IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

83 / 217
終業式を終えた後からの始まりです。


陽炎 ~ 懐所 ~

Ichika View

 

 

「一学期も長かったな…それにいろいろと有った」

 

部屋で帰省準備をして終わる頃、簪も訪れたのでお茶を淹れる事にした。

今日は晩茶だ。

熱い時期には丁度良い。

 

「一夏の入学に、クラス代表決定戦、クラス対抗戦にタッグマッチトーナメント、それから臨海学校だったよね」

 

「俺が発作を起こしたり、ブッ倒れたり、感情を失ったり、果ては死んだり、中々に濃密な4か月だったよ」

 

右手首に巻かれているガントレットを見てみる。

輝夜は『一応は』第三世代に分類させられた。

全世界のIS開発事情からしても第三世代のテストがようやく始りかけている頃合いだ。それを超越した机上の空論とされている第四世代をも遥かに凌駕している、どの世代にも適合しない『創世世代』なんぞ、たった一機だけでも、世界そのものを敵にしてしまいかねない。

なので、新たな武装を生み出すのは禁止させられている、当たり前だが。

…いや、やらないが。

なので、模擬戦だとか公式戦では、『雪片弐型』『雪華』『六条氷華』『龍天神』左腕の『雪羅』、そして脚部に発生した新たな武装『月光』『哭龍』、右腕の兵装『龍咬』だけを使うように俺は心がけている。

なお、スピードに関してはリミッターをかけられていないのが安心出来る。

まぎれもない世界最速の翼だ、そのスピードは失いたくない。

…と言うか、輝夜自身がリミッターを受け付けない。

武装面、機動面、そして『ウォロー』『ペイシオ』『レイシオ』のようなユニットも含めてだ。

『逆鱗』に関しても、使う回数は控えさせている。武装の数が半端ないのは明らかだからだ。

 

「一夏の夏休みの予定は何があるの?」

 

「そうだな…」

 

頭の中のスケジュール帳を開き確認してみる。

…夏休みの大半が外国への滞在が入っている。

自宅の掃除とか、それを終えたら外国への武者修行、これが高校生のスケジュールなのかと疑いたくなってくる。

 

それでも少しは体を休ませられるだろう。

「簪と一緒に過ごせる日はそれなりに有りそうだ」

 

「えへへ、良かった~」

 

「ただ、な…」

 

「…?」

 

此処から先は俺の個人的な我が儘に過ぎない。

無茶な注文だとは理解しているが、それでも言っておきたい。

 

「一緒に…来て欲しいんだ。

俺と一緒に…無理な注文かもしれないけど、少しの時間でも簪と一緒に過ごしたいんだ。

だから…俺と一緒に来てほしい」

 

簪の目が大きく見開かれる。

予想外の話だと思う。

俺が夏休みの大半を外国で過ごすのに、急に誘っているのだから。

 

「嬉しい…私も一緒に行きたい…」

 

「そうか…ありがとな」

 

本人の了承は獲られた。

それに…ここでまた微笑んでくれる。

それが嬉しかった。

白式と黒翼天が一つになってから、俺の感情の大半が戻ってきた。けど、長い間失っていた『恐怖』と『怒り』に関しては、まだ曖昧だ。リハビリが必要かは分からないが、それでも戻ってくるかもしれない。

必要になる時が少なければいいんだが。

 

コンコンコン!

 

ノックの音が聞こえ、俺は扉のロックを外す。

廊下に居たのは

 

「マドカか、準備はできたのか?」

 

「ああ、いつでも良いぞ!」

 

そう言うマドカの方には大きな鞄が一つ。

準備万端のようだ。

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

残った番茶を一気に飲み干し、俺はキャリーバッグを手に持ち、運び始めた。

この時、簪の荷物も一緒に運ぶ。

そしてマドカは俺におんぶの状態。

荷物ももっているんだから辞めなさい、と言えば素直に従う。

それを見て簪も微笑む。

偶然周囲に居た生徒もクスクスと笑っている。

マドカは入学一か月程度で『ブラコン』のレッテルが貼られているが気にしていない。それどころか喜んでいる。

まあ、俺としても妹に懐かれているのは悪い気はしない。

だが俺はシスコンではない。

断じて。

 

今回はバイクに乗って帰ることにした。

マドカは自ら「モノレールを使うから、二人は先に行って」との事だそうで。

 

 

 

Lingyin View

 

やれやれ、ようやく暑苦しい…というか、甘ったるい連中が居なくなったわね。

一夏と簪、それとマドカは三人になるとあんな雰囲気になる。

一夏の感情が治ってからは、特にあの三人の周囲は体感温度が急上昇するから始末に負えない。マドカのブラコンが伝染してきているアタシが言えたセリフじゃないのは自覚はしている、一応。

