IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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これにて原作1巻は終了です。


災厄招雷 ~ 聖約 ~

Ichika View

 

 

早朝に目が覚め、体を起こした。

右腕には、変わらず簪の姿。

気のせいだろうか、目元が少し赤い。

 

「もう少し、寝させておこう」

 

昨日は色々と有ったんだ。

それに今日は休日だ。

そっとしておこう。

 

素早く着替え『ダブル』を抱える。

書き置きを机の上に用意してから、俺は部屋を後にした。

向かうは、いつもように修練場へと足を向けた。

 

 

「おはよう、一夏…君…?」

 

「おはようございます、楯無さん」

 

さて、時間はいつもの通りだ。

早速始めよう。

バルムンクとナイフを構え、視線を前へと向けた。

 

「どうしました?」

 

「今日は辞めにしましょう」

 

「何故ですか?」

 

「何故かしら、君の様子がいつもと同じだからよ。

あれだけの事があったのに、何も変わらずに居るのに驚いちゃってね」

 

変わらない?

それはそれで良いと思うのだが…?

 

「…一夏君、ちょっと生徒会室に来てもらえるかしら?

見てもらいたいものが有るのよ」

 

 

 

 

 

 

所変わって生徒会室。

小さい部屋に大量の書類が積み重なっている…そんなイメージが有ったが、この学園の生徒会室はそんな事は無かった。

至ってシンプルな部屋で、綺麗に片付いている。

 

「で、俺に見せたいものとは?」

 

「これよ」

 

部屋のカーテンが閉ざされ、部屋が暗くなる。

そして壁面に映し出される映像。

 

「これは…昨日のトーナメントの映像?」

 

だが、音声は無い。

あくまで映像だけ。

 

「問題は、この先よ」

 

「この先って…楯無さん、箝口令の範囲…」

 

無人機襲撃が行われる瞬間が映る。

 

 

「大丈夫、許可は取ってあるわ。

貴方に見てもらいたいのは、ここから更に先よ!」

 

映像は続く。

六条氷華による射撃で外壁に穴が開く。

そして…銃口を向けられ、映像に映る俺が発作を起こす。

そのまま撃墜され、地上へ落下、白式の展開が解除された。

 

「見ていて気分のいいものじゃありませんね」

 

「目を反らさないで」

 

すみませんでしたね。

 

 

映像は続く。

問題となる瞬間が映った。

雷だ。それも、黒い雷。

俺は、それをどこかで見たような気がした。

けど、何処だったかを思い出せない。

 

そして…映像の中で、俺が立ち上がっていた。

 

「これは…?何が起きて…?」

 

左手を突き出し、右手を添える。

俺の口元が動く。

 

『展開』、と呟く。

 

現れたのは…黒い龍だった。

それも、全身装甲の機体だった。

そして龍が暴れ狂い始めた。

襲撃者に向け、無限の刃と雷を落とす。

アリーナのフィールドが刃に埋め尽くされる。

襲撃者は刃に覆われ、針鼠のようだ。

それでも龍は暴れるのを辞めなかった。

次に標的になったのは鈴だった。

目にも止まらない…人間の視覚でも捕らえきれないスピードで鈴に攻撃を超連続で叩き込んでいく。

 

「映像の確認はこれでいいわ。

それで一夏君、あの機体について何が知ってるかしら?」

 

「…知りません、あんな機体は見た事もありません。

俺なんかより、情報なら更織家の十八番じゃありませんか?」

 

「確認してないと思う?」

 

ですよね、昨日の取り調べの後、やたらと早く退席していたのは、情報を集める為だったのか。

だが、『更織家でも情報を入手出来なかった』のか?

 

「それに、鈴ちゃんに攻撃している瞬間を見なさい」

 

超連続での攻撃、その瞬間…何か強い光を発している。

ISから発する強い光、これは『単一仕様能力』の光ではないのか?

 

「単一仕様能力を発動出来る機体は、数が絞られる…筈だった。

けど、全世界のカタログスペックにも、あんな機体も、単一仕様能力も、ましてや無限に兵装を作り出す能力も、存在しない事が分かったわ」

 

「なら、あれは何ですか?

俺は撃墜されてから何一つ覚えが無い。

何も記憶が無いんですよ」

 

「此処から先は私の仮説よ。

一夏君、貴方の体には…待機形態のISが埋め込まれているんじゃないかしら?

