ある父親の子育て日記   作:エリス

10 / 20
間章 キューブのいない一日

「え?休み?」

 

俺は、寝ようとしていたところ、キューブに言われた一言を、思わず聞き返した。

 

「はい。実は、魔界の知り合いから、呼ばれてしまいまして……」

 

聞くと、知り合いが用事があると、キューブに連絡を取ってきたらしい。

そのため、今日の夜のうちに家を出て、帰ってくるのは明後日。

従って、明日一日は、休みをもらえないか、ということだった。

 

「それは別に構わないぞ。いつもいろいろやってもらってるし」

「ありがとうございます、旦那様」

「今すぐ出るのか?」

「そうですね、準備が終わり次第すぐに」

「そっか」

 

 

 

 

「それじゃ、気を付けてな」

「はい、行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい」

 

俺は、荷物を背負い、出かけるキューブを玄関先から見送る。

外には魔物とかもいたりするけど、キューブは魔族だし、襲われる心配はないだろう。

 

バタン

 

玄関が閉じられるのを見て、俺は自分の部屋に戻ろうとしたとき。

 

「パパぁ……」

 

ルリが眠そうに目を擦りながら、後ろに立っていた。

 

「どうした?ルリ」

「抱っこぉ……一緒に寝るぅ……」

「そろそろ一人で寝られるように、ベッド買ったばかりなんだが」

 

もうルリも9歳。

さすがにいつまでも親と寝る、ってのはなぁ……。

 

「やぁ……」

 

俺の腰に手を回して抱きつくルリに俺はため息を吐きながらも、抱っこしてやる。

……俺も、親ばかかねぇ……。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

顔を見てみると、既に寝てしまっていた。

そして、寝ながらも俺の服は掴んでいる様子。

 

「……ベッド買った意味がないな」

 

ルリの寝顔を見ながら、俺は言葉を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はキューブさんいないの?」

「あぁ、用事があるって言うから、休みにしたんだ」

 

日課の訓練をしながら、リーゼに事の顛末を話していた。

師匠の方は、今日は見回りがあるとのことで来ていないから、リーゼと俺の二人だけだ。

だから今日やっているのは動きの確認とかの軽いものだ

リーゼは驚きながらも、俺の話を聞いている。

 

「だから、今日は家事を自分でやらないといけないから、忙しいんだよなぁ……」

 

最近は道具屋への買出しも、キューブにほぼ任せっぱなしだった。

少し、昔に戻った気分だな。

 

「…………」

「……?どうした、リーゼ」

 

黙りこくりながら考えるリーゼを見て、俺は動きを止めて、声をかける。

 

「……それって、お兄ちゃんとルリが二人っきり、ってことだよね…」

「まぁ、そりゃそうだな」

 

考えていたことはそれだったのか?

 

「……お兄ちゃん!」

 

と、リーゼが俺に詰め寄る勢いで、大きな声を出した。

 

「今日、お兄ちゃんの家に……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーゼちゃん、うちに泊まるの!?」

「そういうことだ」

 

朝食を食べながら、ルリにさっきの話をした。

キューブがいないことにも驚きを示していたが、それ以上に驚いている。

 

「うーん……」

 

ルリは複雑な感じの顔をして、唸っている。

嬉しいような、そうでないような……。

 

「とりあえず、確認を取らせる意味でも、朝食は家で食べてくるように帰したけど……」

 

師匠とクラリスさんなら、即OKを出すだろうな……。

 

「あと、朝食を食べ終わったあとは、洗濯とかやるから、ルリも手伝ってくれ」

「あ、うん」

 

ルリは慌てながらも、俺の言葉に頷く。

家事は一応、ルリにも手伝い程度だが、やらせるようにしている。

大きくなってから、一人暮らしとかすることになる場合、出来なかったら困るだろうからな。

 

「まぁ、仲良く過ごせよ」

 

普段は仲がいいんだけど、俺が絡むとたまに喧嘩というか、じゃれあいが起こる。

好かれているのは嬉しいけど、出来れば普通に仲良くして欲しい。

 

 

 

 

「はい、パパ!」

「ん」

 

ルリから手渡された洗濯物を受け取り、物干し竿に干す。

ルリの背丈だと、竿に届かないから干すことができないのである。

だから、手渡しで俺に洗濯物を渡してもらい、それを俺が干すという一連の作業が続いている。

 

「パパ、これが終わったら何するの?」

「喜べ、ルリ。勉強の時間だ」

「うぇ……」

 

