IS 漆黒の雷龍   作:レインスカイ

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黒翼天の絶対的な力の対価とは…


災厄招雷 ~ 否人 ~

Tabane View

 

私は変わらず、廃棄された人工衛星をハッキングしてIS学園を観察していた。

クラス対抗戦をしていたアリーナは…ズタボロだった。

フィールドは穴だらけになっている。

中でも、フィールド中央の穴は、格別の大きさと深さだ。

直径は10メートル近く。深さも同じくらいだろう。

そして…気になる事が幾つかでてくる。

 

「フィールドはズタズタなのに…『観客席には被害が出ていない』?」

 

467のパワーなら、アリーナの観客席なんて吹き飛んでもおかしくない。

放送室に攻撃をしていたけれど、それはミステリアス・レイディの防御能力によって軽減され、辛うじてシールドで防がれた。

最後に見せた特大威力のレーザーから鑑みても、防御したところで放送席なんて蒸発させることも容易かった筈。

なのに…

 

「手加減をしての出力でアレなの…?」

 

まるで…特定個人だけを狙い撃つ精密狙撃のように…?

なら、あのタイミングで狙われたのは…箒ちゃん?

なんの為に?暴走しているように見えていて、実は利己的に動いている?

それにメガネの女の子をかばうかのような動きもしていた。

あの時にはいっくんの意識は間違いなく喪失している。

なら、あの機体は独自の判断で動き続けていたことになる。

 

「それに無数に展開した近接格闘用の武器…」

 

銃器を扱えないどころか見るのもダメないっくんに影響されているのは間違いない。

…アックスとか大鎌のセンスは判らないけれど…。

そして…接近してくる友達には必要以上に攻撃をしようとしていなかった。

接近すれば追い返すかのように激しい威力での攻撃を使ってまでピットに叩き込む。

それでも近づこうとしていた中国の子は地上に叩き付けられていたけれど…。

その瞬間には、その地点の武器の展開を解除していた。

それも何のために…

 

「まさか…あのドラゴンは…暴走なんて最初からしていなかった…?」

 

暴走なんかでなければ何…?

 

 

ここで、一つの仮説が私の脳裏によぎる。

『The Disaster』には間違いなく意志がある。

それも、明確なまでの人格とまで言えるものが。

それを鑑みてみれば…

 

「…そういう事なの…?

…だとしたら…あの強すぎる力の代償は何…?」

 

IS学園の医務室ではそろそろいっくんの精密検査が終わる頃合。それから取り調べになるんだろう。

 

「…!!!!」

 

医務室から見えたいっくんの様子を見て、私の背筋に寒気が走る。

信じたくない、その現実から目を背けたい。でも…いくら願っても現実は変わらない。

世界も…現実も…常に人間に対して残酷で冷酷だ。

私は今日、それを改めて思い知らされた。

 

『…ごめん…俺はもう…人間じゃなくなったみたいだ(・・・・・・・・・・・・・)…』

 

いっくんの言葉がモニターの向こうから聞こえてくる。

私のせいだ…私のせいで…私の…

 

「いっくん…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

 

 

 

 

 

Ichika View

 

アリーナで何があったのかは詳しくは判らない。

フィールドはズタズタで、当分の間は使い物にならないだろう。

この後は取り調べがあるらしいが、俺はさして意味もないのかもしれない。

発作を起こした後には何があったんだ?それに、フィールドがズタズタに至るまで何が起きた?

 

「………?」

 

そして…また俺から『失われてしまった』らしい。

 

マドカと簪に肩を貸してもらいながら、俺はアリーナの出入り口を目指す。

取り調べの前に精密検査を受けることになり、俺は医務室に訪れる。

体中から脳波の確認をしてもらうことになった。

…検査結果としては…肉体には左脇腹の傷だけだった。深い傷ではなかったものの、縫うはめになった。

それだけであれば、周りの皆も安心していたかもしれない。

結果を聞いて簪が最初に泣き始めた。

続けてマドカ、鈴も頽れた。セシリアも顔を真っ青にしている。

千冬姉は…顔には出さなかったが…手が震えていた。

 

 

「ごめん…俺はもう…人間じゃなくなったみたいだ(・・・・・・・・・・・・・)…」

 

 

人間を人間たらしめているものは何だろうか。

俺はそれを『感情』だと思っている。

それが『人』と『獣』の境界線だとも考えたことがあった。

人は感情が豊富だ。それは『獣』と比べても遥かに多い。

なら『獣』は?

