…精進します、はい
Ichika View
学園に凱旋してからは、メルクや鈴からドイツでの日々のことを聞かれた。
ヴァルメス・エッセンだとか、カルメス・エッセンなどのような食事関連の話もあった。
他にも、観光地だとかも訊かれたか。
そして最後には
「メールに添付していた写真は何よ?」
「とても綺麗でしたよ~」
そう、ラウラに薦められて撮影した写真だった。
簪はドレスで、俺はタキシードに着替え、どこぞの湖を行く船の上にて撮影したものだった。
「ハンブルク州のアルスター湖で撮影したあれか。
あれもいい思い出になったよ」
「私は…ちょっと恥ずかしかったけど」
「てっきりドイツで一足先にゴールインしたのかと思いましたよ。
とくに鈴さんが」
「人の恥をこんなところでバラすな!」
なにかあったのかは知らないが、この二人は夏休みの間にずいぶんと仲良くなっている。
まあ、喧嘩をするよりかは遥かにに良いだろう。
そして話を一通り聞き終わってからは、マドカやラウラも含めて四人で仲良く食堂へと向かっていくのを見送った。
だが十分に前を見ていなかったからだろう、先輩と正面衝突をしていたりする…子供かよ。
「俺達も食堂に行くか?」
「でも、その前に送っておいた荷物を受け取っておかないとな」
「あ、そうだね…」
そう、ハンブルク州でレンタル…の筈だったのに、済し崩し的に受け取ることになった例の衣装を。
俺と簪は早速学生寮管理課へと向かった。
ハンブルク州から送った先は『IS学園事務課学生寮管理部大型荷物扱い所』
…書くのが非常に面倒だった覚えがある。
だがまあ、今回は衣装の種類がアレなので、傷まないようにということもあり、この扱いだ。
「失礼します」
事務室に入ると、嫌が応にも俺に視線が突き刺さる。
この学園では、相っ変わらず『男』の俺が目立っているようだ。
…腰に提げている刀やナイフに関しては…たぶん、問題は無いだろう。
ナイフを常に携帯しているラウラが居るのだから。
銃器を好き勝手に振り回せるISに比べればずっとマシだ。
「あ、織斑君、日本に帰ってきたんですね、お疲れ様」
最初に出迎えてくれたのは山田先生だった。
職員室に居るものと思ったが…事務室で何かしていたのだろうか…。
しかし…その服装は辞めていただきたい。
夏だから理解が出来るのだが、ワンピースとか
「痛い、痛い、痛い」
山田先生の死角にて、背中からつねられているのがこれまた辛い。
「どうしました織斑君?」
「なんでもありません、荷物を受け取りに来たんですが…届いてますか?」
「荷物、ですか、ちょっと待ってくださいね」
一瞬ではあるが、簪の声が冷たく聞こえた。
…勘弁してくれよ…。
そしてそれに気づかずに名簿を見る山田先生。
相変わらず場を和ませるのが得意なのに、空気が読めない御仁らしい。
別にどうでもいいんだが。
「ええっと…織斑君、もしくは更識さんの名義の荷物は…あ、ありました。
大型荷物ですので、事務課の倉庫に入れられています。
こちらへどうぞ♪」
そういいながら山田先生は事務室の奥へと歩いていく。
そんなに入ったことのある場所でもないため、俺達は山田先生の後を追うように歩いていく。
事務室の奥には、やはり相応の大きさの倉庫が用意されているらしい。
まあ、これも無理のない話だろうな。
この学園に居るのは俺を除けば女子生徒と女性教師ばかりだ。
そんな人たちが学園から離れて買い物をしたとしても、自分の手で持ち帰るのは億劫になっているだろう。
だからこの倉庫がそんな際には役に立つのかもしれない。
男性用務員が居るらしいが、いまだに見た記憶がないのはどうでもいい話。
で、今回俺達がドイツから送った衣装もこの中に放り込まれているわけだ。
倉庫の中から荷物はすぐに見つかった。
なにぶん、ドイツの国旗が記されているので、発見は容易だった。
「えっと…中身はなんでしょうか?
全部ドイツ語で記されているから判らないのですが…」
「衣服ですよ。
特別なものなので郵送にしておいたんです」
「ドイツでの貰い物なんですけど」
簪もウェディングドレスが気に入っているらしく、にこにことしている。
なお、俺のタキシード姿もいたく気に入っているらしい。
マドカもラウラもそうだったんだがな…女性の気持ちは俺にはよく判らない時がある。
もう少し察してみるべきだろうか…?
