IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

80 / 217
最終回ってわけではございませんのでご安心を。
麗銀輝夜編はコレで最後ですが。

そして冬休み毎日更新の目標達成!
次回は土曜日に更新予定です。


麗銀輝夜 ~ 永遠 ~

Ichika View

 

臨海学校最終日、俺は即席の懲罰房にされている一室に来ていた。

この中には篠ノ之が居る。

それも身柄を拘束された状態らしい。

あいつが何を思って無断出撃をしたのかは判らない。

だが、いい加減に俺も目を反らし続けるのは止めておこうと思う。

 

「林先生、10分間だけ入室許可をもらえますか?」

 

「…う~ん…それは…その…」

 

「お願いします」

 

「はぁ…私は少しだけトイレに行ってくるから、その間に何があっても責任はとれないわよ」

 

大人がそんな態度でいいのだろうか?

だがまあ、妥協してくれたようだし、今回はOKとみておこう。

 

 

 

 

 

その一室の中は他の部屋とは何ら違いが見えなかった。

ただ、その部屋の中心にいる人物が全身拘束されていなければ、だ。

 

「い、一夏…」

 

「なんだ?幽霊でも見たかのような顔をして?」

 

台詞が在り来たりなのはこの際どうでもいい。

ニュースでは俺が死んだだのと報道しているが、実際はこの通り生きているのだから。

 

「俺が此処に来たのは、お前と少し話をする為だ。

…何故無断発進をした?」

 

「ぐ、軍用機が相手だと知って、お前たちだけでも苦労すると知ったんだ。

だから私も手伝おうと思って…でも、姉さんが私に専用機を与えてくれなかったから、訓練機で…」

 

「アホ、リミッターが施された訓練機程度で軍用機と渡り合えると思うな」

 

「で、出来たかもしれないじゃないか!?

それに、私にも専用機さえ有れば」

 

「慣れてもいない機体でマトモに戦えるとおもうな」

 

「それでもお前と私の二人なら!」

 

「根拠になってねぇよ…」

 

「なんで判らないんだ!?

幼馴染だろう!!??」

 

そう、それだ。

『幼馴染だから』と、都合が悪くなったらその言葉をくりだす。

幼馴染だから何だ?その言葉でお前は何をしてきた?

 

「篠ノ之、お前こそ俺の何を理解している?」

 

「な…わ、私はお前の全てを…」

 

「なら、俺が簪に惹かれた理由も理解出来ているのか?」

 

「判るわけないだろう!?」

 

なら、お前は俺の事をすべて理解しているとは言えないだろう。

所詮人間、お互いの全てを理解し合う事など出来はしない。

それが家族だろうと、幼馴染だろうと。

それでも、理解したいと思わなければ、先へは進めない。

それは、俺もコイツも同じだ。

 

「あんな女の何処が良いと言うんだ!?

なんで幼馴染の私ではなく、アイツなんだ!?」

 

「正確な理由なんて忘れてしまったさ。

ただ、俺が簪に心底惚れた現実は変わらない。俺は簪を愛している。

共に未来を歩むと決めたんだ」

 

「私とだってあんなにも仲良くしてたじゃないか!?」

 

「俺の気持ちを動かすには至らなかったんだろうな。

お前の思いは察する事は出来た、だがそれだけだ。

確信には至っていない」

 

「それくらい理解しろ!」

 

「理解して欲しいのなら言葉にしろ。

俺はこうやって簪への思いを吐露した、次はお前の番だ」

 

「私は…優しかったあの頃のお前に戻って欲しかったんだ!

