一日の始まり
外から聞こえる、人が起き始める音。
窓から入ってくる朝の光を感じて、俺は目を覚ました。
「…………」
目を擦りながら時計を見ると、朝の五時半である。
いつもより少し早いけど、二度寝する時間もない。
起きて、朝の日課に行くことにしよう。
「……ん」
隣を見ると、布団に潜り込んでいたルリの姿があった。
最初の方こそ、一緒に寝るようにしていたが、そろそろ一人で寝させようと、ルリの部屋にベッドも置いたのだけど……。
それが朝まで使われたのは、まだ二桁にも満たない気がする。
ルリの頭を撫でてから、起こさないように布団を出ようとするが。
ギュ……
ルリの手が、俺のパジャマをしっかり掴んでいて、出ることができなかった。
俺は苦戦しながらも、その場でパジャマを脱ぎ、布団を抜け出す。
そして、普段着に着替え、刀を持ち、自室から出た。
「旦那様、おはようございます」
横からかけられた声に、俺は向きながら挨拶を返した。
「おはよう、キューブ。朝飯頼むな」
「はい、かしこまりました」
様になった礼をする我が家の執事、キューブにそう言うと、顔を洗ってから玄関を通り、自宅を出た。
カァン!
「くぅっ!」
俺は目の前の少女の持つ木刀を狙い、何度も自分の木刀を打ち付ける。
少女もなんとか必死に耐えているが、焦っている様子。
試しに一度、攻撃を止めてみると。
「やあっ!」
予想通りというか、なんというか。
俺に攻撃を仕掛けてくる少女。
しかし、その攻撃は大振りすぎた。
カキィン!
「あれっ!?」
軽くいなすと、こけてしまった。
その首に俺は木刀を近付けると、見ていた師匠が声を上げた。
「勝負あり!」
「うぅ……負けた」
倒れていた少女、リーゼは顔を起こして悔しそうな顔をした。
「まぁ、経験の差もあるわけだし、しょうがないって」
勝者の俺が声をかけるのもどうかと思うが、リーゼの体を起こしながらそう言う。
リーゼはまだ剣を初めて二年くらいだけど、俺は既に十年以上過ぎている。
これで負けたら、自信を無くすどころの話ではない。
「マコトもずいぶん強くなったもんだ」
「……師匠、なんか年寄り臭いです」
「早く、兄さんを守れるようになりたいのになぁ……」
リーゼの服に着いた草をはらいながら師匠にツッコむ。
そういえばだが、リーゼが10歳になってから、俺への呼び名を兄さん、師匠への呼び名を父さんに変えた。
精神が成長してきた印だろうか。
「まぁ、精進しろ、ってことだな……師匠、そろそろ帰りますね」
時間を見ると、もうそろそろルリが起きる時間だ。
早くしないと、朝ご飯が遅れることになる。
「えー!?もう行っちゃうの!?」
リーゼが不満げに言うが、こればっかりはどうしようもない。
「キューブたちを待たせるわけにもいかないからな」
宥めるようと、リーゼの頭を撫でながら言うが、表情は変わらない。
「マコト、よかったら、リーゼをそちらで食べさせてやってくれないか?」
師匠がそう提案を出す。
うーむ……。
キューブが準備してくれている量で足りるかどうか。
……まぁ、足りなかったら俺が作ればいいか。
「……じゃあ、リーゼ。朝飯は俺の家で食うか?」
「うん!」
リーゼは嬉しそうに俺に抱きつく。
手を繋いで、師匠に声をかける。
「それじゃ、師匠。行きましょう」
街に帰ってきてから、一年半が過ぎた。
ルリとキューブもこの街に慣れ、前までの生活に戻りつつあった。
ルリも結構、友達ができているようだし、のびのびと育ってくれている。
……まぁ、もう少し親離れはして欲しい気もするけど。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
俺とリーゼがそれぞれ言って、家に入る。
キューブは料理中だと思うので、出迎えには来れないが、気にせずに入る。
リビングの方に入ると、キューブはテーブルに料理を並べている途中だった。
どうやら朝食は、パンとハムエッグ、それとサラダのようだ。
「あ、おかえりなさいませ、旦那様。いらっしゃいませ、リーゼ様」
こちらに気付き、一度作業を止めて言うキューブ。
……パンとサラダはともかく、ハムエッグは作らないと足りないな。
「キューブ、俺はリーゼの朝食作るから、並べ終わったら、ルリを起こしてきてくれないか?」
「かしこまりました」
俺はキッチンに入り、卵を取り出しながら、リーゼに声をかけた。
「リーゼ、ハムエッグとスクランブルエッグ、どっちがいい?」
「うーん……スクランブルエッグで」
「了解っと」
卵を割り、砂糖を少し混ぜて、かき混ぜる。
焼くだけだし、時間もかからないから助かるな。
リーゼは椅子に座りながら、俺が料理する様子を見ている。
「旦那様、それではお嬢様を起こしてきます」
「あぁ、頼むわ」
キューブがリビングから出ていく。
スクランブルエッグが出来上がり、それを皿に乗せ、リーゼの前に置く。
「お待ちどうさま。それじゃ、ルリを……」
待っているか、と言おうとすると、ドタバタとした足音。
そして、部屋に入ってきたルリは、俺に抱きつく。
そして、顔を上げ、笑いながら俺に挨拶をした。
「おはよう、パパ!」
「おはよう、ルリ。顔は洗ったのか?」
「うん!」
ギューっと俺に抱きついていると、キューブもリビングに戻ってきた。
俺たちの様子を見て苦笑している。
しかし、リーゼは違ったようで、
「ルリ、いいかげん兄さんから離れなよ!」
「いーやー!」
リーゼがルリを引きはがしにかかるが、ルリは離されまいと、抱きつく力を強める。
「ルリは兄さんと毎日寝てるんだから、いいだろ!?」
「一昨日は寝てないもん!」
「私なんか、二ヶ月くらい寝てないよ!」
なぜか違う方向に話が逸れていく。
二人の言い合いが続く中、俺は聞こえてないと思いながらも、俺は言葉を漏らした。
「いいから、朝食食べないか……?」
結局、朝食が食べられるのは、五分後のことであった。
今日もまた、一日が始まる。