他の人は一夏とマドカの様子を見て顔を綻ばせるくらいだけど、一夏と簪の事情を知っているアタシからすれば「勘弁して」と言いたくなるくらいだった。

周知の事実になってからは一夏と簪はお構いなしになってきてはいる。

 

一夏の実家に帰るのか、ドイツから帰った直後のように更識の家に厄介になるのかは知らないけど(たぶん前者)、周りの雰囲気をもうちょっと考えなさい。

 

思い返してみれば、一夏にはISでは結局勝てず終いだったわね…。臨海学校が終わってから模擬戦を挑んでみたけど、一度も勝てなかった。

衝撃砲も回避されて当たらないし、剣での勝負じゃ一夏には太刀打ちできない。

いくらシールドエネルギーを削っても数秒後には完全回復する始末。

そもそもスピードが速すぎてハイパーセンサーで捕えきれないし、武器に高圧電流までながしてくるから、こっちは思うように動けなくなる。

武器同士が衝突しただけでもシールドエネルギーが削られるとか冗談じゃないわよ。

なのでアタシには勝てない。

ってーか、この学園に勝てる搭乗者は居ないと思う。

楯無さんは確かに別格だけど、一夏は更に次元が違うと思う。

臨海学校の後、一夏は楯無さんに勝負を挑んではいなかった。

 

「…あ、まただ…」

 

壁を殴っている生徒の光景がまた一つ。もう見飽きた光景だった。

一夏と簪とマドカが手を繋いで歩いている光景を発見

なんだか親子みたい

それじゃあ更識さんが織斑君の奥さん!?

そういえばあの二人は婚約してた!

絶叫or壁殴り←今ココ

 

 

一夏、校舎が崩れたらアンタのせいだからね…。

 

「はぁ、やれやれね…」

 

 

 

Laura View

 

夏休みというのは、少々慣れない。

軍の休暇は有ったが、それよりも長いと妙な感覚がしてくる。

それに…

 

 

「…ギリギリになって渡せたから良かったものの…」

 

ドイツ軍駐屯地から届けられた書状を見ながら、私は悩んでいた。

これは黒兎隊の皆が用意した、兄上と姉上とマドカ、更には織斑教官の四人に宛てられた招待状だった。

政府から言われたらしいが…。

いつ渡すべきか少々悩んでいたが、何とか渡すことができた。

 

「…出来たなら…兄上の家に行ってみるか…」

 

住所は随分前から知っている。

これを頼りすれば辿り着くのは容易だろう。

 

「近い内に行ってみよう」

 

その際に兄上を驚かせるのも面白そうだ。

 

 

 

Ichika View

 

マドカも一緒に連れて来たのは…簪の実家でもある更織家の屋敷。

此処に来たのは久しぶりだ。

最後に来たのは…学園入学前、簪の荷物を運ぶのに駆り出された時だったな。

少し懐かしい。

そして…

 

「凄ぇ光景だな…」

 

門の向こう側には、ズラリと並ぶ強面グラサンの連中が並んでいる。

…あの空港の中に居なくて本当に良かった。

 

『お帰りなさいませ、簪お嬢様!マドカお嬢様!若様!』

 

誰が若様か。…いや、俺のようだ。簪は苦笑い、マドカは『お嬢様』と呼ばれた事で少し興奮気味だ。

 

「お嬢様だって!

私がお嬢様だってさ!兄さん!」

 

「俺なんて『若様』だぞ、相変わらずどうなってんだ?

…楯無さんの仕業だろうけどさ」

 

あの人の悪戯心にはほとほと呆れる。

人を困らせるのが余程楽しいらしい。

勘弁してくれよ…。

 

「簪?」

 

「私、こういうのに慣れてない…」

 

簪もタジタジだった。

…簪まで困らせているのか、簪は俺の婚約者なんだから、そういうのは辞めてほしい。

…言って従う人ではないから殊更に困る。

 

「は~い、一夏君、いらっしゃ~い」

 

「どうも、しばらく振りです」

一番奥には本物のお嬢様が居た。

しかも、スッゴイいい笑顔で、この状況を楽しんでいる様子。

言うまでもない、確信犯だ。

 

「IS学園での一学期は充実してたみたいね。

一夏君も、すっかり表情が出るようになって良かったわ」

 

「…まだぎこちないかもしれませんが、さして問題はありません」

 

それを伝えると、簪は更にニコニコと。

チェシャ猫のような笑みは崩れない。さぞかし楽しいんだな。

 

「それで、師範は何処に?」

 

「ごめんねぇ。

父さんと母さんだけど、急な仕事が入ったらしくって、数日は帰ってこれないのよ」

 

成る程、仕方ないか…。

 

「兄さんが居候してた部屋って何処?」

 

「『居候』って言うな、せめて『下宿』と言ってくれ」

 

言い方を変えても、意味はあまり変わらないと思うが、この際には杞憂と思おう。

 

