ある父親の子育て日記   作:エリス

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ルリ、働く

「働いてみたい?」

「うん」

 

夕食も食べ終わり、自分の部屋で裁縫についての本を読んでいた時のことだ。

ルリが俺の部屋を訪ね、俺に言ってきたのである。

 

「どうして、また急に」

「パパ、働いてるでしょ?」

「そりゃ、働かないと生活できないしな」

 

王様からもらっている金もあるが、あっちは出来るだけ貯蓄している。

裕福な生活をして、金を無駄遣いするのも嫌だし、今までの生活より食費が増えたくらいだから、十分に今までどおりで保つからな。

 

「パパが働いてるのを見て、私も働いてみたいなぁ、と思って」

 

つまりは、興味がある、といった理由か。

 

「うーん……」

 

別に働かせるのは構わないんだが、この世界では、年齢的にどうなのだろう。

俺はルリくらいの歳でもう働いていたが、それは必要であったからだ。

今のルリには、親である俺もいるわけだし。

 

「お願い、パパ!」

 

……とりあえず、経験しておくのも、悪くはないか。

 

「わかった。許可する」

「ありがとう!パパ!」

 

パアっと笑顔を咲かせ、俺の腰に抱きつく。

今は俺のベッドに座りながら話している状態だ。

 

「それで、なんの仕事がしたいんだ?内容によっては、認められないけど」

 

さすがにこの年で酒場とかはやめてほしい。

 

「あ……」

「……もしかして、何も考えてなかったのか?」

「うん……どんな仕事があるの?」

 

その様子に呆れながらも、俺はいくつか例を出す。

 

「そうだな……子守り、農場、教会、道具屋とかか。あとは家庭教師とかレストランとかもあるけど、それは自分にそれなりの技術がないとな」

 

まだあるにはあるけど、ルリの歳を考えるとこんなもんだろう。

 

「うーん……」

「まぁ、すぐに決める必要もないし、ゆっくり考えればいいさ」

 

俺がそう伝えるも、ルリは悩み続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、修行を終え、朝食の時である。

 

「え?お嬢様、働くのですか?」

「まぁ、アルバイトに近いのだけどな」

 

ルリが未だに悩んでおり、その様子を見たキューブが俺に聞いてきたのだ。

事情を伝えると、なるほど、といった表情をした。

 

「別に、無理に働かなくてもいいとは思うけどな」

「きっと、旦那様と同じことをしてみたいのでしょう」

「俺と?」

「お嬢様は、旦那様が大好きですから」

「そんなもんかねぇ……」

 

キューブの言葉を聞きながら、俺はパンをかじる。

 

「とりあえず、今日は俺も仕事入ってるから、ルリのことはよろしく頼むな」

「畏まりました」

「……ルリ、いい加減食べなさい」

 

俺が食べ終わる頃になっても、ルリはほとんど食べずに悩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、クリス」

「ありがとうございます、お兄様」

 

クリスに、俺が煎れた紅茶を差し出す。

クリスは一口のみ、美味しいですわ、と微笑みながら俺に言った。

 

「それはなにより」

「ところでお兄様、どうしたのですか?」

「え?」

「なにか、悩み事があるように思えます」

「……わかるか?」

「お兄様のことですから」

 

微笑みながら言うクリスに、俺は両手を上げる。

 

俺が約二年前にこの街に帰ってきてからクリスに会いに行ったとき、クリスに結構怒られた。

どうして何も言ってくれなかったのか、と。

しまいには泣いてしまい、あの時は困った。

なんとか許してもらったものの、それ以来甘える程度が上がった気がする。

 

「別にそんな重い話でもないし、俺のことじゃないんだけどな」

「では、ルリさんのことですか?」

 

あぁ、と頷きながら、自分の分の紅茶を一口飲む。

うん、いつもの味だ。

クリスには、帰ってきたときにルリのことは言ってある。

まだ、実際に会ってはいないけどな。

 

「ルリが昨日の夜、働きたいと言ってきてな」

「働きたい、ですか?」

「別に、定職に就きたいとかってわけではないけど……まぁ、アルバイトみたいなものだな」

 

首を傾げるクリスに、俺はそう付け加えながら説明する。

 

「クリスとかはどうなんだ?働いてみたいとか、思う?」

 

同じ年齢、性別であるクリスに質問をしてみた。

 

「そうですわね……とりわけ、働きたいという、強い気持ちはないですけど……お兄様と一緒なら」

「え?」

「お兄様が経験したことを、自分もやってみたい、というのはありますわね」

 

キューブが言っていたことと、同じようなことを言うクリスに、俺は思わず固まった。

 