なんて声をだしているんだ。

普段はルリの勉学については、キューブに面倒を見てもらっている。

この勉学というのは、算数や文字のことである。

歴史とかも教えなくてはいけないけど、さすがにまだ早いかなと思って、やらせてはいない。

 

「勉強は苦手なんだよね……」

 

それは仕方ないかもしれない。

おそらくずっと魔界にいたのだろうし、その間何も学んでいなかったのだから。

 

「俺も一緒に見てあげるから、頑張れ」

「パパも一緒にやってくれるの!?」

「今日は一日、休みとってるしな」

 

午後にバイトが入ってたんだけど、訓練の帰りに断りを入れておいた。

事情を説明すると、笑って承諾してくれた。

本当に良い人たちである。

 

「ついでに、どれくらいできるのかテストだ」

「えぇっ!?」

 

ぶっちゃけ、今どれくらいまで出来るのかもわからない。

その辺も確認しておかないと……。

 

 

 

 

「それじゃ、9+5は?」

「えっと……パパ、指貸して!」

「はいはい……」

 

指を使わないでも、できるようになって欲しいんだけど……。

 

「うーんと……14?」

「うん、正解。10+13は?」

「えぇ!?……わかんない」

「指が足りなくなったら無理か……」

「うぅ……どうすればできるようになるの?」

「さすがにこればっかりはなぁ……くり返しやるしかないな」

「大変だなぁ……」

 

あまりやらせすぎるのは避けたいから、勉強時間を増やしたりはまだしないけど……。

今度、キューブと相談してみるか。

 

コンコン

 

「リーゼちゃんかな?」

「多分な。ルリ、勉強は終わりにして、昼食にしよう」

「はーい」

 

俺たちは玄関まで行き、来た客を出迎える。

立ってたのは、やはりリーゼだ。

背中に、少し荷物も背負っている。

着替えなどが入っているのだろう。

 

「リーゼちゃん、いらっしゃい」

「リーゼ、いらっしゃい。お昼は食べたか?」

「ううん、まだ」

「なら丁度いいな」

 

リーゼを家の中に入れ、できたら呼ぶように言ってから、料理にかかる。

 

「それじゃリーゼちゃん、あっちで遊ぼう?」

「うん」

 

二人はルリの部屋に行った。

俺もさっさと作らないと。

 

 

 

 

「ちょっと買出しに行ってくるけど、一緒に行くか?」

 

昼を食べ終わって、俺は洗い物や掃除。

ルリたちは手伝うといったのだけど、せっかくリーゼに遊びに来てもらったのであるし、遊ばせていた。

そして、現在は午後四時ほど。

 

「「行く!」」

「よし、それじゃ行こう」

 

財布と鍵を持ち、外に出て、鍵を閉めて食材屋に向かうことにする。

二人はそれぞれ、俺の手を握っている。

 

「二人は、今日の夕飯は何がいい?」

 

自分で献立を考えるのも結構疲れるので、二人に丸投げする。

 

「うーん……」

「そうだなぁ……」

 

二人の悩む声を聴きながら歩いていると、どこかから旨そうな匂いがしてくる。

この匂いは……。

 

「「ホットケーキ!」」

 

ホットケーキである。

……って、おい。

 

「いいのか?腹へりそうだけど」

「うん!」

「なんか、食べたくなったの!」

「まぁ、それなら構わないけど」

 

夕飯を作る時間を考えて早めに買出しに出たけど、何時も通りでよかったか?

ホットケーキなら、早く作り終わるし。

ホットケーキを作るとしたら、買うものはホットケーキの材料と……。

 

「ジャムとかも必要か……」

 

となると、道具屋に行かないといけないな。

食材屋にはジャムが売ってないのである。

 

(それなら、ルリとマリーを会わせられるかな)

 

何気に、未だにルリとマリーは一度も会ったことがない。

ルリが一緒にいるときに、道具屋に行く機会がなかったし、ただでさえキューブに頼むことも多くなって、行く回数が減ってたからな。

先に食材屋に行ってから、道具屋に行こう。

 

 

 

 

「あ、マコトお兄ちゃん、いらっしゃい!」

 

道具屋に行くと、アールさんと、手伝いをしてるマリーがいた。

タイミングいいな。

 

「おう、マリー」

「パパ、その子は?」

「うん、教えて欲しいな」

 

ルリとリーゼが俺に聞いてくる。

……あれ?