「兄さんが下宿してた部屋を見てみたい!」

 

ご丁寧に言い直してくれたか。

この心遣いには感謝だ。

「こっちだよ、行こうマドカ」

 

「ああ!」

 

簪がマドカを連れて走りだす。

簪もその部屋に泊まる事が有ったなと俺は思い出していた。

今となっては、良い思い出だ。

 

「修練場は使えますか?」

 

「勿論♪」

 

じゃあ、早速お手合わせを願いましょうか。

 

 

Madoka View

 

簪に案内され、私は屋敷の一室の前に来ていた。

どうやら此処が兄さんが使っていた部屋らしい。

中に入ってみると…それなりに良い部屋だった。

此処に兄さんが半年も過ごしていたのか…。

 

「一夏がまた此処で過ごせるように、あの時のままにしてるの」

 

「私と兄さんが一緒に過ごすにも良さそうだな」

 

「そ、その時には私も一緒だから!」

 

簪も一緒に?それも楽しそうだな。

今日から早速楽しみだ。

 

「じゃあ次に厨房に行こうか、一夏はこの後は訓練があるみたいだから、食事の準備をしてあげよう!」

 

「了解だ!」

 

 

Ichika View

 

あの二人は気が早い。

早速俺が使っていた部屋の方向に走って行った。

楯無さんも修練場を使うにあたって、胴着に着替えるために部屋に戻ったんだろう。

なら、俺も部屋に荷物を置かせてもらい、修練場に行くとしようか。

 

「懐かしいな、この場所は」

 

中庭には日本庭園が広がっている。

そこに面した廊下では、鈴と語り合った思い出もある。

相変わらずの風景に俺は思い出に浸っていた。

 

それから部屋に向かう。

簪とマドカが居るかもしれないから、念には念を入れてノック

 

コンコンコン!

 

…返事は無い。

よし、無人だな。

 

ガチャリ

 

「お帰りなさ~い♪

お風呂にします?

ご飯にします?

それとも、わ・た・し?」

 

黙って荷物を押入れに入れて回れ右

 

バタン

 

「ちょっと!お姉さんをほっとくなんて酷いわよ!」

 

俺のスルースキルも大概鍛えられているようだった。

出会ったその日はアレを見て頽れた覚えがある。

それすらしなくなった俺も精神が強くなったのだろうか。

…よくよく考えれば見飽きているだけなのだが。

 

「一夏君!」

 

「虚さん、こっちです」

 

「虚ちゃん!?そこに居るの!?

ちょ、ちょっと待って!」

 

無論大嘘だ。

動揺している間に俺は廊下を全力疾走していった。

上手く煙に撒けたようだった。

 

そして廊下を曲がり切った後で…俺の部屋の前に簪が訪れるのが視界の端に見えた。

俺に用事だったのかもしれないが、俺はこの場に居ないほうが得策だな。

 

「お姉ちゃん、何をしてるの?」

 

「か、簪ちゃん!?

あ、あの、これは、その、い、一夏君を、ね…そ、その…」

 

「もしもし、虚さん」

 

「やめてええええぇぇぇぇぇっっ!!!!????」

 

あの人、予想外の事態に転がると動転するんだな。

新しく覚えておこう。

その後、本当に虚さんが戻ってきて楯無さんにお説教を開始したらしい。

ビキニエプロンで、正座をさせられて。

何故か俺の部屋だったが。

年頃の淑女なら慎みを持ってほしい。

 

「楯無お嬢様も相変わらずだね~♪」

 

「のほほんさんもな」

 

中庭が見える廊下ではのほほんさんが猫のように丸くなっていた。

この人も相変わらずだ、その服とか。

 

「なあ、至極今更なんだが、その袖はどうにかならないのか?

その長さだと、たとえ背伸びをしても床に引きずるようになるぞ」

 

「これが今時のファッションなんだよ~。

おりむ~はファッションが判ってないね~」

 

俺はそんなものを持ち合わせた覚えもない。

簪の水着選びにつきあった覚えはあるが、君のせいで台無しになったんだからな。

 

「しののんが、あの後どうなったか知ってる~?」

 

「懲罰房に放り込まれた、そこまでは知っている」

 

「私もね~、ちょっと見させてもらったけど~、すっごい塞ぎ込んでたんだ~。

おりむ~が死んだ~、なんて報道を知った後からだったかな~」

 

塞ぎ込むくらいなら、少しは更生してくれているのだろうか。

…そう信じてみたいものだが。

残るはアイツの気持ちの問題だな。

 




かつて、半年もの時間を過ごした場所

少年と少女はそこで懐かしい記憶を巡らせていた

そして、少年はその場所で再び刃を振るう

次回
IS 漆黒の雷龍
『陽炎 ~ 湯煙 ~』

やってる事が忍者のそれだ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。