「……なに、女の子って、そういうものなのか?」

「別に、全員が全員、そういうわけではないと思いますけど…お兄様に好意を抱く人なら、そうだと思いますわ」

「……ありがとう」

 

何故かわからんが、思わず礼を言ってしまった。

 

「……なら、特に何か口に出さないほうがいいのか?」

「それがいいと思いますわ……あ、そうですわお兄様。ルリさんがよろしければなんですけど……」

「なんだ?」

 

クリスの提案を聞き、俺は驚くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「メイドさん?」

「そう、メイド」

 

ルリは俺の言葉をオウム返しに聞き返す。

クリスが提案したのは、試しにうちでメイドをやってみないか、ということだった。

 

「やることは身の回りのことと、話し相手になるくらいでいいらしいから、ルリにもできると思うぞ」

 

ルリの年齢、それと出来ることを考えてだろう。

クリスの方から、親には話しておいてくれるらしい。

 

「うーん……」

 

それでも、ルリは悩んでる。

 

「……ルリ、悩むのもいいが、とりあえず挑戦してみる、ってのもいいと思うぞ」

 

悩みすぎていても、時間の無駄にもなるし、いざというときはおもいきりも必要だと思う。

 

「……そう、だね。うん!やってみる!」

「ん、わかった。それじゃ言っておくから」

 

次にバイトに行くのが三日後だから、ルリがバイトに行くのが今日から一週間後くらいか?

それまでの間に……。

 

「ルリ、明日から礼法の授業な」

「ふぇ?」

 

最低限の知識と作法は身に付けておかないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルリ、お疲れみたいだね……」

 

自分の向かいに座るルリの様子を見ながら、リーゼは声をかけた。

マコトの家をリーゼが訪ね、キューブに出してもらった紅茶とお茶菓子で話をしていた。

ルリは少し遠い目をしている。

 

「うん……一昨日から、キューブに礼法の授業を受けててね…」

「へぇ、なんでまた?」

 

リーゼは驚きながらもルリに効く。

ちなみに現在、マコトはバイトで、かのノーザリー家に出向いているらしい。

 

「四日後にアルバイトをしてみようと思ったんだけど、そのための下準備で……」

「ルリ働くの!?すごいなぁ……」

 

自分たちの年齢では、働いている人なんて、圧倒的に少ないだろう。

そう思ってのリーゼの言葉である。

 

「……でも、それだけ大変なアルバイトって、何処で仕事をするの?」

「今日パパが働きに行ってるとこ」

「ってことは……ノーザリー家で!?……大丈夫なの?」

 

ノーザリー家はこの街で五本の指に入るくらいの名家である。

貴族でもない、平民の子供であるルリがそこに入れることもすごいのである。

 

「一応、パパにもついてきてもらうから……」

「あぁ、兄さんがついてくるなら大丈夫だね」

 

マコトに全幅の信頼を寄せているリーゼは、そのことだけで安心した。

 

「それで、具体的にはどんなことを習っているの?」

「お辞儀の仕方とか、言葉遣いとか……もう色々」

「そうなんだ」

「あ、でも、言葉遣いはそんなに固く意識しなくていいってパパが言ってたから、そこは安心かも」

 

へぇ、といいながら、お茶菓子をつまむリーゼ。

しかし、そこで一つの懸念を抱いた。

 

(……もしかして、兄さんは女の子と会ってるのか?)

 

急に悩み出したリーゼに、今度はルリの方が首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリス、この子が俺の娘、ルリ。それでルリ、この子がクリスチーナだ」

「はじめまして、ルリさん。よろしくお願いしますわ」

「はじめまして、クリスチーナちゃん!よろしくね!」

 

マコトが双方を紹介し、お互いが挨拶を交わす。

今日はルリの初アルバイトの日であり、キューブの激励を受けながらも、クリスの家に着き、クリスの部屋に入ったところである。

ルリは普段着ではなく、メイド服を身に付けている。

 

「とりあえず俺はメイド長の方と話をしてくるから、ルリは少しクリスと話してて」

「分かったよ、パパ」

 

マコトはそう言い残すと、クリスの部屋から出ていった。

 

「……えっと、クリスチーナちゃん」

「なんですの?」

「クリスチーナちゃんって、普段どんなことして過ごしてるの?」

 

当たり障りのないことを話題に、ルリとクリスは話す。

 

「そうですわね……お稽古をしたり、本を読んで過ごしたり。あとは、たまに街に散歩に出かけたりもしますわよ」

「お稽古?」

「えぇ。ダンスとか、お花とか……貴族としての嗜みは、一通りはしますわ」

「へぇ~、すごいね!」

「ルリさんも、家で勉学はなさっているのでしょ?」

「ふぇ?なんで知ってるの?」

「お兄様が来たときに、ルリさんの話はたまに聞くのですよ」

「お兄様って……パパのこと?」

「そうですわ」

「…………」

 

