ルリとキューブを連れて、三年ぶりに帰ってきた故郷。
任務もひとまず終わり、全てが元に戻った。
……と思いたいところではあるが、一つ語らなくてはいけないことがある。
今更ではあるが、自分の妹的存在である三人の少女との三年越しの再会の話を語るとしよう。
・クリスの場合
「…………」
「それで、お兄様。なにか、言い訳はありますか?」
現在、俺はクリスの部屋にいた。
事前にメイドの方や執事の方たちに会い、クリスの様子を聞いてはいたのであるが……。
感動の再会とはいかず、俺が思った以上に、俺が旅立ちのことを告げずに出て行ったことを怒っているようだ。
「いや、なにもないです……」
思わず敬語になってしまうほどである。
ここまで怒っているのは、今までに無かっただろう。
「そうですわよね。いくら急に旅立つことになったと言っても、私に少しは会う時間位、あった筈ですもの。何人かには言っていたようですし」
「…………」
どうやってそのことを知ったのだろうか。
まぁ、ノーザリー家のような金持ちだと、情報もいろいろ集まるのかもしれない。
その後、数十分程クリスのお小言が続いた。
そろそろ勘弁してもらいたい俺は、クリスに口を挿もうとした時だった。
クリスの瞳に涙が溜まるのが見えた。
「ちょっ、クリス!?」
まさか泣くまでとは思わず、急に焦り始める俺。
「……ずっと、心配、でしたわっ……お兄、様が……無事にいて、くれるのか……」
「クリス……」
「それに……三年間も、お兄様に会えないのが、何より辛かったっ……」
「……ごめんな」
椅子から立ち上がりクリスの傍に行き、頭を撫でながらそう言うと、クリスは泣きながら俺の腹あたりに顔を押し付けるように、抱き着いた。
服が涙で濡れるのが感じられたが、俺は何も言わず、クリスが泣きやむまで、ただクリスの頭を撫で続けた。
また数十分ほどが過ぎ、クリスの様子も落ち着いたので、ひとまずお茶にすることにした。
「お兄様、先ほどはすみませんでした……お恥ずかしいところを見せてしまいましたわ……」
「気にするな。元々は俺が悪いんだから……それに……」
「それに、なんですか?」
「クリスが今まで俺に不安とかを告げてくれたことは少なかったから、嬉しかった」
「……!もう、お兄様ったらっ……」
顔を赤く染めて、クリスは顔を俯かせた。
だが、さっきまでと違い、空気は穏やかだ。
俺はメイドの方が運んできてくれた、紅茶を飲む。
懐かしい味と香りに、思わず顔が綻ぶのを感じた。
「と、ところで、お兄様。お兄様のところに、新しく住んでいる方が居るという話を聞いたのですが……」
早く話題を変えようと、クリスが俺の話へと話題転換をしてきた。
「あぁ、俺の家に住んでるよ」
「その方たちはどういう関係なんですの?」
その質問にどう答えるべきか一瞬悩んだが、別にごまかす必要もないかと思い、ありのままに答えることにした。
「執事と娘」
ガタンッ!、という音が目の前でして、俺はそちらに目を向ける。
椅子から立ち上がり、俺に驚愕といった表情で目を向けるクリス。
「ま、まさかお兄様……私が知らない間に誰かと……!?」
「いや、してないから」
変な想像をしているクリスにツッコみを入れるが、どうやら俺の声が聞こえていない様子。
ぶつぶつと呟きながら、百面相をしている。
どうしたものかと考えた結果。
「(……そっとしておくか)」
クリスが元に戻ったのは、それからしばらく後のことだった。
……クリスって、妄想癖とかあったのだろうか?
・マリーの場合
「ぐすっ……」
「えっと……」
道具屋に買い物を兼ねた、帰郷したことを告げに来たところ。
店の前に来たところで、手伝いをしていたマリーが俺を見つけての、この状況。
俺の服を握りしめて泣きじゃくるマリーの頭を撫でながら、ニヤニヤとこちらを見るアールさんに、視線で助けを求めた
「お前が旅に出てから、ずっとマリーが寂しがっていたからな。少しは好きにさせてやってくれ」
肩を竦めて言ったアールさんの言葉。
俺をそんなに慕ってくれていたという事実に喜びを感じると同時、何も告げていかなかったことへの後悔が、今更ながら浮かんできた。
「……ごめんな、何も言わないで。心配させちゃったよな?」
首を縦に振ることで自分の意思を伝えるマリー。
それに再度、ごめん、と言う。
「ところでマコト。もう任務は終わった、ってことでいいんだよな?」
「はい」
「それじゃ、もう街から旅立つ、ってことは、少なくともしばらくは無いんだよな?」
ビクッとマリーが体を震わせたのを感じた。
そして、涙を流したまま不安げな顔で、こちらを見上げてくる。
「そうですね。それに、前とは状況も変わってますしね」
俺の言葉の前半を聞きパァッと顔を輝かせたが、後半を聞きマリーは疑問を浮かべた。
アールさんもどういうことかわからなかったのか、俺に先を促せてくる。
「ええっとですね……まぁ、端的に言えば、家族が増えました」
「……お前、やったのか?」
「何もしてません!子供の前で変なこと言わないでください……色々とあって、そういうことになりました」
俺の反応にハッハッハ!、っと豪快に笑った後、アールさんはニッと笑いながら話してきた。
「それなら、今度連れてこい。この街の新しい住人で、それもマコトの家族だっていうなら、歓迎してやらなきゃな」
「ありがとうございます、アールさん」
「なに、いいってことよ!……そうだ、ちょっと待ってろ」
そう言うとアールさんは店の奥へと引っ込んだ。
残された俺とマリー。
先ほどと比べマリーの様子は落ち着いてきてる。
「……お兄ちゃん」
「なんだ?」
「お兄ちゃんの新しい家族って、女の人?男の人?」
そこは重要なところなのだろうか?
