IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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そのころの彼女たちは何をしているんだろうと思いまして


陽炎 ~ 甲龍 ~

Lingyin View

 

一夏と簪とマドカが旅立ってから数週間が経過した。

今頃はオーストラリアやドイツで修業をしているんだろう。

アタシは中国には帰らずに日本で…それもIS学園で気儘に日々を送っている。

中国に帰るつもりは無かった。

故郷が嫌いなわけじゃない。

一夏や簪と一緒に、親友として過ごした日々があまりにも心地よかったから、この場所に留まりたいと思っていたからだった。

それでも、日本の夏は苦手だ、なによりも

 

「あっつい…」

 

このうだるような暑さは何年経っても好きになれない。

この暑ささえなければこの国は暮らし心地が好いんだけどなぁ。

というわけで、今日もアイスクリームを1本、2本、それから…アレ?何本食べたっけ…?

数えるのも面倒になってきた。

ルームメイトのティナからは「お腹冷やしすぎないようにね」などと言われたけど、至極どうでもよかった。

 

「とはいえ、訓練くらいはしなくちゃいけないわよね…」

 

冷蔵庫の中にはアイスはすでに一本も残っていない。

冷房ガンガンの部屋から出ると、廊下は陽光に焼かれて表面がものすごい熱さになっている。

部屋の中では裸足で過ごしていただけに、上履きを使っても尋常じゃない熱さが足の裏から襲ってくるような感じがした。

 

「あ、鈴さん、こんにちは♪」

 

「あ、メルク。

どうしたのこんな所で」

 

「機体の調整と報告でイタリアに帰っていたんですけど、たった今学園に戻ってきたんですよ♪

鈴さんも中国へは…」

 

「帰ってないわよ、その気になれなかったからね。

報告は書類にしてまとめておいたわ」

 

「そうでしたか」

 

メルクは誰彼かまわず敬語で話す。

日本語を学んでいる間に癖になってしまったらしいとか一夏を伝手に聞いた。

そしてマドカ、ラウラに続いて一夏を相手にブラコンになってしまった女子生徒でもある。

まあ、あいつが人に慕われるのは理解できないわけでもない。それが国境を超えるだなんて思ってもみなかったけど。

…そのブラコンがアタシにも伝染してきているわけだから人のことをとやかく言えないんだけど。

 

「お兄さんはまだ戻られてないんでしょうか?」

 

「今頃どこかの国で修業とかしてるのよ。

兄貴、向上心は誰にも負けないからね。

機体の性能に、自分の能力がまだ追いついていない節がある、とかつぶやいてるのが聞こえたりしてたわ」

 

…やっぱりアタシもブラコンの気質が出てきている。

完全に『兄貴』呼ばわりしちゃってるわ…。

メルクはそれに気づいているはずなのにニコニコとしている。

 

「よろしければ、この後の訓練に付き合ってもらえませんか?機体調整後、イタリアのテンペスタや、訓練機のリヴァイブばかりでは、どうにも不完全燃焼気味でして」

「十分過ぎるんじゃないの、それって…」

 

イタリアの開発コンセプトは『世界最速』と『変形機構』。

その要素を盛り込んだ『テンペスタ・ミーティオ』はまさに世界最新鋭機。

まあ、負けてやるつもりは無いけどね。

 

「じゃあ、30分後に第5アリーナでね」

 

さあてと、メルクと直接戦うのは今回が初めてね。

絶対に勝ってやるんだから!

 

「負けた側は勝った側にアイスを奢る、どう?」

 

「負けませんよ!」

 

一夏の一番弟子だか愛弟子だか知らないけど、やってやろうじゃないの!

 

 

 

 

 

Melk View

 

どうやら鈴さんもブラコンになってきている様子。

それに気づいたけれど、笑いを我慢するのには苦労しました。

さてと、この対戦ですが、機体の微調整の後での専用機所有者との初めての対戦。

いい勝負になりそうです。

お兄さんの一番弟子としても、『絶影(たちかげ)流』門下生としても負けるわけにはいきません!

