ぴゅあ×ぜろ★みらくる   作:いぶりがっこ

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第四話「なぞのしょうじょ、プリマ・プラム」

「うっわあ~……」

 

小さな書棚の前で、ユリーシアが呆けたように感嘆の言葉を漏らす。

彼女に吐息をもたらしたのは、手にした薄い冊子であった。

 

書物、と言うほど仰々しい代物ではない。

ややくたびれた表紙をめくると、

そこには執筆者が自らしたためたと思しき細やかな文字……、

彼女にとっては馴染みの深い、フィグラーレの文字列が躍る。

 

「ふふっ、いきなり張り切ってたら後が続かないよ。

 ユーリちゃん、紅茶、どう?」

 

「あ! はい、ありがとうございます」

 

シエスタの言葉にユーリはハッと我に返り、

テーブルを差し挟んでちょこんと腰を下ろした。

置かれたティーカップに両手を重ね、キョロキョロと室内を見渡す少女を前に、

向かい合ったシエスタが、ふっと眼を細める。

 

「どう? 貴族の部屋に比べたら大分狭いでしょうけど、

 暮らしてみると中々悪く無いものよ。

 もっとも、そのせいでひいおじいちゃんの持ってた書物は、

 山荘に保管してある分の、十分の一も持ち出せなかったんだけどね」

 

「ううん……、シエスタさんのひいおじいちゃんは、

 本当にすごいステラウェバーだったんだね。」

 

こくこくとティーカップを傾け、ユーリがほうっと一息つく。

シエスタが口にした通り、彼女の室内にある蔵書の量は、

ユーリの実家の書斎と比べればさほどの数ではない、

が、それらが全て、持ち主が手ずからしたためた物となれば、

その意味合いは変わってくる。

事実、シエスタの曾祖父がまとめたと言う独学の結晶は、

いまだ半人前のユーリには難しいものばかりであった。

 

「ねっ、それでユーリちゃん、星のしずくの使い方、もう決まったの?」

 

「うーんと、ね……」

 

言いながら、ユーリがポシェットをもぞもぞと広げる。

置かれた小瓶の中から、柔らかな光がテーブルに広がる。

 

「私、いつまでこの国に居られるのか分からないけど、

 でも、だからこそここに居られる内に、ルイズさんに恩返ししたいなって思います。

 この星のしずくを使って、あの人の力になりたいって思うの」

 

「それで、私の持ってる文献を借りたいって言う話だったのよね。

 ……けど、ウチのひいおじいちゃんって、あくまで薬学の専門家だよ?

 国一番の名門貴族である、ヴァリエール公爵家に必要な薬なんて……!」

 

言いかけて、シエスタがハッと目をしばたかせる。

こくり、とカップを置いてユーリが頷く。

 

「……公爵家の次女、ミス・ヴァリエールのお姉さんって、

 何か、奇妙な病って噂だったわよね。

 体内の水の流れに異常があって、高名な水メイジにも治療法が分からない、とか?」

 

「うん。

 星のしずくが揃えば、色んな種類のお薬が作れるし、

 ひいおじいさんのご本があれば、私も役に立てるかもって思ったの。」

 

「……う~ん」

 

シエスタはしばし、形の良い顎に指を当てて小首を傾げていたが、

やがて、ふうっと一つ溜息をついた。

 

「……ユーリちゃん、それ、結構大変かも知れないわよ?」

 

「えっ!?」

 

「ほら、何せ原因が分からないからこその難病なんだろうし。

 ユーリちゃんはステラウェバーの勉強も積んでるみたいだけど、

 それでも本物のお医者さんの真似は出来ないでしょ?

 いかに星のしずくの力とは言え、症状だけで治療薬を作れるものかな?」

 

「え、え~と……」

 

「それにフィグラーレの薬って、こっちの人相手だと、効能が違ったりするんでしょ?

 特にユーリちゃん、この国ではまだ、力を制御しきれてないみたいだし。

 うっかり変身薬や惚れ薬みたいな、何かとんでもない副作用が出てしまったら、

 別の物語が始まっちゃうかも……」

 

「あ、あう……」

 

「あと、ただ魔法を成功させるだけじゃなくて、

 フィグレーレの秘密を守る事も考えないといけないのよね?

 秘薬の効果がてきめんに出た時のために、

 周りに疑われないような理由も考えておかないと……」

 

「…………」

 

「……はっ!」

 

じっと無言になった少女を前に、シエスタもようやく我に返る。

夢にまで見たフィグラーレの少女を目の当たりにして、

知らずテンションが高まるのを抑えきれなかったのだろうか?

