IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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手元にブラックコーヒーの用意をお勧めします


麗銀輝夜 ~ 指輪 ~

Ichika View

 

水着を購入したその翌日、俺と簪は再びレゾナンスに訪れていた。

『無い物は無い』とまで言い張るこのショッピングセンターの4階のジュエリーショップにて、俺と簪は賞品を物色している。

 

「あんまり派手なものは避けた方が良いかもしれないな」

 

「なら、シンプルな指輪かな?」

 

「だな、それが無難だ」

 

「う~ん…」

 

多分、この買い物は一生の内に一回になるだろう。

互いの未来を約束する誓いの指輪なのだから。

 

「お客様、それではこちらの指輪はいかがでしょうか」

 

店員が見せてくれたのは白金色のペアリング。簪の左手を取り、試しにそれを薬指に通してみる。

サイズは…申し分なさそうだった。

 

「どうかな?」

 

「ああ、よく似合っている」

 

簪は柔らかく微笑みながら、今度は俺の左手を取る。

そして俺の左手薬指に指輪を通した。

グローブは邪魔にはならないようで、少しだけ安堵する。

 

「お似合いです、お客様方」

 

「えへへ…」

 

購入する指輪はこれで決定しても構わないだろう。

金額は…やはり高い。

だが、厳馬師範からの支援金も有るので指輪の購入には事欠かない。

 

「じゃあ、この指輪を購入します」

 

「お買い上げ、誠にありがとうございます」

 

指輪をケースに戻し、ラッピングしてもらう。

商品を受け取り、俺と簪は店を後にした。

 

「指輪はこれで問題無いな」

 

「式場だとか衣装はお父さん達が探してるみたい」

 

「気が早過ぎるだろう」

 

挙式に関してだが、日本国内でするのは辞めておくべきかもしれない。

呼んでもいないパパラッチが来てしまいそうだ。

…式場探しは自分でやるとしよう。それと、簪の為のドレスも俺の手で捜そう。

そればかりは俺の仕事だ。

 

「…こんな事を考えている俺も同類か」

 

「…一夏?」

 

「いや、何でもない」

 

不透明だった未来の一つが見えたのは僥倖だ。

なら、それまでは生きていよう。

それと、もっと頼れる人間なれるように努力しよう。

『絶影流』を受け継ぐ人間は…今は考えるべきでもない。

最悪、更識家の『影踊流』と合わせて吸収してもらおう。

 

「許婚…婚約…結婚…えへへ…」

 

…簪も気が早い…。

まあ、いいか…。悪い事でもないだろうからな。

 

腕を互いに絡ませながら駐輪場にまで歩いていく。その間、簪はずっと笑顔だった。

…眩しい程に。

 

 

それから俺は簪と一緒に書店に入った。

必要だと思う本などは昨日に購入したが、代表候補生になりパスポートまで入手出来たのだから、国境をも越えてみたい。

 

「旅行雑誌?」

 

「ああ、特にこの二つだ」

 

オーストラリアとドイツの観光案内冊子だ。以前から行きたいと思っていた国だ。

それにこの二つの国は、日本の次に信用が出来る。

渡航する際も、そんなに問題は起きないかもしれない。

ドイツはラウラ、オーストラリアにはマドカが居るから、信用性は申し分無いだろう。

パスポートもようやく手に入れたのだから、夏休みにでも使ってみよう。

 

 

 

それにしても…昨日の買い物の後で厳馬師範から呼び出されるとは思ってもみなかった。

 

 

 

「今から、ですか?」

 

『ああ、すまないね。

至急に話したい事があるんだ。

場所は…そうだな…』

 

呼び出されたのは、そう遠くない場所の喫茶店だった。

比較的落ち着いた場所なのが救いか。

窓の外を見てみれば、道路を挟んだ向かい側には『@クルーズ』なる店が見える。

あっちはメイド喫茶のようなので、学生の身で入るのは流石にきつい。

だが、こちらは至ってシンプルだ。

 

俺も簪もコーヒーを注文してから話を始めることにした。

この喫茶店のマスターは仕事が早いのか暇なのか、注文してから2分と待たずにコーヒーを届けてくれる。

 

「それで師範、お話というのは?」

 

「一夏君、簪、君たちは将来の事をどう考えているのかと思ってね」

 

将来、か。

 