 

「リーゼもマリーのこと知らないのか?」

「うん。見たことない」

 

それって、奇跡じゃないか?

9年間もこの街に居て会わないって……。

 

「えっと、それじゃルリ、リーゼ。この子はマリー・ストルーマン。わかると思うけど、道具屋の娘だ。それで、マリー。こちらはルリ・キサラギと、リーゼ・トルバーズ。俺の娘と、騎士トルバーズ、俺の師匠の娘だ」

 

唯一、どちらも知っている俺が、互いのことを紹介する。

 

「そうなんだ、よろしくね!マリーちゃん!」

「よろしく、マリー」

「よ、よろしくね。ルリちゃん、リーゼちゃん」

 

よろしくをすると、三人はおしゃべりを楽しんでいる。

その間に、俺はアールさんと話す。

 

「その子がマコトの娘か。おめぇの娘にしては、可愛いじゃねぇか」

「失礼じゃないですか?…まぁ、義理ですからね」

「なるほどな…深いことは詮索しねぇけど、困ったことがあったら言えよ?助けられる範囲でなら、手を貸してやるからよ」

「……ありがとうございます」

 

本当にありがたい言葉だ。

 

「それで?今日は何を買いに来たんだ?」

「夕飯がホットケーキで、ジャムを買いに」

「おう、わかった。どのジャムにする?」

「んー、ブルーベリーとストロベリーで」

「あいよ」

 

瓶詰めされたジャムを二つ、金と交換して、持っている袋の中に入れる。

 

「それとなんですけど、アールさん。マリーって、外で遊んでます?」

 

気になっていたことを聞いてみる。

真意は、友だちと外で遊んでるか、ということだけど。

 

「遊ぶようには言ってるんだがなぁ……マリーの人見知りな性格も、少しは治ってくれりゃぁいいんだが……」

「……まぁ、あれで少しは直るといいですね」

 

指でくいッと、ある一点を指す。

そこには、ルリとリーゼと、楽しそうに話すマリーの姿。

 

「……そうだな」

 

その様子を見て、アールさんはフッと笑った。

 

「じゃあ、そろそろ行きますね」

「あぁ……最近、お前さんが来る回数が減って、マリーも寂しそうにしてたから、よろしく頼む」

「……はい」

 

俺は二人に帰る旨を告げ、マリーとアールさんに別れを告げ、家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、とりあえず一枚ずつ。どんどん焼くから、食べてていいぞ」

 

椅子に座っている二人の前に、出来上がったホットケーキを置いてやる。

 

「パパは食べないの?」

「まだ焼かないといけないからな」

 

ホットケーキの種もまだまだあるし、一枚じゃそこらじゃ足りないだろう。

 

「私たちも手伝ったほうがいい?」

「いや、大丈夫だ。というより、あったかいうちに食べて欲しいから、早く食べてくれ」

「うん……」

 

リーゼの言葉にそう言いながらも、俺はフライパンでホットケーキを焼く。

 

「それじゃ、はい、パパ!」

 

ルリが俺に、フォークでホットーキを刺して、俺の口元に持ってくる。

 

「あーん♪」

「……あーん」

 

特に断る理由もないし、口を開けて受け入れる。

 

「あー、ルリ、ずるい!お兄ちゃん、私のも!」

 

リーゼが抗議する声を上げ、同様に俺の口元に持ってくる。

……いいけど、自分の分も食べろよ。

 

 

 

 

「二人とも、風呂湧いたから入ってこい」

 

どうやら本を読んでいたようで、二人は顔を上げて、はーいと返事をした。

二人は着替えを持って風呂場に向かおうとするが、着替えを持とうとしない俺の様子に、ルリは疑問の声を上げる。

 

「あれ?パパは?」

「二人が出たら、入る」

「何で?」

「三人で入ったら狭いだろ」

「大丈夫だよ、ねぇ?」

「うん。お兄ちゃんも一緒に入ろ?」

 

……二人は、もう少し恥じらいを持ったほうがいいと思う。

 

「というか、二人ともな、そろそろ一人では入れるようになれよ」

「え、どうして?」

「お前らくらいの年齢だと、一人で入る年齢なんだよ」

「私は気にしないよ?」

「いや、俺が気にするんだよ」

 

ルリは9歳になった今でも、俺と風呂に入っている。

俺が先に入ってしまってる時も、風呂に入ってきて結局一緒に入ることになるし、先に入らせようとすると駄々をこねる。

それに折れる俺もどうかとは思うけど……。

 

