更識の屋敷で一晩過ごしてから、翌日は実家に戻った。
簡単に掃除をしていたら、もう夜になっていたので、一晩明かし、そのまま数日は課題に集中。
出発予定日の朝っぱらから、俺達は空港に来ていた。
「相変わらず此処は広いよな」
この国際空港だが、ここまで広くする意味はあるのだろうか。
人が多く集まりすぎており、壁面や、電光掲示板も見えない始末だ。
「この空港相変わらずだね」
「マドカ、お前はこの空港に来たことがあるのか?」
「うん、兄さんに出会う少し前にね」
ああ、なるほど、オーストラリアから日本に来た際にこの空港に降り立ったということか。
「一夏、マドカ、お待たせ!」
駐車場から簪も走ってくる。
その手元…というか足元にはトランク。
スクーターの代わりに使えるというマニアックな代物だ。
まあ、便利なのは確かなのだが、この人込みではあまり使えない。
他人にぶつかったら因縁どころで済まないパターンもある。
そう、少し離れた先の現場のように。
「てめぇ何処見て歩いてやがんだぁオラァッ!」
「ひいぃぃっっ!!??
ご、ゴメンナサイィィッ!!!!」
何処の誰かは知らないが、簪があの男性の二の舞にならないことを切に願っておこう。
「何を言っている、寧ろ貴様のほうからぶつかっていたではないか」
そして第三者が因縁をつけてくる場合は珍しいのだが…って…ラウラかよ!?
「んだぁっ!?この小娘が!」
「はいはい、そこまで」
今度はラウラが厄介ごとを起こしそうな気がしたので、その間に俺が割り込む。
俺もとんだお人よしのようだ、至極今更だが。
「続きは警備員を呼んで二人で話し合ってもらおうか」
「む、兄上…」
「邪魔してんじゃねぇぞクソガキがぁっ!」
ヤクザ風のヤンキーが懐からナイフを取り出してそれを突き出す。…以前にもこういうことが有ったよな…面倒だなぁ…。
バシィンッ!
あの時と全く同じ対処を実行する事にした。
ナイフを握る手をつかんで止める、ナイフの刃は俺の人差し指と中指の間を素通りだ。
そのまま力を込めて握る。
「いでででででででっっ!?」
「ラウラ、警備員を呼んできてくれ」
「了解した」
相変わらずこの空港の警備体制は緩い。
二年前となんら変わりがないとは呆れる話だ。
「こ、このクソガキ…!?
テメェ…あの時の…」
「…ん?
そう言えばアンタは…」
この不良、どこかで見た気がする。
何処でだっけか…?
確か…
「ダメだ、忘れた」
「諦めるなよ!?
二年前にオレがナンパしてたら因縁ふっかけてきたんだろうが!?」
そういえばそんなのがこの空港に居たような…だが不良の顔なんて逐一覚えてられるかよ。
「ったく、警備員をもっと増やせよこの空港は…」
「こ、このクソガキ、とっとと離せ…!」
「ああ、警備員が来てからな、当たり前な話だがナイフは没収させてもらうぜ」
そのまま男の腕をねじ上げる。
「兄上、警備員を連れてきたぞ」
「ごくろうさん、ほら、行けよ」
バタフライナイフの刃を収納し、警備員に渡しておく。もののついでに警備員の少なさと警備の緩さを指摘しておく。これにてお役御免だ。
「ところで、兄上は、なぜこの空港に?
渡したチケットを使うのは、まだ先の事になると思うのだが…」
「先ずはオーストラリアにな、そのあとはドイツだ、シュヴァルツェア・ハーゼの皆には宜しく伝えてくれよ」
「承知した。
私はこれからドイツに一旦帰るところだ。
シュヴァルツェア・レーゲンのメンテナンスが待っているからな」
「先の戦いじゃあ結構ボロボロになってたな。
少しは相棒を労わってやれよ」
「うむ。
では、私はこちらのロビーからだ、ドイツでまた会おう兄上、姉上、マドカ」
「楽しみにしてるね」
「兄さんが修行したという駐屯地、今から楽しみにしてるよ」
ラウラがゲートに向かうが、ふと何かを思い出したかのように立ち止まる。
そして再び俺達に視線を向ける。
「どうした?」
「クラリッサからの伝言を伝え忘れていた。
『見せたいものが有る』、だそうだ」
…嫌な予感しかしないのは何故だろうか。
この予感が今度こそ裏切られてくれればいいのだが…期待するだけ無駄かもしれないが…。
やれやれ、旅立つ前からとんだトラブルだ。
空港なだけに
「一夏、変なこと考えてる?」
なぜバレるのか。
飛行機は至って普通なものだろうと思っていたが、とんだ勘違いだった。
「おい、本当に大丈夫なのか…?」
「勿論だ!