「俺は…以前は料理人になってやろうとか、平凡なサラリーマンとかを思い描いていました。

ただ、IS学園に入った以上は、そう言った願望がどんどん薄れていますが。

どのみち、男性IS搭乗者がIS学園を卒業した場合は、引く手があるのかどうかは判りません。

なので、急いで『国家代表候補生』から『国家代表生』や『国家代表選手』にでもならなければ将来の確約はできないかもしれませんね」

 

「簪はどうかね?」

 

「私も一夏と同じかな。

代表候補から代表になれるくらいはしないと…」

 

悪い言い方をしてしまえば、俺も簪も将来に対しての見通しはいまだに不鮮明だ。

ただ、どんな未来になろうとも、俺としては隣に簪が居てほしい。

これだけは…心の中でも強く思っている。

 

「はっはっは…二人とも似たようなものか」

 

「今更でしょう」

 

「当たり前でしょ、お父さん」

 

俺も簪も揃ってコーヒーを飲む。

お互いに使用する角砂糖も同じ数だ。

うん、この店のコーヒーは悪くないな。

 

「そこで、だ。

将来の見通しが不鮮明な君たち二人に朗報だ。

これはすでに千冬君も承知してくれているのだが…君達は、本日を以って『許婚(いいなずけ)』となった」

 

「ぶううううぅぅぅぅっっっ!!!!????」

 

隣に座っている簪が飲んでいる途中のコーヒーをふきだした。

そしてその被害は、真正面に座る厳馬師範に…。

だが流石は師範、慌てる事も無くハンカチで顔を拭いている。

だがとっととその服を洗濯かクリーニングに出しておくべきだろう。

コーヒーは特にシミになったら落ちにくい。

この人はそれが判って…いないんだろうな…使用人に任せてるんだろうし…。

 

「大丈夫か、簪?」

 

「う、うん、もう落ち着いたから」

 

幾度か咽ていたが、ようやく簪も落ち着いた。

それにしても…簪が飲んでいるものを吹き出すのを目撃するのは…つい最近にもあったな。

原因となったのはラウラだったな。

 

それと、IS学園に入学する少し前にも。似たようなことがあった。

その時の原因はマドカだったか。

 

なんで簪の周りには突拍子も無い事を言い出す人間が多いんだか。

…俺も同類だったりするのだろうか?いや、違うと思いたい。

 

「話を戻しますが師範、俺と簪が許婚に…早い話が婚約者、ですか」

 

「うむ、妻も君たち二人の将来を楽しみにしていてね『早く孫の顔が見たい』と言っているほどだ」

 

俺の隣で簪が回復不可能なまでに顔が真っ赤になってしまってますよ。

奥さんも親バカだったな、そういえば…。

 

そして千冬姉も了承済かよ、話が早いにもほどがある。

 

それにしても婚約、か…。

…うん、悪くない。

簪が隣にいてくれるのなら、俺は…。

 

「そこで、一夏君と簪の未来に私は投資しようと思ってね」

 

懐から封筒を一つ取り出し、俺に渡してくる。

…その封筒、コーヒーがシミついててあんまり触れたくないのが本音だ。

なので、紙ナプキン越しに受け取る。

 

「私からの個人的な投資だ。

そのクレジットには一億入っている」

 

「お返しします」

 

「その口座の開錠コードは」

 

人の話聞いていますか?

いや、聞いてない。

この喫茶店に入ってからこの人の独壇場だったような気がする。

千冬姉が師範を苦手としているのはコレが原因かもしれない。

…俺は将来、こんな御仁にならないように気を付けよう。

 

なお、一億もの大金が入ったクレジットだが、そのまま受け取るはめになった。

…使い道に困る金額だ…。

 

 

 

 

話を現在に戻す。

一億もの大金だが、使うのは当面、先の話としておく。

巨大な出費をする際に使わせてもらおう。

だが、さっそく使う時が来た。

それが今回の指輪の購入だ。

シンプルではあるが、プラチナの指輪はいい買い物だった。

 

「ねえ、一夏、さっそく指輪を着けてみようよ!」

 

先ほど試着してみたばかりなのだが…まあ、いいか。

 

ラッピングを剥ぎ取り、小さなケースに収納された指輪を取り出す。

その内の一つを取り出し、簪の左手薬指に通す。

 

「…よく似合っている」

 

「今度は一夏の番」

 

「ああ」

 

今度は簪が俺の左手をつかみ、薬指に指輪を通した。

ペアリングなど付けた事も無いが…。

 

「一夏も、よく似合ってるよ!」

 

「ありがとう、簪」

 

残る問題は幾つもある。

これから先がどうなるのかなんていまだに判らない。

だが、師範のお蔭で未来の一つが見えてきた気がする。

 

