東京喰種[滅]   作:スマート

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今までこの作品を読んでくれてありがとうございます。おかげさまでこの小説も30話になる事が出来ました、本当にありがとうございました。
これからも頑張っていく次第なので、つきましてはご意見、ご感想を些細な事でもいいのでお聞かせください。
出来る限り、反映させていこうと思っています。


#016「救援」

 血の鉄臭い匂いが濃く広がっていく方に走っていくと、徐々に人間の気配がもともと少なかったが、ほとんど感じなくなっていった。敵はもう人間を全て殺してしまったのだろうか、だとすると…

「だとすると、ただの処刑では物足りないですねぇ、此処は執拗に、強引に、強制的に、身体の皮を剥がしたうえで、脂肪を、筋肉を、骨を目玉を一つずつ切り取って行こう…もちろん生きたままで」

絶望する顔、その顔を見ながら食べる食事ほどこれ以上ない美味たりえるのだ、今まで犯してきた罪の数、人間に与えてきた恐怖の数まで、全身のありとあらゆる場所を粉々に潰すのもいいかもしれない。恐怖するがいい、絶望するがいい、そして今までしてきた自分の罪に、自分自身に恨みを言いながら、後悔しながら死んでいくといい!!

それが愚かで下種な生物としてのカスが出来る、ただ一つだけの善行なのだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京において比較的安全な区である20区、その人気のないとある路地の中で、喰種と人間の熾烈な戦いが繰り広げられていることを、まだ誰も知らないだろう。

 

「うっ…く…まずいね、この喰種の数は予想してなかったよ…」

 ガキンと金属同士を打ち鳴らしたかのような打撃音が響き渡り、黒いスーツを纏った大柄の男が大きく壁へ向かってはじけ飛んだ。だが手慣れたもので、手足を巧みに使って柔道の所作のように反動を抑え込み、手に持った銀色のセラミックケースのボタンを押し込んだ。

勢いよくケースが開き、低い駆動音が路地全体に威嚇するように響き渡ると、そこから大きな赤い、カッターナイフの様に斜めに入った線の模様がある、人間半分ほどの長さはある大剣が姿を現した。

 

「むん…これで、何とか切り抜けられたら良いんだけどね」

大柄の男はその重そうな大剣をいとも簡単にふって見せ、空気の切れる鋭い音を奏でる。

その動作によって男の周囲を囲んでいた、髑髏の面を模したマスクを被っている集団に動揺が走るが、その中の一人だけマスクを着けていない色素の抜けたような薄い金髪の男が、大きく叫べば集団は再び殺気を取り戻し男に背中から延びる赤い触手を向けたのだった。

「これで特等倒せば、俺、もうちょーーー有名じん!! 神アニキにも褒められるぜええええ!!やっべ想像したら泣けてきた」

眼の上に黒いアイシャドーのようなものをを塗った集団の男は、本当に目に感激の涙を浮かべ、未だに抵抗し続ける大柄の男に向かって皮算用を始めている。状況は客観的に見ても喰種の集団の方が明らかに有利に見えた。いくら喰種対策局のエリートの称号「特等」を掲げているからと言っても、その強さはあくまでも一対一を想定した場合にのみ限る。

あくまで大柄な男は人間、そして一方や髑髏のマスクの集団は全員が人間よりも身体能力の高い、喰種なのだ。純粋な戦闘能力では人間側の化け物である所の「特等」が強いのかもしれないが、人間の血肉さえあれば気持ち悪いほどの耐久力を誇るただの喰種が何人も集まっていれば、いささか分が悪い。

吹き飛ばされた衝撃を受け止めたとは言っても、大柄な男は人間の域を出ていないので、多少のダメージは確実に蓄積しているはずだった。

 

 大柄な男、名を「篠原幸則」は考える。どうしてこんな絶体絶命の窮地に陥ってしまったのだろうかと。本来、特等捜査官と言えども、喰種と戦う時や捜査中は少なくとも2人1組のツーマンセルが基本である。それは一方が奇襲を受けたとしても、もう一方が何らかの対処を行い、応援を呼ぶなどの対処が出来るからだ。

それに先に述べたように、身体能力において人間を上回っている喰種に対して、1対1で戦いに挑むという考え方自体、基本的に自殺行為なのだ。正義の味方や公平を規す立場の人間はフェアではないというかもしれないが、それは相手が人間だったらの話。喰種との戦闘において、1対1はそれこそ多対1を強いられているようなんものなのだ。1対1ならツーマンセル、多対1ならそれこそ相手の数の2倍は最低でも欲しいところだった。喰種の集団にツーマンセルで挑むしかなかった結果が、見るも無残に胴体を上下に切り離されて路地の地面に横たわっていた。