大自然の中で生きている獣がよく見せている感情は『怒り』だ。

生存本能をむき出しにした瞬間に、そして自身の生命を脅かす存在を目にした瞬間にそれは現れる。

人の世界で生きている獣達だってそれは変わらない。

 

なら…『怒り』を含めた全ての感情を持たない者は何だ?

『怒り』も『悲しみ』も『喜び』も持たない。

目の前で泣いている人間が居ても、胸の内に何も感じられない俺は何者だ?

 

人でなし(・・・・)』だろう。

 

人ならざるもの(・・・・・・・)』だろう。

 

人の形をした機械(・・・・・・・・)』だろう。

 

…『人間ではない(・・・・・・)』のだろう。

 

…それでいいじゃないか。男でありながら『ISを動かせる』だなんてイレギュラーでもなんでもない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

人間じゃない(・・・・・・)』、簡単な話じゃないか。

 

そんな風に考えながらも、俺の胸の内にはさざ波の一つも起きない。

あくまで静かな湖のようにそこに存在しているだけだ。

俺は全ての感情を喪失してしまっていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「ちがう!アンタは人間よ!」

 

鈴が涙を流しながら俺の胸倉を掴んで喚く。

必至に喚いているが…俺には些かも響かない。

 

「感情がなくなったからって何!?『心』まで失ったわけじゃないでしょ!?

相手の心を察する事が出来ないわけじゃないでしょう!?

アンタの為に泣いてくれる人だっているのよ!?

なのにアンタは…その人の思いまで踏みにじろうとしたいの!?」

 

「違う、俺は…」

 

「だったらアンタは『人間よ!』

アンタが自分を否定したとしても!アタシ達はそれを認めない!

何度でも言ってやるわよ!アンタは『人間』よ!

『織斑 一夏』っていう一人の人間よ!」

 

「…………」

 

俺はまだ…人間なのか…?人間でいられているのか?

 

視線を横に移す。

まだ、簪は顔を手で隠しながら泣いている。

…思い出す。

あの日、空港で出会った瞬間を。

あんな(表情)をさせたくなかった。なのに…俺は今、あの時のチンピラと同じことをしている。

 

「俺は…」

 

なんだ…まだあるじゃないか。

明確な感情が。失われてしまっていた感情の中で、とりわけ大きかった感情(想い)が。

失いたくない、その()を…。

 

『簪と共に在りたい』

 

『簪とずっと一緒に居たい』

 

その思いが…

 

 

 

「一夏」

 

「千冬姉…俺は…」

 

バキィィィッッ!

 

問答無用で左頬を殴られた。

ガシャガシャと音が聞こえてくる。

吹っ飛んだ俺の体が何か器具でも押し倒したのだろう。

 

「痛むか?」

 

「あ、当たり前だろう」

 

千冬姉は凄まじい殺気を放ってくる。怒気も溢れ出している。

こんな状態になっているのは初めてだ。ドイツで剣の訓練をしてくれていた時ですらこんな事にはなっていなかった。

 

「フン!」

 

バキィィィッ!