なのに…なのにお前が大きく変わってしまったから…!」

 

「6年もあれば多少なりに変わるものだろう。

それが『成長』か『変貌』かの違いだけだ」

 

 

 

「だったらお前は…」

 

「だがお前は逆に『変わらなさすぎた』」

 

お前は6年前から何も変わらなかった。

いや、変わらなさすぎた。

心だけをあの時代に置き去りにしてしまったんだろう。

 

「一夏、それでも私は…」

 

「もうすぐ指定された時間だな。

最後に言っとく、俺はお前の人形じゃない。

意志を持った人間だ。

俺の意志は、誰にも変えられないし、人の手で変えていいものじゃない。

俺が簪に抱く想いも俺だけのものだ。

誰にも、お前にも変えられないものなんだ」

 

「…………」

 

今回の時間で言えるのは、それが限界だった。

 

部屋の外から林先生の足音が聞こえる。

早々に退出させてもらおう。

 

「お前の処分はクラス移籍と謹慎だそうだ。

夏休みになるまで続くらしいぞ。

それと、俺は夏休みの間は学園には居ない。

よく考えてみることだ。

自分に足りないものを、自分と周りの差をな」

 

これは、俺からお前に与える夏休みの宿題だ。

 

 

 

 

Madoka View

 

臨海学校も終わり、私たちはIS学園に戻ることになる。

その為、またもバスに揺られるのだが…とりわけ1組のバスは過剰に震えていた。

 

「………………」

 

セシリアの隣に座っている本音が原因だ。

何があったのかは知らないけれど、昨日のお昼過ぎに見かけたときからこの様子だ。

ラウラもシャルロットも妙な視線で本音を見ている。

 

「マ、マドカさん、本音さんに何がありましたの!?」

 

「私が知るか!」

 

こいつ、本当に何があったんだ!?

 

 

 

Laura View

 

シュヴァルツェア・ハーゼの皆に連絡を取ろうと思ったが、一向に誰も連絡が来ない。

兄上が生存していたことを伝えようとしていたが、それすら伝えられない。

一体クラリッサ達に何があったのだろうか。

試に上層部に連絡を入れてみたところ、『ある方からの依頼で、緊急の作戦を行うようになった』との事。

非人道的なことをするつもりはないのは書面で確認したから、心配は無い。

我がシュヴァルツェア・ハーゼは、世界最強の部隊だ。

クラリッサが操る『シュヴァルツェア・ツヴァイク』然り、皆の『シュヴァルツ』も同様だ。

だが…『依頼主』とは誰のことだ…?

 

 

Chifuyu View

 

臨海学校も終わり、我々はまたバスに揺られることになる。

そんな中、私の隣の席には篠ノ之が座っている。

尤も、今回の件で厳重な処罰を下すことにもなっている為、コイツは現在拘束服にて動くことができない。

周囲の生徒は異質なものを見るような目で見てきているが、まあ、それはどうでもいい。

 

「篠ノ之、先日にも話したが、お前は自分の欠落が何かを理解したか?」

 

「…いいえ…」

 

束は残酷な現実を専用機所有者の目の前、さらには妹の目の前にて暴露した。

それによってコイツが抱えている欠落が何かを理解させようという一種のショック療法を用いようとしていたようだった。

ショックは与えることには成功したが、完治には至っていないようだった。

 

「お前に欠落しているのは、『寛容力』だ」

 

「…『寛容力』…」

 

「目の前の現実を受け止め理解する、相手のありのままを理解し、そのすべてを受け止める。

お前はそういった事が出来ていない。

だから一夏はお前を見放しているんだ」

 

あの日の夕方の言葉をヒントに見つけてもらいたかったのだがな…。

自身が抱えている欠落が何なのかを。

 

「一夏が…あの眼鏡の女子と交際をしているのは本当なんですか…?」

 

「二年前からの仲だ。

尤も、婚約の話に関しては臨海学校の少し前に成立した話だ。

両者の合意、そして両家の公認で認められた婚約だ。

誰かの邪魔が入ったとしても、それぞれが破棄しようとしなければ、その関係は続く。

おそらく数年後には結婚に至ることだろう」

 

「そんな…なんで幼馴染の私ではないんだ…。あんなにも仲良くしていたというのに…」

確かに、思い出の中では、この二人は仲が良かったのだろう。

だが、それは既に過去の話でしかない。

過ごした時間の長さですべてが決まるわけではない。

唐突な出会いがすべてを大きく変えることもあるだろう。

あの二人がまさにそれだった。

出逢って数週間で恋人という関係に至った。

そしてその関係が続き、少し前には婚約だ。

私はそれに口出しをするつもりは無い。

一夏の人生は一夏だけのものだ。

ドイツでの一か月、そして更識 簪との出会いが、一夏に大人への階段を歩ませた。

ただ、周囲の同じ年齢の子供たちよりも、一歩先を歩んでいるだけだ。

「お前の望みはなんだ?」

 

