IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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夏休みも残りわずかなようです


陽炎 ~ 帰還 ~

Ichika View

 

ドイツから発つ飛行機は、こんどこそ一般的な便だった…のだが、何故にまたもファーストクラスに案内されたのだろうか。

どうにもいつまでたっても慣れることがないのは俺のせいではないだろう。

簪、マドカ、ラウラは幾度も経験があるから平気なのだろうが、俺は半年前までは『その他大勢』の一般人だったんだ。

飛行機に乗る機会すら恵まれないのに、ファーストクラス…。

相っっっ変わらず落ち着かない。

なので

 

「わり、寝る」

 

昼寝に突入することにした。

 

「起きてなよ兄さん」

 

「そうそう、もうすぐ離陸なんだから」

 

「トランプでもどうだ兄上?」

 

まあ、暇つぶしにはなるかな。

とはいえ、日本との時差は8時間程。

それを忘れないでいてほしい。

 

「じゃあトランプだな。

そうだな…ポーカーにしてみるか、負けたら…荷物持ちだ」

 

その言葉に全員が背筋を伸ばした。

しかし…ラウラよ…お前の荷物は何でリュックサックなんだ?

トランクとかならわかるんだが…しかも兎の刺繍入りって…これはハルフォーフ副隊長の洗脳なのか…?

やれやれだ。

もう少し雷を落としておくべきだったかもしれない。

 

そう思いながら俺はラウラからトランプを受け取り、さっそくシャッフルをスタートするのだった。

 

 

「スリーカード!」

 

簪の手札にはハート、クラブ、スペードの3が並んでいた。

ほかにはハートの5と8だ。

 

「フルハウス!」

 

ラウラの手札にはダイヤ、スペード、クラブの4と、ダイヤ、スペードの5が姿を見せている。

 

「…ワンペア」

 

マドカの手札は…ダイヤ、ハートの2が並び、他は…スペードの9、ダイヤの7、クラブの6。

確かにワンペアだ。

 

「に、兄さんは?」

 

せめて俺が役無しであれば、そんな視線がマドカから突き刺さっていた。

だが残念だったな。

 

「ファイブカードだ」

 

スペード、ダイヤ、クラブ、ハ-トのAとジョーカーが一枚ずつ。

情け容赦もない役の完成だった。

 

「「「え~…」」」

 

なんで抗議の声を上げているんだお前らは…。

 

「まあ、荷物持ちの話は無しにしとくよ。

四人分担ぐのは負担が大きいだろうからな」

 

実際に四人分担いで疲労困憊になった楯無さんを見てしまっているのだから殊更に。

それに何かあくどい事をしているわけでもない。

なら、無理に荷物を持たせるのはよくないだろう。

ビジネスクラスシートに座って夜を越した事はある。

もっとも、なぜか隣が力士だったため、壁に押しつぶされていたがな。

それがファーストクラスならベッドまであったりするか驚愕だ。

しかもダブルベッドだ。

なので、通路側には俺と簪、窓側にはマドカとラウラのペアにて寝ることになる。

まあ、簪が隣にいるのは俺からしても見慣れた光景だから構わないが。

 

「簪はドイツでの日々はどうだった?」

 

「楽しかったよ。

一夏の知人の人たちともたくさんお話ができたから、私と出会うよりも以前の話も教えてもらえて」

 

余計なことを吹き込んでいないといいんだが…。

いらぬ心配だと思いたい。

 

「それに良い物をもらったから」

 

ドイツにてウェディングドレスを試着させてもらったのだが、どういうわけか、その品をそのまま貰ってしまった。

俺もその時に試着させてもらった衣装を貰ってしまっている。

それに関しては、またもやいつかのようにIS学園に送り付けた。

自力で持って帰るのは非常に面倒だし、そうした方が衣装も傷まずに済む。

…当面の間はタンスの肥やしになるのは明白なのが問題だが…。

 

「一夏はどうだったの?」

 

「楽しかったよ、多少の怪我はしたけどさ」

 

胸の内にはまた余計な傷が増えた気がするよ、ハルフォーフ副隊長のせいでな。

 

「あっちの二人はどうだったかは分からないけどな」

 

マドカからすれば初めての場所、ラウラからすれば故郷だ。

今は隣のベッドでぐっすりと眠っているからまた後に聞いてみよう。

ドイツでの日々で、俺の無茶な訓練のせいで余計な負担を背負わせたりしたくはないから気を付けておこう。

 

「夏休みも残り少ないよな、課題は夏休み前に終わらせておいたから構わないんだが」

 

「でも、夏休みらしい夏休みじゃなかった、かな、なんて?」

 