例えば…その左手に」

 

楯無さんの視線が俺の左手に突き刺さる。

手袋の中は、限られた人のみ見ている。

千冬姉と…とある事故…というか、不可抗力ではあるのだが、更識家で厄介になっていたころ、簪に一度見られている。

だが、俺自身は見る勇気が無かった。

だから、楯無さんの視線から、左手を隠すしか出来ない。

 

「…あくまで仮説よ、見せたくないなら、見せなくて良いわ」

 

「そうしてもらえると助かります」

 

「でも、これだけは教えて」

 

視線は既に明後日の方向に向けられていた。

見るつもりが無いというのは本当らしいが…。

 

「俺に答えられる事であれば」

 

「簡単な事よ。

一夏君は、今でも簪ちゃんのこと、好きなの?」

 

それは当たり前の問いだった。

だから俺は当然のように答える。

 

「好きですよ、誰よりも簪のことが。

今までも、これからも。

感情を失ってしまいましたが、その思いだけは今も変わらず持っています」

 

「…その答えを聞けたら満足よ。

例え、感情を失ったとしても、その心だけは失わないで。

簪ちゃんも、貴方の事が誰よりも好きだから、一夏君が居なくなったら泣いてしまうかもしれないわ」

 

もう、泣いていましたよ。

昨晩の内に簪も痛い程に実感してしまっているんだろう。

俺から『感情』が失われてしまった事を。

 

もしも…そう、もしも、あの機体をまたも展開してしまった時には、次に俺は何を失ってしまうのだろうか。

四肢か?心か?臓腑か?記憶か?

それとも…命だろうか?

何故失うのかも分からない。

その答えは…

 

「失礼しました」

 

「一夏君、簪ちゃんをよろしく頼むわね」

 

「承知しています」

 

どこか震えたような声を背にして俺は生徒会室を後にした。

 

「…お前は…いったい何なんだ…?」

 

左手を見下ろしながら、俺は呟くが、流れる風に掻き消された。

 

 

 

 

PRRRRRR!

 

生徒会室を後にしてすぐに、携帯電話が鳴り始める。

画面を確認すると…予想外にも束さんからだった。

こんな早朝から何の用だろうか。

 

『もすもすマンモス~!

世界のアイドル、束さんで~す!』

 

「何の用です?」

 

朝っぱらからテンションがやたらと高いな。

別に何とも思わないが。

なお、この人は何処から電話をしてきているのだろうか、国際電話になっていたら、通話代とか馬鹿にならない。

 

『…いっくん、束さんには全部理解出来てるよ。

白式以外の機体を展開したんだよね。

その左手の機体を』

 

「…なんで知っているんですか」

 

『本当はね、いっくんがIS学園に入学するよりも前に知っていたの。

あの日、いっくんの家で遭遇した日に、ね』

 

あの日に…?

確か、俺は家の掃除をしようと思ってたんだよな…。で、家に到着すると束さんが居た、と。

 

『掃除用のマシンでね、実はいっくんをスキャンしたの。

そうしたら左手からISの反応を探知しちゃったの。

本当は何とかしたかったけど、私でも無理そうだから…』

 

「そうでしたか…。やっぱりこれはISだったんですね。

束さんの予想通り、展開してしまいました。

記憶は有りませんが。

人の体を操って稼動するだなんて、欠陥を通り越して失敗作に思えますよ」

 

『うん、そうだね。

私の究極の傑作にして、失敗作。

だから機能を封じて、封印してた…筈だったの』

 

それをどこかの誰かが発見し、俺の体に埋め込んだ、か。

おかげで俺はPTSDを負い、十字架を体に埋め込まれ、発作を起こし、感情を失い…記憶の中の俺は散々だな…。

 

『いっくん、その機体は展開しちゃ駄目。

今度は何を失うのか、束さんにも予想が出来ないから』

 

「今回だって望んで展開したわけじゃないです。

それに…大切な人を傷付けたくないですから」

 

そうだ、簪への思いだけは失いたくない。

千冬姉やマドカだって大切なんだ!