「私は、家では一人で入ってるよ」

 

は?と、リーゼの方を向く。

 

「……リーゼは、師匠と一緒に風呂に入らないのか?」

「……?入らないよ」

「じゃあ、なんで?」

「むしろなんで?」

 

なんだこの問答は……。

 

「あー、わかったわかった。一緒に入ろう」

 

俺の言葉を聞いて、喜ぶ二人の少女。

なんか、二人のこれからが心配なんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あわあわ~♪」

「ル、ルリ!くすぐったいってば!」

 

リーゼが体をよじりながら、自分の体を洗いながら歌うルリに言う。

俺は湯船に浸かりながら、二人の声をBGMにゆっくりしている。

二人が最初、俺に洗って欲しいと頼んだが、さすがにそこは拒否させてもらった。

結果、二人で洗いっこをしている。

にしても、風呂はいい。

この瞬間が俺は好きである。

湯船に浸かってゆっくりすることで、一日の疲れが取れるのを実感できる。

 

「パパ、背中流してあげるよ」

「あ?あぁ……じゃあ頼むわ」

 

二人は洗い終わったようで、俺に誘いを出してきた。

たまにはいいか、と思い、俺は湯船から出て、二人に背中を向けた。

 

「お兄ちゃん、どう?」

「ん、いい感じだ」

 

二人が俺の背中を擦りながら感想を聞いてくる。

そのまま正直に感想を述べた。

 

「……もう、そんくらいでいいぞ」

「え、でも」

「そろそろ、湯船に浸かってあったまれって」

 

あまり、湯船の外に出させているのも冷えてしまいそうだから、俺は止めさせて湯船に入らせた。

 

「ねぇ、パパ。このあと本読んで?」

「少しだけならな」

「やったぁ!」

 

二人でハイタッチをするルリとリーゼに、苦笑した。

 

 

 

 

「『こうしてお姫様と王子様は、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』」

 

ベッドで布団に入りながら、俺は両隣に座るルリとリーゼに絵本を読んでいた。

読み終わり、絵本を閉じる。

 

「さて、そろそろ寝る時間だぞ」

「えー、もう一冊お願い!」

「そうだよお兄ちゃん!」

「ダメだ。早く寝ないと、明日早く起きれないぞ?」

 

既に、少し遅い時間になっているのである。

俺はまだ大丈夫でも、子供の二人では、朝起きれなくなると思う。

 

「でも……」

「ルリ」

「……はぁーい」

 

俺の言葉の意味を感じ取り、ルリは諦める。

リーゼもルリが諦めたからか、自分も諦めたようである。

 

「それじゃ、電気消すぞ」

 

パチっと電気を消して、布団をしっかり被る。

二人も、同様である。

 

「ねぇパパ。かいだんのお話して?」

「かいだん?」

 

そのかいだんは、どのかいだんを指すのだろうか。

 

「ルリ、かいだんって何?」

 

リーゼもわからなかったのか、ルリに聞き返した。

 

「えっとね、前にキューブに聞いたの。人は、かいだんって話をして、楽しむんだって」

「あぁ、怪談ね……」

 

その怪談か。

まぁ、知ってる話は幾つかあるが。

 

「……聞きたいのか?」

「知ってるの?私、聞きたい!」

「私も聞きたいな」

 

興味があるのか、ルリだけでなくリーゼも食いついてきた。

この様子だと、話さない限り寝そうにないな。

……話したら、それはそれで寝られなくなりそうだけど。

 

「しょうがないな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで……」

「も、もういいよぅ、パパぁ……」

「怖いよぉ……」

 

二個目の話の途中で、二人に遮られる。

二人は俺の腕を掴みながら震えている。

 

「だから、最初に聞いたのにな……」

 

まぁ、怖い話であることは教えなかったけど。

何事も経験である。

 

「ほら、分かったらもう寝るぞ」

 

二人は無言で頷いた。

さっきの話が残ってるのか、ガクガク震えていたが、眠気には勝てないのか、寝てしまったようだ。

 

「ふぅ……」

 

息を吐きながら、今日の一日を思い出す。

 

(久しぶりに家事をやった気がする……)

 

最近はキューブに任せっきりであったし。

やっぱり、家事は疲れるけど、楽しいもんだ。

 

(……これから、キューブにちょくちょく休み取らせるかな)

 

うん、そうしようと思いながら、俺は眠りについた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告