シエスタが気付いた時、プラム・クローリス誇り高きのプリマは、

両目いっぱいに涙を溜めてプルプルと震えていた。

 

「あっ!? で、でもほら!

 ウチのひいおじいちゃんだって、その辺の問題をぜーんぶクリアして、

 私の病気を治しちゃったワケだし、

 何事もやる前から諦めるのはよくないわよね、うん!」

 

「……えっと、あの、そこまで難しい力はいらないんです」

 

「えっ」

 

「あの、この世界の、ハルケギニアの魔法の力って、

 スピニアの使う言葉よりも、ずっと強力で便利なものだと思うから、

 そのメイジのお医者さんにも分からない病気を治すのは、

 きっと、一流のステラウェバーでも難しいと思うの……」

 

「そう、なのかな?」

 

「でも、それでも星のしずくの力があれば、

 カトレアさんに元気を分けてあげられるかもしれないから。

 それで、少しでもルイズさんが明るくなれたらいいなって思います。」

 

「……そっか」

 

まじまじと、シエスタがユーリの緊張した顔を覗き込む。

眼前の少女は、見た目の年頃相応に天真爛漫で世間知らずではあったが、

こと、魔法に関する考察だけは、少々事情が異なるらしい。

 

フィグラーレの全ての少女達の憧れ、ステラスピニアを真剣に志し、

実際に、「一流」の飾り文句の付く二人の姉の薫陶を真近に受けて育った少女である。

魔法と言う幻想に対する分析眼は、あるいは素人のシエスタよりも、

ずっとシビアなものであるのかも知れなかった。

 

(……それにしても、ルイズさんが明るく、ね?)

 

ユーリの言葉の意味を、そっと口中で反芻する。

ルイズとの知己の浅いシエスタではあるが、

彼女の二つ名『ゼロ』の意味についてはおおよそ理解している。

貴族なら誰しも使える魔法が使えないと言うのは、幼いユーリが気に病むほどに、

周囲が想像するより深く、彼女の精神を追い込んでいるのかもしれない。

 

――例えば、もしもユーリの想いを宿した薬の効果で、

治療不可能とまで言われたカトレアの病状に、

わずかでも回復の兆しを与えられたならば、

あるいはその小さな奇跡は、ルイズの心に再び希望を灯す事が出来るのかもしれない。

一見、無邪気で無鉄砲に見える眼前の少女は、そこまで思慮しているのだろうか?

 

「……オッケー、ユーリちゃん、だいたいのコンセプトは理解したわ!」

 

「えっ?」

 

「つまり私達の目指す薬に、大それた奇跡は必要ないってワケね。

 目的は病の根治ではなく、滋養や強壮、あるいは心身のリフレッシュ。

 比較的、簡単に作れて、これといった副作用を持たない健全な薬、

 それならきっと、私にも何か手伝えると思うわ」

 

「ほ、本当!?」

 

ぽんっ、と両手を重ねたシエスタの姿に、ユーリの表情もたちまち明るくなる。

いかに技術を学んではいても、

現在の少女には、人生経験が圧倒的に不足しているのだ。

自らの思い付きを、正しくプランとして形にしてくれるシエスタの存在は、

右も左も分からぬ世界に放り込まれた少女にとって、

歳の離れた実姉のように頼もしく感じられた。

 

「それじゃあ、まずは分かる所から、少しづつ文献を当たっていきましょうか?

 山荘に残ってた実験道具とかも、今のうちに送ってもらっておいた方がいいわね。」

 

「あ、じゃあ私、一度お部屋に戻ります。

 あんまり長居しちゃうと、ルイズさん、心配すると思うし」

 

「えっ?