だから、捨てたくない。

 

『束さんが味方だから大丈夫!』

 

「果てしなく不安ですよ」

 

通話はそこで終わった。

時間は、まだ5時を少し回っただけ。

時間をどうやって潰そうか。

 

 

 

 

Tabane View

 

私は焦っていた。

いっくんの左手に埋め込まれたISコアは、確かに私が作ったもの。

全てのISの果てに存在する、完成を上回る『完了』型。

私の理想の果てに存在するもの。

その為に必要なコアだった。

私が作り上げたコアの中でも、ありとあらゆる法則…私が作り出した理論や法則にも唯一捕らわれない、何よりも『自由』を象徴するコア。

けれど、あまりにも危険過ぎる故に封印した。

 

だから、『コアは存在するけれど機体は存在しない』

 

…筈だった。

 

それに、あのコアの存在は私しか知らない。

…なのに何故?それに…無人機である『ゴーレム』を奪っていったのは…

その可能性があるのは…

 

「『亡国機業』…!」

 

対処しないといけない。

いっくんを守る為にも…

 

 

 

 

 

 

Ichika View

 

あれから数日経った。

例によって例の如く、篠ノ之の謹慎処分は三日に短縮されてしまった。

なので、篠ノ之は今は何もなかったかのように平然と通学をするのだろう。

俺は極力関わらないように、毎日窓から飛び出すように心掛けよう。

政府はやはり、束さんに萎縮しているらしい。

国際IS委員会も同様だ。

 

俺の左手に埋め込まれているISだが、名称として『黒翼天』と名付けられた。

命名したのは簪だ。

なお、該当世代は『第三世代』としている。束さんが言うには常識外れの『第十三世代』との事らしいが…。

なお、千冬姉や楯無さんの監視下にて展開を命令してもウンともスンとも反応はしない。

理由は不明だ。

俺としては展開なんざやりたくないのだが。

 

修練場で一度深呼吸をする。

今日は簪とマドカも見に来ていた。

簪は何やら興味津々と言った様子だ。

 

「…やるか…」

 

「かかってらっしゃい」

 

修練場にて『ダブル』を両手に持ち、構える。

軽い跳躍を繰り返す。

このステップも含め、俺の構えだ。

逆手に握ったナイフを振るい、続けてバルムンクを振るう。

振るうのは『ダブル』だけじゃない。

クラス対抗戦の時に鈴と戦ったように、足技も使う。

回し蹴り、多段蹴り、時には振り上げるように、続けて踵落とし。

多種の蹴りを『ダブル』の太刀筋に合わせ、流れるように繰り出す。

 

「やっているようだな、一夏」

 

「千冬ね…じゃなくて、織斑先生」

 

修練場に入ってきたのは千冬姉だった。

 

 

「今は授業中ではない、気軽に振る舞って構わん。

どれ、久しぶりに私が相手をしてやろう。

更織、代われ」

 

「はいは~い、了解で~す」

 

千冬姉も刀を抜く。

あれは真剣だ。ドイツ軍駐屯地以来に見る。

綺麗な刀だ。

典型的な日本刀、だが千冬姉が扱えばそれがどれだけのものになるやら。

 

「では、始めるぞ」

 

「ああ、そうだな」

 

同時に床を蹴る。

千冬姉の刀は横薙ぎに振るわれる。

バルムンクを逆手に握り、床に突き立て刀を無理矢理止める。

ギャリィン!と凄まじい金属音が鳴り響く。

その音が響く瞬間には、逆手に握ったナイフで殴るように振るう。

当然、これは避けられる。

それどころか、胸倉を捕まれ、床に投げ倒された。

試合開始から3秒の光景だった。

 

「なかなかに危なかったぞ」

 

「余裕であしらわれても説得力無いと思うぞ」

 

視線は修練場の天井に向いている。

まだ届かない、か。

 

「だが、あの頃と比べればかなり腕をあげたな。

目標まで近付いている、と言っておこう」

 

「そう、かな」

 

起き上がる。手足は…充分に動く。痛みは有るが、軽いものだ。

 

「一夏、大丈夫?」

 

「ああ、平気だ」

 

心配して寄ってくる簪の頭を優しく撫でる。

此処で少しでも笑えたら、安心させられたのかもしれない。

でも、今の俺にはそれすら出来ない。

 

「千冬姉、もう一本頼む」

 

「良いだろう、構えろ。

だが、今度は様子見は無しにしろよ」

 

バレてたか。

 

もう一度、刀とナイフを構える。

さて、仕切直しだ。

 

 

 

 

 

Madoka View

 