オーストラリア政府に話を通したらあっさりと許可を出してもらえたんだ!」
テレビでも見かけることは少ないが…見覚えは有る。
数年前、オーストラリアの首相が日本に訪れた際に使用していたというオーストラリア政府御用達の飛行機だ。
そして俺達三人の貸切、しかもファーストクラス…落ち着かねぇ…。
「簪は慣れてるみたいだな」
「うん、以前に沖縄に旅行しに行った時にも、北海道に出かけた時も、ハワイに行った時もファーストクラスだったから」
嫌味にしか聞こえねぇ…。
一般人の俺は飛行機に乗る機会にも恵まれないというのに…。
第二回モンド・グロッソ決勝戦当日には、日本を出る前に誘拐されていたからな…。
飛行機にも乗っていたという実感すら無かった。
いや、それ以前に俺を誘拐した輩が何者だったのかは俺は知らない。
左手の
いや、当時の記憶を俺は失っているから、今更何も言えないがな。
「ファーストクラスは俺は初めてだからどうにも落ち着かないんだよな…」
しかもご丁寧にベッドまで完備されているという始末。
飛行機じゃなくて此処はホテルかよ?
だが文句を言っても始まらないので、俺はソファに横たわって寝ることにした。
「痛って!?」
もっとも、飛行機が離陸するタイミングに気づかず、ソファから転げ落ちるハメになってしまったが。
「もう、ドジなんだから」
簪も苦笑いだった。
俺の額に絆創膏を貼り、窓の外の風景を目に映している。
マドカは大爆笑だったが。
「このままオーストラリアか…一番の長旅になるかもしれないな…」
とは言っても、滞在期間がそこまで長いわけでもない。
オーストラリア政府に挨拶をして、ウェイザー夫妻の墓前に挨拶をして…。
それから日本に帰国してタッチアンドゴーでドイツ行きの飛行機に乗る事になる。
今回は目もくれずに駐屯地に向かうことになるだろう。
俺はそこで修行と、ハルフォーフ副隊長にいうべきことを言っておかなければ…!
だが…
「暇だ」
時間つぶしのためにか、近くの部屋にはダーツのセットや、ビリヤードなどがある。
ダーツは分かるが、ビリヤードを飛行機の中に用意するセンスがわからない。飛行機が傾けば、ボールはあさっての方向に転がっていくだろう。
なので俺はダーツを選んでプレイする事にした。
雪華の投擲は幾度かやっているが、ダーツは経験がそこまで多いわけでもない。
「また私の勝ちだな♪」
だがマドカは圧倒的だ。
ダーツを投げると、必ず的の中央に的中する。
「弓を用いない矢というのは、やっぱり勝手が違うな」
六条氷華の命中性を上げるためにも、夏休み前には弓道部に幾度かお邪魔していたりする。
なので、弓の勝手も大体理解が出来るようになってきている。
弓道部への勧誘も当然あったのだが、遠慮させてもらった。
「オーストラリアの言語は英語でも大丈夫なんだよな?」
「多少の訛りはあるけどね。
私や兄さん、それに簪でも大丈夫だよ。
飛行機はメルボルン空港に降りて、そこからリムジンで迎えが来る事になってるよ」
リムジンって…俺たちはどこの重鎮だよ。
「それと、時計も合わせておいてね、日本の標準時間プラス1時間だから」
時差はそんなには無いみたいだな。
あとで簪にも伝えておこう。
今は部屋で映画に夢中になっている。
「じゃあ、もう一回勝負!
負けたら空港で荷物持ち!」
「おい、俺には勝ち目が無いだろ」
言ってるそばからマドカは両手に4本ずつの矢を握り、一斉掃射。
その全てが的の中心に突き刺さっていた。
「どんな投げ方してるんだよ…」
当然、俺は出鼻を挫かれたことで惨敗した。
勝った事が嬉しいのか、マドカはピョンピョンと飛び跳ねる。
飛行機の中でやることではないだろう。
それと、その
目のやり場に困るだろう。
荷物持ちが確定したところで俺は部屋に戻り、オーストラリアの観光案内雑誌に目を通す。
首都は…キャンベラ市、最大の都市シドニー市とは別になるらしい。
オーストラリアといえば、真っ先に海面都市であるシドニーを思い浮かべるが、首都はやや内陸だ。
マドカが住んでいたのは、シドニーらしいが。
メルボルンから首都キャンベラ、それから最大都市であるシドニー行きの形になるだろう。
「ルームサービスをお持ちしました~♪」
「…え…?」
「なんで此処に…?」
外側に跳ねた空色の髪、赤い瞳、そして素知らぬとばかりにニコニコとした風貌。
「…楯無さん」
だった。
日本きっての名家の当主がこんなところで何をやらかしているんだ…?
「結構です、お引き取りを」
「一夏君ひっどい!?
お姉さんが嫌いなの!?」
この飛行機のCAは無関係な人間が勝手に搭乗している事に気づいていないのか?
やっぱりあの空港は警備体制を見直すべきだ。
「もう!日本を出るのなら先にお姉さんにダイヤを教えなさい!
