入り、寝る準備を済ました。

ルリは疲れて、早々に寝てしまった。

 

「旦那様、紅茶が入りました」

「あぁ、ありがとう」

 

俺とキューブはリビングで椅子に座りながら話す。

 

「ルリが魔法を習いたいそうだ」

「本当ですか?」

「俺の魔法を見て、な。俺に習いたいらしい」

「ふふ……」

「……?どうしたんだ、急に」

 

笑い声を上げるキューブに、訝しい視線を向ける。

 

「いえ、なんでもありません」

「……そうか。今日はゆっくりできたか?」

「えぇ、とても。明日から、また元気に働けますよ」

「それはよかった」

 

俺は紅茶を飲み干し、席を立った。

 

「じゃあ、そろそろ寝るわ。キューブも早めに寝とけ」

「えぇ、わかりました。おやすみなさいませ、旦那様」

「おやすみ、キューブ」

 

明日から、ルリに教えることを考えていかないと……。

 

 

 

 

俺はそう思いながら、自分の部屋に向かい、眠りにつくのだった。


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