IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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マドカちゃんは心底のブラコンなのでしょうね


陽炎 ~ 幻覚 ~

Ichika View

 

この墓の下には、マドカの面倒を見続けていたウェイザー夫妻が眠っているのだろう。

どんな人物なのかは俺は知らない。

実の両親も含めて、だ。

俺と千冬姉を捨て、マドカを連れ去り、そのマドカですら捨てた人間だ。

知りたいとは思わない。

今更のこのこと姿を現したところで、受け入れることは無いだろう。

千冬姉であれば問答無用で叩き斬る。

俺の場合であれば蹴り飛ばす。

マドカなら蜂の巣だろう。

 

だが、このウェイザー夫妻なら話は別だろう。

感謝の一言に尽きる。

 

「私は今は幸せだよ。

兄さんや姉さん達と一緒に過ごせているから。

だから、心配なんてしなくたっていいから」

 

そう言ってマドカは花を墓前にそなえた。

俺のほうに振り返ると思えば、あさっての方向に顔を向けている。

マドカにとっては、この二人が両親だったんだ…。

 

「初めまして、マドカの実兄の『織斑 一夏』と申します。

長い間、妹が大変お世話になりました」

 

俺も跪き、あいさつをする。

本来なら、もっと早くにこの場に来ておくべきだっただろう。

まあ、忙しいと言っても言い訳にならないかもしれないが。

 

「来るのが遅くなって申し訳ありません。

ただ、こうやって御挨拶しておきたかった。

マドカを気遣ってくださり、見守ってくださったことに、心から感謝します」

 

そして、安らかにお眠りください…。

 

 

今度は簪の番だった。

花をそなえ、目を閉じて何かを祈っている。

何を祈っているかは敢えて問わないでおこう。

 

「さあ、行こうよ兄さん、簪!

この近くに、私がすごした施設があるんだ!

案内するよ!」

 

「…目が赤いぞ」

 

「もう!泣いてなんかないんだから!」

 

「はい、ハンカチ」

 

「ありがと、簪…」

 

からかうの終わりにしよう。

俺たちはリムジンに乗り込む。

その際、強い風が吹き抜けていく。

 

「…!?」

 

先ほど花をそなえた墓の場所に誰かが居たように見えた。

金髪の女性と、黒髪の男性。

アレは…誰だ?

 

「どうしたの兄さん?」

 

「墓地に、誰かが居てさ」

 

「誰もいないよ?」

 

もう一度視線を向けてみる。

そこには誰もいなかった。

…夏が生み出した一種の幻だったのかもしれない。

 

 

 

 

マドカが世話になったという施設は、子供が多く居た。

 

「マドカねーちゃんだ!」

 

「おかえり~♪」

 

「こら、くすぐったいぞ、離れろ!」

 

どうやら孤児院のようだが、政府が金をかけているらしく、子供たちがすごしやすい空間に作られている。

子供たちの中ではマドカは大人気のようだ。

 

「マドカ姉ちゃ~ん、この人誰?」

 

「私の兄さんだ。

以前に話しただろう、生き別れになった兄さんがいるって」

 

「ふ~ん…あんまりイケテないかも」

 

グサッ!

 

「平凡に見える」

 

ザクッ!

 

「女誑しに見える」

 

「ちょっと待て、その言葉は誰が教えた?

院長か?今すぐに会わせろ、俺は女誑しじゃねぇよ!」

 

「一夏、そこで怒ったら逆効果になると思うよ…」

 

…こういう所では怒るべきではないんだな、よし覚えた。

ちなみに、とんでもない言葉を教えたのは、時折この孤児院に来る教師だそうだ。

その教師、遭遇したら叩きのめす。

 

「で、なんでこんな事になっているんだか…」

 

あれよあれよという間に俺と簪は厨房に立っている。

子供たちのためにおいしい料理を食べさせてあげたいというのがマドカと院長先生の頼みだったので、仕方なく引き受けたが…。

 

「まあまあ、子供たちは楽しみにしているんだから」

 

「簪がそういうのなら仕方ない、か。

しかし、だ。なんで楯無さんまで子供たちと同じ席に着いているのかが疑問なんだが」

 

マドカの激痛マッサージで悶絶していた筈だが、耐性でもついてきたのか?

