鎮守府の片隅で   作:ariel

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終戦の日に投下でも良かったのですが、一応これまでと同じ間隔で投稿しようと思い、今日の投稿になりました。今回は、先の大戦末期に米の代用食として広く食べられていたすいとんをネタにして、長門さんの物語にしました。


第十四話 長門とすいとん

「鳳翔さん、いるか?」

 

「あら、長門さん。お店はまだですけど…どうしたのですか?」

 

「いや…ちょっとな。その…お願いがあるのだが。出来ればこれから、私にすいとんを作ってくれないだろうか?昨日はこのお店お休みだっただろう?本当は、昨日食べたかったのだが…今からいいか?」

 

昨日は私にとっては特別な日でした。いえ私だけではなく、おそらく長門さんにとってもそうだったと思います。そのため、どうしてもお店を開く気分にならなかったため、昨日は一日お休みしました。おそらく長門さんは、今回リクエストしたすいとんを、前大戦の終戦の日である昨日食べたかったのでしょうから、少し申し訳ない事をしてしまったかもしれません。

 

それにしても、すいとんのリクエストですか。先の大戦末期、物資が不足していた頃、それを食べていた記憶が私にもあります。しかし当時、もはや味付けをするような調味料も十分に残っておらず、ただ塩気の少しある湯で煮た、小麦粉を水で溶いただけの小さなお団子状のすいとん…正直言いますと、あまい良い思い出がある食べ物ではありません。

 

「作る事はできますけど、一体どうしたのですか?珍しいリクエストですね。」

 

「いや…特に理由があるという訳ではないのだが…。ただ、あの頃の記憶を今一度思い出して、心の中に留めておきたい…といったところかな。」

 

「なるほど。私も長門さんも、生き残り組ですから…何となく分かる気がします。分かりました。ですが、あの頃の美味しくないすいとんは、私にもプライドがありますから、今回は作りませんよ?同じすいとんでも、腕によりをかけて美味しいすいとんを作らせてもらいます。」

 

「ハハハ…鳳翔さんのプライドか。ありがとう。楽しみに待たせてもらうよ。」

 

あの当時、まともな材料が手に入らなく代用品ばかりでしたから、すいとんは美味しくない食べ物でした。しかし今ならば、きちんとした材料がありますから、美味しいすいとんが作れる筈です。長門さんとしては、あの頃の記憶を思い出したいと言っていますので、不味いすいとんの方が良いのかもしれませんが、私としては、長門さんには是非今の美味しいすいとんを味わってもらいたいと思います。そうと決まれば早速作りましょうか。

 

まずは小麦粉に塩を少しだけ入れ、更に少しモチモチ感を出すために片栗粉も混ぜます。そして、ここにぬるいお湯を少しずつ加えながら、粉っぽさがなくなるまでしっかり練っていきます。あの頃は、塩も不足していましたから海水を使いましたし、小麦粉も質の悪いものしかありませんでした。ですが今は、塩と普通の小麦粉、そして片栗粉によって、モチモチ感があるようなしっかりしたすいとんを作る事が出来ます。…だいたい粉っぽさが無くなり、良い固さになってきましたね。後はこれを適当な大きさにちぎって、湯で下茹でする訳ですが、ちぎり方も昔のような団子状ではなく火が通りやすいように、少し円盤状に形を整えます。そして、少し濃い目の塩味がついたお湯で下茹でをします。この辺りは、同盟国だったイタリヤのパスタと同じ要領ですね。

 

次は具ですね。あの当時は出汁を取るための昆布や鰹節などは手に入りませんでしたし、野菜も不足していましたから、たしか芋の葉やツルを入れていたはずです。芋の葉やツルは、あれはあれで油で炒めるなどすると美味しいのですが、今回は普通の野菜を使って、美味しいすいとん汁に仕上げるつもりです。菜園で収穫できた茄子、人参、そして購入してきた大根、こぼう、それと油揚げも入れてしまいましょう。…これだけ具を入れれば、必ず美味しいすいとんになる筈です。それでは、野菜を乱切りして…しっかり鰹節でとった出汁を入れた鍋で煮込んでいきます。そしてここに、お酒や醤油を入れて味付けをして…塩で味を整えた所に、下茹でしていたすいとんを入れます。

