IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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最近は寒くて寒くて凍えそうです。
冬には湯たんぽが手放せないです。


麗銀輝夜 ~ 白刃 ~

Ichika View

 

それから1分後。

簪による痛くもなさそうな拳骨を頭頂部に受けたのほほんさんを椅子の如く尻の下に敷き、簪はその場に残った。

簪は一度海に入ったのだろう、髪や体が濡れている。

体を冷やしたりしないように、簪には俺の上着を着せておく。

なので俺の服装は、上半身はカッターだ。

多少汗をかいても肌を見られないように、厚地の長袖のシャツを着ているから問題は無い。

なお、このシャツは一年を通して着ている。

俺の日常生活には欠かせないものだ。

 

折角の臨海学校、簪には楽しんでほしかったんだが…、その本人は頑なにこの場所を動こうとしない。

梃子でも動かないとはこのことだろう。

たぶんだが、俺が動かない限りは簪も決して動こうとはしないだろう。

仕方ないので、俺は剣術の訓練を積み続ける。

何が楽しいのかは分からないが、簪は俺の動きを見続けている。

以前からそうだった。俺が一人で修練をしていると、簪はそれに見入っていた、それも楽しそうに。

俺が必死になっていたらタイミングを見計らってタオルやドリンクを差し入れてくれた。

それが何処か嬉しかった…ような気がした。

今の俺には昔の俺が理解できない。

あの頃には俺は何を思っていた?

俺は…そんな簪を好きになっていた。

遠回しな告白をした後も、その思いは決して変わらなかった。

ずっと一緒に居たいとさえ思っていた。

なら、その思いは今、どうなっている?

…何も変わらない、あの時から何も変わっていない。

いや、変わっているな。

あのころよりも思いは強くなっている。

その証が左手薬指の指輪だ。

 

それを感じ、俺はどこか安堵していた。

俺はまだ人間でいられたんだ。

どこも皆と変わらない…ちっぽけな…人間なんだ…。

壊れたくない、残り少ないこの心を…失いたくない…!

 

 

 

 

Kanzashi View

 

今、少しだけ…一夏が笑ったように見えた。

それが嬉しかった、本当に久しぶりに一夏の笑顔が見られたことに。

でも、そのすぐ後に、悲しげにも見えた。

何を考えているのかわからない。

何かを思い出しているのかもしれない。

でも、それを聞き出すのは悪い気がしてならなかった。

だから、私はそのまま何も言わずに一夏の剣舞を見続ける事しかできない。

刀が振るわれ、影から繰り出すように振るわれるナイフ。

さらには流れるように蹴りが繰り出される。

その動きは決して止まることはなく、まるで竜巻のようにも思えた。

 

「おりむ~、凄いね~、もう30分以上は動き続けてるよ」

 

「…うん…それにスピードも落ちてない」

 

「それとかんちゃ~ん、そろそろ降りてよ~…」

 

まだお仕置きは終わってないの、だから我慢しなさい。

一夏の剣を見るのが好きだった。

それは更識の道場でも変わらなかった。

一夏は自分で編み出した剣を必死に振るい続けてた。

自分が掲げる目標に少しでも近づこうとして。

それはどこか私とも似ている気がした。

高い場所にいる姉に追い付く。

それを目標として。

私の場合はコンプレックスになってしまっていたけれど、それでも、一夏のお陰で正面から向き合うことができるようになった。

少しずつでもいい、必ず追い付き、そして追い越す事を新しい目標に出来たんだ。

それ以降、私も一夏と試合をした。

勝てた試しは未だに無い。

それだけ一夏は訓練をしている。

一夏が挑むのは、常に自分よりも強い人ばかり。

父さんにお姉ちゃん、それに更識家に仕えている人。

そんな人達に挑み、時には派手に打ち倒され、時には勝ちながら、日々を過ごしていた。

私の送迎をして、勉強をして、それから修行、朝にはバイト、夕方からもバイトもあったけれど、それでも訓練をやめない。

それだけ一夏の目標は遠く、高い。

私には、それを応援し、後ろから押し上げ、時には横に並んで一緒に、正面から引っ張ったりしている。

今はそれが心地よかった。

一緒にいるだけじゃない、対等な関係でお互いを支えあう者として…。

 