「衣服ですか…どんなものなんですか…?」
何故そこまで聞き出そうとするんだか…。
「…どうする簪?正直に答えるか?」
「う~ん…どうしよっか…?」
流石にウェディングドレスとタキシードだとかなど馬鹿正直に答えるのもな…。
「コック服です…」
よし、嘘は言っていない。一緒に入れているのも確かなんだから。
「ドイツで世話になった所で餞別としてもらったんですよ。
知っての通り、料理には少しばかり煩い方ですので」
「なるほど~、そうだったんですね」
そうぼやきながら俺たち荷物を運びながら倉庫を後にする。
そして事務室を出て、扉を閉めた。
「な、なんとか誤魔化せたみたい…。
一夏って時々すごい嘘を言うよね…」
「いや、嘘は言ってないだろ。
本当のことを言わなかっただけだ、山田先生は見てくれの通り言いくるめることは簡単だからな。
本当のことを隠していても、それに気づかれないことなんてよく有るんだよ」
更には押しには弱い点もあり、1組の生徒からは妙な渾名をつけられるのはもはや毎日のこと。
現在でも既に渾名は80パターンを超えている。
生徒から甘く見られているのはまず間違いないだろう。
かくいう俺は、相応の敬意を払っているつもりではある。
「山田先生には、まだ交際している男性とか居たりしないのかな?」
「…居ないだろ、一学期に書類を届けに教師寮に出向いた時があったんだが…あの人、プライベートはジャージで過ごしている人のようだし…」
「えぇ…」
信じられないかもしれないが、それが真実だったりする。
千冬姉にも引けをとらないプライベートズボラ人だ。
…我が家ではマドカがそれを更生させようとしているのだが、未だに結果は出ていない。
「そんな人に荷物の中身をそのまま伝えたらどうなるやら。
しかも自分よりも一回り年下の人間が花嫁衣装だとか花婿衣装を持っているのを知ったら」
「あ、うん…トドメを刺すことになるかも…」
っつーわけで黙っておく。
ウェディングドレスは簪の部屋に、タキシードとコック服は俺の部屋に運び込んでおくことにしよう。
この大きな段ボールは俺の手で運んでいく。
衣装だけなので、そんなに重くはない。
しかし、だ。
俺達は重要な事を忘れていた。
事務室で受け取りのサインをしていなかった。
1年生寮の二階にまで段ボール箱を運んできたまでは良かったのだが…。
「織斑君!更識さん!事務室で荷物の受け取りのサ…イ、ン…を…」
簪の部屋の前で、段ボール箱を開いてからドレスやコック服をお互いの部屋に入れようとしていたのだが…その現場を山田先生に目撃されてしまうのだった。
「どどどどどどどどどうしたんですかこの衣服…っていうかドレス!?
ウェシングドレスじゃありませんか!?ええぇぇぇっっ!?
織斑君はタキシード!?ええええ!?
ほ、本当にいったいどうしたんですか!?」
むしろアンタがどうした。
しかし静かに説明もできやしないので!
ドカン!
蹴り飛ばした。
山田先生を、ではない。
顔ギリギリを掠めて背後の壁を、だ。
「…落ち着いてください」
「もう顔が真っ青だけど…」
Kanzashi View
物凄い音だった。
山田先生に直撃はしていなかっただけマシかもしれないけれど、すでに顔から血の気が失せていた。
夏休み中だけれど、生徒がそんなに残っていなくて良かったかもしれない。
そして一夏のあの体勢、手でやっていたら古い言い方にはなるけれど『壁ドン』とか言われるものなんだけど…足でやっているのがまた一夏らしい。
「これは貰い物です」
「花婿衣装と花嫁衣裳が、ですか…?」
「貰い物です。
あいにく山田先生には差し上げられませんので悪しからず。
そして騒がないでください、新聞部に嗅ぎつけられたら面倒ですので」
「は、はい…すみませんでした…」
「判れば結構」
あれ?どっちが先生だったっけ?
そんな風に思っている間に一夏は足を下ろしてから受け取りサインをして、山田先生に渡した。
壁には見事なまでに靴の裏側が足跡よろしくくっきりと残っていた。
相変わらずすごい脚力…。
そして受け取りのサインを受け取った山田先生はトボトボと歩いていく。
何故だろう…その背中はひどく小さく見えた。
「さてと、それじゃあ、作業再開といくか」
「ブレないね、一夏は…」
つい先程まで教師を相手に脅しをしていた張本人とは思えない。
怒っていないのにアレだから、怒ったりしたらどうなるのやら…。
この二年間と数か月、未だに一夏が怒った様子を見たことは無い。
『怒り』よりも『呆れ』が先にくるのが本人の談。
「…コレ、本音がみたら何を言ってくるだろう…?」
「…それもそうだなぁ…」
とはいえ、ほかの部屋で管理が出来るはずもない。
被服室に置いておけば、そこを部室にしている演劇部が備品の一つとして扱いそうだし…実家に送ったらタンスの肥やしになりそうだし…。
仕方ないけど、部屋のクローゼットに入れておこう。
「一夏は明日からどうするの?」
「一旦、家に戻ろうと思う。
掃除とかしておかなきゃならないだろうしな」
「あ、じゃあ私も手伝うね!」
「ああ、頼んだ」
「その次には、夏祭りもあるから一緒に行こうね」
「勿論、約束していたからな」
Chifuyu View
「どうした麻耶?