 ミス・ヴァリエール、ねぇ……、

 もしかしたら、まだ戻ってきてないかもしれないわよ、事が事だけに。」

 

「えっ?」

 

歯切れの悪いシエスタの言葉に、ユーリがきょとんと首を傾げる。

 

――昨夜のしずく取りの後、

恐る恐る部屋に返ったユーリが目にしたのは、もぬけの空の室内だった。

 

ほどなくして戻ってきた部屋の主・ルイズは、

なぜか疲れた表情で、明日の授業が休講となった事、

自分は朝から学院長室に呼ばれている事を告げ、早々に床に付いた。

シエスタと今後の打ち合わせをしたかったユーリにとっては、渡りに舟の話であり、

それ以上の深い追求はしなかったのだが……、

 

「シエスタさん、

 昨日、私達がいない間に、何があったのか知ってるんですか?」

 

「何がって言うか、まあ『アレ』を見たら、だいたい察しは付くんだけど」

 

「?」

 

きょとんと眼を丸くするユーリに対し、シエスタはどこか含みのある苦笑をこぼした。

 

「あのね、ユーリちゃん。

 中庭を通るなら、くれぐれも建物には近づいちゃだめよ」

 

 

「う、うっわ~……」

 

トリステイン魔法学院・中庭。

シエスタが近づくなと言っていた『アレ』を目の当たりにしたユリーシアが、

ぽかんと大口を空ける。

 

「塔の壁……無くなっちゃってる」

 

呆然と、野次馬連中の喧噪の先にある本塔を見上げる。

昨日まで、長い歴史の重厚さを醸し出していたハズの尖塔は、

今やすっかり瓦礫の山と埃にまみれ、無残な大口をぽっかりと開いていた。

 

「あそこの部屋って、ええと、『ほーもつこ』だった、かな?

 不思議な力を持つ道具をしまってあるって、コルベール先生が言ってた……」

 

「――ユーリ! 危ないわよ、あんまり近づいちゃダメ!」

 

「えっ?」

 

後ろから聞こえた声に反射的に振り替える。

そこにいたのは、朝方よりも幾分疲れた面持ちの桃色頭の少女、

ユーリの捜し主、ルイズ・フランソワーズその人であった。

 

「ルイズさん! これ、一体何があったの?」

 

「……賊に襲われたのよ、昨夜の夜。

 巷を騒がせている盗賊【土くれのフーケ】って奴ね。

 そいつが宝物庫の壁に穴を開けて、

 貴重なマジックアイテムを一つ、盗んでいっちゃったの」

 

「昨日の夜、そっか、それで……」

 

ルイズの言葉を聞いて、ぼんやりと昨夜の様子を思い出す。

ユーリ達が学院に戻った時、確かに中庭の方が騒然としていたようであった。

ユーリにとっては幸いな事に、思わぬ怪盗騒ぎによって、

しずく取りを野次馬達に見られずに済んだと言うわけだ。

 

「……あれ、でも確かコルベール先生、

 『ほーもつこの壁には強い魔法がかけられていて、

 どんな魔法でもビクともしないよ』って言ってたような?」

 

「そっ!?、それはその……

 そ、そうッ! ゴーレムよ、ゴーレムッ!

 魔法の力で、こーんな大きな巨大な土人形を作り出して、

 頑丈な宝物庫の壁を、思いっきりドカーン!ってやっちゃったのよ」

 

「ええっ、そ、そんなに凄い魔法があるの!?」

 

どこか興奮したようなオーバーアクションを見せるルイズに対し、

ユーリが驚きの声を上げる。

ゴーレムの生成自体は昨日、

ギーシュと言う学生が授業で使ったのを目の当たりにしていた。

が、その時に見たのはせいぜいが人間大の青銅人形に過ぎない。

そんな代物が分厚い学院の外壁をブチ破るほどのパワーを持ちうるとは、

彼女には到底考えられなかった。

 

一方、引き返しのつかなくなった桃色頭の少女は、

ユーリの過剰なリアクションに負けないばかりの勢いで誇張を重ねていく。

 

「え、ええええ、そ、そうッ!  そうなのよッ!

 私もたかだか土くれとタカをくくっていたわ。

 こ、これからは学院のセキュリティも考え直さないといけないわね!」

 

「ふえぇ……」

 

「とにかく丁度良かったわ、ユーリ。

 私はその辺の関係で少し学院を空けるわ。

 戻りは遅くなるかも知れないから、悪いけど少しの間、あのメイド、

 えと、そう、シエスタに面倒を見てもらってちょうだい。」

 

「えっ? その関係……って?」

 

ユーリが目をしばたたせ、眼前の、妙にテンションの高い主人を見つめる。

堅牢な魔法の障壁すらも容易く陥とすと言う驚異の盗賊。

一体どのような事態であれば、一介の学生、

ゼロのルイズに関係する事情が生じると言うのだろうか。

 

「えと……、怪盗さんに、宝物を返してくれるようにお願いしてくるの?」

 

「……話して分かるような賊だったら、こんな事にはならないと思うんだけど」

 

そう言って一つ溜息をついたルイズだったが、すぐにユーリに向き直ると、

背筋を伸ばして高らかと宣言した。

 

「取り返してくるのよ、学院の至宝を、場合によっては、腕づくでッ!」

 

「……へっ、腕づくって? え、えええええええ!?