「一夏…ずっと一緒に居ようね…」

 

そんな言葉が自然と口から零れていた。

その言葉が聞こえたのか、一夏も頷いてくれているように見えた。

それが嬉しかった。

ずっと…ずっと一緒に居たい、一緒にいて、支え続けたい。

そして、一緒に笑顔で過ごしたい。

私の今の願いはそれだけだった。

 

 

 

Chifuyu View

 

自由時間になってすぐに一夏と更識妹の姿が見えなくなった。

探しに行こうかと思ったが、一緒に居るものだと考え、即座にやめた。

私とて、あの二人の関係を認めている身だ。

婚約を含めての話ではあるが。だが余計な口出しはしない、随分と前に決めていた事だ。

尤も、気掛かりな人間がいるのも確かだ。

 

「こんな所で何を黄昏ているんだ、篠ノ之?」

 

海にそそり立つ断崖にその人間は居た。

生徒の大半が旅館に戻ろうとしているが、こいつだけは、終始この場所に居た。何を思っての事かは分からないが…いや、察しはついている。

明日はこいつの誕生日だ、アイツ…篠ノ之 束 がやってくる可能性がある。

あの人間嫌いの女は、私に一夏、そして妹である篠ノ之 箒 をいたく気に入っている。理由は未だに分からない。

 

「明日、来ると思うか?」

 

「…分かりません…私には…姉さんが…」

 

判らない、か。それとも理解をしようとしていないのか、そのどちらなのかは深くは考えないでおく。コミュ障の人間の思考は分かりにくいことこの上ない。

『察しろ』の一言で相手の考えをすべて否定するような人間だ、特にコイツは。

そして相手が考えたことが自分と違っていたら暴力を振るう、甚だ迷惑だ。

 

「お前の願いは何だ?」

 

「…一夏の隣に立つことです」

 

「『隣に居るだけ』か?」

 

「…!?」

 

「やはり、それ以上の事を考えることを破棄していたのだな。

深く考えない、単純な思考だけを持ち、それを相手に強要する。

更には相手の意思を蔑ろにし、気に入らなければ暴力で訴える。

それがお前のダメな所だ。

一夏がお前の名前を決して呼ぼうとしないのは、お前のそういう点を見抜いているからだ」

これで何も変わらなければ、これ以上、一夏の傍に居させるのも危険すぎる。

速やかにクラスさえ変更させる必要があるだろう。

 

「話は終わりだ、旅館に早急に戻れ、さもなくば命令違反で懲罰だ」

 

「…はい…」

 

「よく考えることだな、お前自身に大きく欠けている物が何なのかを。

一夏はすでに何年も前に見つけ出し、克服したぞ」

 

高すぎる代償こそあったがな…!

 

刀を振るうようになってから、一夏が見つけた自身に『欠けていたもの』

それは『自分以外を守る』意志だ。

最初は自分自身を守る為、そう言ってはいたが、いつの間にか『自分自身を守る』事を忘れるようになっていた。

自分以外の多くを守ろうとするばかりに、自分自身を守れない。

『身の危険』を感じる事が出来ても、『命の危険』には鈍くなっている。

それ故にだろう、自身を守れなくなってしまった。

その結果がドイツでの駐屯地での事件だ。

暴走したVTシステムを相手に、あいつは引くこともせずにを躊躇もせずに戦う事を選んだ。

死の危険に晒される事を何とも思っていない。

それが…感情の一部を…『恐怖』を失った後は顕著になっていた。

 

他者の命を優先する。

自分の命を軽んじている。

『自分以外を守る』事に目覚めて以降、一夏に発生した欠落、それは…

 

 

 

 

Houki View

 

私に欠けている物…それが何なのかは分からない。

千冬さんがあそこまで言ったからには、なにかが有る筈。

なのに私はそれを見いだせないでいた。

一夏は自分に足りないものを見出している。

更には私に欠けている物まで…?

