王子様にはなれなかった人の話   作:ノブナガ

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幕間 春野サクラとうずまきナルト

 俺はその日、久しぶりに夢を見た。

 夢の中は不自然なほど真っ白な空間で上も下もなく、これまた不自然に俺の体が宙に浮いている。足元が地につかない感覚が若干心もとないと思ったが、そんな思考はすぐに吹っ飛んだ。

 真っ白な空間にポツンと立っている人影を見つけたからである。

 俺は思わず目を見張った。その人影が、俺が焦がれてしかたない人だったからだ。

 彼女は俺に背を向けていたが、そんなことは関係ない。例え後ろ姿であれ、俺が彼女を見間違うものか。

 俺は咄嗟にお姫様に声をかけようと口を開きかけた。

 が、その瞬間、予期せぬ自体が起きる。

 彼女の赤い髪が鮮やかに揺れて、お姫様が振り返ったのだ。振り返った俺のお姫様は。

 

「ナルトの母親は私だってばねー!!」

 

 訳の分からないことを叫びながら、俺を殴った。

 まるで意味が分からない。

 俺はとりあえず理不尽な自分の夢に泣きたくなった。

 

 

 

 

 うずまきナルトにとって、春野サクラはよく分からない人物であった。

 

 アカデミーに入学した直後から、春野サクラはうずまきナルトに分け隔てなく接する貴重な人物であったのは確かだ。

 大抵の里の者はそれが大人であれ子どもであれ、うずまきナルトという存在を大なり小なり忌避するのだが、彼女は初めからそんな素振りは全くなかった。

 ごく普通にナルトに接してきたと言ってもいいだろう。とはいえ、その普通というものをナルトは全く知らなかったので、ナルトからしても彼女は異常であったと言ってもいい。

 例えば、彼女もナルト同様に孤独な存在だと言うのならば、シンパシーを感じたとか、自己愛を兼ねた自己投影とか、ナルトに近づいてくるにあたり納得できる理由もあったかもしれない。けれど、春野サクラにそんなものは一切なかった。

 名門の家系の子どもでもなければ、両親も健在。あらゆる意味でその生い立ちは平凡で、忍の世界ではむしろ恵まれていたと言ってもいい。

 普通すぎる彼女は、どう見ても特殊な存在であるナルトを友人とすることを選んだのだ。異常と言わずなんと言おうか。

 これで例えば、ナルトが人間不信で狡猾な人間だったのだとしたら、彼は春野サクラを全力で警戒したのかもしれない。が、如何せん彼はバカだった。

 彼は知識とか理論性とかそんなものを行動原理にするタイプでは決してなかったので、彼は純粋にサクラの存在を好意的に受け止めていた。年齢を思えば相応の思考であり、生い立ちを思えば少々大丈夫かと不安にならなくもない。が、結果だけ言えばそれは正しかったので問題はない。

 うずまきナルトは本能の人間である。理論的なことよりも己の直感を大切にする人間だ。

 電子レンジやテレビの仕組みなど知らなくとも使えればよく、またその仕組みはどうなっているのかなどということに微塵も興味も持たないタイプである。そんなことより、どれくらい加熱させれば昨晩の残りの冷や飯が程よい温かさになるかの方が彼にとってはよほど重要なのだ。

 閑話休題。

 とにかく、うずまきナルトは春野サクラに好感を抱いていた。

 そんな彼女は見た目こそ可愛らしい女の子なのだが、口調といい態度といいやたらと男らしかった。

 ナルト自身、一緒に会話をしていると相手が女の子だという事実を忘れてしまうこともある。女の子らしい服装を嫌い、例えスカートを履いていようと平気で木に登り、体術の授業ではハイキックを繰り出してきた。

 あれはパンチラではない。モロパンだ。チラリズムは性欲を刺激するが、あまりに開けっ広げだと逆に引いてしまう。気がつけば、ナルトを始め同年代の男子たちは春野サクラのパンツには何の感動も見いだせなくなっていた。

 とにかく、それくらいには春野サクラは女を捨てていたのだ。

 あれを女と呼ぶには世の女性にいささか失礼であると言えよう。

 この言をサクラが聞いていれば、『子どもに男も女もない。むしろ、幼女に異性を求めるのは変態だけだ。パンツくらい別に気にすることじゃない』と述べたかもしれないが、それはこの際どうでもいいことであるので割愛する。