 だ、だってルイズさ……!」

 

魔法も使えないのに!?

咄嗟に喉元まで出かかった言葉を必死に呑み込み、ぶんぶんと首を振るう。

 

「そんなの危ないよ!?

 な、なんでルイズさんが、だって学院には、先生だっていっぱいいるのに……?」

 

「そ、それは私のしっぱ……、じゃなくてっ!?

 わ、私はそう、貴族だから!

 学院の至宝とやらをむざむざ奪われて、黙っているワケには行かないわ!」

 

「そ、そんな……!」

 

駄目だ。

真っ白になったユーリの頭の中に、漠然と、初めてルイズと出会った日の光景が甦る。

使命感が強く、責任感が強く、それゆえに人一倍隙の多いルイズお姉さん。

ここで彼女を止めねば、大変な事になるに違いない。

だが、ルイズ以上に人生経験の足りていない少女の口から飛び出したのは、

眼前の主人に輪をかけてテンパった一言であった。

 

「だ、だったら私も、私も一緒に連れて行って!」

 

「はあっ!? 突然何を言い出すのよ、ユーリ?」

 

「だって、ルイズさん言ってたもん!

 『使い魔は主人のごえいをつとめるものだ』、って」

 

「そ、そんなのは言葉のアヤで、だいたいアンタは……」

 

私の本当の使い魔じゃないでしょ!?

喉元まで出かかった言葉を、今度はかろうじてルイズが呑み込む。

ユーリのヤケクソの一言は、思いのほか的確にルイズの急所を突いているようであった。

 

「と、とにかくダメったらダメよッ!?

 貴族の力も義務も、人々を守るためにこそあるんだから、

 魔法もロクに使えない、足手まといの女の子が戦場に行くだなんて非常識よッ!!」

 

「ガーン!?」

 

言われた!

心の底からルイズに言いたかったセリフを、一字一句、余す所なく的確に。

あまりのショックに、ユーリは呆然と立ち竦んでしまう。

 

(す、少し、言い過ぎたかしら……?)

 

顔面真っ青で固まってしまった少女の姿に、ルイズの良心がチクリと疼く。

だが、ややこしい話を切り上げる好機は、今を置いて他にはない。

 

「わ、私はユーリの保護者でもあるんだからね、

 二人のお姉さんを悲しませるような真似だけは絶対にさせられないわ」

 

「…………」

 

「ユーリ、私も、とにかくすぐに戻ってくるから、

 それまではシエスタの言う事を聞いて、大人しく待ってなさい」

 

とにもかくにも要件を伝え、ルイズがそそくさとその場を後にする。

ちらり、と背後を振り返るも、ユーリは動くそぶりを見せない。

 

(ううん、きっと大丈夫、よね?

 あのシエスタってメイド、だいぶ面倒見の良さそうなタイプだったし、

 ユーリも彼女になついてた事だし……)

 

頭を一つ振るい、思考を切り替える。

ユーリへの言葉ではないが、

とにかくルイズはこれから危険な任務に臨まねばならないのだ。

残念ながら今の彼女に、ユーリへのフォローまで考えている時間は無かった。

 

一方、小さくなっていくルイズの背中を、呆然と見送っていたユーリであったが

不意にハッと気づいたように、ぷっくと頬を膨らませて呟いた。

 

「わ、私だって、プラム・クローリスのプリマなんだから……、

 ルイズさんを助けられる事、絶対にあるもん!」

 

 

――数刻後、

学院より程近い林道を行く一台の馬車。

その上に降り注ぐ陽光を遮って、今、大きな影が一つさした。

 

「ふふん、ようやく追いついたようね!