篠原は、今日捜査官の仲間と共に20区においての喰種の出没調査を行っていた、どこどこの喰種を倒す、というものではなくただ、この区は喰種が大体どれくらいいるか、という殆ど捜査官の腕で行われる至極アバウトな捜査だった。

操作方法も極めて簡単で、路地に入り、そこに付着した布辺や血液痕等を地味にメモに取っていくという作業である、時間のかかる作業という事と、そういう調査をしているという事で喰種に襲われるかもしれないという危険性からクインケの所持が義務づけられていたが、まさかその時を狙って喰種の集団に待ち伏せられているとは思いもしなかったのだ。

 

 奇襲により自分の部下だった男が何の抵抗も出来ず死んでいくさまを見なければならなった篠原は、心中穏やかではなった。喰種捜査官になった以上、そういう命を何時失ってもおかしくない危険な環境に身を置くのだと分かってはいても、その覚悟と殺人者への恨みはまた別物だろう。

だが、篠原も部下と同様に攻撃を受けてしまったため、持っていたクインケの展開が遅れてしまったのは痛手だった。髑髏のマスクの喰種は集団で篠原の逃げ道を塞ぐかのように、じりじりと距離を詰めてくる。

応援も呼ぶことが出来ず、自分一人でしかこのピンチを逃れるすべはない、そしてこの状況に陥った時、特等捜査官として篠原の覚悟はもう決まっていた。

例え死んでも、それまで喰種を倒して倒して倒しまくる。自分が死ぬその瞬間まで、少しでも世間を揺るがす恐怖の種を刈り取ることが、自分の最後にできる事だと悟ったのだった。自分が死んでしまえば、家族も同僚も寂しい思いをさせてしまう事を分かったうえで、篠原は必死に抵抗して自分の命を守るのではなく、最後まで戦い抜くことで皆の命を守る選択をしたのだ。

 

「すまん真戸、いわ…先に逝くわ」

 これはもう勝ち戦だとマスクの下から薄気味悪い笑い声を出す集団。その声にいらだちつつも、冷静さをかけばそれこそ何も出来ずに終わることになってしまう。壁に打ち付けられた背中が痛む、骨折はしていないようだが、どうやら内出血しているらしい。死への恐怖心と孤独での戦いに、視界がかすむが、それは弱音だと、今まで自分はそんな道を何度もくぐって来たじゃないかと叱咤する。

オニヤマダと戦ったときも、梟と交戦した時も、これ以上の緊張感があった。

何を一人だという理由だけで怯えている…何を弱気になっている!!

せめて殺された部下の敵は取ってやろう、ではない。過半数を纏めて始末してやろう!!

大剣のクインケを振りかぶり、遅いかかる髑髏のマスクの一人に相対するが、喰種の集団も律儀に一対一で戦ってはくれないようで、隙が出た背後から金髪の喰種が笑いながらとどめを刺そうと襲い掛かってくる。

「がっ…」

だが、それをよけようとした瞬間、狡猾に動作を読んでいたかのように、金髪の男が横なぎに胴へと赫く固い赫子で、深く重い一撃を打ち込んだのだった。喰種の人間を捕食するための器官である赫子をただの人間が生身で受けて無事なはずがない。幸いなことに胴を貫通はしなかったが、その攻撃の所為で篠原は横へ転がり、周囲に無防備な姿をさらしてしまった。

今から体制を整えたところで反撃は不可能、今までの捜査官としての経験が訴えるが、篠原はまだ手の中に納まったクインケの柄を強く握りしめたのだった。

死を覚悟した、何もできない自分を恨んだ、部下を殺してしまった自分のミスを悔やんだ…だがより自分が死ぬわけにはいかないと思い直した。脳裏に白髪の友人や、いかつい顔の友人の顔が浮かび、最後に若くして捜査官になり特等に上り詰めた女の子の姿が浮かぶ。まだ、しなければいけない事がいくつも残っている、こんなところで……死にたくない。

「ははははっ…死ねぇ!!」

「くっ…」

 

 振り上げられる死神の鎌、だがその一撃が篠原に届くことは無かった。

何故なら金髪の男は突如飛来した黒いシルエットに反対に弾きとばされてしまったからだ。黒いYシャツを着た細いが筋肉質な体の男が、篠原の前に立ちふさがり守る様に辺りの喰種を威嚇する。黒い光沢のある蟋蟀のマスクの右目からから洩れる朱い光が糸を引き、不気味かつまがまがしい印象を与えている。

13区に住む喰種なら誰もが一度は目にし、そして恐れたであろう、喰種にとっての喰種……共喰い蟋蟀が降り立った。

 

「おやおや、血気盛んな喰種さん、大勢で一人をいたぶるのは楽しいですかぁ?