おかげで調べるのにも手間取ったじゃない!」
「こうなる事が予想できていたからですよ。
教えていたら、それこそ飛行機に突貫してくるだろうと思いましてね」
「お姉さんの動きを先読みされてた!?」
「もしもし虚さん、お姉ちゃんが密航してる現場を発見したから」
「ちょっと待って簪ちゃん!?」
「私だ、メルボルン空港に警備強化を頼んでくれ。
ロシア政府が喧嘩を売ってきた」
「マドカちゃんまで!?」
「厳馬師範、お宅の上の娘さんが日本、ロシア、オーストラリアに戦争を吹っかけようとしているようでして」
「ちょっと待って一夏君!?
父さんにまで連絡いれちゃダメでしょう!?」
「まあ、三人揃って冗談なわけですが」
そう言って俺達三人は携帯電話を降ろした。
無論、電源は切った状態だ。
「心臓に悪いことこの上ないわよ!」
やはりこの人は予想外なことが起きると打たれ弱いらしい。
からかわれた場合は、この手段を今後もとるとしよう。
「それで、どうしたんですか今回は?
わざわざ密航までして…」
「まだそのネタ引っ張るの!?
ちゃんと許可をもらってるわよ!?」
「じゃあ、そのCAの衣装はどうしたの?
お姉ちゃんってお裁縫苦手だったよね、私たちよりもずっと」
「その笑顔が憎い!
どうせ私は裁縫が苦手よ!
それくらい自覚してるからわざわざ購入したのよ」
「楯無先輩って、そういう制服を購入するほどのヲタク系だったんだ…」
「通販よ!つ・う・は・ん!
三人がかりで私を一方的にからかうのはそろそろやめて!」
そろそろ幕引きとさせてもらうか。
「簪ちゃんがしばらくオーストラリアでお世話になるんだもの。
ロシア国家代表としても、姉としてもオーストラリア政府には挨拶をしておきたいのよ。
調べたわよ~、泊るところはシドニー市にあるオーストラリア随一のホテルのロイヤルスウィートルームらしいわね~」
そこまでは俺も知らなかったな。
それにしても
「楯無さん…」
「お姉ちゃん…」
「楯無先輩…」
「「「やってる事がストーカーじみてる」」」
「声を揃えて言わないで!」
こんな人に仕えているとか、従者の虚さんはさぞかし苦労しているんだろうなぁ…。
土産の一つでも購入しておかないとな…。
のほほんさんの方がよっぽど負担は少なかったんだろうなぁ…。
きっと今頃、更識の屋敷にて楯無さんを探し回っていることだろう。
ご苦労様です。
なお、楯無さんは今回のオーストラリアの旅の後はロシアに直行らしい。
機体の調整だとか有るらしい。
Out Side
一方その頃の更識家にて
「本音!お嬢様は見つかった!?」
「何処にも居ないみたいだねぇ…お気に入りのブーツも置きっぱなしなのを見ると、屋敷の何処かに居ると思うけどぉ…」
「あ~もう!書類仕事の大半以上を私に押し付けて何処に行ったんですか現当主は!?
先代当主様は!?」
「朝から仕事で奥様と出かけてるよ~、警備の黒鷲部隊も全員一緒にね~」
「こういう時にわざわざ人手を少なくしてどうするんですか厳馬様!?
も~!こうなったらお給金増額してもらわなきゃ割りに合わないわよ!!!!」
Ichika View
仕方なく楯無さんも同じ部屋にて過ごすことになったが…なんだこの光景は…。
右からマドカ、両肩むき出しのキャミソール。
中央に簪、目にも眩しい純白のワンピース。
そして左に楯無さんだが、相変わらずCAの恰好のままだ。
で、俺はそれを横目にソファに寝転がって雑誌を読んでいるわけだ。
どんな光景だ、これは…。
「楯無さんもファーストクラスには慣れているみたいですね…」
「そういう一夏君は慣れてないみたいねぇ♪」
「学校の修学旅行では、エコノミークラスでしたからね。
ファーストクラスなんて、それこそ夢のまた夢でしたよ。
ドイツで修行を積んで帰る際はビジネスクラスでしたけど」
たかがガキ一人にファーストクラスを用意するほどドイツも財布のひもは緩くないらしい。
なので、飛行機のなかでは、力士が隣に座り壁に挟まれ潰されそうになったりした記憶がある。
マトモに機内食も食べられなかったのは嫌な記憶だ。
途中で台湾に降りてから別の飛行機に経由した際には、隣が空席だったから解放感はハンパじゃなかったがな。
「落ち着かないならお姉さんが膝枕してあげましょうか?」
「お断りします」
…今回の空の旅も疲れるんだろうなぁ…。
空の旅を終え、彼は妹が過ごした国へと訪れる
そこは初めて訪れる地
初めての都市
そして、妹が過ごした国の光景が広がっていた
次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 墓前 ~』
久しぶりだな、父さん、母さん