 私たちに置いてけぼりを喰らわせようなんて、随分立派になったもんね」

 

「むっ……」

 

不意に投げ掛けられた軽口に、ルイズがややうんざりとした表情で振り返る。

案の定、仰ぎ見た上空に捉えたのは、馴染みのある青い鱗を有した大きな竜と、

遠目にも小憎らしい赤青髪のコンビであった。

 

「余計な首を突っ込まないでよ、

 今回の件は、トリステインの貴族の問題なんだから、

 ツェルプストーの人間に心配される謂われなんてないわ」

 

「あら? 私は初めから、

 魔法学院の外壁をぶっ壊すような大魔法使い様の心配なんてしてないわよ」

 

「ぐっ」

 

「でも……、ね」

 

キュルケの言葉を合図に、青髪の少女・タバサが風竜を緩やかに滑らせる。

並走する形となった馬車の上に、まずキュルケが、

ついで使い魔のフレイムが飛び降りる。

フレイムはしばし、鼻を鳴らしながら周囲を見渡していたが、

その内にのそりと起き上がり、荷台に積まれた樽の一つに襲いかかった。

 

「きゃ、きゃう!?」

 

「え、樽が喋った!?」

 

「……なワケないでしょ、貴方って、ホント周りが見えてないのね」

 

思わぬ乱入者の登場に、ルイズも、そして先導役のロングビルも目を丸くする。

一方、フレイムは抗議の声も気にせず、器用な前足捌きで樽を運んできた。

 

「きゅ、きゅう~……」

 

「ユ、ユーリ!? 何やってんのアンタ?」

 

「まあ、こんな悪戯に気付かないご主人様じゃあ、ユーリちゃんが心配だからね?

 見かねて追って来てやったってワケよ」

 

大樽の中からのそのそと這いずり出てきたユーリは、

しばしうつろな目を泳がせていたが、

そこにルイズの桃色髪を捉えると、急に我に返ったようにシュンとなった。

 

「ユーリ、何やってるのよ? シエスタの所で待ってなさいって言ったでしょ?」

 

「だって……だって心配だったんだもん。

 ユーリ、子供じゃないから、ルイズさんの使い魔、ちゃんとできるもん!」

 

「出来るワケないでしょ、そんな事!

 相手は名のある貴族たちでも手を焼くゴーレム使いなのよ、それを……」

 

と、重ねてユーリを叱責しようとするルイズであったが、

強情な青色の瞳を前にうまく言葉が出てこない。

子供は理屈が通じないがゆえに子供であり、諭すべきルイズも未だ大人ではなかった。

感情を持て余したルイズが、ついと矛先を変える。

 

「すいません、ミス・ロングビル、少しだけ引き返して下さい。

 安全な場所にこの子を下ろして、それで……」

 

「……いえ、残念ながら、それは少し遅かったようです」

 

「えっ?」

 

ミス・ロングビルの細い指先が、草原を指し示す。

周囲をうっそうと生い茂る森林の中に、ポツンと小さな廃屋が見える。

 

「あそこが目撃情報の上がっていた、土くれのフーケの隠れ家です。

 おそらくは辺りの森林一帯がヤツのテリトリー。

 賊が何処に潜んでいるのか分からない以上、

 今、ユリーシアさんを孤立させるのは危険です。」

 

「で、でもだからって」

 

「シルフィードを置いていく」

 

言いながら読みかけの本を閉じ、タバサがすっくと大地に降り立つ。

 

「風竜の巨体で、これ以上接近するのは下の策。

 ここに待機させて、彼女の護衛をさせる」

 

主の言葉に対し、シルフィードはやや不服そうに嘶いたが、

特にそれ以上の抗議をするでもなく、

なお不満げなユーリを抱え込むと、たちまちその場に丸くなった。

 

「そう言う事でしたら、私は後方で警戒に当たります。

 周囲に潜伏したフーケが不意打ちを仕掛けてくる可能性も、ゼロではありませんから」

 

「最悪でもシルフィードに乗せれば、ユーリちゃんだけは逃せるって算段ね。

 ヴァリエール、これなら貴方も文句はないでしょ」

 

「ちょ、ちょっと待って! 私だ……ひゃう!?」

 

足手まといになりにきたワケではない。

そう言い、飛び出しかけたユーリの小さな体が、風竜のしっぽに絡め捕られる。

ふう、とロングビルが溜息をつき、ユーリの顔を覗き込む形でかがむ。

 

「……ねえ、ユリーシアさん、

 この国のメイジが、なぜ特権階級にいられるか、貴方に分かりますか?」

 

「? えと、とっけんかいきゅー?」

 

馴染みのないロングビルの言葉に、ついと首を捻ったユーリであったが、

それを特別な立場と解釈し、たどたどしく口を開いた。

 

「ええっと……、それは、魔法でしかできないお仕事があるからです。

 お薬を作ったり、災害を止めたり、きぞくのみなさんは、魔法の力で

 みんなの暮らしを支えているんだって、授業で習いました」

 