「一夏の隣に立つ事です」

 

「隣に立つだけか?」

 

「一夏の隣に、立ち続ける事です」

 

「駄目だな、その答えはあいつの心に決して届くことは無い。

そもそも、一夏の隣には二年前から更識妹が居続けている。

一夏がそれを望み、更識妹もそれを望んでいる。

だが、それは隣に『立ち続けている』訳ではない。

『隣で支え続け、歩み続けている』んだ。

…覚悟の域でも、既に違いが出ていたな」

 

「…?」

 

「『隣に立とうとする』のなら、ガキにだって出来る。

だが、あいつの隣に立ち続けるのは誰にも出来ない。

あいつは歩みを決して止めようとはしない。

『歩み続けなければ』、隣には居られないんだ」

 

「…ッ!」

 

そして、お前は一夏を傷つけすぎた。

一夏自身も篠ノ之を既に見切りをつけているかもしれない。

一夏の周囲に居る親しい者達は、篠ノ之を嫌っている。

その間には、深く、そして幅を持つ溝が有るだろう。

 

「お前は一夏の何を理解していた?」

 

「そ、それは幼馴染として全てを…」

 

「『絶影(たちかげ)流』を組み上げる苦労を知ったか?技を理解したか?

在り方を認めたか?

それを認めようとせず、否定し愚弄する者に、一夏は隣を決して預けようとはしない。

更に、お前は一夏が大事にしているものを傷つけすぎた。

一夏自身も、周囲の皆もお前を赦すようなことはしないだろう」

 

「なら、私はどうすれば…」

 

コイツは私と束の罪でもあるのは理解している。

束がISを開発し、私は決してそれを止めようとはしなかった。

結果、篠ノ之は暖かな居場所を失った。

ようやく出会えた幼馴染には、既に歩む者が居たともなれば激情をも湧き立てるだろう。

だが、今更過去は変えられない。

得た出会いも、失う別れも、既に過去だ。

 

「『絶影(たちかげ)流』の存在を今更認めようとしても無理な話だろう。

頭を下げて謝罪をしたところで、全ての罪が洗い流されるわけでもない。

その答えは…お前が自分で見つけるしかない。

そして忘れるな、今回お前はその手で一夏を殺したんだ」

 

「………」

 

これが最後の機会になるだろう。

今度こそ正しい道を選んでもらいたいものだ。

 

「一夏には、私から剣術を徹底的に叩き込んだ。

ナイフの扱いはボーデヴィッヒが。

軍隊格闘はドイツの現役の佐官が。そして『絶影(たちかげ)流』のベースである『影踊(かげろう)流』を叩き込んだのは更識の父だ。

幾つもの教えと、意志と技術を繋げ、組み上げられたのが『絶影(たちかげ)流』だ。

あの格闘複合剣術を否定する権利は誰にも無い。

あの技術は、一夏が初めて作り出した努力の結晶だという事を決して忘れるな」

 

「………」

 

「お前がやっていた事は、自己満足でしかなかった。

一夏を…自身が望む形に作り替えようとしていたんだ。

それは決して『愛情』だの『恋心』ではない。

ただの『所有欲』だ」

 

「『所有欲』…」

 

「一夏の事を誰よりも理解しているつもりが、お前は何も見ていなかった。

自分にとって都合のいい幻想を押し付けている、そう自覚したことは、一度は有っただろう?」

 

篠ノ之は項垂れ、茫然自失といった状況だ。

私にも罪悪感はある。

だが、それも含め、私も先を見据えなければならんだろう。

 

「わた、し…は…」

「それを感じ取ったからこそ、一夏はお前を名で呼ばない。

お前の意志に常に拒否を示す。

糸で吊られた操り人形でないのだと、言葉を用いずに訴えていたんだ」

 

「…………」

 

「いまさら親友面は出来ないだろう。

もう一度、ゼロからやり直せ」

 

…情状酌量は…難しいだろうがな

 

 

 

 

Ichika View

 