 

昔は、それ程手もかけられなかったため、半生に近い状態の団子状のすいとんを食べる事となり、食感が最悪だった記憶がありますが、今回は円盤状で火も通りやすい上に、下茹でもしてありますから、歯ごたえは全然違うと思います。…いい感じに、すいとん汁が出来上がってきましたね。最後に片栗粉を水で溶いた物を少しだけ入れてとろみをつけたら完成です。味のアクセントのためにおろした生姜を乗せて、長門さんに出しますか。

 

「長門さん…出来ましたよ。あの頃のすいとんとは少し違うと思いますが、美味しいすいとん汁を作ってみました。気に入ってくれればうれしいですが…」

 

 

 

戦艦 長門

 

 

先の大戦、私は結局戦う機会を与えられぬまま、終戦を迎えた。戦うために生まれてきた私が一度も役に立たずにその使命を終える…これ程悔しかった記憶はない。しかし、幸か不幸か、私は再び戦うために蘇った。…もうあのような悔しい思いはしたくない。そんな悔しい思いを記憶から消さないためにも、私はあの頃食べていたすいとんを鳳翔さんにお願いして、今日作ってもらった。鳳翔さんも私と同じ生き残り組、きっと私の思いを理解してくれるだろう。

 

さて、すいとんだ。私の記憶では、あくまでも米の代用食…そして薄い塩味しかなく美味しい物ではなかった。鳳翔さんは、今回は美味しいすいとんを作ると言っていたが、あの美味しくなかったすいとんが、どのような料理になったのか…怖いところもあるが少し楽しみでもある。ほぉ…あの頃は、無色透明な汁の中にすいとんと芋の葉やツルだけだったが、今回はしっかりした色の汁に、野菜も色々入っているな。それに…これは生姜の香りか…、食欲をそそられる。早速一口食べてみるか。

 

まさか…これがすいとん?私の記憶していた味とは、全然違う。いや…すいとんその物は、歯ごたえが全然違うが、味は似ている…いや、少し塩味もあるのか。しかし…そうか、汁の味が全然違うのだな。あの頃のすいとんは、薄い塩味だけの味気ない物だったが、今回は物凄くしっかりとした…これは鰹節で取った出汁か…それをベースに醤油などできちんとした味がついた汁…汁の味がしっかりしていれば、すいとんはこれ程美味しい物だったのか…。それに、一緒に出ている野菜…。芋のツルも悪くはなかったが、流石に今回の野菜の具とは比べ物にならない。

 

それに油揚げが少し入るだけで、これ程違うのか…。すいとんのしっかりした歯ごたえ、豊富な野菜の具、そして絶妙な汁の味。私の記憶にあるすいとんの味とは、似ても似つかない味だが、これが鳳翔さんがプライドをかけて作った美味しいすいとんか。流石は鳳翔さんと言ったところか…これには、私も脱帽だ。しかし…これは…

 

「鳳翔さん…駄目だな…このすいとんは…。」

 

 

 

鳳翔

 

 

えっ、駄目ですか…会心の出来だと思ったのですが…何か不足していたのでしょうか…。

 

「…そうですか。駄目…ですか。」

 

自信があっただけに、少し落ち込みましたが、長門さんにとっては何か駄目な部分があったのでしょうね。ところが、長門さんの顔を見てみますと、それ程残念そうな顔をしておらず、お出ししたすいとん汁もしっかり食べています。どういう事でしょうか。

 

「あぁ、鳳翔さん、このすいとんは駄目だよ…美味しすぎる。これでは、昔を懐かしむどころか、すいとんをどんどん食べてしまい、それどころではなくなってしまうさ。ということで…もう一杯もらえるだろうか?」