私にも喰種をいたぶる楽しさを教えてくださいよぉ」

 

 人間と喰種の匂いを追ってたどり着いた場所は、人気のない路地だった、というか喰種が誰かを襲う場所と言えば大体がこういう路地や、どこかの廃棄された施設などに限られてくる。

遠くに喰種と思しき集団が見えた時点で、僕は一旦動きを止めて眼を閉じて周囲の音を一切漏らさず集中して聴く、こうすることで相手の足音から人数、話し声からその性別や性格、衣擦れの音や呼吸音からその人物の年齢や戦闘における技術レベルを簡単にだが把握することが出来る。喰種の並外れた聴覚とそれを識別できる経験がなければ出来ない技能だが、僕は普通の喰種よりも聴覚が優れていたことに加え、13区での経験を活かしそこらへんの喰種には負けない程度の効果を発揮していた。

「喰種の匂いの種別、約17種類。足音の歩調規則性、約18通り。声色、6種類。呼吸音18種類…」

敵の数は大まかに把握することが出来た、そして敵の実力がそれほど強くない事も、呼吸や足音、行動パターンから推測済みだ。あとはもう楽しい昼食を楽しむのみ!!久しぶりのご飯という事でいささかマナーが悪くなってしまう事に心配すればいい。

眼を開け、まず路地の壁に背を張り付けて物音を一切立てず、横歩きをしてそっと集団の陰に隠れるように忍び込んだ僕は、ちょうどそこで人間が襲われる瞬間、一番好きが大きくなるその時を見計らって背後からの奇襲を掛けた。

少し大柄で髪の短い人間の男性に襲い掛かろうとしていた、金髪で黒と白のスーツを着こんでいた喰種の顔面に大振りの蹴りを叩き込んだのだった。男に止めを刺そうと走り込んでいた勢いにカウンターを合わせて打ち込んだ蹴りは、見事に金髪の喰種の身体を中に打ち上げで、少し離れたコンクリートの地面に激突させた。

「ぐが……っ」

背中に展開していた堅そうな赫子が形を崩し、空気に溶け込むように消滅した。死んではいないだろう、あの金髪で黒いアイシャドーを塗った馬鹿そうな喰種を僕は、それこそ今まで住んでいた13区で見たことがある。あの拷問好きを「神アニキ」だとか言って慕っていたクズな喰種だ。あの馬鹿さ加減にうんざりして一息に殺してやろうと思ったら、本当に子げ足の速い事……流石にS級の喰種という肩書は伊達ではないようで、あっという間に煙に巻かれてしまったのだった。

思い出すだけでも腹が減ってくる……腹が立ってくる!!

「そ、そのマスク……13区のこ、蟋蟀!?」

 興味の失せる地味な粗雑料理……髑髏のマスクの集団の一人が口を開けば、その動揺は仲間内にも波及していく。その所為で集団の統率が乱れ、とびかかろうとしていた喰種たちまで動きを止めてしまったのだ。リーダーが指示しなければ簡単に崩れてしまう集団ほど壊しやすいものはない。

これでしばらくの間時間稼ぎが出来るだろう。

 

「大丈夫ですか、立てますか?」

まず戦闘準備に入る前に、この人間の男…髑髏のマスク集団の会話を聞くには、あの娘と同じ特等捜査官の人間を何処かに移動させなければならない。万が一人質にでもなってしまったら、僕には袋叩きにされるという選択肢しか残されていない。もっとも、その人質も人間が敵によって殺されてしまった時点で効力が無くなるため、敵側も迂闊なことは出来ないというデメリットを追う事になるのだが。危ない橋は渡らないに限るのだ。

「き、君は…一体?」

あの金髪の喰種の一撃を胴に喰らってしまったため、致命傷ではないにしろ腹部からの出血に顔を歪める捜査官であろう男は、僕の差しのべた手を取らず、自力で起き上がった。警戒されるのも無理はない、僕は喰種で相手は捜査官だ、例えこういう風に助けに来たという形になったとしても、何かの罠かと思うのは当然だろう。