バスの中では、簪が俺にベッタリだった。

まあ、今回の件があったからこそ仕方ないとは思うが

 

「やれやれ…」

 

今は俺の膝枕でグッスリときている。

男の膝枕だなんて固くて眠れないものではなかろうかという俺の一方的な考えなど露知らず、そしてバスの中(公衆の面前)という現状も露知らず…いや、後者に関しては忘れてしまっているだけかもしれない。

 

ま、まあ、その、なんだ…簪の全裸(衝撃的な現場)を見てしまった…と言うか、瞼の裏側や、脳裏に焼き付けてしまったのだから、これくらいの我が儘は承知すべきだ。

なお、のほほんさんは今頃、一組のバスの中でガタガタと震えている頃だろう。

今回の事を伝えた直後、虚さんの声色が変わったのには驚かされた。

確か電話口の向こう側から

 

「『特大算盤の上で正座を丸一日』か『石抱きの刑』か、どちらか嫌な方(・・・)を選ばせてあげる。

ああ、勿論、『オヤツ抜き半年』も含められているからそのつもりでいなさい」

 

などと物騒な事を言っていたな。

しかもわざわざ嫌な方(・・・)を選ばせるときた。

容赦無ぇなぁ…。

簪も虚さんも、今後は怒らせないようにしよう。

 

なお、楯無さんは、俺の生存に本気で安心していたようだった。

だが、簪を泣かせてしまった件に関しては、後々に生徒会の仕事を手伝って償う必要があるようだ。

 

「ねえ織斑君、更識さんとはどんな関係なの!?」

 

4組の女子、名前は知らないが…そんな質問を飛ばしてくる。

「その指輪から察するに…婚約者だとか許婚とかだと私は思ってるんだけど」

 

「判ってるなら訊かなくてもいいだろう」

 

俺は質問を自己解決させた女子に苦笑を返す。

俺達の噂は、一年生の間で一気に広まっているようだった。こちらものほほんさんの仕業だったようだ。

 

「新聞部には情報を広めないでくれよ、対処が面倒だから」

 

「あ、ゴメン、私がその新聞部なんだ☆」

 

…オイ…。

 

呆れる俺にその少女は名刺を渡してくる。

新聞部は全部員が各自で名刺を作成するらしい。

今回受け取った名刺をみてみると…

 

 

「『向日葵(ひまわり)』?」

 

「『向日葵(ひまわり)』じゃないって、『向日 葵(むこう あおい)』だから」

 

読み方が違ったか。

 

「ちなみに先ほどのインタビュー、録音させてもらったよ」

 

「渡せ、それも今すぐにだ。

黛先輩に情報を渡されたら面倒くさいことこの上ない」

 

 

「ど~しよっかな~?

食堂のロイヤルスウィートストロベリーパフェで手を打ってあげる♪」

 

お会計、1500円。

たかってんじゃねぇよ…。

 

「聞こえてるよ、向日さん」

 

簪の声が聞こえる。

この声色は…タッグマッチトーナメントのしばらく前にも聞いたな…。

…例の状態になっているようだった。

マドカが震え上がったあのモードだ。

 

「一夏を脅迫して何が楽しいのかな~?」

 

「ひ、ひいいぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!????」

 

「その録音データとバックアップデータを渡しなさい」

 

「は、はいいいいいいいぃぃぃぃっっっ!!!!」

 

 

…ご愁傷さま。

 

データを奪い取った後、簪はまたも夢の中に飛び込んでいった。

…俺の膝枕で。

…まあ、いいか。

後に、4組の間では『簪さんを怒らせてはいけない』というフレーズが飛び交うことになったらしいが、俺の知るところではない。

 

 

 

 

 

それから休憩を挟みながらバスに揺られて2時間、バスはIS学園の正門に到着した。

簪も目覚め、バスを降りた直後、バスの昇降口には人だかりが出来た。

 

マドカ、メルク、ラウラ、鈴の四人と…シャルロットとセシリアだ。

前者の四人は良いとして…後者の二人は表情が妙だ。

 

「…どうした?」

 

「作戦の最中に言いましたわよね?