 

なるほど、そういう事ですか。少しホッとしました。たしかに、最初に長門さんが言っていたように、昔を思い出すために食べる料理としては、不合格だったかもしれません。しかし…

「たしかに、昔を思い出す…というためには、この料理では駄目ですよね。ですが長門さん?今のこの平和な鎮守府であれば、こんな美味しいすいとんが出来るのです。ですから、昔の事を思い出して感傷に浸るよりは、この美味しい味が楽しめる平和で豊かな国を守ろう…そう新たに考えた方が良いと思います。そしてそう考えるためには、この料理で良いのではないですか?」

 

「…そうだな。たしかに、その方が前向きだな。いや、鳳翔さん、手間をかけさせたようで申し訳なかった。私もこの鎮守府の旗艦として、これからも頑張っていくよ。それにしても、今日のすいとんは、本当に美味しかった。感謝する。」

 

長門さんの力強い言葉が聞けて本当に良かったです。同じ料理でも、手に入る材料が違うだけで、これだけの味の差が出ます。そしてこの味は、平和なこの時代だからこそ作り出せる味。長門さんには、その平和な国を守るために、これからも先頭に立って戦ってもらいましょう。私も力及ばずながら、そのお手伝いが出来れば…

 

ガラッ

 

あら?今日は開店前だと言うのに、来客が多いですね。…今度は、青葉さんですか…また変な取材は困りますよ。

 

「鳳翔さん、鳳翔さん!ニュース、ニュースです!…って、長門さんも居たんだ。きょーしょくです。」

 

「あら、青葉さん、どうしたのですか?そんなに息を切らせて。何か良い事でもあったのですか?」

 

「青葉…、お前も重巡洋艦なのだから、もう少し落ち着いてだな…。」

 

息を切らせて私のお店にやってきた鎮守府のパパラッチ青葉さんですが、顔はとても嬉しそうです。何か良い事があったのでしょうね。…まさか!

 

「発 第四航空戦隊 隼鷹、 宛 呉鎮守府司令長官  本未明、第二機動部隊ハ、敵ダッチハーバー基地ニ対シテ、航空攻撃ヲ実施セリ。敵基地ノ被害大ナリヲ認ム。我ガ方ノ損害軽微ナリ。此レヨリ、掃討戦ニ移ル。…AL作戦成功の電文が鎮守府に届いたのですよ!提督も大喜びです。それとですね…」

 

「そうですか、隼鷹と龍驤がやってくれましたか…。どうやら二人とも無事なようで何よりです。」

 

「鳳翔さん、良かったな。」

 

えぇ、長門さんの言うとおり、本当に良かったです。作戦のため行動中の艦隊は無線封鎖していましたから、こちらは向こうの様子は全く分かりませんでした。しかし、これだけ大々的に無電が飛ばせる状態になったという事は、電文どおり完全に勝ったという事なのでしょう。一応、まだ掃討戦が残っているようなので、油断は禁物ですが、少しホッとしました。

 

「鳳翔さん!驚くのは、まだこれからですよ~。 発 第一航空艦隊 赤城、宛 呉鎮守府司令長官 2200 第一航空艦隊ハ、ミッドウェー島ノ占領ヲ完了セリ。又、ミッドウェー島周辺ニテ、敵機動部隊ト交戦、此レヲ撃滅セリ。我ガ方ノ損害極メテ軽微。至急糧食ノ補給ヲ送ラレタシ。 これもつい先程、鎮守府に届いた電文です。提督からは、赤城さん達にミッドウェー島周辺の警戒のため、しばらく現地で待機するように命令がありましたが、こちらも作戦成功みたいですよ!明日の青葉新聞の一面はこれで決まりです!」

 

…ふぅぅ…こちらも無事終了ですか。あの子達が出撃してから心配が続く日々でしたが、それもようやく終わりですね。ミッドウェー島周辺の制海権を完全に確保するため、もうしばらくは鎮守府に戻って来られないようですが、戻ってきたら赤飯でも炊いてお祝いをしなくてはいけないですね。…赤城さんは、相当お腹を空かせているようですし。