勿論、妹分としても負けるつもりはありませんけどね♪

 

「ふんふふ~ん♪」

 

お兄さんは今は不在のようですが、夏休みの間にできた自慢話にさせていただきましょうか♪

 

 

 

30分後

第5アリーナには、お互い準備万端の私と鈴さんが来ていました。

そしてこのアリーナには他にも、夏休みの間は実家に戻ったりしていない生徒たちも集まっている様子。

専用機所有者同士の対戦はそんなにも多くみられるものでもないので仕方ないかもですけど。

 

「相変わらず凄い人数が集まってるわね…」

 

「別の場所でも同じことになっていたかもしれませんけど」

 

「違いないわね」

 

ここに関してはお互いに苦笑い。

仕方ない話ですから。

 

「この対戦の後、鈴さんが知っているお兄さんの話、教えてもらえませんか?」

 

「へ?別にいいわよ」

 

「約束ですよ♪」

 

私と出会うよりもさらに前のお兄さんの話。

私はそこにも興味を抱いている。

この際、いろいろと教えてもらいましょうか。

 

 

 

Lingyin View

 

 

アタシとメルクの戦績はいまだにスコア0。

今回が初めての対戦。

そして一夏の剣術のを叩き込まれているから、接近戦ではやや分が悪い。

それだけでなく、射撃攻撃は一夏よりも上。

言ってしまえば、遠近両用のオールラウンダーになっている。

 

「じゃあ、行くわよ!」

 

「『絶影(たちかげ)流』二代目、メルク・ハース、参ります!」

 

変なところでラウラの影響を受けてんじゃないわよ!

 

まったく!

なんであいつの周りの女子はブラコンになってんのよ!

アタシは人のことを言えないけど!

 

両手に『双星』を握り、メルクのブレードと切り結ぶ。

束博士からもらったこのブレードは軽量だけど、使いやすい。

 

「いっけぇっ!」

 

右手の刀を力の限り振るう。

レーザーが放射状に一斉掃射される。

けれどメルクはそれを軽々と回避する。

そこに衝撃砲を打ち込むけれど、それすら回避される。

やっぱり速度では届かないか…!

 

 

 

Melk View

 

「今度はこっちから行きますよ!」

 

両手のブレードを縦横に振るい、さらには脚部のブレードを展開し、鈴さんの刀と切り結ぶ。

 

「こんの…!

相変わらず速いわね!」

 

「お兄さんにはまだ届きませんけどね!

その証拠にシャルロットさんには同等の勝負になってしまった経験があるんですよ!」

 

「そう…つまりアンタは一夏ほどじゃないって事ね!」

 

「その内に超える予定ですよ!

弟子は師匠を超えていくものですからね!

『薙月』!」

 

下段から救い上げるような蹴りから、続けて高速の回し蹴り。

シャルロットさんには、この技で両腕装甲を両断した技術。

けれど鈴さんはこの技に見覚えがあるらしく、刀で受け止められる。

お兄さんから聞いています。

鈴さんは理屈よりも、感覚で習得するタイプの人だと。

日本では『習うより慣れろ』という感じだそうで。

 

「アンタも足癖が悪いわね!」

 

「鈴さんのフットワークには負けますよ!」

 

「兄貴と同じセリフ言ってんじゃないわよ!」

 

鈴さんもすっかりブラコンですね。

私と同類の様子!

 

「いきますよ!」

 

両手のブレード『ホーク』を収納、即座にライフル『ファルコン』を展開!

そのまま連続射撃!

 

「負けるかぁっ!」

 

甲竜の非固定浮遊部位がかすかに光る。

先の攻撃により、衝撃砲への対処方法は熟知しました。

もう一撃も当たりませんよ!

 

「『舞星』!」

 

スラスターに取り付けられているブーメラン型武装を一気に射出!

私の周囲に旋回させ続け、接近を封じます!

 

縦と横、さらには時計回りと、反時計回りに旋回させ続けます!

私が一斉操作ができるのは、現在は8基。

その能力を最大限に使わせてもらいます。

 

「それがどうしたぁ!」

 

鈴さんが今度は左手の刀を振るう。

そこから射出されるのは扇状に発射されるレーザーでした。

でも、それは範囲こそ広いけれど一直線上に居なければいいだけ!

鈴さんの戦術は大体分かりましたよ!

 

「吹っ飛んでください!」

 

『ファルコン』を連結し『レイヴン』を構える。

そこから発射される高エネルギーレーザーが甲竜に直撃!

よし!

 

「相変わらずねアンタは!」

 

甲竜の刀が収納され、今度は大きな青竜刀が展開されたのを確認しました。

スピードは捨ててパワー勝負に持ち込もうとする様子。

その意気や良し!

だけど、こっちも負けませんよ!

再びホークを展開!