そんなもの、本当にあるのか!?

それを知っているから一夏は多くの人に囲まれているのか?

だからあんなにもヘラヘラとしているのか!?

あいつらが持っていて、私に無いもの…見出したぞ

 

「私に無いものは…『力』だ…!」

 

それも、絶対的に強い力だ、マドカを踏み拉き、メガネの女を打倒し、セシリアを屈服させ、鈴を打ち払い、シャルロットを薙ぎ払い、ラウラを打ち砕き、メルクを叩き潰す。

それが出来て私は一夏の隣に居られるんだ!

私には力が必要だ…誰よりも強い力が!

全てを変えるほどの…最強の力が!

…だが…私の願いは姉さんには届かない、姉さんの助手を名乗る女のせいで!

どうすればいいんだ…!

 

 

 

 

Madoka View

 

食事の時間になり、IS学園の一年生全員が大広間に集まった。

クラス毎に席に座ったり、座布団の上に正座して座ったりしている。

こうやって見てみると、IS学園の一年生だけでもこれだけの人数が居るんだなと実感させられる。

私は兄さんの右隣、兄さんを挟んで反対側には本音が座っている。私の向かい側にはセシリア、兄さんの向かい側にはシャルロット、そして本音の向かい側にはラウラだ。

特にセシリアとシャルロットは他の人をお菓子か何かでその席に座る権利を買収したらしい。

 

「うん、美味しい♪」

 

夕食の内容は海際の旅館ということもあり、海鮮物で膳の上は占められている。

お刺身もそうだし、蟹や、海老もとても美味しい。

 

「ほんわさが使われてるみたいだな」

 

「兄さん『ほんわさ』って?」

 

「ん?ああ、マドカは山葵(わさび)が苦手で全然使わないから知らなくても無理はないか。

市販の山葵は西洋山葵なんかを加えたものが多い。だが、この旅館では、日本の山葵をそのまま使っているんだ。

だから、山葵本来の風味をそのまま感じる事が出来る」

 

そうなんだ、それは知らなかったな…。

 

兄さんは皿の端に盛られている山葵をお刺身に乗せ、醤油に浸してから口に運ぶ。

家でもそうだったけれど、『山葵は醤油に溶かさない』と兄さんは言っている。

なんでも、それが正しい使い方らしい。

だけど私は山葵が苦手だから使わない。

あのツーンと来る感覚がどうにも苦手だった。

家で一度だけ使ってみたけどそれを境にもう使わないと決めている。

 

「一夏って、和風料理には詳しいんだねぇ…」

 

兄さんの真正面に向かい合って座っているシャルロットが兄さんの即席講座を聞いていたらしい。

だが、何を血迷ったのか、山葵の塊をそのまま口に放り込んだ。

 

「ん…!?んんんんんんんんんんん~~~~~~~~~~~~~~~!!!!????」

 

あ~あ、やっちゃった。

山葵の塊をそのまま口に放り込む奴なんて初めて見た。

 

「ふ、風味があって美味しいね…」

 

山葵の味が目から鼻へと突き抜けたらしく、涙目、鼻声でつぶやいているのが微かに聞こえた。

コイツ、優等生の割には結構バカな奴なんだな…。

 

「本音、食べ方が汚すぎるぞ」

 

「こうやって食べたほうがおいしいんだよ~」

 

「ラウラはお刺身には慣れているんだな…」

 

「兄上がドイツに居た頃に時折ではあるが海鮮物を仕入れては食事に用意してくれていたからな。

刺身だとかはそれで平気になっているんだ。

尤も…セシリアは箸が進んでいないようだが」

 

「わ、わたくしは…その…魚を生で食べる機会なんて無くて、その…」

 

刺身が苦手か、勿体無い奴だ。

そういえば…鈴から教えてもらったが、セシリアはほかにも苦手なことが有ったな。

 

「セシリア、正座を続けるのが苦手なら椅子に座れる向こうの席に移ったらどうだ?」

 

「そ、そういうわけにもいきませんわ!」

 