ルリはこの子もか、といったような、渋い顔をした。

 

「?どうしたんですの?」

「……ううん、なんでもないよ」

「そうですか?」

「うん……そうだ、今度、お家で一緒に遊ぼうよ!」

「あなたのお家で?」

「うん!」

「……いいのでしょうか……お兄様に、ご迷惑をかけるのでは……」

 

不安そうな顔をするクリスチーナに、ルリは声をかけた。

 

「パパならきっと、喜んで歓迎してくれるよ」

「そう、でしょうか……?」

 

ガチャ

 

「なんの話をしてるんだ?」

 

タイミングがいいのか、マコトが部屋に帰ってきた。

 

「ねぇ、パパ。クリスチーナちゃん、お家に呼んでもいいよね?」

「……そういえば、家に呼んだことなかったなぁ……いいぞ。あ、クリスが迷惑じゃなければだけど」

「迷惑だなんて、そんな!とても嬉しいです!」

「そうか?なら、来たい時は自由に来ていいからな。基本的に、誰かは家にいるだろうから」

「やったね、クリスチーナちゃん!」

「えぇ、ルリさん!」

 

二人で手を合わせるルリとクリス。

 

(仲が良くなるの早いなぁ……)

 

二人の様子を見ながら、マコトは密かにそう思った。

 

 

 

 

「……よし、ルリ。これをクリスのところに運んで。零さないようにな」

「うん、わかった」

 

俺は二人分の紅茶を煎れ、それとクッキーをトレイに乗せ、ルリに手渡した。

 

「それを運び終わったら、クリスの話し相手になってあげて」

「……それだけでいいの?」

「クリスは普段から忙しくて、年が近いこと話す機会も少ないからな……だから、そうしてあげてくれると助かる」

「……わかった!」

 

頷くと、ルリはクリスの部屋に向かっていった。

それを見届けると、俺は掃除用具を取りに向かう。

いつもはクリスの相手をしているけど、今日はルリがいるから、他の仕事もすると責任者であるメイド長に申し出たのだ。

その結果、廊下の掃除を手伝うようにと言われたのである。

 

「あ、マコトさん」

「どうも。えっと、掃除用具は?」

「これを」

 

廊下にいた、掃除をしているメイドさんたちに声をかけ、掃除用具を受け取った。

もう何年もここでアルバイトをしているから、普通に顔見知りである。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。こちらの方こそ、手伝っていただけてありがたいです」

「普段、楽をさせてもらってますから」

 

クリスと話すのは楽しいし、仕事という感じがしないからな。

 

「クリスチーナお嬢様は、普段甘えられるようなお相手もいませんから、助かってますよ」

「クリスのご両親も、時間ができればいいんですけどね……」

 

今更だが、クリスの家は貴族である。

クリスの両親は普段から忙しく、あまりクリスに構ってやることができない。

クリスは、それに文句を言うこともないし、両親のことは好きであり、尊敬もしている。

しかし、クリスはまだ子供だ。

 

「まぁ、俺で良ければ相手になる、って感じですかね」

「これからも、よろしくお願いしますね」

「……それで、マコトさん。クリスお嬢様のことはどのように?」

 

話していたメイドさんとは別のメイドさんが話に割り込んできた。

 

「どのように、とは?」

「将来のことですよ」

「っ!?」

 

俺はその言葉に驚きながら、メイドさんの顔を見た。

聞いてきたメイドさんは、ニヤニヤとしながら俺の返答を待っている。

 

「将来って……クリスは俺にとって妹みたいなものですよ?」

「でも、血は繋がってないでしょう?」

「クリスはまだ子供ですし」

「あと何年か経てば問題ないです」

「そもそも、クリスの気持ちが大事ですよ」

「それに関してなら、一番問題ないと思いますけど」

「……は?」

 

思わず聞き返してしまった。

それにしても、クリスが俺に?

 

「勘違いじゃないですか?兄弟愛的な何かとか」

「そうですか?私には、恋する乙女に見えますけどね」

「恋する乙女って……」

「まぁ、まだ何年かありますしね…といっても、その気持ちは変わらないと思いますけど」

 

そういうもんなのか?