 

「じゃあ、正々堂々と剣の勝負に移りましょう!」

 

「甲龍のパワーを舐めんじゃないわよぉっ!」

 

「そちらこそ、お兄さん直伝の『絶影(たちかげ)流』とテンペスタ・ミーティオのスピードを侮らないでください!

最速で…参ります!」

 

 

 

Lingyin View

 

「最速で…参ります!」

 

メルクの太刀筋は確かに速い!

一夏の弟子入りしたから、当然かもしれないけれど、アタシからすればこの速さに追い付いていけるシャルロットにも充分びっくりするレベル!

だけどね、アタシだって国家代表候補生、簡単に負けてやるつもりなんて無い!

 

絶影(たちかげ)流…『穿月』!」

 

「ぜえぇぇりゃあぁぁっっ!」

 

ガギイイィィッッ!

 

高速の刺突を双天牙月の側面で受け止める。

スピードも加わってすさまじいパワーに感じられた。

腕が微かに痺れる…!

 

「『填月』ぃぃっ!!」

 

「うぁっ!?」

 

左手のブレードの防御が間に合わず、直撃。

そのまま吹っ飛ばされた。

 

「こんの!舐めんじゃ…」

 

姿勢制御を即座に行い、衝撃砲を構える。

でも、今の今までそこに居た筈のメルクの姿が消えていた。

 

絶影(たちかげ)流…」

 

かすかにそんな声が聞こえた。

 

「…まさか、上!?」

 

みあげると、そこには…大きく足を振り上げたメルクが居た。

 

「奥伝…!『狂月(くろつき)』いいぃぃっ!」

 

咄嗟に両手のブレードで防御する。

 

ドガアアァァァンッッ!!!!

 

「う、そ…でしょ…!」

 

双天牙月の柄に亀裂が入り始めていた。

どうやらメルクは、機体を縦に回転させることでこの踵落としの威力を底上げしていたらしい。

こんなの、一夏でもやってなかったでしょうが!

それとも何!?習得させる途中で無理っぽそうだったから諦めていたとか!?

 

認めるっきゃない、メルクはかなりの努力家だ。

それこそ、一夏と同じくらいの努力家。

上等!

 

 

 

Malk View

 

まさか、この技を防御されるとは思ってもみませんでしたね…!

やはり鈴さんは凄まじく強い!

私が戦った経験のある専用機所有者といえば、シャルロットさんだけ。

あの人には、油断を誘って勝ったけれど、その試合を見ていた他の人には戦術がバレていても仕方ない。

それでも負けるわけにはいきません!

 

「『舞星』!」

 

収納していたブーメランを再び一斉に射出!

更にホークを収納してファルコンをコール!

そして即座に連結しレイヴンを構える。

 

「「いっけぇぇっ!」」

 

大出力レーザーと衝撃砲が交差する。

 

「ぐっ!?」

 

「ひぁっ!?」

 

衝撃砲をかわし損ねた。

最大出力で構えていたらしく、シールドエネルギーは残存70パーセント!

まだだ、まだやれます!

 

ドォォォンッッ!!!!

 

「く、このぉ…まさか、あの大出力砲撃がオトリだったとはね…!」

 

「イタリアでもかなりの訓練をしましたからね、お兄さんと同じ『肉を切らせて骨を断つ』というのを実行してみました」

 

射撃と同時に舞星を一斉射出し、発射された直後の衝撃砲を切り刻みました。

これにて両方の衝撃砲は大破、スラスターはかろうじて残っているようなので機動力はどうなっていることか…!

 

「甲龍の衝撃砲を壊したのはさすがに驚かされたわ。

でもね、アンタのライフルだって壊れてるんじゃないの?」

 

「みたいですね、衝撃砲の最大出力を侮っていたつもりはありませんでしたけど…」

 

射撃攻撃はもう出来そうにないみたいですね。

だったら、お兄さん直伝の剣技で勝って見せます!

 

「参ります!」

 

両手にホークを抜刀!

鈴さんも再び双星(ふたごぼし)を展開した様子。

でも、負けません!

 

 

 

Lingyin View

 

ボロボロになった双天牙月ではこれ以上戦えない。

そう判断して双星(ふたごぼし)を両手に握る。

こっちは途中から本気を出して戦うようになった。

メルクも同様らしく、かなり息があがっている。

強い…それも凄まじく…。

でも、アタシとして負けっぱなしは性に合わない。

一夏に負け続け、ラウラにも負け、このまんまじゃ腹立たしい。

絶対に負けられない。

これ以上の黒星なんて私は要らない!

