Lingyin View
夏休みが終わるまで残り二週間になった。
兄貴や簪たちから相変わらず便りとかは無い。
メールの一つでも送ってきなさい、とでも言いたいけれど、今はのんびり羽を伸ばしているのだから、学園でのことも忘れてゆっくりと過ごしていてほしい。
シャルロットといえば、アタシと同じようにIS学園で過ごしている。
連日続く調理実習室での爆発にさすがに耐えられなかったらしく、千冬さんやセシリアに料理を教えていたところ、料理研究会に勧誘され、今では部員になっている。
まあ、実績ができているかはまた別の話だけどね。
とはいえ、一日に何度も続く爆発はここ数日はピタリとおさまっているからマシなのかもしれない。
「じゃあ、始めましょうか」
「いつでもいいわよ!」
アタシは先日決めたとおりにメルクに剣術を教わっている。
メルクは兄貴から剣術を簡単に教わり、さらには映像から研究を続けていたらしい。
アタシも見せてもらったけれど絶影流奥伝『
確かに映像のなかでは、兄貴が楯無さん相手にさまざまな剣技を繰り出すも、その悉くを受け流されているようだった。
兄貴は強い。
基本的にアタシはそう思っている。
それはISを用いない戦闘でも、もちろん白兵戦限定になってしまうのは言うまでもないこと。
兄貴は『銃器恐怖症』が治っていない。
聞いてみたところ、弾丸を切り落とす技術に関しても、制限時間のようなものが存在するらしい。
実際には、機体がすさまじい速度を持っているのだから、弾き飛ばすよりも回避に徹底したほうが有意義なのは理解できているとか。
兄貴が駆る『輝夜』は世界最速。
メルクが操る『テンペスタ・ミーティオ』の存在が霞むかの如く。
夏休み前でも兄貴は機体の能力と自身の技量が釣り合っていないとか言っていたし、修行を終えた後にはどうなるのやら…化けて戻ってくるかもしれない。
そうなったら夏休み明けにもあるクラス対抗戦で戦ってみたい。
…負けるだろうけど。
「穿月!」
「筋はよくなってきましたね。
お手本としては…こうです!」
「うあ!?」
竹刀が凄まじい速度で襲ってくる。
ギリギリで避ける、でもそれだけじゃなかった。
「填月!」
左手の竹刀による刺突。
その先端がのど元に突き付けられた。
…悔しいけど、まずは一敗、またもや黒星。
マジで悔しい。
「速度がまだまだですねぇ」
「仕方ないわよ、アタシの甲龍は機動特化じゃなくて、パワーが優先されてる。
『速剣』ではなく、力ずくで相手を叩き斬る『剛剣』だもの、速度はそこまで気にしてなかったのよ」
「ああ、なるほど」
アタシは再び竹刀を両手に握り、構える。
右半身を後ろにし、体で右手の刀を隠す。
左手の刃は逆手に握り、肩の高さに掲げる。
初伝『穿月』を放つ場合は、右半身の刀を、弓を引き絞るような姿勢になる。
その状態で、まっすぐに刺突を繰り出すというシンプルな技。
填月は、そこに追撃になるような型で、左手の刀による刺突になる。
むろん、逆手から順手に持ち変える必要があるけれど。
逆手で構えているのは、攻撃よりも、防御や受け流しに使っているのだとか。
もちろん、攻撃手段にもなりうるらしいけど、アタシのいなかった一年間でそこまで鍛え上げているとは思ってもみなかった。
そして、足の動きにも気を使わないといけない。
だからこそ、軽快なステップを刻み続ける。
「はあぁぁ!」
「おっと!」
横なぎの斬撃を躱される。
バックステップのようだたけど、結構な距離を稼がれたようにも見えた。
そのまま両手の竹刀を振るうけれど、その悉くが受け流される。
アタシと兄貴が初めて対戦したクラス対抗戦でもそうだった。
渾身の攻撃を受け流されていた。
それだけでなく、カウンターをも叩き込まれて。
あの時の悔しさは忘れてない。
アタシも剣なら多少の自信があったからこそ、それを崩されたから。
純粋な剣術なら、兄貴と張り合えるつもりだったのは否定はしない。
でも、それは出来なかった。
アタシが鍛えていたのと同じように、兄貴だってすさまじい特訓をしてたんだから。
すでにスタートラインからして違っていた。
「ちなみにメルクって奥伝はどれだけ会得してるの?」
「『
ほかの奥伝は未だに習得すら出来てません。
『
「ふぅん…よっと!?」
メルクの攻撃をいくつも受け止め、受け流し、攻撃に転じるも、それはまるで意味を持たない空振りにされてしまう。
こっちが体力を削られる一方になってきている。
でも、兄貴ほどじゃない。
兄貴の太刀筋はまだ早かった、そして持続性もハンパない。
あれだけ速い太刀筋を持ちながら、いつまでもそれを続けられる。
「幻月 双華!」
袈裟斬りの太刀筋を受け止める。
その瞬間には背後を取られ、竹刀の先端が背中を掠めた。
「えへへ、これで二度目ですね♪」
「あ~も~!」
指導がよほど良かったのか、メルクの根気がそうさせたのか、メルクの剣術にはどうにも届かない。
兄貴同様にすごい速い。
いや、兄貴になったらこれ以上だろうけれど。
「じゃあ、次は蹴り技も編みこんでいきますから注意してくださいね」
「うわ、えげつない…」
言ってるそばから竹刀が振るわれ、流れるような動作で蹴りが繰り出される。
さっきよりも手数が増えてきている分、対処が難しくなった。
ってーか、蹴りもすごいスピードだ。
なに?キックボクシングでもしてたのこの娘!?