自分が女になったことも、そういう気持ちを抱いたこともないから、なんとも言えないけど。

 

「それはそれとして……マコトさんって、定職に就かないんですか?」

「定職ですか……」

 

そういえば、考えたこともなかったな。

 

「マコトさん、もう18になったんですし、いつまでもバイト、ってのも大変ですし」

「別に大変だとか思ったことはないですけどね」

「でも、やっぱり定職の方が、娘さんも安心するんじゃないですか?」

「……あぁ、それは考えてなかった」

 

今は、ルリも深く考えたりはしないだろうけど、父親がバイト生活の娘って、他からいじめられるかもしれない。

というか、よくよく考えると、すごく申し訳ない気分だ。

今度、師匠とかアールさんにでも相談してみるか。

 

「マコトさーん!こっち手伝ってもらっていいですかー!?」

「あ、はーい!すいません、失礼します」

 

話していたメイドさんに断り、俺は呼ばれている方へ向かった。

 

 

 

 

それから、二時間ほど経ったあと、昼食をみんなで摂った。

クリスは稽古があるらしく、ルリと俺は洗濯を手伝うことになった。

 

「ルリちゃん、洗濯上手ね」

「はい!家で、手伝ったりするので」

「そう、えらいね~」

 

メイドさんに頭を撫でられ、ルリは笑顔を浮かべる。

実際、ルリは自分から家事を手伝うと言ってくれるから、キューブも俺も助かっている。

 

「まぁ、まだ料理とかはさせてないんですけどね」

「え、どうしてなんですか?」

「さすがに包丁とか火を使わせるのは危ないと思いまして」

 

まだ小学4年生の年齢だ。

 

「それでも、少しずつはやらせてあげてもいいんじゃないですか?」

「うーん……ルリの気持ち次第ですかね」

「だって、ルリちゃん」

「パパ、お願い!私もお料理してみたい!」

 

俺を見上げながら頼むルリ。

……考えてみたら、クリスには5歳の時に教えてたな。

包丁は使わなかったけど。

 

「……そうだな、じゃあ今度一緒に料理するか」

「ありがとう、パパ!

「よかったね、ルリちゃん」

 

俺に抱きつきながら礼を言うルリと、ルリにそう声をかけるメイドさん。

教える時期が早まっただけと思えばいいだろう。

 

「よし、それじゃお洗濯を早いとこ終わらせちゃおう!」

「おー!」

 

二人で握りこぶしを上げる二人を見て、俺は苦笑を漏らした。

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「お嬢様の頼みでもありましたし、あまり無碍に断るのもいけませんしね」

「ルリにもいい経験になったと思います」

 

まあ、半分は普段通りだった気がするけど。

時刻はもう夕方になり、今日のお勤めは終了である。

少し離れたところで、ルリとクリスが話していて、俺はメイド長に礼を言っていたところだ。

 

「今日の仕事ぶりも問題なかったですし、これからも事前に言ってもらえれば大丈夫ですよ」

「本当ですか?」

「えぇ、人手は多すぎても困りませんからね」

「ありがとうございます。ルリも喜ぶと思います」

 

まさか、次も仕事をもらえるとは思っていなかった。

確かに、これといったミスとかはなかったけど。

ルリの将来の勤め先、第1号か?

 

「それと、これがルリさんとあなたのお給金です」

「ありがとうございます……ルリ、ちょっと来い!」

 

自分の分だけ受け取り、俺はルリを呼んで来させる。

初給金は、自分で受け取ったほうがいいだろう。

 

「なぁに?パパ」

「今日の分の、ルリの給金だそうだ」

「ルリさん、あなたのお給金です」

「ふぇ?」

 

ルリは俺とメイド長の顔を交互に見ていたが、俺が頷くと、ルリは、ありがとうございます、と言ってメイド長から袋を受け取った。

 

「よかったな」

「うん!」

「……それじゃ、そろそろ帰ります」

 

ルリと一緒の近くに来たクリスと、メイド長に別れを告げる。

そろそろ夕飯の時間でもあるし。

 

「わかりました。次の時も、よろしくお願いしますね」

「お兄様、ルリさん。お仕事でなくとも、遊びにきてくださいね」

「クリスチーナちゃんこそ、うちに遊びにきてね」

「まぁ、これからも、ルリの友達を頼むよ、クリス」

「こちらこそですわ、お兄様」

 

「メイド長、クリス、それではまた」

「バイバイ、クリスチーナちゃん!」

 

 

ルリは顔を後ろに向けて俺の手を握ってない方の手をブンブンと振る。

クリスも、ルリに手を振り返していることだろう。

 

「さて、今日の夕飯はなんだろうな」

「私、カレーがいい!」

「カレーか……最後に食べたの、一週間前だっけ?」

「早く帰って、キューブにお願いしよう!」

 

早く早く、とルリに手を引っ張られながら、多分もう作り始めてるんだろうな、と思いながらも口に出さないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後、キューブに無理を言って、オムライスをオムライスカレーに変更してもらったのは余談だ。

 


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