 ナルトはロマンチストかリアリストかで問われれば、勿論ロマンチストだったので、そんなサクラに異性として好感を抱ける筈もない。昨今の男子は繊細なのである。

 うずまきナルトにとって春野サクラは友人であった。

 

 さて、ここでナルトという少年の人物像について少し語ろう。

 彼は生まれたばかりの頃に両親を共に亡くし、かつ諸々の事情で孤独に幼少期を過ごした。

 そんな彼は幸せな家族というものに、どうしようもなく憧れを抱いている。

『マー君、今日の夕飯は何が食べたい?』『うーんとね、うーんとね……僕、オムライスがいい!』『この間もオムライスだったじゃない?』『でも、僕オムライスがいいー!』『ふふ、マー君ったらしょうがないわねぇ』とか何とか、幸せな家族のテンプレートな会話をする親子をもの欲しげな目で凝視してしまうくらいには、家族というものを欲していた。

 そんな彼が春野サクラという友人を得る。

 春野サクラは大層世話焼きな友人であったということも付け加えておこう。

 その世話焼きっぷりは、時として口うるさい母親のようになることもあった。例えば、ラーメンばかり食べずに野菜もちゃんと食べろとか、箸の持ち方が違うのだとか。とにかく、そんな感じだ。

 サクラに言わせれば、ナルトの両親が双方共に亡くなっていることなど最初から百も承知である。ましてや、ナルトは里内では何故か迫害を受けているのだ。彼の両親に変わって、ナルトに常識を叩き込むのは自分しかいない。むしろ天が与えたもうた自分の使命であるという、他人が聞いたらただの思い込みか勘違いとも思える意気込みがあった。

 ナルトも嫌がる素振りを見せながらも、自分に世話を焼いてくれるサクラに親しみを覚えていた。むしろ、サクラの前で駄々をこねるのは不器用な彼なりの甘えだったに違いない。

 駄々をこねれば、サクラは正当にナルトを叱ってくれる。そのことが嬉しかったのだ。

 勿論、ナルトは叱られて喜ぶ性的嗜好を持っていたわけではない。愛情の反対は無関心と言うように、彼を正当に叱ってくれる人物が希少だったというだけのことである。

 まとめると、彼らの関係を言えば現時点では対等ではなかったということだ。

 ナルトが甘え、サクラが受け入れる。それが現時点での関係だ。

 友人というものをナルトは詳しく知っていた訳ではないけれど、こんな風に甘えられるサクラの存在は友人とは何かが違うのではないかと無意識の内に感じていた。それこそ、彼の直感で。

かと言って、恋愛対象かと言うとそれも違う。サクラは見た目こそとてもカワイイが、中身はナルトが知る誰よりも男らしく女の子として意識できる対象ではない。

 結論として、うずまきナルトにとって春野サクラの存在はよく分からないものだったのだ。

 

 今日も今日とて昼休み。

 中庭でナルトはサクラと共に昼食をとっていた。

 サクラはいつもの癖で手は洗ってきたのかなどとナルトの世話を焼く。

 まだ洗ってないと素直に告げれば、「しょうがないやつだなー」とか何とか言いながら、おそらく彼女の母が弁当と共に持たせていたのであろう手拭きでナルトの手を拭った。

 

『ふふ、マー君ったらしょうがないわねぇ』

 

 ふと、サクラのそんな姿がナルトの中で前日の親子の姿と重なって見えたのである。

 その瞬間、何だかよく分からない存在というナルトの中でのサクラの位置づけが明確な居場所を得た。

 結果として、友人が何たるかもよく分からず、家族というものに温かさと憧れを抱くナルトにとってサクラは友人という枠を飛び越えて、もっと違うものに成り上がった。

 

「なんかサクラちゃんって母ちゃんみたいだってばよ!」

 

 その発言に、サクラは思わず頬を引きつらせた。

 ナルトは満面の笑みでサクラを見つめており、悪意のあの時もない。

 しかし、まぁ姉さえも飛び越えて母親扱いとは。きっと、天国のお姫様が聞いたら羨ましがるに違いないとサクラは考えて、はたと気がついた。

 今朝の夢はそういうことだったのか、と呟いたサクラの言葉の意味などナルトには当然分かる由もない。

 母親の愛は深い。故に、嫉妬心だって深いのだという話である、まる。


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