そうそう、あんまり騒ごうとするなよ。

さもないと

 

「やかましい!食事くらい静かに出来んのか!」

 

姉さんが怒鳴り込んでくるからな。

 

なお、私も兄さんもこのタイミングで我関せずの態度に移っていた。

 

 

 

 

Ichika View

 

食事も終わり、俺は割り振られた部屋…というか、即席の寮監室に戻っていた。

どうにも臨海学校の間はここが俺の部屋になるらしい。

無論、寮監である千冬姉と同じ部屋だ。

今更それについてどうこう言う気は無い。

それにマドカも同じ部屋だ、マドカはそれを知るや否や大はしゃぎだ。

それをラウラが羨ましそうに見ていたりする。別に喧嘩になったりはしないと思うが。

そうなった場合、俺が仲裁に入らなければならないのだろうな。

で、今はマドカに手伝ってもらいながら千冬姉にマッサージをしていた。

 

「結構、凝ってるな、千冬姉…!」

 

「それだけ、教職とは大変な仕事という事だ。お前が優秀な成績を収めてくれれば、私の代わりくらいにはなれると思うぞ」

 

「俺は代わり、なんかじゃないっての!」

 

千冬姉のマッサージをしていて思う。

確かに教職は大変なんだろう。

だが、俺にはまだまだ難しい。

そもそも座学は人並み、実践でもまだ勝てない相手が居るだろう。

世界最強の称号を持つ人にはまだまだ届かない。

それを差し置いて教員の真似事なんて出来ない。

言ってしまえば俺はまだまだ未熟者だ。

勝てる相手が居るからと言って、油断は出来ない。

『驕るな、研鑽を積み続けろ』その言葉のままに!

 

「ふぎゃぁっ!?」

 

「ん?」

 

「何をやっているんだ、お前たちは?」

 

部屋と廊下を仕切っていた障子が倒れ、その向こうに居たらしいのは…いつもの面々がトーテムポールのように積み重なって倒れてきた。

上から順に篠ノ之、セシリア、シャルロット、メルク、ラウラ、鈴、可哀想なことにも一番下には簪だ。

 

「お、織斑先生と一夏君の声が聞こえたので…」

 

代表として答えたのはメルクだ。

だが、その間にも

 

「お、重い~、はやくどいて~」

 

簪の悲鳴が木霊していた。

手早く全員を退かせ、そのまま床に正座させる。

その間、千冬姉が妙な視線を向けていたりするが、俺は気にも留めていなかった。

セシリアが正座を苦手としているのは食事時間にも把握していたが、千冬姉はそんな事、知ったことではないと一蹴している。

だが歯向かえば出席簿で豪快にたたかれるので口出しもできない。

『不平があっても不満を言わせない』、それが千冬姉の教師としてのスタイルだ。

だがこの状況はどうするべきか。

 

「一夏、私はこいつらに話しておく事がある。

…この人数だ、更識と一緒に飲み物でも買ってきてくれ」

 

そう言って千円札を渡してくる。

お釣りは自由に使っていい、目でそう語っていた。

だがこの人数の飲み物を買おうものならば、残ったお釣りはせいぜい200円前後だ。

…お釣りは返しておくよ。

しかも千冬姉はすでにビールの缶を冷蔵庫から取り出していた。

説得力が微塵も感じられない…つまみでも買っておこうか。

 

「行こう、簪」

 

「うん、わかった」

 

何を話すつもりなのは知らないが、俺に被害が来ないようにしてくれよ。信頼してるぜ、千冬姉。

 




本日二話目の投稿に相成りました。
のほほんさんにはお仕置き、人間椅子の刑でした。
コレは酷い。
千冬さんは一夏に『現在の欠落』を見抜いている様子でした。
そして箒の欠落も見抜いています。
人を見る目は鋭いようです。
目つきが鋭いのはシャレや酔狂ではありま…ん?
背後から殺気!?
あ、千冬さん、何を振りかぶって…!?
それ、出席簿じゃありませんよね、金属バットですよね!?
いや、ちょっと待っ―――ズガァッ!(強制終了)

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