Ichika View
シャルロットの性別詐称が判明してから三日が経った。
『シャルル・デュノア』は『シャルロット・アイリス』として転入し直した。
デュノア社には、警察と国際IS委員会の強制捜査が入り、デュノア社総帥婦人は逮捕された。
世の中に居る『女尊男卑主義団体』を裏から操っていた黒幕だったとか。
なお、シャルロットに命令していた『織斑一夏殺害』『白式強奪』等の証拠も見付かり、極刑は免れない。
総帥は、婦人が盛っていた薬物の影響で今は入院中。
総帥とフランス政府の命令により、シャルロットは『国家代表候補生』のままでいられるようだ。
まあ、シャルロットは旧姓を名乗るようにはなったが、親父さんとは家族としては辛うじて繋がっているらしい。
「…朝からご機嫌だな、シャルロット…」
「えへへ、そうかな…」
そして一週間が経過した。シャルロットは朝から妙に笑顔が増えている。
ちょっと不気味だ。卒業後にはどうなるかは未だに分からないが、在学期間中は精一杯楽しむつもりでいるとか何とか。
明確な目標が見つかっているのかはわからないが、そこに俺が踏み入って行くべきではない。
あくまで個人の問題だ。
「まあ、いいか」
早朝訓練から帰ってくるなりにこれだ。まあ、気にならなくなったが。俺からすればシャルロットよりも簪の笑顔が上だ。
シャワーを浴びて出てからも、笑顔は止まらない。
「それより、荷物はまとめて終わったのか?たった数日だったが、ある程度は荷解きしていたんだろ?」
「一夏が早朝訓練に行ってる間にまとめて終わったよ。本当はもう少し一緒の部屋で過ごしたかったんだけど、一夏はどうだった?」
「転入してくるよりも前から疑っていたからな、楽しいと思う時間が無かった、と言うのが正しいだろうな。だが…悪くはなかった、そんな気がする」
「えへへ、そっか」
また妙な笑顔を浮かべる。もう少し用心すべきか。
「だがそれも今日かぎりで終わりだ。ラウラの事を頼んだぞ」
「一夏ってば、すっかりラウラのお兄さんみたいだね」
兄上と呼ばれ続けていたからかもしれない。
だが、俺はシスコンじゃない。それだけは断言する。
「い~ちか~!」
「兄さん、朝食一緒に行こう!」
「シャルロットも居るのだろう!一緒に行くぞ!」
「早く準備しなさいよ!」
「もう少し待ってましょうか?」
「お早めにしてくださいな」
簪、マドカ、ラウラ、鈴、メルク、セシリアの順番に御呼び立てのようだ。
「だそうだ、行くぜ」
「は~い!」
いい返事だった。
朝食を終わらせてから、休日の為、訓練に費やす。各自、手の内を見せないようにする為にも別々のアリーナに散開する。
俺は第9アリーナだ。
今日の訓練内容は、高速戦闘だ。空中に展開した仮想ターゲットを次々に叩き斬る。更に続けて蹴り砕く。流れるような動作で双刀を連結して六条氷華を展開して、ターゲットを撃ち抜く。その全てを極力短い時間で素早く行う。
「もっと…もっと速く…!」
誰も辿り着けない場所へ…
誰も追いつけない速さで…!
全ての太刀筋を居合をも上回るスピードで…!
「まだだ、もっと速くだ…」
「一旦休憩しなさい」
楯無さんにストップが入れられた。
今日もこの人を教官に訓練をしている。
この人は、俺の反応が遅れやすい場所にばかりターゲットを配置する。
俺の欠点が分かりやすい訓練だ。
「なかなかに反応が早くなってきているわね。
ハイパーセンサーを充分に使いこなせているわ、うん」
「目標に近付けてますか、俺は…?」
「ええ、確かにね」
「…訓練を続けます、仮想ターゲットの操作を頼みます」
用意していたドリンクを半分飲み、ボックスに入れ直す。
そして白式を飛翔させる。雪片弐型と雪華を抜刀する。
「頑張る男の子の姿は素敵よ♪
その勢いで将来は簪ちゃんをお願いしちゃうわ。
じゃあ、訓練スタート!」
仮想ターゲットが次々に展開される。
一度深呼吸をする。
「…よし、行くぞ白式、雪片弐型、雪華」
ターゲットは…87個。さあ、始めるぞ!