そして僕としてもそう思われることにも慣れているし、だからと言ってこの捜査官を見捨てるという選択は皆無だった。たとえ自分の命が尽きようとも、この人間はこれ以上傷つけられる事なく、自分の住む家に帰してやる。それが、僕の存在意義、確固とした正義だ。

「……喰種、なのか?」

手元にあったカッターナイフの刃のように見える捜査官特有の武器、クインケを握り締め、周囲の喰種に気を配りつつ僕にその切っ先を向けた捜査官は、額に流れる汗を拭わずに、疑問をぶつけてきた。その質問に僕は面喰ってしまう。確かに、彼の前では赫子も赫眼も出してはいないが、それでも先ほどの金髪を吹き飛ばした蹴りの威力を見ていたはずだろう。あれはどう考えても人間が何の機械的補助なしでは放つことが出来ない威力だったはずだ。

にも拘らず、そんなバカげた問をすることに何の意味があるのだろうか、自分の体力の温蔵を図り、わずかに出来た時間の中で勝機を探っているのだろうか。

それとも……まさか助けに来た僕の事を、人間ではないかと思っている?だとすれば嬉しいが、残念ながら僕は喰種以外の何物でもないのだ……

 

「だとしたら?」

「お前も…倒す!!」

僕の返答に一層力を込めてクインケを握る捜査官の意思に反応して、クインケが赫くそして大きく発光し始めた、これはギミックが仕込まれているクインケにありがちな特徴で、その使用用途にもよるが、何かしらの強力な技を放つ前触れでもあった。

クインケももとは喰種の肉体、赫胞から作り出されているので、その予備動作とも言える赫眼の発現の様にクインケにも攻撃発動の予備動作というものが少なからず存在する。だが、僕は喰種を殺しても人間を殺す気はさらさら無いので、少し予想外の展開になりつつあることに苛立ちを覚えていた。

 

「何を言っているのかわかりませんけど、いま此処で僕と戦えば貴方は死にますよ?」

「死んだとしても、少しでもこの世から喰種が消えるのなら……喜んで僕は戦おう!!」

何というか、熱血な男だった。僕の言葉をまるで聞いてくれる気配がない、落ち着いて話し合おうといったところで、この状況下ではそれも無理だろう。時間の問題ですぐにこの場所は激戦地に姿を変えるのだから。だが、体の中で石炭でも燃えているのかというくらい、熱くそして眩しいくらいの正義感があふれてくる人物を、僕は嫌いになれなかったのだ。人間という理由もあったが、此処まで喰種を狩ることに集中してくれる人間は、捜査官の中にもそうそういない。

特等とは皆そういうモノなのかと納得しかけたが、今はまだ敵の集団の真っただ中だ、いまはリーダー格である金髪がダウンしたことで、出るに出れない状況になり事態が進展していないが、喰種の生命力は凄まじい。直ぐに奴は起き上がり、再び連携で攻撃を仕掛けてくるだろう、その前に何としてもこの捜査官を説得しなければ、僕も思うように動くことが出来ない。

 

「なら、その嫌いな喰種をもう少し多く殺せる方法があるとすれば、貴方はどうします?」

だからこそ僕は、彼の興味を誘うために一石を投じてみることにしたのだ。これが通じなければあとは強制的に眠らせて、どこかへ避難させておけばいい。

「喰種の戯言だ…そんなたわごとにはのらないよ」

「……たわごとねぇ、なら利害の一致という事にしましょうよ、私はこの髑髏マスク達を殺したい、貴方は喰種を少しでも多く倒したい…なら共同戦線と行きましょうか?」

「ぬ……」

喰種と人間の共同戦線、普通の場合ならば受け入れられない申し出だっただろうが、この時ばかりは捜査官も受け入れなければならなかったのだろう。彼は喰種を少しでも多く倒したい、その意思は喰種捜査官としての彼の存在意義のようなものだ。

そしてその意思は、自分よりも仲間の安全を優先する優しい心から来る。ならば、此処で戦いどちらにしても死ぬのなら、「目の前の僕と協力して他の喰種を多く倒す方が良いのではないか」という結論に結びつくだろう。もし僕に裏切られた場合のリスクも、どうせ死ぬという結末より下は無いのだから…捜査官はきっと、答えを出すだろう。

僕には確信があった。

 

 

 

 

「敵の敵は味方、今回はそういう事にしませんか?」

 

 