 

「流石の鳳翔さんも、どうやらホッとしたようだな。それにしても、両方とも作戦が上手く行って本当に良かった。さっきの話ではないが、平和なこの国が守れたのだからな。」

 

「流石長門さん、これだけ大きな作戦が成功したという事が分かっても、落ち着いていますね~。青葉驚きました。」

 

「青葉、当然だろう。私を誰だと思っているんだ?私は長門。…かつては、太平洋の半分を支配した帝国海軍の旗艦を勤めた身だ。何事にも落ち着いて対処するさ。まぁ、それにしても今日は目出度い。そうだ青葉、お前も一緒に食べていけ、今日くらい私が奢ってやる。」

 

「えっ!本当ですか。流石は長門さん、きょーしょくです!…だって~、今日は長門さんの奢りらしいですよ。」

 

「今日は、長門さんの奢りなのです!一杯食べるのです!」

 

「翔鶴姉~、今日は全部奢りだって~、長門さん、サ~ンキュ。」

 

「瑞鶴、あまり迷惑をかけちゃ駄目よ?長門さん、ありがとうございます。」

 

あら…いつのまに。青葉さんが私のところに嬉しい知らせを持って来たのと同時に、まだ開店していないのですが、鎮守府居残り組の艦娘が大挙して押し寄せてきました。…長門さんは、少し引きつった笑顔になっていますが…

 

「長門さん…早いところ、さっきの言葉を撤回しておいた方がいいですよ。この調子ですと、今鎮守府に居る艦娘達が集まるのは時間の問題だと思いますので…。」

 

「た…たしかに、そうなのだが…。一度言った事を、今更撤回するわけには…クッ」

 

一度口にした事は絶対に撤回しない…まぁ、長門さんらしいと言えばらしいのですが、おそらくこの子達は、遠慮などしないような気がします。…仕方ありません。今日は目出度い知らせも届きましたし、私も少し出しましょうか…それにしても本当に良かったです。今日も鎮守府は平和ですね。

 

 

と、その時はそう思っていたのです。まさか、ここからあのような事が起こるとは…私も、全く考えていませんでした。

 




E4を無事突破し、なんとかミッドウェー島の占領に成功しました(何故か知りませんが、E4のラストダンスであきつ丸も登場。もっと早く来てくれよ!w)。後はE5で敵の反撃作戦を潰すだけですが、こちらは順調に進んでいます。私の鎮守府では、おそらくE5で今回のイベントは終了ですから、これが最後の戦いになりそうです。とはいえ、話のネタのために、一度くらいはE6をフル支援付きで、鳳翔さんを旗艦にして突撃する予定ですがw

さて、すいとんです。この食べ物、まだ実家暮らしをしていた頃、お盆の時期になりますと私の母親がよく作っていました。勿論、戦時中の不味いすいとんではなく、今回書いたようなきちんとした味付けのすいとんですがw。ですから私の中では、すいとんは不味いイメージがないですが、当時同居していました祖父母の話では、すいとんという食べ物はこんなに美味しい物ではない…と良く言われました。ですから、平和なこの時代に生まれて、こんな美味しい物が食べられて本当に良かったな…と当時考えた記憶があります。

今は実家から離れていますが、家内が時々この時期にすいとんを作る事がありまして、今も私の家の夏の風物詩の料理の一つになっています。という事で、結構簡単に出来ますし、味も(汁物の方をきちんと味付けすれば)美味しいですから、機会がありましたら是非作って食べてもらいたいな…と思っています。

さて次回ですが…それまでにE6が出来たら、鳳翔さんネタですかね。一応戦力(一航戦・二航戦のバックアップと五航戦)はあるのですが、資源がないので一度きりの挑戦になりそうですが^^;

今回も読んでいただきありがとうございました。

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