いくらなんでも早ぇよ…。

 

「レシピはどうする?」

 

「この人数だからな、カレーにするか。

政府の金で用意された食材だが惜しみなく使っていいらしいからな」

 

驚くことにもロブスターまでもが食料保管庫に置かれていた為、地中海風カレーにしておく。

簪が食材を子供たちに一口サイズに合わせてカットし、俺はカレーのルーに取り掛かる。

地中海風の料理ならドイツ軍駐屯地で習っているから、材料さえそろっていれば容易に作れる。

 

「一夏く~ん、簪ちゃ~ん、まだ出来ないの~?

お姉さんお腹すいちゃった~」

 

「「そう言う位なら手伝え!」」

 

俺と簪の声がユニゾンした。

 

それを見てマドカは大笑い、それにつられて子供たちも笑い出す。

 

二時間後、子供たちの前にはカレーが並んでいた。

さらに付け加え、スープとシーフードサラダも作っておいた。

簪が得意としているカップケーキも焼き上がり、オーブンから香ばしい香りが漂ってきている。

 

「「「「「いただきま~す!」」」」」

 

子供たちが一斉に食事を始めるなか、俺は楯無さんの襟首を掴んで厨房に引きずっていく。

 

「え、ちょ、何?私まだカレーを食べてないんだけど!?」

 

「洗い物、お願いしますね」

 

「いや、あの、それは、その…」

 

「確かに頼んだからね、お姉ちゃん?」

 

「…はい…」

 

働かざる者食うべからず、です。

とはいえ、簪の例のモードに歯向かえる人がいるのなら見てみたいものだ。

 

 

俺も簪も子供達と一緒に食事をしてから、再びリムジンに乗る。

楯無さんが洗い物を終えて、リムジンに乗ってくる。

 

「ねえ一夏君、最近私の扱いが雑になってきてない?」

 

「原因には心当たりがあるでしょう?」

 

あんな公衆の面前で簪とキスをするように誘導していたんだ。

その仕返しはまだ終わってませんよ。

 

「私が洗い物をしている間に、子供たちの誰かが私のカレーもスープもカップケーキもシーフードサラダも食べちゃったのよ!」

 

「つまり、昼飯を食べ損ねた、と。

じゃあ、夕食がさぞかし美味しく頂けるんじゃありませんか?

よく言うでしょう『空腹は最大の調味料』と」

 

「…期待してもいいのかしら?」

 

さて、どうするかねぇ。

今日の夜は、昨晩とは別のホテルに泊まる事になっている。

それからメルボルンまで引き返して、日本の国際空港に戻り、そのままドイツ行きの飛行機に乗る手筈になっている。

今度の宿はどんな所なんだか。

 

「あそこが、私が母さん達と過ごした家のあった場所」

 

「今では更地だな…」

 

「うん、だから少し寂しいかな。

でも、兄さん達が居るから私は平気だ、政府の役人の中でも優しい人は居たし、院長先生も優しかったから」

 

「良い思い出が詰まった場所なんだな」

 

「うん!」

 

目の端に涙が浮いていたのを見なかったことにし、俺はマドカの頭を撫でた。

簪もマドカの頭を優しく撫でていた。

マドカは気持ちよさそうに目を細める。

まるで猫だ。

のほほんさんと同じマンチカン種を思い出させる。

 

「…」

 

だが、途端にマドカの視線が鋭くなった。

視線を追うと、住宅と住宅の隙間だった。

 

 

 

 

Madoka View

 

あの場所は忘れもしない。

私が捨てられた場所だった。

物心がついて間もない頃だっただろうか、兄さん達から無理矢理引きはがされ、あちこちを転々とさせられた覚えがある。

何を考えていたかはわからないけれど、最後に私は真冬に、あの場所に捨てられた。

それ以降は、その日その日を生き抜くのが精一杯だった。

ストリートチルドレンとして過ごし、薄れていく意識の中、死を覚悟したところでウェイザー夫妻に拾われた。

出来ることなら、捨てられた場所だなんて二度と目にしたくなかった。

 

「大丈夫だ、俺達はお前を捨てたりなんてしない」

 

「家族だもんね」

 

「…うん…」

 