その通りだ。

夏祭りには一緒に行く約束はしておいた。

だから、そこでお互いに夏休みらしい思い出を作ってみよう。

 

 

Kanzashi View

 

一夏に対し、プールだとか海だとか、そういう話は禁句だった。

一夏本人は、肌をさらすことを嫌っている…というか、薄着に代わる夏そのものを嫌っている。

だから、この時期には多くの思い出を作ることは出来ない。

それを彼が申し訳なく思っているのは、私も知っている。

だから、何とかしてあげたかった。

だから、ドイツの街々を移動している際に、マドカとラウラと相談して購入を決意していたものがあった。

後は…そこに至るまでの何らかの切欠が欲しい。

頼める人は…誰か居るだろうか…?

 

「簪、どうした?

眉間に皺が寄ってるぞ?」

 

「な、何でもないの!

お姉ちゃんがちゃんと生徒会の仕事をしてくれているか少し心配になって…」

 

「あ~、…そりゃ心配ではあるな、納得。

虚さんがしっかり監視、監督してくれているとは思うんだがな」

 

何とかごまかす事が出来た。

 

「到着は日本標準時間で朝八時だ、今はゆっくり眠っておこう」

 

「うん、そうだね、おやすみ一夏」

 

触れ合うだけのキスをしてから私も目を閉じた。

背中に回る暖かな腕と、一夏の体温を感じながら…。

もっとも…

 

「フルバースト…」

 

「…撃…て…」

 

ラウラとマドカの寝言が無かったらもう少しいい雰囲気だったんだけどなぁ…。

 

 

 

 

 

 

Lingyin View

 

「もう!なんでこういう日に限って寝坊してんのよアンタは!」

「すいません、お兄さんの映像を繰り返し見てたら時間を忘れちゃってて…」

 

IS学園からモノレールで出発する以前の話だった。

メルクが寝坊して出発の時間がすっかり遅れてしまっていた。

本土側に到着したらISを展開したいところだったけど、あいにく甲龍のメンテナンスが終わるのはもう少し先の事。

なので仕方なくタクシーをとっ捕まえて空港へ走ってもらう。

空港に到着し、料金はこの際分割で支払いタクシーを飛び出す。

視界の端に見覚えのある連中がいくつも見えたけど、この際こっちも気にしていられない。

 

「えっと…メールで見た感じでは…向こうの136番ゲートです!」

 

「遠すぎるっての!

なんでこの空港はこんなにも広いのよ!

走れえええぇぇぇぇ!!!!」

 

窓の外にはメールで教えてもらっていた便が滑走路をゆっくりと走っている。

とっとと指定されたゲートまでいかないと出迎えの一つも出来やしない!

 

「へぇ、メルクも結構脚力があるのね、至極今更だけど」

 

「それはまあ、鍛えてますからね。

でもお兄さんみたいに校舎の壁面を走って昇るだなんて出来ませんけどね」

 

兄貴はいろいろと非常識だからねぇ。

窓から飛び出したり、屋上から平然と飛び降りたり、その内に天井をも走っていきそうだわ。

いや、流石にそれはなさそうだと思うけど。

 

「あ、あそこよあそこ!

ってメルク!何やってんのよ!?」

 

「鈴さん、その…この人が…」

 

メルクの手をつかんでいるのは見覚えのない人。

そして手を掴まれているメルク自身も身に覚えのない人らしい。

すなわちナンパ…を今も実行中…。

こんな時代によくやるものよね、ホントに…

 

「目障りよ引っ込めぇ!」

 

「ブゴォッ!?」

 

むかついたから蹴とばした。

しかも顔面を、つま先で。

鼻が変な方向に向いたような気がするけど、それも気のせいね。

 

「メルク!」

 

「はい!」

 

予定時間ギリギリで到着ロビーにたどり着いた。

すると奥から見慣れた姿が…

 

「何やってんのよ、兄貴は…」

 

「あはは…仲がよろしいようで何よりですね…私も混ざってきましょうか?」

 

「せめてゲートを通り抜けるまで我慢しなさいよ…」

 

今のあいつは…何と言うか…。

 

「右手に簪さん」

 

「左手にマドカ」

 

「そしてラウラさんを肩車、ですか」

 

相変わらず簪とマドカは兄貴にベッタリ、ラウラもブラコンが強くなって肩車のまま飛行機から来た、とか?

いや、まさかね。

あんたら本当にアタシと同い年の人間なの?