「ふふっ、ちゃんと勉強もしているのね、ですが……」

 

ロングビルが短く詠唱を紡ぐ、やがてその杖先に、

透き通るような小さな光の刃が形作られる。

 

「わっ、これって……」

 

「触れてはいけません。

 これはブレイド、敵を傷つけるための武器を作る魔法です」

 

「……えっ?」

 

「この魔法だけではありません。

 たとえば炎を浴びせたり、風で吹き飛ばしたり、それに噂のゴーレムも……、

 それらの魔法は、果たして人々の暮らしを支えるために必要なものでしょうか?」

 

予想外の問いかけに、ユーリがちらりとルイズを見やる。

当の主はどこかバツが悪そうに指先を持て余していたが、その内に静かにうなずいた。

 

「そう言った攻撃のための魔法は、当然、人を幸せにするための力ではありませんが、

 それでもこの社会には必要なものです。

 例えばこう言った盗賊騒ぎのときに、力の無い平民を守るためにも、ですね」

 

「…………」

 

「だからユーリさん、今だけは、私たちの言う事を聞いてください。

 あなたが安全な後方に留まっている内は、それだけで私たちは役目に専念できます。

 つまりはそれが今現在、使い魔のあなたに出来る最善、と言う事になるんです」

 

あたかも実姉のような、ロングビルの嗜める言葉に、ユーリも沈黙せざるを得ない。

ロングビルはユーリの髪の毛を軽くなでると、改めてルイズ達の方に向き直った。

 

「差しでがましい真似をしました。

 それでは皆さん、手はず通りに始めましょう」

 

「ええ……、ご厚意ありがとう、ミス・ロングビル」

 

 

「う~……」

 

じ~っ、と、目的の小屋の前で、豆粒のように小さくなったルイズ達を目で追いかける。

作戦開始より約十分、ユーリはいまだ最初の地点で、風竜の逞しい前足に抱え込まれていた。

 

時折きょろきょろと辺りを見回すが、

哨戒についたと言うロングビルは、すでに影も形も見えない。

「見張りが敵に感づかれては意味がありませんから」とは彼女の弁だが、

言うだけの事はあって見事な潜伏ぶりである。

ならば、と再び視線を小屋へと戻すのだが、

大きく乗り出した体は、ただちに前足で引き戻されてしまう。

 

「むーっ」

 

と、ユーリが恨めしげに顔を上げるも、当のドラゴンはどこ吹く風で、

「つーん」と、何やら含みぎみに嘶いて、そっぽを向いてしまう。

 

(ううっ、私、この子、苦手かも……)

 

ユリーシアは元々、多くの大人達に囲まれ、愛情をいっぱいに受けて育った少女である。

自然、周りの大人達から愛される才能がある。

ハルケギニアに来てからも、ルイズが、キュルケが、シエスタが、

それぞれに一歩引いた視点からユーリの事を見守ろうとしてくれていた。

 

が、どうもこの竜は違う、体こそ立派だが、何やら仕草がユーリと同じレベルなのだ。

争いは、同じレベルの者同士の間でしか起こらないとはいったものだ。

フレイムが近所の呑気なお兄さんなら、

この子は隣のクラスのすました女の子、と言った感じだろうか。

 

「つーん」

「あ、あの、シルフィ……」

 

ドウッ!!

 

「え……ッ!?」

 

不意に彼方より響いた轟音に、一人と一頭が咄嗟に振り向く。

立ち込める砂埃の中、フーケの隠れ家と言われていた件の小屋は、もはや跡形もない。

代わりに何やらこんもりとした小山が視界の中心で揺らめいている。

遠目にもパースが狂ってしまったかの威容を誇るその土くれが、

やがてすっくと起きて人型を成す。

 

「あ、あれ! アレがまさかゴーレ……ひゃうっ!」

 

思わず飛び出しかけたその首の裾を咥え込まれ、ユーリが宙吊りとなる。

同時に大きな翼をバサリと広げ、シルフィードが臨戦体勢を取る。

 

「お、おろして~! 早く助けに行かないと」

 

フン!と、開けられない口の代わりに鼻息を鳴らしてシルフィードが応じる。

どの道こんな足手まといを引き連れて最前線に行ける訳もない。

お姉さまはこの場で待てと言ったのだ、

手に負えぬ時はまっしぐらにここに戻ってくるだろう。

ここでみんなを回収し、この足手まといを逃がして、反撃に移るのはそれからだ。

 