その言葉が彼への決起になったのだろう、今この瞬間……その数時間の間だけの儚い共闘とはいえ、相容れないもの同士の助け合いという言葉は揺らぐことは無い。

喰種と人間のあるひとつの共存が形となった……

 

 

  「それで、どうする?」

 金髪の喰種の回復が差し迫っている現状において、作戦を立てるにしても時間はもうあまり残されていない。状況は多対二というあまり進展のないものだったが、その実特等の捜査官に加え、S級なら軽く屠れる僕が入ったことで、大分戦況は傾き始めていた。大柄な体格をした人柄の良さそうな捜査官の男が、大剣のような真っ赤に輝くクインケを構えて僕の方を見た。

「決まっているでしょう、答えは簡単です、お互い支えあいながら一人ずつ殲滅…でしょう?」

か弱い、そして強い人間には、ほんの少しの間だけでも僕を信じて共に戦ってくれようとしてくれる仲間に、絶対に手出しはさせない。背後の敵は一人残らず、僕が喰らうし、傷を押して戦う彼を長時間この路地に居座らせるわけもない。

戦闘形式はサバイバル、向かってくる敵を片っ端から撃ち落としていく単純な作業だ。足首を動かいして何か不調が無いか確かめながら、あちこちでボソボソと話し合っている喰種に視線を合わせ、拳と拳を合わせて気合いを入れた。

「……ははっ」

「ん、どうかしましたか?」

と、今にも飛び掛かっていくというタイミングで隣に立っていた捜査官の人から笑い声が聞こえれば、足がもつれよろめいてしまう。大きな隙が出来てしまったが、敵の集団の方は僕たちの動きを予想以上に警戒しているようで、踏み込んでくる気配がなかった。

 

「いや…ね、どうにも君と話していると喰種と一緒にいるように思えなくてね、調子が崩れるというか……まさか支えあうなんて言葉が、喰種の口から聞かされるとは思わなかったよ」

「そう…ですか、ありがとうございます」

それだけで十分だった。幾人もの喰種と渡り合って来たであろう、本職のCCGの捜査官に、喰種に似つかわしくない行動をとっていると言われただけで、僕の心は漲り、歓喜に踊った。

両親を殺し、僕にあの娘を手にかけさせる起点となった喰種、それからも僕の人生を幾度となく翻弄し続けていた憎く、恨めしい奴らと…自分が違うと言われているようだったからだ。

僕も所詮は喰種、こうして自分の中の食欲に負けてのこのこと路地に現れ喰種を襲っているのも、見方を変えれば喰種が人間を襲う事となんら変わらない。

食欲と憎しみが重なり、喰種のみを狙って殺すだけの鬼と化した僕は、その実、本質的には喰種となんら変わらない行動をとってきていたのだ。

 

 そのことには気が付いていた、あの時、梟との敗北のあと諭されずとも、僕が何人も喰種を殺してくる前から知っていた、そして知ったうえでそのことに僕は目をつぶっていたのだ。分かってしまえば理解してしまえば、僕は僕でなくなってしまう。人間を愛する僕が、ただの喰種になってしまうのが怖かったからだ。

自分が生きてきた、自分が今までしてきたことが、後になって全て無駄だったと教えられるような気分だっただろう。存在意義の崩壊は、喰種からも人間からも嫌われている僕にとって致命的な欠陥になりえる。最近になって、抑えられていた喰種の食欲を抑えることが難しくなってきていた。

これが何を意味するのかは分からないが、恐らくこれから僕の身体は、僕にとって都合の悪い変化をしてしまうのだと、そういう予感じみたものを感じるのだ。

だからこそ、その矛盾に塗り固められた僕の心に、多分皮肉で言ったのだろう捜査官の言葉は、深く深く染み渡ったのだった。頑張ろうと、これからも生き抜いていこうとそう思わせてくれる叱咤にも近かった……

疑われることは承知の上、そして言葉巧みに丸め込ませ共同戦線を張るのは計画通りだった、だがいざ戦うという段になってそんな事を言われてしまうと、あまりにも嬉しすぎてにやけ顔が止まらなくなってしまうじゃないか。

 

「ん?」

「私…僕は人間に育てられた、だから貴方が僕の事を喰種らしくないというのなら、そういう経緯があるからでしょう」

気づけば僕は本当に無意識的に自分の事について語ってしまっていた、今となってはあの娘と僕だけしか知らない真実を、ほんの少しだけだが口に出してしまったのだ。

 