 

「どうやお出迎えに来たのは私たちだけじゃないようですよ?」

 

「…へ?」

 

振り向くとそこには…強面グラサン集団が固まっていた。

アタシからすれば見慣れた人たちだった。

って言うか、間違い無い。

更識家のグラサン集団だ…。

あ、厳馬師範も居る。

 

「誰なんですか、この集団は!?」

 

「兄貴の知り合いよ」

 

「こんなマフィアみたいな人と知り合いってどんな人なんですかお兄さんは!?」

 

マフィアって…まあ、言い間違えてはないわよね…。

更識家って、裏世界にも通じているとか聞いた覚えもあるし…。

そんなことを考えている間に兄貴達はゲートを通ってロビーに来ていた。

やっぱりと言うか…やや呆れ気味の視線をアタシとメルクの後方に向けていた。

 

 

 

Ichika View

 

ゲートを通る際にはラウラも俺の肩から飛び降りていた。

そしてロビーには…見慣れた二人の姿と…呆れるほどに見慣れてしまっていた強面グラサン集団がそこに居た。

当然な話ではあるが、周囲から人気は失われていた。

このグラサン集団に恐れをなしているのだろう。

過去の俺が危惧していたことが現実になってしまっていた。

二年前の春先、ドイツから帰ってきた際、俺を出迎えてくれていたのは簪一人だった。

その時には強面グラサン集団は駐車場にて固まっていた。

だから空港内での混乱は避けられていたのだが…今回はガチでグラサン集団が集まってきているため、混乱は辛うじて避けられているかもしれないが、遠くからの視線が痛い。

頼むからその視線は俺にまで突き刺すのは辞めていただきたい。

 

「よう、ただいま鈴、メルク」

 

「お帰りです、お兄さん、簪さん、マドカちゃん、ラウラさん」

 

早速、簪達はメルク達と合流して雑談に入っている。

俺は師範の元に向かい、簡単な挨拶をすることにした。

 

「ほほう、夏休み前とは逞しくなったようだな」

 

「あちらでも修行は欠かしていませんでしたから」

 

「はっはっは!もう私でも勝てそうになさそうだ!」

 

諦めが早ぇ…。

 

「それで、夏休み直後に伺おうとしていたのですが」

 

俺は早速本題に入ることにした。

そう、これが重要だ。

夏休み前に更識家に伺ったが、師範も奥様も不在だったのですれ違いになってしまっていた。

 

「ああ、それなのだが…」

 

そして師範は懐から何かの資料の束を取出し、俺に渡してきた。

そこには…日本各地の教会やら、ホテルやら…ってちょっと待て…!

 

「将来はどこで挙式をするのかと思ってね、事前にあちこちを調べまわっていたのだよ…」

 

…暇なのか、アンタは…。

もうちょっと落ち着きを持ってください、年相応にしてください、お願いですから。

そしてどこまで親バカだ。

 

「…当面は考えておきます、今はそのお気遣いだけを頂いておきます」

 

日本に戻ってきて早々に疲労が溜まった気がしてならなかった、それも数日分。

今は師範からもらった書類…というか、パンフレットを鞄の中に詰め込むのだった。

…時間があれば目を通してみよう。

 

 

 

Kanzashi View

 

「ドイツでの生活はどうだったの?」

 

「結構楽しかったよ、あちこち見て回ったりもしたし、訓練も出来てたから」

 

「簪さんはマジメですねぇ…」

 

メルクからの言葉に私は少しだけ苦笑していた。

続く鈴の言では、お姉ちゃんが隠していた書類処理を手伝ったりとかしていたらしい。

さらにその後に続く話はさすがに驚愕させられた。

IS学園の調理実習室で、毎日の如く…というよりも、毎日爆発が起きているとか。

その原因は千冬さんだったりセシリアだったり…何をやっていたんだろう…。

やっている事はひどく限られてくるだろうけれど…。

 

「教官が、そんな事を…」

 

「そうよ、千冬さんって料理が下手なのよ。

ラウラは知らなかったの?」

 

「ドイツに居た頃は食堂ばかり使っていたからな…そういえば、厨房に入っているところは一度も見ていない」

 

「姉さん…家でも台所には出禁になってるのに…学園で何をやってるんだろう」

 

「家では兄貴とマドカが台所を独占してたっけ…」

 

織斑家の台所はこの二人の独壇場。

千冬さんは出禁になっている。

大抵、冷蔵庫から飲み物を取り出すくらいしかやっていないらしい…。

これを世間が知ったらなんて言うか…。

誰もが見上げる太陽がいきなり皆既日食をおこすような事態だろう。

…それはそれで面白そうなんだが…避けておくのが吉か。

 




彼は久々に舞い戻る

夏休みの残り僅か

そんな中、ある荷物がドイツより届いていた
次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 饗宴 ~』

足でやっているのがまた一夏らしい

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