訓練が終わったのは、夕方だった。俺は昼食をすっぽかしていたらしい。それすら気付かなかった。
「一夏、お疲れ様…」
「ありがとな…簪…」
今日ばかりは疲労困憊だった。
「お茶、用意しますね」
簪とも最近は仲良しになっているメルクも、俺の部屋へ訪れる事がある。
敬語を使用し続けているのは、日本語を習い始めた頃からの癖になっているとか。この話し方をされると、弾の妹である蘭を思い出す。
「どうぞ、簪さんも」
「サンキュ、メルク」
「わざわざありがとう…ふぅ、落ち着く…」
メルクも、IS学園に入学してからは紅茶派から緑茶派に変わったとか。
今では日本各地のお茶を網羅しようとしている。外国人の趣味って、よく分からない。
どうやら今日は玄米茶のようだ。…渋いな。
「そういえば、今度のトーナメントですが、『個人』ではなく『タッグマッチ』に変更されるらしいですよ」
「え?タッグマッチ?」
つまり2VS2での対戦、というわけか。ソロで戦うつもり満々だったが、なんで今になってルールが変更になったんだとか。
なお、俺とラウラ、さらにはシャルロットはそれを事前に知っていた。
現在、シャルロットとラウラはコンビを組んで逸早く連携訓練に勤しんでいる。
シャルロットの専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は第二世代機だが、本人のカスタマイズと技量によって元来のラファール・リヴァイヴよりもハイスペックな使用になっているらしい。
ラウラの専用機は言わずもがな『シュヴァルツェア・レーゲン』だ。
二年前に組み上げられた機体だが、世間に公表していなかったため、最近ロールアウトされたものだとか言われている。
明日からは連携訓練も必要になるか…だが、誰とだ?
「簪は誰かと組んだのか?」
「私はマドカと組んだよ」
うおぅ、射撃&砲撃の鬼ようなコンビだな。連携を組まれたら接近するのも難しそうだ。俺の機体、白式はピーキーだし、組んでくれる人は居るのだろうか。
「あ、あの、一夏君、よろしければ私と組んでいただけませんか!?」
心配は一瞬で吹き飛んだ。申請をしてくれる人が目の前に居たからだ。
想像してみよう。
白式は、全てのISの中で機動性はトップクラスだ。そして、メルクのテンペスタ・ミーティオも白式と同等の機動性を誇る。学園内最速コンビの完成だ。
それに戦闘訓練だって、一緒にやった。連携訓練とて、メルクとやっていた。あの楯無さんを相手にしてだ。
模擬戦もだ、これは丁度良さそうだ。ここからは普段の訓練の延長線上だと思えば多少ノルマを挙げても問題は無さそうだ。
「最速タッグ、か…俺が相棒で何処まで行けるかは分からないけど、よろしく頼むぜ、パートナー!」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
早速、部屋のパソコンを使い、学園内ネットワークを経由してタッグの登録を行った。
学園内最速機タッグ、何処まで昇れるかな。
それでも、目指すは優勝だ。
「よし、タッグ登録完了だ。
このまま食堂に行って晩飯にしようぜ」
キュルル~
声の代わりにメルクの腹の虫が返事を返すのだった。本人は真っ赤になっていたが。
簪はツボにはまったらしく、爆笑してる。
どうやって収拾つけたらいいんだよ…。
「あ、兄さん居た居た!」
部屋から出た所でマドカが駆け寄ってくる。マドカを挟むようにしてラウラとシャルロットも居る。
「三人とも、これから晩飯か?」
「そうだよ。
訓練ばかりしててすっかりお腹すいちゃったよ」
「うむ、あまり人が混まない内に食堂に向かうべきだな。
私も空腹だ、久しぶりに兄上の料理を食べたいくらいだ」
まあ、それは別の機会にしてくれよ。時期的には…
「トーナメントが終わってからだな。
それから料理を作ってやるよ。
そうだな…和風料理を色々と作るかな」
「和風料理…」
ドイツに居た頃には、ラウラは俺の料理を食べていた時期も有ったが、入手出来る材料の都合により和風料理なんて出来なかった。
なので、ラウラは現在…凄まじい期待を込めた目を向けてきている。まあ、いいけどさ。
「和風料理かぁ…僕もちょっと楽しみかも…」
お客さんが一人増えたようだった。
「ちょっと大変だな。簪、マドカ、その時にはサポートを頼むぜ」