二人の関係性について、後々にお話しして頂く、と」

 

「僕も知りたくてさ…」

 

…面倒くせぇ…。

 

「二年前から交際を始めて今に至る、それから少し前に婚約した、以上だ」

 

なので端折るところは徹底的に端折った。

すると自分でも驚く程に短くなってしまった。

 

「クラス代表を決める対戦の後で何故教えてくださいませんでしたの?」

 

「僕なんて、一週間もルームメイトをやってたのに、トーナメントではタッグを組んでもくれなかったし…」

 

いや、そもそもシャルロットとは組む気も無かったし。

それに、俺達は交際していることを隠し続ける気で居たからな。

…この際、俺から説明するのも面倒だ。

メルク、マドカ、ラウラ、鈴、援護を頼む…

 

「って、居ねぇのかよ…」

 

しかもご丁寧にも簪も連れて行ったな。

薄情者だったのかお前らは…。

こうなったら…

 

「三十六計」

 

逃げるにしかず!

途端に俺は逃げ出した。

普段から学園では走り続けているんだ。

たかが女子二人から逃げるだなんて造作もない。

 

「待ってくださいな!」

 

「待ってよ!納得のいく説明をしてよ!」

 

説明ならしたばっかりだろうが!

なんで病み上がりだってのに学園に戻って早々に走らなきゃいけないんだ!

だが、あの二人の体力が尽きるまでなら俺は走り続けられるだろう。

男の体力と俺の脚力を甘く見るな!

 

「あーー!織斑君だ!」

 

「…ん?」

 

声がしたのは上だった。

そこに居るのは見覚えのない女子生徒。リボンの色から察するに2年生だろう。

 

「え!?ホントに!?」

 

「ニュースで『死んだ』とか言ってなかった!?」

 

「本人なの!?」

 

「確認急げ!」

 

おい、ちょっと待て…まさか…

 

「者共!であえであえ!」

 

だからこの学園はいつから武家屋敷になった!?

 

挙句の果てに

 

「取材よ取材!」

 

「アポイントメント?

何それ美味しいの!?」

 

「新聞部全班、出撃ぃっ!」

 

うおおおおぉぉぉぉぉい!

なんつー事をしでかしてくれているんだ黛先輩!

 

そしてどこから漏れたのか

「え!?織斑君って実はフリーじゃなかったの!?」

 

「恋人持ちなの!?」

 

「え!?婚約者!?」

 

「こうなったらほっとけないわね!

放送部全班出撃ぃっ!」

 

まだ追う側が増えるのかよ!?

勘弁してくれ!

 

あんまりにもあんまりすぎる状態。

これでは立ち場が逆転した鬼ごっこだ。

追う側:逃げる側

超大量:俺一人

 

遊戯としても成立しないだろコレ…。

だが捕まるのはお断りだ。

俺は縦横無尽に走り回る。

図書室に飛び込み、音楽室を駆け抜け、窓のサッシを足場に校舎の壁面を駆け上がり、職員室を疾走し、三年生寮を疾駆する。

それでも飽き足らず、アリーナを爆走し、学習棟の屋上から飛び降り、中庭を過ぎ去り、木々を飛び移っては二階から三階へ飛び込む。

ってか、いつまで走れば良いんだよ!

ほとんどの女子生徒がローテーション組んで行動しているから、追う全員の疲労を狙う作戦も使えないじゃないか!

前々から思っていたが、この学園は俺をマラソン選手にでも仕立てあげたいのか!

 

「一夏、こっち!」

 

小さな呟き声が聞こえ、視線を向ける。

そこには簪の姿があった。

 

「ここなら見つからない、か?」

 

「どうだろう…放課後だし、殆どの生徒が自由時間に使ってるみたい。

はい、飲み物」

 

「サンキュ」

 

簪が柔らかな微笑みを見せ、俺もそれに応えて笑い返す。

そうだな…簪が居てくれるのなら、俺はこの先も頑張れるだろうな。

なあ、相棒(黒翼天)

 

『…フン…』

 

返事は否定も肯定もしなかった。

まあ、いいか。

 

「居たああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

「ブウウウゥゥゥゥッッ!!??」

 

突拍子も無い絶叫に俺は飲んでいたドリンクを噴き出した。

簪が飲んでいるものを噴出す際の気持ちがなんとなく分かった。

 

これじゃあ、噴出しても不思議じゃないな。

 

「やべ!逃げるぞ!」

 

「逃がすかぁっ!」

 

振り向いた先には既に黛先輩の姿。

このパパラッチは…。

 

だったら真上!