だから体つきも結構スレンダーになってたり…。
「鈴さん?何か失礼なことを考えましたよね?」
何故バレるのか…。
そのまま竹刀越しに蹴っ飛ばされた。
手加減…じゃなくて足加減くらいしなさいよ!
まあ、スレンダーなのはアタシも同じだけどさ…。
午前中は学園内の道場で剣術の特訓をして終わった。
食堂でお昼に使用と思ったところ、調度シャルロットと遭遇した。
「あ、鈴~!」
「シャルロット、アンタもお昼なの?」
「部活でも料理ばかりしてるけど、こうやって食堂で食べてると次に作りたい料理とか見つかるからね。
まあ、今はお茶だけで済ませるつもりだけどね」
「織斑先生とセシリアさんの調子はどうですか?」
「…実習室があちこち黒焦げだらけなのと、お皿の上に正体不明の真っ黒いゲルが出てきたり」
「あ、もういいです、聞きたくないです」
シャルロットには心底の同情をした。
材料とかは…自費なのよね?
部費とか使ってないわよね?
そんな疑問も浮かんだりしたけど、尋ねるのは自粛した。
シャルロットの顔色がすでに悪い、もう気の毒としか思えないくらいに。
アタシはお昼にはエビ入りピラフ、メルクはカルボナーラを選んだ。
シャルロットに席を確保してもらい、窓際のボックス席にて食事を始めた。
何故かセシリアも同席することになったけど。
まあ、いいか。
「そうだ、聞きたいんだけど鈴」
「なに?」
「一夏と簪の交際を知ってたのは理解しあけど、どうして教えてくれなったのさ?」
「口止めされてたのよ、二年前からね。
あの二人、交際はしていても、他人に知られるのを恥ずかしがってたのよ。
だから周囲に秘密にして関係を続けてたのよ。
関係を知っていた人はそこそこ居たけど、例外無く口止めされてたわ。
ま、人見知りの気があった簪のためにもね」
アタシの初恋でもあったんだけどなぁ…。
まあ、もう諦めてるけど。
親友として過ごせるのならそれでいい。
「じゃあ、ラウラとタッグを組ませたのは何でだったんだろう?」
「それは知らないわよ。
メルクは何か聞いてないの?」
「私もサッパリです。
お兄さんには、私からタッグ申請をしたら快諾してもらえましたが」
メルクからの申請だったんだ…。
てっきり兄貴からメルクに依頼したものとばかり思ってたけど…。
「ラウラに慕われてるのはなんでだろう?
初日から『兄上』って呼んでてビックリさせられたよ」
「以前にお会いして鍛えてもらった経験があるそうですよ。
『兄上』って呼んでる理由は知らないですけど。
でもまあ
お兄さんが居たらこんな感じかな、なんていう気持ちは判りますけどね」
「メルクもブラコンだからねぇ…」
そう、マドカをはじめとして、ラウラやメルクがブラコンなのは学園全体でも知られている話。
アタシは知られるのが恥ずかしいから、本人以外が居る場所では口を開くつもりはないけどね。
「そういう鈴さんもブラコンじゃないですか♪」
「「ブウウゥゥゥゥッッッ!!??」」
メルクゥゥッッ!!
アンタは何を言ってるのよ!
よりにもよってシャルロットの目の前で!!
「え!?メルク!?どういう事!?詳しく話を教えてよ!」
「何を聞き出すつもりよアンタはぁ!?」
「だってこういう面白そうな話はじっくり聞いておきたいんだよ!