「うん、分かった」
「私が居れば百人力だ!」
気合いを入れすぎているマドカだった。
食堂は思った以上に人が来ていた。騒がしい…訳ではなく、どうやら何かお互いに牽制をしている。
視線がぶつかりあっているのは…何が原因なのやら。
「あ、織斑君が来た!」
「織斑く~ん!」
「今度のトーナメント!」
「タッグ登録して~!」
…原因は俺だったようだ。
食堂全体の女子が集まるわ集まるわ…。待機していたのか机の下から、更には天井の通風孔から、厨房の中からも女子が飛び出してくる。昨今の世の中、忍者を目にする機会が有ろうとは思ってもみなかった…。
「一夏~!アタシとタッグ組みなさい!」
鈴に至っては、窓から飛び込み
「是非とも、わたくしとタッグ登録を!」
セシリアは廊下を全力疾走までしている。
「…なんでこうなった…」
「唯一の男子だからだと思うよ…」
シャルロットの言葉は尤もだった。
俺はマスコットじゃないんだぞ…。
「すまないんだが…俺は既にタッグ登録をしているんだ」
「もう組んでるの!?誰とよ!?」
「わ、私です!」
「イタリアの代表候補生ちゃん!?」
「オワタ…専用機タッグとか…」
「専用機持ちって羨ましい…」
「訓練機でやるしかないか…」
諦める人が大多数だった。タッグ登録もだが、トーナメントまで。ネガティブ過ぎると思う。
「セシリア、私と組んでくれない?」
「ええ、良いですわよ鈴さん」
更に目の前で専用機タッグが結成された。鈴とセシリアのタッグが。
前衛と後衛がはっきりと別れてるな、この二人は。
ともかく、これにて一年生の専用機持ち全員がタッグを組んだのだった。これからは連携訓練が大変になりそうだな。
Houki View
好機が巡ってきた。今度の学年別トーナメントが個人戦ではなく、タッグ戦に変更されると知り、私は相手となる者を捜していた。
タッグを組むのなら、もっとも勝率の高い者と組むべきだ。
勝率の高い者、それは一夏を於いて他には居ない。
他の専用機持ちよりも、絶対に強い。
「そうだ、一夏とさえ組めば、あの女とて…」
先日、ラウラとかいう奴に惨敗した。模擬戦の途中から、奴は砲や、腕の装甲の展開を解除していた。
私は打鉄で対戦したが、それでも勝てなかった。当たり前だ、そもそも訓練機と専用機では性能が違い過ぎるんだ。だが一夏と組めば必ず勝てる。幼なじみの私が言うのだから間違いない!
此処で私が一夏とタッグを組めば、他の女から隔絶させるのも容易い。その上で私が一夏を誤った道から更正させてやる!
「あそこか!」
食堂の入口から、女子生徒が大勢出て来る。あの様子だと一夏とタッグを組めなかったと見た!
当たり前だ!一夏は私と組むつもりでいるんだ!
「一夏ぁっ!」
食堂には一夏が居た。それも何人もの女に囲まれてヘラヘラしおって情けない!
「…なんだ、篠ノ之か…」
一夏は冷たい目を私に向けてくる。それが気に入らない、そこも含めて更正させてやる!
「今度のトーナメント、私とタッグを組め!」
「間に合ってる、俺は既にタッグ登録を終えている。他をあたれ」
…な…もう組んでいるだと!?
ふざけるな!幼なじみの私を差し置いて誰と組んだと言うんだ!
「さてと、今日の晩飯は何にするかな、と」
「待て!一夏!
今からでも遅くない!
私と組み直せ!
いい加減に間違いに気付け!」
「間違いって何ですか!」
一夏の傍に居た女が急に叫びだす。こいつか、一夏とタッグを組んだ女は!
Melk View
いきなりなんですかこの人は!
私とは完全に初対面なのに、一夏君のタッグパートナーが私だと判明した途端になんで睨んでくるんですか!
そもそも私を『間違い』って…!なんのつもりですか!
「一夏君、私、この人嫌いです!」
「メルクもメルクでまた凄い切り返しだな。
トーナメントでのタッグパートナーだからってそんな情報まで共有しようとしなくていいと思うぞ」
それは!そうですけど…
私としては一夏君が間違いを犯しているだなんて思えません!
入学したばかりの頃、初対面でも握手をしてくれましたし、ここ暫くは私の訓練にも付き合ってくれています!
その延長線上だったとしても私とタッグ結成に悪い顔一つせずに了承してくれたのに、それを『間違い』だなんて言うなんて、それこそ大きな間違いだと思います!