 

今度は鳩尾を蹴られる。俺の体は再び吹っ飛ぶ。

飛んだ先には…開け放たれた窓。

 

「…っ!」

 

窓のサッシを咄嗟に掴む。

ここは4階だ、オマケに外には体重を預けられそうな木も無い。

こんなところから飛び降りたとしても着地できないわけではないが、蹴り飛ばされて不安定な姿勢で無事にソレができるとは思わない。

サッシを掴む右手、それが今の俺には生命線だ。

 

「この女泣かせめ、何が『人間じゃなくなった』だ。

感覚はある、状況判断も出来る、心も在る。人間としての要素がまだお前にはあるだろう。

安心しろ、お前はまだ人間だ」

 

…人間、か。こんな俺でもまだ人間なんだな。

 

「それはそうと…そろそろソッチに戻りたいんだが…手、貸してくれないか?

手が痺れてきた」

 

「知るか、自力で這い上がってこい」

 

そう言って千冬姉は窓際からさっさと離れていく。

その数秒後、見えなくなった向こう側から轟音が響いてきたが何が起きたかは察しないでおく。

 

無茶な…いや、やってやろう。

俺は『人間』の枠から離れてしまっているが、それも少し離れているだけだ。

この先には艱難辛苦がいくつも待ち構えてるはずだ。この程度が何だ。

上等だ、這い上がってやるさ。どれだけ堕ちたとしても、俺は諦めたくない。

どんな深みからでも這い上がってやる。

 

なお、俺が這い上がって医務室に戻るのに3分を要した。

さっきの音がした方向を見てみれば…医務室のドアが一枚、廊下に転がっていた。

たぶん、アレを蹴り飛ばしたんだろう。

 

 

途端にマドカが泣きついてくる。

マドカも、簪も俺を慕ってくれている。

こんな馬鹿野郎が相手だとしても。

 

 

「一夏さん、もう自分を追い込むのはやめてくださいな。

見ている側としても、辛くなってしまいますわ」

 

「ああ、そうしてみよう」

 

「それに、世間にはポーカーフェイスな男性を好む女性も居ますもの」

 

それに関してはよく判らないな。

 

「簪は…こんな俺でも、また人間として接してくれるか?」

 

「…うん…当たり前だよ。どんな風になっても…一夏は一夏だから…」

 

そうか…。この心の大きさには感服だ。

なら、俺もこの先は人間なのだと思って生きていこう。

以前も誓ったはずだ。あの高みにたどりつくまで、どんなに醜くなろうとも、悪あがきと罵られても構わないと。

目指す道程が大きく伸びただけじゃないか。なのに俺は何を達観しているんだろう。

こんな俺でも…『人間』なんだろう。

 

「いい空気の所で悪いんだけれど…」

 

千冬姉が開けっ放しにしていった…というか、吹っ飛ばしたドアが転がる廊下に楯無先輩が居た。

開く扇子には『失礼♪』と相変わらずの達筆だ。

 

「そろそろ取り調べを始めるわよ。

着替えて…それと、顔を洗ってきなさいな、女の子が泣いてたら駄目よ、皆は笑っていたほうが美人なんだから♪

それとそこの自称『人でなし』君」

 

「誰が『自称人でなし』ですか」

 

「言われたくなかったら…明日の朝食には此処に居る皆に『特上和膳セット』とセシリアちゃんには『特上洋食セット』を奢るように!

今回はソレで許してあげるわ」

 

簪、鈴、マドカ、楯無さん、セシリアの五人だから…しめて合計12500円。マジかよ…。

まあ、泣かせてしまった分にはそれでチャラにしてくれるらしい。

…甘んじて受け止めておこう。

 

「それじゃあ全員15分後に取り調べ室に来るように!解散!」




おはようございます。
レインスカイです。
投稿するにあたり、結構な数のストックを用意していますが、今回は例外の完全書き下ろしです。
まあ、あれだけの動きをしていた訳ですから、やはり、医務室での精密検査が必要かなと思いまして、取り調べ前に入れてみました。

『強過ぎる力には対価が必要』

ですが、今回は望まぬ形で、望まぬ力を振るい、望まぬ対価を支払わされたわけですが、これにもまた意味があります。
決して『悪魔との取引』ではありません。
それでは次回にてお会いしましょう。
お昼ごろには投稿するつもりです。

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