「じゃあ、そろそろ学園に戻るか。

今後の事は今後に考えればいいさ」

 

「でも、その前に」

 

「ん?」

 

簪はそのまあ俺の首に細い両手を回し、背伸びをする。

俺の唇は簪の薄い唇によって塞がれた。

そのまま俺も簪の背中に両手を回す。

その体勢がつづいたのも10秒程だった。

離れた時には、簪の顔は真っ赤になっていた。

 

「えへへ、なんだか少しだけ恥ずかしい…」

 

「………」

 

簪は柔らかく微笑んでくれているが、俺は相変わらずだ。

感情など欠片も出てこない。

今はまだ仕方ないのかもしれない。

想像してみる。

 

簪が大人になり、どことも知れない穏やかな場所で暮らしている。

 

その近くには、小さな影が走り回り、そんな様子を見て俺は簪と笑い合っている。

 

…悪くない、それどころかそんな未来があるとするのなら最高じゃなかろうか。

 

なら、そんな未来を目指し…俺が目指す高みに辿り着けるまで歩いて行こう。

 

「誓うよ、必ず辿り着く…」

 

「一夏?」

 

「…いや、なんでもない。行こうか」

 

「うん!」

 

 

 

 

Tabane View

 

いやぁ…束さんも驚きだよ。

いっくんがあの簪ちゃんと婚約関係になっちゃっただなんてね…。

近い将来はそうなるんじゃなかろうかとも思っていたけど、まさかこんなにも早くにそんな関係に至るだなんてね…。

そしていっくん、観光案内の雑誌を手に取っていたけど、束さんにはチラっと見えたよ。

その国の結婚式場の案内が見えてたからね。

簪ちゃんのお父さんと同類になってるよ。

君も十分にせっかち過ぎるから。

簪ちゃんを早く幸せにしてあげたいっていう気持ちは判るけど…。

 

「いっくん…君は将来は親バカにならなければいいな、なんて心配しちゃうよ…」

 

今度あったら婚約おめでとう!とか言ってあげよう!

 

「え~っと、アレは…あったあった!」

 

いっくんが受け取ったらしい大金が入った口座を発見し、私からの将来への投資として私も一億を振り込んでおいた。

 

 

 

Tatenashi View

 

 

屋敷に戻ってすぐ、に父さんの様子に辟易された…。

その部屋の中はおびただしい雑誌が無造作に散らばって…というか、埋め尽くされていた。

 

「父さん、どうするのよ、この雑誌…」

 

更識家の大広間は、雑誌によって床が埋め尽くされている。

それも結婚式場だとか高級ホテルだとか、新婚旅行の案内だとか。

この部屋に入ってそれを熱心に眺めているその様子に流石に私もドン引きさせられた。

一夏君と簪ちゃんが婚約関係になったのは知っているけれど、これは…

 

「気が早すぎるわね…ねえ、母さんも父さんに何か…言って…」

 

…母さんも同類だった。

母さんまで雑誌にものすごい集中をしている。

 

「え…?マトモなのは私だけ?私だけはマトモなのよね?

そうよね、虚ちゃん!?」

 

「…………」

 

なんで目を背けるのよ!?

お願いだから何か言って!

 

 

 

 

Chifuyu View

 

頭が痛い。

時刻は夕刻、おそらく昨日の今頃には厳馬師範が何らかの手段を以ってして一夏と更識簪の関係の進展を伝えた頃合いだろう。

そのせいか、あの二人は今日も朝から外出をしている。

どこに出かけたのかは知らないが、私としては頭の痛む話だ。

と言っても…一夏が選んだ女なのだから私が邪険にする事も出来ない。

更には厳馬師範の事を尊敬しているようなので、こちらも些末に扱えない。

 

とは言え、あの二人の関係は、当の本人が決める事だろう。

私がとやかく言うのもここら辺で終わりなのかもしれないな。

 

「今年は忙しい年だ…」

 

私としてはこの教職の仕事にも(いとま)がほしいものだ。

 




こんにちは、本日二度目の投稿です。
臨海学校にはまだ届かない。
なのに60話をオーバーしているという始末でした。
もう今回は…濃い方々も登場していました。
お嬢様、『スルーもツッコミの内』って言葉は知っていますか?

そして簪ちゃんが少しだけ大胆になりました。

それではまた次回、後日にお会いしましょう!
朝は寒くて布団が恋しいレインスカイの提供でお送りいたしました。

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