 

「勝負!」

 

「参ります!」

 

両手の刀を強く握りしめ、そして構える。

あたしが憧れたあの背中を追うように…!

 

右半身を隠し、左手の刀を逆手に握り、肩の高さに掲げる

 

「「絶影流…!」」

 

ゼロからの一気に加速!

一夏、アンタの技は…アタシだってずっと見てたのよ!

だから、これくらいは…!

 

「「穿月ぃぃっっ!」」

 

ガギィィッ!!!

 

スピードをそのまま乗せられた刺突に耐え切れず、アタシの刀は吹き飛ばされた。

この技の後には…

 

「填月ぃぃっ!」

 

そう、その追撃が来るのを分かっていれば!

 

「ぜぇりゃあぁぁっっ!!!!!」

 

バク転の要領で足を振り上げる。

爪先がテンペスタ・ミーティオの手首に直撃。

ブレードを取り落させる。

そして、その突進のような勢いは急には止められない!

今度は力の限り、回し蹴りを叩き込んだ。

 

「『薙月』!」

 

ドガァッ!!!!

 

「アグッ!?」

 

テンペスタ・ミーティオが吹き飛び、ごろごろと転がる。

それでもすぐに姿勢制御をおこない、立ち上がる。

 

「驚きました、鈴さんも絶影(たちかげ)流の技を使うとは…はぁ…はぁ…」

 

「見様見真似だけどね…!

ふぅ…ふぅ…!」

 

 

 

 

Melk View

 

残存シールドエネルギーは残り20パーセント。

鈴さんだってもうエネルギーは残り少ない筈。

この勝負はもう長くは続かないでしょうね。

なら…あの一撃でシールドエネルギーを奪う!

 

「「これで、決める!」」

 

瞬時加速、からの…二重瞬時加速!

 

絶影(たちかげ)流…幻月…!」

 

「ぐっ…!?」

 

そして急速反転…!

体がつらいけれど、この程度、耐えてみせる…!

 

「双華!」

 

背後からの逆袈裟斬り!

更にそこから回し蹴りで吹き飛ばす!

追撃するように再び瞬時加速!

 

「『アウル』!」

 

「ちょ、まさか…!」

 

私のコールに応え、脚部の武装が展開される。

そのまま鈴さんの両腕をつかみ取る。

 

「捕まえましたよ、鈴さん。

ここから私がどうするかは…当然、知ってますよね?」

 

シャルロットさんはここから先に続く攻撃に多少のトラウマを残している様子でした。

そして私に『隕石(メテオ)』などと不名誉な二つ銘が押し付けられた原因でもありますからね。

 

「衝撃砲は大破、肘から二の腕を掴んでしまえば、鈴さんの蹴りは届きませんし、刀も振るえませんよね?

どうします?」

 

「あ、アンタねぇ…」

 

 

 

Lingyin View

 

さすがに一夏の一番弟子なだけはある。

それどころか、一夏直伝の剣術を此処まで機体の性能と合わせてくるだなんて…それでいて本人独自の戦い方も決して忘れていない。

 

「…リザイン(降参)よ」

 

まったく、兄貴…アンタはメルクよりもさらに先に居るのね…。

メルクやアタシがその背中を追っている間にも兄貴はどんどん先を歩いていく。

アタシが兄貴に追い付けるのはいつになることやら…。

 

周囲からパチパチと音が聞こえてくる。

見渡してみると、いつの間にか観客席には試合開始直後よりも多くの生徒が集まってきていた。

その一遍から拍手が巻き起こり、どんどん広がっていく。

あっという間にアリーナは拍手に包まれていた。

何というか…派手な事になっちゃったわね…。

 

「じゃあ、最後の一撃に移りましょうか♪」

 

「ふっざけんなぁぁっっ!!」

 

「冗談です♪

このままピットにまでお運びしますね」

 

「タチが悪いのよアンタは!

ったく…次は負けないからね…」

 

「私も、もっともっと強くなりますよ。

なにせ、お兄さんの一番弟子ですから♪」

 

一夏は弟子をとらないとか言ってたけどね…。

まあ、アタシも兄貴の剣術を使ったんだし、門下生でも自称してみようかしら?

 




流星は甲竜をも下した

一番弟子と、その妹弟子

初めての戦いは多くのものに認められた

そして時は過ぎ

彼女達の心中は

次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 友心 ~』

アタシはアンタを赦せない

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