――そんな風竜の束の間の判断を、直後、思いもよらぬ一言が打ち砕いた。

 

「シルフィードさん! 私とちゃんと『お話し』してくださいッ!」

 

「――! きゅ、きゅい!?」

 

「え……きゃあッ!?」

 

不意に思いもよらぬ「口撃」を浴びせられ、シルフィードが驚きの声を上げる。

同時にユーリの体が落下し、無様にも尻もちを付いてしまう。

 

「うう……お尻、打ったぁ」

 

「お……お前、何なのね?」

 

「ふぇ?」

 

お尻をさすりながら、ユーリが声の主を見上げる。

当のシルフィードはと言えば、何か悪い物でも食べたかのように、

元々青い顔を真っ青にして震えていた。

 

「なんでアンタ、私が人間と『お話し』できるって知ってるの!?」

 

「……あ」

 

そこでユーリもようやく気付いた。

突然の事態に慌ててしまい、自分が当然のように使い魔に話しかけていた事に。

ここはフィグラーレではない、あの気の良いフレイムがそうであるように、

普通の使い魔は人間の言葉を話したりはしないハズなのだ、と。

 

(あ、あれ、それじゃあ何でこの子とは普通にお話できるの?

 も、もしかして、シルフィードさんも違う世界の住人……???)

 

ぶるぶると頭を振るい、ユーリが思考を切り替える。

余計な事を考えている場合ではない、

とにかく今はユーリにとって千載一遇のチャンスであった。

 

「クローチェ!」

 

「――!?」

 

そう思うと同時に少女の体が動いていた。

呆然と風竜の見下ろす先で、高々と掲げた少女の指先が煌めき、

次の瞬間には、その手の内に、銀色の長いスプーンのような杖が出現する。

 

そして――!

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「――! きゅ、きゅいッ!?」

 

ぽかり。

杖先の乾いた音と共に、この日、最も不幸だった風竜の記憶は、そこで途絶えた……。

 

 

「……ド、シル……ド!」

「――きゅいッ!」

 

彼方からの呼び声に、ようやくシルフィードが我に返る。

呆然と揺らめく視界の先には、自分の名を叫びながら駆けてくる主の姿が見えた。

 

「きゅい! お姉さま、大変、タイヘン! 一大もごォ!?」

 

パニックを起こしかけたシルフィードの叫びが、

更に猛然と加速したタバサ渾身の体当たりに阻まれる。

 

(……落ち着いて、何があったの?)

 

(んと、あのちびすけがなんか、なんかピカッとして!

 それで……、きゅ、きゅいー???)

 

もごもごと口元を塞ぎながら、何とか主従が意思の疎通を謀ろうとする。

だが、シルフィード必死のジェスチャーは、

時間の経過と共に、更に意味不明なものになるばかりであった。

 

「どうしたのタバサ! シルフィードの様子がおかしいようだけど……?」

 

「分からない……、けど、あの子がいない」

 

「――まさか、土くれのフーケが!?」

 

キュルケが慌てて周囲を見渡す、その視線の先を、タバサが手にした杖で制する。

 

「今は、シルフィードでゴーレムを引き付けるのが先。

 私達が囮になれば、それだけあの子が巻き込まれる確率が減る」

 

「……ええ、そうだったわね。

 ったく、それにしても……」

 

風竜の背に飛び乗りながら、キュルケが大きくため息を付く。

 

「ここに来て二人揃って足を引っ張ってくれるなんて、

 あの子たち、期待を裏切らないわね」

 

 

一方その頃。

突如出現したゴーレムによって退路を分断されてしまった足手まといの片割れは、

目の前の巨体を相手取って、孤独な戦いを続けていた。

 

「このォ、喰らいなさい、ファイアーボール!」

 

半ばムキになりながらも、ルイズが詠唱を唱え、杖を振るう。

直後、詠唱に反し出鱈目な土煙りがボウッと中空に拡散する。

 

「…………」

 

ゴーレム、あるいはその操者はルイズを一瞥もしない。

鈍重な巨体をゆっくりと廻し、ズン、ズンと正反対に遠ざかっていく。

 

(……ああ、そうですか!