 

「織斑君発見!」

 

放送部が回り込んでいたか!

だったら刀を抜いて強行突破は…無理だな、もう続々とすさまじい人数の生徒が集まってきている。

流石に丸腰とはいえ、この人数が相手では骨が折れる。

お前らは砂糖に群がるアリかよ…。

俺の幻覚だろうか、学園に保護されたらしい福音の搭乗者の姿がチラっと見えた気がした。

アンタはそこで何をしているんだ…。

「見つけましたわよ一夏さん!」

 

「やっと見つけた!」

 

セシリアとシャルロットも上の階から見下ろしてきていた。

なお、さらにその上の階からメルク、鈴、ラウラ、マドカの姿が見えた。

あいつらの手元には、最近、購買で噂になっているという大人気商品のシュークリームが…ってお前ら買収されるなよ!

買収したのは…鈴の後ろに居る楯無さんだな。

虚さんもいるようだが、苦笑している。

理由は…彼女の手にも握られている特上シュークリーム…アンタもかよ!

更識家の良心のアンタまで買収されてどうするんだ…。

 

メール着信、確認してみると。

 

『簪ちゃんを心配させて泣かせた罰よ。

それと、将来の予行演習だと思いなさい♪』

 

おいいいいいぃぃぃぃっっ!!!!

 

「織斑君発見!」

 

「隣に居るのは…1年4組の更識さんじゃない?」

 

「え、じゃあ噂の交際相手って…織斑君の恋人、婚約者って更識さん!?」

 

「スクープ!大スクープよ!

IS学園唯一の男子生徒に既に交際相手が存在!

明日の朝刊の一面はこれでキマリ!」

 

「この二人が放送に出てくれれば…来期部費の倍増も夢じゃない!」

 

なんか凄ぇダシにされてるぞ…

 

 

 

「ど、どうするの一夏…?」

 

「俺が訊きたい…」

 

この状況、どうしろってんだよ…。

 

「ねえ、交際しているのが事実なら…もしかしてキスも経験済みなのかな…?」

 

妙な声が聞こえた。

誰だ今の声の主は?

名乗り出ろ!

 

「チュー!」

 

「「チュー!」」

 

「「「チュー!」」」

 

「「「「チュー!」」」」

 

一部から上がった声は波のごとく広がっていく。

そして俺達を囲む女子全員から『チュー』コールの嵐が。

鼠かお前等は!!

 

輝夜にヘルプを頼むと

 

『頑張ってね、一夏♪』

 

薄情な相棒だ。

ならば黒翼天

 

『アホか』

 

ですよねー。

 

千冬姉は…こんな状況で頼めるわけがない。

 

「ど、どうするの一夏!?」

 

簪は既に頬も顔も耳も首も真っ赤だ。

 

ええい、南無三…。

 

「こんなネタみたいなのは嫌だ…」

 

「私も嫌…」

 

だが、これ以外に方法は無いとお互いに察しているのだろう。

この状況で対処方法があるという人が居るのなら引きずってでも連れてきてもらいたい。

 

「すまん、簪」

 

「…う、うん…」

 

顔を赤らめている簪の腰と肩を抱き寄せる。

続けて簪は少しだけ背伸びをする。

互いに目を閉じ、そっと唇を重ねた。

 

数秒後、観衆が凄まじい歓声をあげたのは、言うまでもない。

やれやれ、秘匿の関係がとうとう周知の事実に変わってしまったか…。

 

それでも、この胸に刻んだ誓いは失わない

 

未来を共に歩む為にも

 

 

まあ、時にはこんなのも悪くないか

 




騒動に巻き込まれながらも居場所に戻る二人

そんな折、彼女が動き出す

その手に『ジョーカー』を携えて

次回
IS 漆黒の雷龍
『閑話 ~ 切札 ~』

世界中の皆さん、お久しぶりです、もしくは、初めまして

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。