Ichika View
随分な物言いだな、こいつは。まあ、何も感じないけど。
俺はメルクを落ち着かせるよりも前に、食券を購入しようと券売機を眺める。
今日の晩飯は…チキンカレーセットにするか、味は好みの中辛だ。
付け合わせにはサラダとスープが一緒になっている。俺はそれを注文すると、マドカも同じものを注文する。
「メルク、落ち着け。
これ以上は問題行動に繋がり兼ねない。
どの道、タッグ登録は変更するつもりは無いんだ。
これ以上篠ノ之との口論は時間の無駄だ」
「は、はい!」
「簪、マドカ、ラウラ、シャルロット、セシリア、鈴、お前らもだ。
ちょっと頭を冷やせ。
ついでに言うと通行の邪魔になるぞ」
そもそも券売機の前なんだ。迫力に圧されて他の生徒が戦慄しているが邪魔になっているのは間違いない。
「一夏がそう言うなら」
簪が真っ先に頭を冷やし
「分かった」
マドカも券売機の前から離れる。
「むむむ…」
メルクは納得出来ていないようだが、口を閉ざし
「兄上の判断に任せる」
ラウラも軍人らしくポーカーフェイスを取り戻す
「ううぅ~!…ふんっ!」
鈴も牙を納める
「まあ、過ぎた話ですわよね」
セシリアも食券の購入を始める
「まあ、セシリアの言う通り、終わった話だよね」
シャルロットも冷静になったようだ。
全員冷静になるのが早くて助かる。
それじゃあ、空いてる席は、と…
「おりむ~!こっちが空いてるよ~!」
のほほんさんが手を振っているのが見える。少しお邪魔させてもらうか。
「一夏!人の話を聞けぇっ!」
五月蠅いな…、周囲の生徒に迷惑だろう…
晩飯を終えてから俺は部屋に戻った。
食堂での食事中、やたらと喧しいのが原因で篠ノ之は追い出された、だがその直前まで喚き続け、折角のチキンカレーの味も、よく分からなかった。
シャワーを終えてから、隣室の簪、下の階からマドカがやって来ていた。
「今日はお泊り会だ!」とマドカ&簪ペアがやる気を出していた為、俺は受諾した。
明日は日曜日、楯無さんとの訓練では、メルクとの連携訓練になる。
トーナメントでの上位入賞、叶うのなら優勝を目指して研鑽を積むとしよう。
ドン!ドン!
扉を叩く…というか、殴る音が聞こえてくる。
こんな夜更けに傍迷惑な…
部屋の中に居る人間がいてもたたき起こすつもり満々だな…。
「誰か来たみたいだな」
こんな時間に誰なんだか。
「一夏、私だ」
篠ノ之だった。まだ文句を言い足りなかったのか?
そもそも俺は応対するような返事などしてもいない。
無視しようとしたが繰り返しドアを殴ってくる。傍迷惑、そして近所迷惑だ。
ドアにはキーロックがかかっている。篠ノ之に開けられる訳もない。
部屋に入れてしまえばマドカと簪をも巻き込んで諍いになる。これは予感ではなく、確信だ。
「何の用だ?」
「入れてもらって良いだろうか?」
良くない。マドカと簪も両手で『バツ』を作っている。仲が良いよな、この二人。
「こっちはもう寝るんだ、用件はそこから手短に言ってくれ」
「な、何故だ!?」
言ったばかりだろ。どうでもいいが、早く用件を言え。
「この前の話の続きをしたい。
今度は覚えているか?」
「知らない、何か言っていたか?」
「…何故覚えていないんだ…!私は決死の覚悟だったのに…」
部屋の前からブツブツと呟く声が。何を言っているのかは聞き取れない。
「用件は終わったか?」
「ま、待て!まだこれからだ!」
終わってないのかよ…手短にしろよ…。
「あの時とは言い方は変わってしまったが…今度の学年別トーナメントで私が優勝したら…私と!付き合ってもらう!」
廊下で大声で叫んだ直後、走り去っていくのが聞こえた。…人の返答も聞かずに言い逃げかよ。
相変わらず傍迷惑な…
「に、兄さん!か、簪が!」
「…ん?んん?」
俯き、顔が前髪に隠れているが、目が爛々と光っているように見えた。
凄ぇ、こんな簪は初めて見たかも。
「篠ノ之 箒…ふふふ…私から一夏を奪おうとするなんていい度胸…トーナメントでぶつかったら叩き潰してやるんだから…」
「あ、あわわ…あわわわわわわわわ…」
余程恐怖したのか、ベッドに入ってからもマドカは震え続けていた。
当の本人である簪は、何も無かったようにグッスリと眠っていたにも関わらず。
…お前ら、それでタッグとしてやっていけるのかよ。
今回は周囲の女子が活動的でした。
机の下や、通風孔、さらには厨房から飛び出し、セシリアは廊下を全力疾走。
鈴ちゃんは窓から飛び込んできています。何やってんの、と言いたくなるような忍者ガールズでした。
そして専用機所有者は、専用機所有者同士でダッグ結成です。
一夏 &メルク
『白式』『テンペスタ・ミーティオ』
簪 &マドカ
『打鉄弐式』『サイレント・ゼフィルス』
鈴 &セシリア
『甲龍』『ブルー・ティアーズ』
ラウラ&シャルロット
『シュバルツェア・レーゲン』『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』
一年生の部では…他の一般生徒達には勝機が失われているような…。
一般生徒の皆、ホントにごめんよ。
では、また後日に!