鎮守府の片隅で   作:ariel

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今回は少し毛色が違いますが、ドイツ艦娘を登場させてドイツ料理の回にしました。


第十七話 Z1とシュバイネハクセ

「鳳翔さん…これで、なんとかならないかな…」

 

「ウ~ン…たしかにレシピはもらいましたが…」

 

「お願いだよ、鳳翔さん。僕等も故郷を離れてだいぶ経つから…たまには故郷の味が食べたいんだよ。」

 

「材料は、私達が準備しました。」

 

遥かドイツからこの鎮守府に援軍としてやってきた駆逐艦レーベレスト・マース(Z1)さんとマックス・シュルツ(Z3)さんが、久しぶりに故郷の料理が食べたいと私の所にやってきました。欧州の料理…フランス料理であれば私も経験がありますから気軽に引き受けられるのですが、ドイツ料理は…。レシピも材料も向こうが準備していますし、私も作ってあげたい気持ちはありますが、本当に作れるのか少し不安が残ります。

 

「その…私よりも、ビスマルクさんに頼んだ方が確実ではないでしょうか?」

 

そんな不安がありましたから、私は同じドイツから来ている戦艦娘のビスマルクさんに頼んだ方が確実だと思い、そのように彼女達に伝えたのですが…二人とも私から視線を外してしまいました。…なるほど、そういう事ですか。ビスマルクさんは料理が上手だろうと思っていたのですが、どうやら逆のようですね。そうなると、私がやるしかないのでしょう。

 

「分かりました。とりあえず作ってみますけど、あまり期待しないでくださいよ。」

 

「Danke schӧn!鳳翔さん。僕、本当にうれしいよ。」

 

「Danke、鳳翔さん。助かるわ。」

 

こんな小さな娘達が、故郷から離れて異国の地で戦っているのです。たまには故郷の味が食べたいという気持ちは良く分かりますので、私も初めてのドイツ料理ですが、頑張りましょう。二人から渡されたレシピには、シュバイネハクセという料理の作り方が書いてあります。渡されたレシピを見ていきますと、どうやら一度煮た豚のスネ肉をオーブンで焼く料理なのですが、味は塩、胡椒、そしてハーブと非常にシンプルな物のようです。こういうシンプルな味の料理は、素材もそうですし作る人の味覚や直感に大きく依存します。ですから、全く知らない料理をレシピだけ見て作るというのは、このタイプの料理は非常に難しい訳ですが…大丈夫でしょうか。

 

Z1さん達のレシピでは、この料理は骨付きの豚のスネ肉を使うようです。そして二人は、何処で手に入れたのか知りませんが、冷凍にした骨付きの豚のスネ肉を準備していました。本格的に作る際は、これを数日塩漬けにしなければいけないようですが、今回はそこまで本格的な物は二人とも望んでいないようなので、レシピ通りの簡単な方法で作ってみましょうか。まずは、お肉を解凍してから…香味野菜となる玉ねぎとセロリ、そしてパセリと共に塩・胡椒を入れた水で圧力鍋を使ってじっくり煮込みます。香りを付けるためだけに野菜を使うのは少し勿体無いような気も私はしますが、普段作っている和食でも出汁を作るときは、昆布や鰹節、そして椎茸を大量に使いますから、それと同じような物なのでしょうね。

 

…さて、それではそろそろ除圧しましょうか。…いい感じで肉に火が入り柔らかくなりましたね。かなり大きな豚肉の塊ですから、そんなに簡単に煮崩れしませんし、いい感じで火が入ってくれて良かったです。レシピでは、これを香辛料などと共にオーブンで焼いてあげれば出来上がりのようです。ですが折角ですから、ジャガイモと玉ねぎも一緒にオーブンに入れましょうか。たしか、私の記憶ではZ1さん達の国ではジャガイモを沢山食べていた筈ですから、一緒に出してあげれば喜んでくれるでしょう。

 

それでは、プレートの上にジャガイモを少し厚めにスライスして、これを敷き詰めます。そして更にタマネギを切った物をこの上に配置して、先程圧力鍋でしっかり火を通した骨付きの豚のスネ肉を置いて…これに塩・胡椒、クローブ、ナツメグをかけて…後は多少焼いてからビールをかけて、焼き汁と合わせてソースにすれば良いようですね。それでは、オーブンに入れて少し焼きましょうか。まずは少し低温に設定して…じっくり火を通していきます。