 迂闊にもこの場に取り残された私よりも

 迷いもせずにトンズラしやがったキュルケ達の方が、

 アンタにとっちゃよっぽど脅威ってワケね)

 

自覚無き挑発行為を目の当たりにし、

ルイズの中で、何かがぷつりと音を立てて切れる。

そしてそれ以上に、幼い使い魔を巻き込むわけに行かないと言う危うい使命感が、

彼女の行動をデッドゾーンへと踏み込ませていく。

 

「待ちなさいッ! 貴族の決闘の意味も理解出来ないワケッ!?

 デカさばっかで脳みそが足りて無いんじゃないの、この土くれ?」

 

早口で罵倒を浴びせつつ、廃屋より回収した『学院の至宝』を高々と掲げる。

 

「ほら!

 あんたの盗み出した学院の至宝【開かずの魔導書】は、既に私の手の中にあるのよ!

 何なら今すぐ私の魔法で、こいつを消し炭に変えてさしあげましょうか!?」

 

魔導書、その一言にゴーレムの歩みが止まる。

ゆらり、と振り向く巨体と共に、たちまち鉛のような空気が場を支配する。

 

(ぐっ……、バ、バカ、ひるんだら相手の思うツボよ!)

 

ボディブローのように鳩尾に響くプレッシャーを跳ね除けようと、必死で頭を振るう。

とかく相手とのサイズが違い過ぎるのだ。

先に魔法を当てねば、ルイズは一跨ぎで踏みつぶされかねない状況であった。

 

「――ッ! エアッハンマーッ!!」

 

渾身の叫びと共に、杖先を勢い良く振り払う。

だが、焦りを交えて打つ放たれた魔法は、最悪の『失敗』を以て報われた。

 

「きゃあッ!?」

 

詠唱と共に発動した、先ほどよりも一回り大きい閃光と黒煙が、

杖先数メイルの距離で炸裂する。

爆風を浴びてひっくり返り、なんとか起き上がろうとそらした上体の先に、

絶望的な苔混じりの茶色の山が影を成す。

 

「あ……」

 

今度は声も出ない。

気が付けばルイズは既に振り上げられた大足の下。

瞬間どくり、と心臓がうねり、ルイズにはその時、

世界がまるでスローモーションであるかのように感じられた。

 

『―― アラ・ディウム・メイ!』

 

(……えっ?)

 

処刑を待つ緩慢な時間の中で、ルイズは奇妙に澄んだ声を耳にした。

聞き覚えのない異国の呪文と共に、風が動く気配を頬に感じた。

 

「……ぐっ、くうっ!?」

 

不意に世界が速度を取り戻し、衝撃と同時にルイズの体が地面を失う。

一拍遅れ、ズン、と言う足音が空気を揺るがす。

 

ルイズは最初、シルフィードに助けられたのだと思った。

だが違う、風竜の翼ではゴーレムの足元をくぐるほど器用には飛べないし、

何より彼女の背は、こんなにも頼りなくか細い物ではない。

次にフライの魔法が脳裏をよぎったが、全身に風を感じるほどの異様な速度が、

彼女の中の違和感を拭ってはくれなかった。

 

「あ、危なかった~、ルイズさん、大丈夫でしたか?」

 

「えっ?」

 

再び耳元に響いてきた、

どこか聞き覚えのあるような無いような声に、ようやくルイズが顔を上げる。

目の前にいたのは、自分と同じくらいの年頃の少女。

 

お転婆そうなロングヘアーのクセッ毛に、サファイアを閉じ込めたような青の瞳。

背負った真紅のマントのみが、かろうじて少女がメイジである事を告げる、

クリーム色の奇妙に可愛らしい制服。

 

だが、何よりルイズを驚かせたのは、

少女の奇抜な外見ではなく、その小さなお尻の下、

自分と彼女を乗せて軽やかに舞う、銀色のスプーンのような細長い杖の存在であった。

 

「これ……、あ、あんた! 何者、なの?」

 

「え、あっ、えと……」

 

ルイズの発した当然の疑問に対し、

少女はしばし、酸欠の金魚のように口をパクパクさせていたが、

やがて大きく深呼吸すると、まるで何かの舞台劇でも真似たかのような口上を謳い始めた。

 

「わ、私は通りすがりの魔法使い、プリマ・プラム!

 双つの月とお星さまに代わって、悪いゴーレムさんをせいばい、しますっ!」

 

 

 

 

 

 




原作では謎の女の子・めいちゃんを名乗っていたユリーシアですか、
本SSでは逆の立場となります。
魔法の天使のオンステージにご期待ください。

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