後々に色々と面白いことにも使えそうだし!」
コイツ予想以上に腹黒い事を考えてるわよ!
後々にラウラになにかしそうだと思えるんだけど!?
「えっと、事の始まりはですねぇ」
「だから言うなぁ!
『
火事場の馬鹿力かどうかは判らないけど、
見事脳天に直撃、意識を刈り取った…ら、良かったんだけど
「おっと♪」
簡単によけられ、アタシの『狂月』にもなっていない飛び膝蹴りは
ドカァッ!
ガチャガチャァンッッ!!
「ほほう…凰、またか」
偶然通りかかったらしい千冬さんの左腕に当たり、その手に持っていたお昼ごはんを床にブチ撒けてしまった。
当然、千冬さんの絶対零度の視線がアタシを襲ってくるわけで…
「あ、あわわわわわわわわ…」
その数秒後からの出来事は…正直言って忘れたい…。
「Nooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!」
Melk View
「ひ、ひどい目に遭った…」
鈴さんの身に降りかかった災厄が過ぎ去ってから、私の部屋にて一時を過ごす事になりました。
いえ、私も見てられなかったので、お昼ご飯もそっちのけで逃げ出させてもらいましたが。
私もお兄さんに影響されて逃げ足が鍛えられているんでしょうか…?
いえ、さすがに校舎の壁面を走って上ることはできないとは思いますけど。
「でもアンタ薄情よね…あの状態で逃げるとか…。
せめてフォローの一つでもしなさいよ!」
「無理ですって、織斑先生に対抗できるのはお兄さんしか居ませんから」
「まあ、そうだけどさあ…」
私たちのような小娘が対抗できる相手じゃないです、ハイ。
そのまま紅茶を飲んで一服、こういう一時も大切だと思います。
剣術の稽古はまだ後にしておきましょうか。
時刻はお昼の二時過ぎになりました。
今度は学園の中庭にて稽古をしようと思ったのですが、どうやらその場所には先客が居るようでした。
「うわ…なんだか懐かしい人の姿見ちゃいましたね」
「そんなに懐かしがるもんでもないでしょ」
刀を手に握り、懸命に振るっている人がそこにいました。
でも、何故でしょうか。
一生懸命さだけは伝わってきているのですが…。
「
です。
お兄さんの太刀筋に比べれば、彼女の太刀筋は荒い。
速さが届かないのは明白、それ以上に、ただがむしゃらにも見えました。
「このっ!このぉっ!」
彼女…篠ノ乃さんが斬ろうとしている相手が誰なのか、それを知る事はできません。
ただ、霞ばかりでは本気も出せないことでしょう。
ここは、私が少しだけ相手になってあげましょうか。
「メルク?アンタ何をするつもりなの?」
「さあ、何でしょうね?」
テンペスタ・ミーティオの拡張領域に入れていた十字剣、それもIS戦闘ではなく、白兵戦用に拵えてもらったものを展開し、両手に握ります。
「強いて言えば…道場破りでしょうか」
そして
「
渾身の力での刺突。
ギィンッ!!
狙ったのは、彼女ではなく、彼女の手に握られていた刀の刀身。
その狙いが反れることもなく、刀を吹き飛ばしました。
「な、何をする!?」
「一生懸命になっていたようですからね、ちょっと稽古の相手になってあげようと思いましてね」
さらに私は左手に十字剣を展開。
こちらは右手に握った十字剣よりも小振り、お兄さんがいうところの脇差です。
「お前が…?」
「私の剣術は、タッグマッチトーナメントでのパートナーが鍛えてくれたもの。
貴女は、私のパートナーの本気を見たことがないでしょう?
聞いた話では、入学初日には、手加減された状態でも惨敗し、クラス対抗戦では、碌なものの見方もしていなかったと聞いています。
そしてタッグマッチトーナメントでは、準決勝までは本気を出さずに勝ち抜いてきましたし、その時点で貴女はアリーナにも入れてもらえなかったらしいですね。
そして臨海学校では、言わずもがな」
「…くッ!」
「ああ、勘違いしないでください。
私達は、もう貴女を恨んでなんていません。
言われているんですよ、彼から。
『貴女を恨むな』と。
個人的にはそういうわけにはいきませんが、当の本人から言われたらどうすることもできませんからね。
まあ、今回は彼の弟子の一人として、貴女の剣を計らせてもらいます」
二人の少女は刃を振るう
己の意地の為に
そして矜持の為に
その速さへと挑む
次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 迅刃 ~』
私は…私は…あいつの隣に居たかったんだ…!