 

大体火が通ったようですから…そろそろ温度をあげましょうか。最終的に表面をパリッと仕上げるのが目的だと思うのですが、Z1さん達のレシピには最初は低温で焼いて、途中から高温で一気に焼くと書いてありました。あっ…その前に、少しビールを注いでオーブンで焼いた時に出てきた汁を煮詰めなければいけないですね。どんなソースになるのか楽しみですが、焼き汁と合わせて煮詰めるという事ですから、豚のエキスがしっかり出た美味しいソースになるのだと思います。さて、オーブンの温度を上げた後は、もう少し時間が必要なようですから、今の内に私が唯一知っているドイツ料理のザワークラウトを作ってしまいましょう。これはキャベツの酢漬けのような物でして、おそらくドイツ料理であれば何でも合う筈です。

 

キャベツを千切りにして、オリーブオイルとニンニクを少し入れた鍋に千切りにしたキャベツを入れて軽く炒めます。後はここに、コンソメと酢と白ワイン、そして水と塩を混ぜた物を一気に投入して、少しだけ煮たら完成です。ザワークラウトには、もっと簡単な作り方もあるようですが、今回のシュバイネハクセのような塩と胡椒がベースのシンプルな味の料理と合わせるのでしたら、きちんと煮てニンニクなども入るタイプのザワークラウトの方が付け合せとして合うと思います。さて、それでは大体料理も出来ましたし、あの子達をそろそろ呼んであげないと。

 

「赤城さん、申し訳ないですけど、Z1さんとZ3さんに料理が出来たと伝えて、ここに連れて来てもらえますか?」

 

「分かりました、鳳翔さん。ところで…味見は必要ないですか?味見ならこの赤城にお任せ下さい!」

 

「…早く行ってきなさい…」

 

赤城さんが味見を申し出てくれましたが、勿論ここは断ります。赤城さんに味見をお願いしたら最後、料理の半分は消えてしまうでしょうから。とはいえ、流石に初めて作った料理ですから、私の方で少し味見をしておいた方が良さそうですね。…あら、結構美味しいですね。お肉は丁度良い感じの塩味ですし、野菜や香辛料からの香りがついていますし、煮てからオーブンで焼いていますから非常に柔らかいです。それにビールと焼き汁を煮詰めたソースも絶品ですね…豚肉のエキスがしっかり効いていて、塩と胡椒だけで味付けしたこの料理の味に旨みを出しています。問題は、私が美味しいと思ってもZ1さん達が満足してくれるか分からない所ですが、少なくとも不味くはないですから、たぶん大丈夫でしょう。

 

「あら、ビスマルクさんも一緒ですか?」

 

「えぇ、なんでもZ1達がシュバイネハクセを鳳翔さんに作ってもらったと聞いたから、私もご相伴に預かることにしたわ。いいわよね?」

 

「う…うん、ビスマルク姐さん。」

 

「ひっ…Jawohl, Fräulein Kommander」

 

Z1さんとZ3さんだけではなく、戦艦娘であるビスマルクさんまで赤城さんは連れてきました。どうやら二人の反応を見ると、ビスマルクさんには内緒でシュバイネハクセを私にお願いしていたようですね。おそらく一緒に食べたら、ほとんどビスマルクさんに食べられてしまう…と思っていたのでしょう。ですから、本音では『ご相伴』に預からせたくないのだと思いますが、流石に面と向かって断る事も出来ないようですね。まぁ、彼女達の間にも色々あるようですから、私は何も口を出さない方が良さそうです。

 

「大丈夫ですよ。付け合せもたくさん作ってありますから、Z1さん達もお腹いっぱい食べられると思います。さぁ、席についてください。直ぐに持ってきますから。」

 

私が付け合せもたくさん作ってあると言った言葉に、Z1さん達はホッとしたようで、少しだけ表情を緩めて席につきました。

 

「さぁ、三人ともどうぞ。」

 

 

 

ドイツ駆逐艦 Z1 レーベレヒト・マース

 

 