「な……そんな、馬鹿な」

捜査官の反応は予想通り、まあ喰種に育てられる人間の噂は多々聞いたことはあるが、人間に育てられる喰種など、聞いたことが無いのも当然だろう。喰種の世界を知った僕でさえ、その事実の異常性は分かっている。何をもって両親が僕を育ててくれたのかは永遠の謎だが、これだけは言えた…あの人達はちゃんと、僕を心から愛してくれていたと……

拾い子だからという理由で虐げたりせず、義妹と同じように接して、同じように可愛がってくれた。

最後の最後で、僕に自分の肉をあげようとした義妹には度胆を抜かれたが、今考えてみればソレはあの娘なりの僕への愛情だったのかもしれない。それを無残に散らし踏みにじってしまった僕が言えることではないが、僕は、はっきりと言える「僕は家族に愛されていた」と。

「信じなくても良いんです、ただ聞いてくれるだけでいい……だから…僕は人間が大好きだ、だから…僕は人間を食べたくない……」

「……」

話している間、捜査官は何も言わずただ黙って僕の話を聞いてくれた。彼が僕の話を聞いて何を如何思ったのかは僕にはわからない。だが、少なくとも僕の話した事が、僕の意思が本当だということが…伝わってくれれば、それ以上のことは無いが…

 

「いってええええええええ!!俺の大切な鼻を折りやがって、顔の形変わっちまったらどうすんだよこの馬鹿!!」

今まで蹲っていた金髪の黒いアイシャドーが目立つ、細身の男が部下であろう近くの髑髏のマスクの喰種に支えられながら、息を吹き返した。荒々しい呼吸を繰り返しながら、だが着実にその傷は完治していき、再び背中から毒々しい赫い色の赫子を発生させる。

意味することと言えば、それは戦闘の再開に他ならない。

「僕は篠原…篠原幸紀だ!!」

赫く発光するクインケを肩に背負い、速攻を仕掛けるために喰種の大群へ、傷ついた身体で走り出した捜査官は、僕に向かって自分の名前を叫んだのだ。

「僕は…蟋蟀!!とでも呼んでください篠原さん!!」

人間の名前を教えてもらうのは家族を除けばこれで2人目だった。嬉しかった、今まで眺めているだけだった人間に認めて貰った気がした。だから僕も大きな声で彼に言葉を返し、彼の動きを制限するように集まってくる喰種を蹴りで粉砕していく。

回転を交えた僕の蹴りは、飛び込んで来た喰種の頭部に命中し、頭と身体を泣き別れにさせて左右逆の方向に吹き飛ばした。雨の様に降りかかる血しぶきを受けて、肌が真っ赤に染まるがそれを気にしている場合でもない。

次々に第2陣、第3陣と喰種が休む暇もなく束になってやってくるので、例え雑魚だからと言って油断する気にはなれなかった。窮鼠猫を噛むという、追い詰められたネズミが猫を噛むということわざで、弱者でも追い詰められたものは予想外の事をしてくるという意味だ。

喰種同士の戦いにおいて、弱者だからと言って甘く見れば、あっという間に命を刈り取られているのがこの世界の暗黙のルールだろう。獅子は兔を狩るときにも全力を尽くす…僕も、雑魚を狩るときにも全力を尽くそう。

 

 

「殺してやる!お前ら絶対殺してやるううううううううう」

唾を飛ばしながら馬鹿のような奇声を発して金髪の逃げ足の速い喰種は飛び上がり、僕の方に真っ直ぐ突進してきたのだ。相手の持つ赫子は鈍重だが固さはほかのどの赫子をもしのぐという甲赫。

まともに攻撃を打ち込んでもガードされて体制を立て直されてしまうのが落ちだろう。

ならば、此処はあえて敵を自分の懐に抱え込んでやる。射程圏内に入って来たターゲットをさながらミンチの様に細切れにして食べてやろう。

背中に力を込め、二本の真っ赤な赫子を発生させた僕はその先端を地面に突き刺さして軸をつくり、足の回転をより速く鋭く強化する。

「ふ…ぐああああああ!!」

始めに金髪の顔面に蹴りを入れた時の様に、相手の向かってくる速度に僕はカウンターを合わせて、僕に向けられた甲赫の切っ先ごと回転蹴りで粉砕し、身体を吹き飛ばした。




はい、スマートです久々さのバトルシーンですから、今回は少し気合いを入れて書きました。

ご意見、ご感想、気軽にお待ちしております。

2015/4/1  合併修正

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