今の私には兄さんが居る、姉さんが居る、それに将来の義姉である簪が居る。

だから私は…幸せだ。

こんな幸福、もう二度と手に入れられないだろう、だから私はずっとこの場所に居る。

兄さん達、家族と一緒に居るんだ。

 

だから、安心してくれ、父さん、母さん。

また私はここに来るから。

 

 

 

Tatenashi View

 

「お腹…すいた~」

 

ホテルに到着してから私は部屋に備えられている冷蔵庫をひらいてみるけれど、ミネラルウォーターばかり。

こんなんじゃ水っ腹になるだけで、満足できないし、満腹にはならないと思う。

 

「お姉ちゃん、行儀が悪いよ」

 

「そんな事言ったって~…朝はホテルのビュッフェも少なめにして、お昼は抜きで、今に至るのよ~…。

もう空腹で空腹で…」

 

お腹の虫も悲鳴をあげている。

先のイタズラのせいで最近の私の扱いが酷いというのは理解しているけど、こんなのあんまりよ!

 

「もう動く気にもなれないわ…」

 

「そうなんだ…じゃあ私と簪は兄さんと一緒に食事してくるから、部屋で留守番頼んだよ」

 

「…やっぱり行くわ」

 

舌の根も乾かぬ内に前言撤回しておいた。

お姉さんだって空腹には耐えられないのよ!

 

それからのホテルの食事では、スープオムライスを食べ、私はご満悦だった。

御馳走様♪

 

それから入浴になったけど

 

「ねえ、これって何のイジメなの…?」

 

私たちはホテルに備えられている大浴場に来ているけれど…この二人、私よりも大きいのよね…。

なのに私を挟むようにしてジャグジーに使っている。

水面に合わせて二人の胸は大きく揺れている。

簪ちゃんは97、マドカちゃんは95、私は…89。

 

「イジメって何のこと?お姉ちゃん?」

 

「言ってくれないとわからないぞ、楯無先輩?」

 

「判ってるくせに…!」

 

面白半分でこの旅にくっ付いてきたけど後悔する事ばかり。

来なきゃよかった…!

書類仕事だっていやだけど、こんな四苦八苦の旅よりマシだったかも!

 

入浴を終えてから部屋に戻り、私はベッドに飛び込んだ。

 

「色んな意味で疲れた…マッサージをお願~い…」

 

「その前にズボンを履いてください!」

 

「あら~♪

お姉さんの脚線美に見惚れてたのかヒイイイィィィィッッ!?」

 

冗談なんて言わなきゃ良かった!

か、簪ちゃんが怖い!お願いだからその目を辞めて!

 

「マドカ、お姉ちゃんがマッサージを要望だってさ。

色々と疲れてるらしいから、いつもよりも十倍お願い」

 

「よし、頼まれた」

 

「頼んでない頼んでない頼んでないお願いだから辞め…ノオオォォォォッッッ!!!!」

 

お願いだから手加減してマドカちゃん!

千冬さんの拳骨よりもずっと痛いからぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!

 

 

 

Ichika View

 

フロントから電話の知らせが来て、俺は即座に応じた。

どうやら国際電話らしい。まさかとはおもうが学園だろうか?

 

「はい、織斑です」

 

『一夏さんですか!?私です虚です!

よかった、ようやく連絡が取れた!

失礼ですが、お嬢さまがそこに居ませんか!?』

 

「居ますよ、マドカの手によって激痛マッサージが施され、微動だに出来ない状態ですが。

どうされました?」

 

『夏休みに入ってから大量の書類が溜まっているんですよ!

旦那様も奥様も仕事の都合で外出されているのを見越してお嬢様は屋敷を抜け出されているんです!

なので、いつ日本に戻られるかを教えていただけないでしょうか!?』

 

ちなみに虚さんは凄い早口だ。

国際電話だから仕方ないが。

 

「三日後には日本に一度戻ります。

空港で待ち伏せておいてください」

 

『ありがとうございます!では失礼します!』

 

さてと、どうやら年貢の納め時のようですよ、楯無さん?




少しの間ではあったが、彼は故国に戻る

その後、なつかしき荒野の大地を目指す

そこは、黒兎と暴れ熊が群がる場所

次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 荒野 ~ 』



あ、一夏が頽れた

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