兄さんと姉さんの試合を見て、私も強くなりたいとさえ思ってきた。

最初こそ一蹴されていたけど、二度目から兄さんは姉さんと同等に渡り合って見えた。

右手の刀と左手のナイフが振るわれ、流れるように兄さんが蹴りを繰り出す。

 

「一夏君、頑張ってるわね」

 

「そうだな…兄さん…きっと必死なんだ」

 

兄さんは感情を失ってしまっている。

あの時に…あんな事にならなければ…そんな風に思えてしまう。

 

「なあ、簪。兄さんは…」

 

「うん、分かってる。

一夏は、私が支えるから」

 

「私もね」

 

兄さんは、表情を無理矢理にでもなければ作れない。それが寂しかった。

 

「あいつだけは…兄さんに近寄らせないようにしないと…」

 

篠ノ之 箒、お前だけは兄さんには近付けさせない!

 

「で、その箒ちゃんだけど、今日には謹慎が解かれるのよね。

近日中に来る転入生の事も含め、一夏君はトラブルに巻き込まれやすいわね…本人としては不可抗力だろうけど」

 

「兄さん…」

 

「一夏…」

 

なんで兄さんばかりなんだろう。

ちょっと可哀相だ。

その分、私が兄さんを守れるようにならないと。

それと、簪の事も。

 

 

Ichika View

 

稽古が終わった後は各自のISの修復だった。

整備課の皆さん方は大忙し、俺は前回以上に走り回っていた。

整備する機体は

『白式』

『甲龍』

『ブルー・ティアーズ』

『サイレント・ゼフィルス』

『打鉄弐式』

以上5機

それだけに物資や資材を備品庫だけでなく機材庫にも行ったり来たり。

白式は特に損傷が酷いので、態々倉持技研の開発スタッフにまで来てもらっている。

 

少しは休ませてほしいが、今日ばかりはそんな事を言える筈も無い。

なにせ俺の機体と、俺が壊した機体だ。

で、終わった頃には。

疲労困憊だ。

汗びっしょりだが、着替えるのは部屋に戻ってからだ。

 

「お疲れ様、一夏」

 

「ああ、ありがとな簪」

 

簪が渡してくれるスポーツドリンクを少しずつ飲む。

機体の修理も終わったが、時間はすっかりお昼を過ぎていた。

やれやれ、自宅に向かおうと思ったが…外泊届も出さないといけないな。

 

「兄さん、外出届と外泊届を提出してきたよ。

兄さんと簪の分を」

 

「手が早いなマドカ、助かるよ。

じゃあ一時間後に下駄箱に集合しよう」

 

残ったドリンクを飲み干し、ペットボトルを後ろに放り投げる。

一発で見事に屑籠にストライク、周りの人が「おぉ~」と声をあげていたがスルーしておく。

部屋に戻り、シャワーで汗を流す。服を着替え、左手にはオープンフィンガーグローブをはめる。

外れたりしないように手首のベルトも締めておく。

これにて準備完了だ。

 

「さてと、行こうか」

 

今日は簪と二人きりで出かけることになっている。

デートと言うのは表向きだ、本当の目的は俺の感情を取り戻すこと。

多くの人が居る場所に居れば、もしかしたら感情が自然と出るようになるのではないのか、と。

こういう心遣いには感謝だ。

 

バイクに跨り、簪にヘルメットを渡し、頭に被せる。

落ちたりしないように顎下のストラップを止める。

続けて俺もヘルメットを被る。これで準備は完了だ。

 

「しっかり捕まってろよ」

 

「うん、わかった」

 

俺の胸元に簪の細い腕が回る。

ああ…以前にもこんな事が有ったな…どこか懐かしい。

 

そう考えて気づく。

…『俺はまだ、人間なのだ』と。

なら、俺は元通り…言い方は悪いが、平凡な人間に戻れるのだろうか…?

戻れると信じよう、そうでなければ簪の隣に居る俺が嘘になってしまう。

 

「出発だ」

 

エンジンに火を灯し、バイクは走り出す。

アクセルをふかせ、風を感じながら青天の下を走り抜ける。

背中に感じるぬくもりを守り続けよう。

改めて、そう誓った。

 




これにて原作1巻分はおしまいです。
近い内にラウラにも登場してもらう予定です。
なお、本日の投稿はこれだけです。
ちょっと立て込んでますので。
それではまたの投稿の日にて

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