妙に落ち込んでいるようだが?」
「いえね、先程織斑君達が学園に戻ってきて荷物の受け取りに来たんですけど、その中身が…まるで今すぐに結婚式を行っても問題ないかのような衣服…というか、衣装が入っていたんですよ…。
あの二人が婚約しているのは知っていましたけど、気が早すぎるのではなかろうかと思いまして」
…つまり、ウェディングドレスとタキシードというわけか。
いったいどこでそんな衣装を…厳馬師範か?
いや、今回は一夏達は外国で修業をしていたわけだから…ラウラを始めとしたシュヴァルツェ・ハーゼの連中か…?
タッグマッチトーナメントではラウラの追っかけファンのようになっていたな…。
今回、…一夏に精神的負担を与えていないかが心配になってきたぞ…。
いや、まさかな…。
杞憂だと思おう、そう信じよう。
Prrrrrr
そんな折に私のスマートフォンが鳴る。
この着信音は…束か…。
「何の用だ?」
『やあやあちーちゃん、久しぶりぃ♪
早速だけど本題だよ!
ちーちゃん、やっぱりいっくんと簪ちゃんに先を越さ―――』
バキバキバキィ…。
おっと、つい力を籠めすぎてスマートフォンを握り砕いてしまったようだ。
仕方ない、修理に出しておくか。
束が何の用だったか知らないが、別の回線を使ってくるだろう。
その時に話を伺うとしよう。
Melk View
お兄さんと少し話をした後、私たちは食堂に集合しました。
それ以降の話は、ラウラちゃんとマドカちゃんからのお話でいろいろと聞かせてもらう。
やはりというか、『晴天の霹靂 辺地に落ちた二色の雷』の正体はお兄さんだったようで、あまり頭を痛めるようなことになると雷が(物理的に)落ちてくるらしいです。
他にも、あちこちを見て回ったり、衣装を借りて撮影をしたら、そのまま衣装を貰ってしまったりだとか。
私たちも学園での日々をいろいろと話しました。
私と鈴さんの試合で私が勝利したり、、鈴さんがブラコンに目覚めてしまったり、織斑先生に折檻を受けたりなど、ほかにも、調理実習室で毎日爆発騒ぎが起き、いつの間にか恒例行事となって誰も騒がなくなったりとか。
「へぇ…鈴もなんだ…」
「アンタらから感染したのよ、悪い?」
「いや、慕う人数が増えたのだ、問題あるまい」
「それが私との対戦の最中でしたからねぇ…」
「うっさいわねメルク!」
もうこの調子です。
つづけて生徒会の仕事のお手伝いの件を話すと…マドカちゃんもラウラちゃんも大笑いでした。
普段は静かな虚さんが目を輝かせて男性と電話をしたり、楯無さんを書類処理にこき使ったりなど、どちらが生徒会長なのかも判らなくなったりなどなど。
「そっか、もう少ししたら夏祭りだったな…。
私は浴衣を用意してるけど皆はどうなの?」
マドカちゃんの質問に対しては、鈴さんは用意済み、私も鈴さんに見繕ってもらっているので問題は無いです。
当面の問題は…。
「ふむ、私か…」
ラウラちゃんでした。
所持している服はきわめて少ないそうです。
本人が言うには、学園の制服と、体操服、ドイツの軍服に、ISスーツだけ。
寝るときは時期を選ばずに全裸だそうで…。
「ルームメイトのシャルロットに依頼してみるとしよう」
「それが無難ですね」
彼女なら服のセンスもいいだろうしラウラちゃんに見合う服を見繕ってくれる事でしょう。
「そうだ、皆に頼みたいことがあるんだ」
話も終わろうとした際に、マドカちゃんが不意に立ち上がり私達全員に視線を向けた。
それから続く話を私達は受け止め、了承するのでした。
家族で過ごした場所
いつもこの場所に居るのが当然だった
ただ、今日だけは例外
皆が集う憩の場所へと変わりゆく
新たな思い出の場所として
次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 集合 ~』
どの反応が正しいのかは分からない