この鎮守府に赴任してきて数ヶ月。故郷を離れて僕はここで元気に戦っているけど、時々故郷の味を懐かしく感じるんだ。でも残念な事に、この鎮守府の食堂ではドイツの料理はないから、今回友達のZ3と相談して、鎮守府で一番料理が得意な鳳翔さんにドイツ料理を作ってもらう事にしたんだ。以前、僕達はビスマルク姐さんにドイツ料理をお願いしたんだけど、姐さんがあんなに料理が苦手だったなんて知らなかったよ…。ザワークラウトは酸っぱ過ぎて食べられなかったし、ソーセージは真っ黒…出された料理をZ3と一緒に呆然とした思いで眺めていた記憶があるよ。流石にビスマルク姐さんも、ちょっと申し訳なさそうな顔をしていたけど、少なくとも料理についてはビスマルク姐さんは全く頼りにならない事を、その時僕達は思い知らされたんだ。

 

今回、鳳翔さんにお願いした料理はシュバイネハクセ。豚肉のスネ肉をじっくり煮込んでから焼き上げる僕たちの国の定番料理なんだけど、非常にシンプルな味で物凄く美味しい料理なんだ。丁度僕たちの故郷に作戦で行く伊8さんにお願いして、この料理で必要な骨付きの豚肉のスネ肉を冷凍にして持って帰ってもらったんだけど、僕達二人が持っていた間宮さんの所のおやつ券全てと交換が条件だったんだ。そしてようやく手に入れた材料。レシピと材料を鳳翔さんに渡した後は、もう祈る気持ちだったんだよね。鳳翔さんならなんとかやってくれるという期待と、鳳翔さんが駄目だったらもう無理という不安。そんな二つの気持ちで、今日はあまり落ち着かない状態で僕達は鎮守府で待機していたんだよ。だから、赤城さんが鳳翔さんからの『料理が出来たから早く来るように』という伝言を伝えてくれた時は、二人で飛び上がって喜んだんだ…結果的にはこの時にビスマルク姐さんに見つかって、バレちゃったんだけど。まぁ、いいや。

 

さぁ、それでは早速食べてみようか。色合い…それにポテトやタマネギ…あっザワークラウトまである。楽しみだな!でも、まずは豚のスネ肉からだよね。大きな塊になっている豚肉をナイフで取り分けて…柔らかいな…本当に美味しそうだよ。…うん!これは最高!表面がパリッとしていて、中は柔らかくて軽い塩味・・・いや、塩味だけじゃないよね。豚肉のエキスがジワッっと出てきて、香りも物凄くいいよ。それに、ソースとして少しだけ付いている汁…これも豚肉の濃厚なエキスが入っていて…物凄く美味しいよ。一緒に出ている粒マスタードを少しだけ付けると、味が急に変わって…うん、これだよ。これが故郷ドイツの味だよ。しかも、一緒に出ているポテトやタマネギも本当に美味しい。

 

そうそう、ザワークラウトもあったんだ。お願い…どうか美味しいザワークラウトでありますように…。やった!美味しいよ、ザワークラウトも最高だ。酸っぱさが丁度良いくらいに抑えられていて、これニンニクの香りかな…。シュバイネハクセの豚肉と一緒に食べると、このザワークラウトの酸味は最高。この酸味が更に食欲を増進させて、豚肉がどんどん食べられるんだよね。こんな美味しいザワークラウトを食べてしまうと、この間のビスマルク姐さんのザワークラウトは一体なんだったんだろう…と考えてしまうよね。鳳翔さん、本当にありがとう。今日は物凄く満足したよ。

 

「う~ん、流石に鳳翔さん、久しぶりのシュバイネハクセ美味しかったわ。でも…ザワークラウトはまだまだね。私が作った物の方が美味しいと思うわ。」

 

えっ?ビスマルク姐さん何言っているの?思わず、僕もZ3もビスマルク姐さんを睨みつけてしまったよ。

 

 

 

鳳翔

 

 

「う~ん、流石に鳳翔さん、久しぶりのシュバイネハクセ美味しかったわ。でも…ザワークラウトはまだまだね。私が作った物の方が美味しいと思うわ。」

 

シュバイネハクセは気に入っていただけたようですが、ザワークラウトについてはビスマルクさんからダメだしをされてしまいました。やはり、私の作り方では駄目だったのでしょうか。ところが、そんなビスマルクさんを、普段は大人しいZ1さんとZ3さんが睨みつけています。

 

「ビスマルク姐さん、このザワークラウトは最高だよ。姐さんも鳳翔さんにお願いして作り方をしっかり勉強するべきだと思うよ。」

 

「えぇ、その通りです。ビスマルク姐さんは、鳳翔さんの所で修行するべきです。」

 