「男の人と、女の子だよ。女の子は、マリーと同じくらいの歳だよ」
伝えると、マリーが少し不機嫌そうな顔をした。
……いったいどうしたのか。
「……ずるい」
「えっ?」
「私だって、もっとお兄ちゃんと一緒に居たいのに……」
「あー……」
どうやら、一緒に居られる時間について不満だったらしい。
三年間離れていたから、余計にそう思うのかもしれない。
「……まぁ、俺もこれからは街にいるし、会いたくなればすぐに会える。だから、そんな顔するな」
「……うんっ」
頭にまた、ぽん、と手を置く。
笑顔になったマリーを見る分に、どうやら元に戻ったようだ。
……しばらく、道具屋になるべく毎日来るようにしようか。
戻ってきたアールさんに、結構多くの果物や野菜などをもらった。
今夜の夕飯は鍋にでもするか。
・リーゼの場合
「~♪」
「ご機嫌だな、リーゼ」
「うん!だって、お兄ちゃんが帰って来たんだもん!」
「それくらいで大げさな……」
大げさじゃないよ!、と俺の膝の上で怒るリーゼをどうどうと落ち着かせる。
ムーッと頬を膨らませたリーゼは、俺の手を取って頭の上に置かせた。
頭を撫でてやるとご機嫌になり、鼻歌を歌いだした。
「あらあら、リーゼったらご機嫌ね」
視線をリーゼから前に向けると、こちらを微笑ましそうに見るクラリスさん。
クラリスさんは紅茶を淹れてくれたようで、俺の前に置いてくれた。
ありがとうございます、と言って紅茶を飲む。
……うん、美味しい。
クリスの家のも美味しいけど、クラリスさんの淹れてくれる紅茶も負けないくらい美味しい。
決して高い茶葉を使ってるわけでもないのに……不思議だ。
「美味しいです、クラリスさん」
「それはよかったわ」
「……お兄ちゃん!手、止まってる!」
「あぁ、ごめん」
知らずに手が止まっていたようだ。
頭を撫でるのを再開する。
「リーゼ、マコト君が帰って来てから、ずっとマコト君のことばっかり考えてるのよ。お兄ちゃんはいつ来てくれるのかな、とか、今何してるのかな、とか」
「お母さん!」
顔を真っ赤にして起こるリーゼだが、当のクラリスさんは、あらあらと笑い、いつものペースだ。
というか、リーゼそんな感じなのか。
なんか、恋する女の子みたいな行動だな。
「ねぇ、マコト君」
「なんですか?」
「お嫁さんにリーゼは、どう?」
「!?ッゴホ!、ッケホ!……何を急に言い出すんですか!」
あまりの衝撃発言にむせてしまった。
クラリスさんは相変わらずのようだ。
「マコト君なら大歓迎だし、リーゼもマコト君のこと大好きだし……それなら、今のうちに予約しておこうかな、と思って」
「親が決めてどうするんですか……第一、年齢差があるじゃないですか」
「8歳差くらいなら、あってないようなものよ♪」
「それに、いつまでもリーゼの気持ちが変わらないとは限らないじゃないですか」
「それならそれで構わないわ」
「うぅ……リーゼ、お前も何か……」
いささか状況が悪く、リーゼに助け舟を求め、視線を向けたが……。
「……リーゼ」
「む~……」
不機嫌そうなリーゼに戸惑う俺。
クラリスさんはあらあら、といって笑うのだった。
「ふぅ……」
家に帰り夕飯を食べ風呂に入り、自分の部屋に入り一息吐く。
今日は色々と密度が濃い一日だったな……。
まぁ、懸念事項だった三人の問題も解決……したかはわからないが、少なくとも話すことは出来たからよかったとしよう。
今日は疲れたし、明日に備えて早めに寝るか。
そう考えていると、ドアが開く音がした。
「パパぁ……」
立っていたのはルリで、眠そうに眼を擦っている。
「どうした?寝るか?」
「うん……」
おぼつかない足取りで歩き、俺の腰に抱き着いた。
やれやれと思いながら、ルリを抱き上げベッドへと向かい、ルリを寝かせる。
電気を消すと、自分も布団の中に入った。
ルリは寝息を立てていて、もう寝てしまったようだ。
その寝顔はとても穏やかだ。
……見ていると、なんだか俺も眠くなってきた。
自分も寝ることにしよう。
また明日も、いつもの日常が始まる。