「…貴方達…最近少し規律が緩んでいるようね…。この鎮守府に来て、少し甘やかしすぎたかしら。再教育が必要なようね…」

 

「「ひっ…」」

 

あらあら…困りましたね。まぁ、二人の反応を見る限り、ビスマルクさんの作ったザワークラウトはあまり美味しくなかったようですね。私自身はビスマルクさんのザワークラウトを食べた事がないですから、なんともコメント出来ませんが、少なくとも私の作ったザワークラウトは二人とも気に入ったようです。ですから、ビスマルクさんのプライドを傷つけないように、今回の作り方を教えた方が良さそうですね。

 

「まぁまぁ、ビスマルクさん。二人ともまだ小さいですから、ビスマルクさんの作った味とこの子達の好きな味が違っていただけだと思いますよ。でも、二人が好きな味はこれで分かりましたから、作り方を教えますので、今度はビスマルクさんが二人に作ってあげてくださいね。私も、流石に毎回ドイツの料理を作るのは大変ですから、ビスマルクさんにお願いするしかないのです。」

 

「ん…ま…まぁ、この二人はまだ子供だから、私のような大人の味覚とは少し違うというのは理解出来るわ。それに、この二人の面倒は私が見なければいけないでしょうから…仕方ないわね。鳳翔さん、悪いけど作り方を教えて欲しいわ。」

 

Z1さんとZ3さんは、必死に首を横に振って、こちらに目で何かを訴えていますが、このザワークラウトは作り方簡単ですから、いくらビスマルクさんが料理が苦手でも問題なく作れると思いますよ。ですから安心してください。

 

 

…と、思っていた頃が私にもありました。何度かビスマルクさんはZ1さん達にザワークラウトを私が教えた通りに作ってあげたようですが…、最近は三人揃って私のお店にドイツ料理を食べに来る姿をよく見かけます…。もっとも、お代は全てビスマルクさんが出しているようなので、Z1さんやZ3さんは幸せそうですが…ビスマルクさんは時々憮然とした顔で私を見てくる事が、少しだけ気になる今日この頃です。レシピ通りに作れば美味しいザワークラウトになると思っていたのですが…。

 




長期出張中のため、ちょっと時間が空いてしまいましたが、今回はZ1ネタでドイツ料理としました。といいますのは、私自身が現在Z1の故郷に来ていまして…和食が恋しい今日この頃ですw。都合、あと1ヶ月程帰れない訳で…。久しぶりのドイツですから楽しい事は楽しいのですが、やはり食事は…プロテスタントの国よりはカトリックの国が良いと思うのは、私だけではないでしょうねw。欧州でメシマズ国と言えば、ドイツ・オランダ・イギリス…、イギリスは少し違いますが、あと二つはプロテスタントの国。逆に美味しい国は、フランス・イタリヤ・ベルギーとカトリックの国が続きます(スペインも美味しいし…)。

さて、そんなあまり評判のよろしくないドイツ料理ですが、それなりに美味しい料理はあります。今回登場したシュバイネハクセもそうですし、この小説以前に書いていました学園艦誕生物語で登場させたアイスバインもそうですが、肉料理系は結構いけるのが揃っています。ただ…それこそ和食などと比べてしまうと、味が単調なんですよね…。それに、私も昔と違って肉をガッツリという訳にも行きませんし…。そういう意味では、こちらに赴任していたのが若い頃で本当に助かったな…と思っています(赴任地はドイツではないのですが、やはり中欧でグリル系の料理が盛んな国でしたから…)。今の自分でしたら、絶対に耐えられなかったでしょうねw。

シュバイネハクセ…本当に凝った所ですと、塩漬けや燻製などで下準備に非常に時間がかりますが、簡易版ですと結構簡単に作れますので、今回はこの簡易版に登場してもらいました。またザワークラフトですが、これは電子レンジで作るようなレシピもありまして、今でも日本で時々家内がこの方法で作ってくれます。まぁ、小説中ではビスマルクをメシマズ設定にしていますが、この料理で失敗する事はまずないと思います。ですから興味のある人は、是非レシピを検索していただき、簡単なレシピでも良いですから試してもらえたらな…と思います。これとソーセージのグリル、後はマッシュポテトとビールだけで、ドイツの雰囲気が味わえること間違いなし!…だと思いますw。

今回も読んでいただきありがとうございました。
次回も投稿は遅くなると思いますが、気長に待ってくれたらな…と思います。

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